天井の高い旧アトリエ、庭の四季折々の草木や花が楽しめる

駅の西口方向へ数分歩くと、豊かな緑に囲まれた住宅地が広がる神奈川県横浜市鶴見。2019年3月、その小高い丘の上に猫とともに暮らせる賃貸住宅「ATELIER minette」が誕生した。住戸は6戸と、決して大きくはない。住棟に至る私道の坂道沿いにも緑があふれ、住棟を囲む庭には桜や梅、モミジ、モクレン、キンモクセイなど四季折々の草木が茂り、賃貸住宅というよりも、別荘といった趣である。実は、この賃貸住宅は、フランス人の版画家ベルナール・カトラン氏が使用していた築約27年のアトリエ兼住宅を全面リノベーションしたものだ。別荘のような落ち着いた環境と外観にもうなずける。

以前は画廊のオーナーが所有していた。時折、カトラン氏がメイドとともに滞在していたが、ここ10年程は使われず空き家だった。吹き抜けのある広々としたアトリエには、建物が売却されるまで、家具のほか版画の制作に使用する道具がそのまま残されていたという。豊かに育った庭の草木は、草花を描くカトラン氏自身が好んでいたものと想像される。

上/緑の豊かな小道を上がると見えてくる「ATELIER minette」の門と外観。門は塗り直しただけ、突き当たりは元アトリエ棟。下/リノベーション前のアトリエの様子。吹き抜けの天井が高く、天窓から光が差し込むのびやかな空間。梁の陰影が印象深い上/緑の豊かな小道を上がると見えてくる「ATELIER minette」の門と外観。門は塗り直しただけ、突き当たりは元アトリエ棟。下/リノベーション前のアトリエの様子。吹き抜けの天井が高く、天窓から光が差し込むのびやかな空間。梁の陰影が印象深い

猫専用賃貸コンサルタントが物件を企画・監修

この物件を企画・監修したのは、猫専用賃貸住宅コンサルタントの木津イチロウ氏(参考:https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00518/)、リノベーション設計を担当したのは若手建築家の御手洗龍氏だ。「現オーナーがこの物件に惚れ込んで購入し、猫を飼える賃貸住宅としてリノベーションしたいと相談を受けました」と木津氏は話す。彼はすでに4棟の猫専用賃貸住宅に関わってきたが、これまで引き受けたのはすべて新築。リノベーションに取り組んだのは初めてだと言う。
「古い賃貸住宅を猫が飼えるようにリノベーションしたい、というご要望はこれまでもありました。しかし、一人暮らし~DINKS向け程度の広さの賃貸住宅は、居住者と猫がともに快適に暮らすために必要な“広いトイレ”などの要件を備えていないことが多く、工事が大掛かりになりコストがかさんで実現に至りにくいのです。今回の物件は、もともとアトリエ+住戸なので各部屋にそこそこ広さがあるうえ木造。自由度が高く、理想の空間を実現することが可能でした」(木津氏)

元アトリエの吹き抜けを活かし、パウダールームとロフトをレイアウトした住居。パウダールーム内にも窓が設けられ、室内に光と風が通る元アトリエの吹き抜けを活かし、パウダールームとロフトをレイアウトした住居。パウダールーム内にも窓が設けられ、室内に光と風が通る

猫トイレの確保、3次元で移動可能など要件は4つ

木津氏が考える必須の要件とは主に4つある。①猫用トイレの置き場所の確保、②屋外に脱出できないこと、③屋内空間を3次元に移動できること、④猫が外に出ても安全な環境であること、だ。たとえば、猫用トイレの置き場所は、トイレや浴槽が一体となったバスルームに設ける。猫好きの人たちの傾向から、2頭以上の多頭飼いができるよう5つのトイレを置けるスペースを確保している。「水まわりにあれば、気づいたときにすぐ排泄物を水洗トイレに流せます。リビングなどに排泄物の臭いが漏れないよう、普段、入り口のドアは閉めたままにする前提。猫はドアの下部に取り付けた小さな猫用ドアから自由に出入りします」(木津氏)

では、猫が3次元に動けるようにするにはどうしたらいいのだろう? キャットウォークやそこに上がれる猫用階段を壁に取り付ければいいといったイメージがあるが、必ずしもそうではない。「猫は単に高い場所を好むわけではありません。外が見えたり、日差しが入ったり、風が入る場所を目指します。ですから、窓の位置やそこまでの動線を工夫することが重要です」(木津氏)

左上/パウダールームから猫のトイレの臭いが漏れないように常に閉めておくという前提。引き戸の両脇をガラス戸にしているため、パウダールームからの光がリビングに入る。入浴中は内側からカーテンを閉める。中央の引き戸の下部には猫用ドア。右上/パウダールームの洗面台の下を猫のトイレ置き場としている。この住戸は猫3匹まで同居OK。左下/ロフトの様子。この部屋の場合は元の柱と梁の双方を現し、アクセントにしている。写真正面の縦長の窓は、新たに設けたもの。右下/右が猫専用賃貸住宅コンサルタントの木津イチロウ氏、左が建築家の御手洗龍氏左上/パウダールームから猫のトイレの臭いが漏れないように常に閉めておくという前提。引き戸の両脇をガラス戸にしているため、パウダールームからの光がリビングに入る。入浴中は内側からカーテンを閉める。中央の引き戸の下部には猫用ドア。右上/パウダールームの洗面台の下を猫のトイレ置き場としている。この住戸は猫3匹まで同居OK。左下/ロフトの様子。この部屋の場合は元の柱と梁の双方を現し、アクセントにしている。写真正面の縦長の窓は、新たに設けたもの。右下/右が猫専用賃貸住宅コンサルタントの木津イチロウ氏、左が建築家の御手洗龍氏

コンペを実施して、リノベーション設計の案を募る

こうした多様な要件を備えた集合住宅を実現するため、2018年4月、木津氏はリノベーション設計に向け設計者のコンペを実施。家づくりの設計者や施工者を探すマッチングサイトで、広く公募した。20件余の応募から選ばれたのが、建築家、御手洗氏のプランだった。選ばれた最大の理由は、コンペで木津氏が提示した要件を満たしているだけでなく、もともと2階建ての建物に計4部屋あったアトリエ兼住宅を、メゾネットなど2階建ての住戸計6戸に変更したことだ。旧アトリエにはロフトを設け、旧居住棟は床を解体して吹き抜けにするというダイナミックな変更である。「猫がのびやかに3次元に動け、入居者にも空間が広く感じられ快適です」(木津さん)

2階建てとはいえ、各住戸はロフトを入れて40m2前後と決して広くはない。そうした限られた空間であっても入居者が心地よく暮らせるよう、御手洗氏はさまざまな配慮をした。「それぞれの住戸の平面はL字型にしています。さらにその『L』の角部分を曲線にすることで、限られた空間に奥行きと変化を感じられるようにしました」と御手洗氏は説明する。また、各住戸のそれぞれ壁1面とそれに連続する天井面には色が塗られシンプルな部屋に個性を生んでいる。これは、各住戸の窓から見える木々から着想したもの。桜はピンク、モクレンなら紫というように、色を決めたのだという。

御手洗氏は猫の行動を見据え、独自に、内装を維持管理しやすくする工夫も施している。たとえば、壁面の仕上げがそうだ。「猫の爪研ぎを防ぐため、爪が引っ掛かりにくいように、壁には目の詰まったシナ合板を用い表面はクリア塗装しています。壁の一部を塗装にしたのは、万が一、壁が傷ついても簡単に補修できるように。壁紙では、思いのほか広い範囲を張り替える必要が生じます」(御手洗氏)

上/玄関を入って左側に折れるL字型の住戸。角がRになっていて、確かに直角に曲がっているよりも広がりを感じるようだ。写真左側の壁は猫の爪で引っかきにくい、シナ合板にクリア塗装。下/壁の一部は、部屋ごとに異なるアクセントカラーで塗装。黄色のほかオレンジ、紫、ピンクなどがある上/玄関を入って左側に折れるL字型の住戸。角がRになっていて、確かに直角に曲がっているよりも広がりを感じるようだ。写真左側の壁は猫の爪で引っかきにくい、シナ合板にクリア塗装。下/壁の一部は、部屋ごとに異なるアクセントカラーで塗装。黄色のほかオレンジ、紫、ピンクなどがある

昔の梁や柱を見せるなど、アトリエ時代の趣も継承

また、ATELIER minetteには木造のリノベーションだからこそできた、魅力的なつくりも処々に見受けられる。たとえば、もとの建物の梁や柱などはすべて隠すのではなく、あえてところどころに顔をのぞかせるよう設計した。旧アトリエのあめ色になった木の梁などが、新しい集合住宅に趣を加えている。
各住戸に多くの掃き出し窓や腰高窓を配することも、木造だから可能だった。もとの窓を活かしつつ、構造の強度を検討しながら要所に窓を増設し、猫が好むような光や風が入り、外を眺められるような住戸を実現させた。「ある住戸では門からの通路添いの、2階部分に新設しました。窓辺に猫たちが座って門の付近を眺めながら、帰ってくる主人を待っているというイメージが浮かんだからです」(御手洗氏)

近年、やっと猫と同居できるような賃貸住宅が増えてきた。それは、単に猫好きが増えてきたというわけではないようだ。「駅から近い物件に比べ、遠い物件は集客が難しい。そのような場合、集客力を高めるために、周囲と同様のスペックの物件と差別化を図る目的で猫を飼える賃貸住宅を企画するケースもあります」(木津氏)
しかし、付け焼刃では意味がない。猫の気持ちや行動パターンを把握した造作と、人が住む住戸として配慮されたデザイン性、機能性が滑らかに融合した「ATELIER minette」のような物件が増えていくことを期待したい。

この住戸は玄関を入ってすぐにキッチン、そのそばの柱や梁を現しにした。基本的に、入居者が猫の動きなどを配慮して家具を自由に配置できるよう、収納家具はあえて造作していないこの住戸は玄関を入ってすぐにキッチン、そのそばの柱や梁を現しにした。基本的に、入居者が猫の動きなどを配慮して家具を自由に配置できるよう、収納家具はあえて造作していない

2019年 07月02日 11時05分