水に囲まれた大正区らしさを生かした新施設

2020年1月。大阪市大正区の北の端、尻無川(しりなしがわ)の河川敷に「つくるが交わる」というコンセプトのもとに飲食店やバー、ライブスペース、舟運、ホテルなどからなる複合施設「TUGBOAT_TAISHO(タグボート大正)」の第1期フードエリアがオープンした。

大正区は区全体が運河に囲まれた島状のまちで、2019年10月1日現在で人口は6万2,939人。大阪市の24行政区のうちでは最も少なく、かつ人口減少率が1.3%と最も高い。実際にまちを歩いてみると大阪環状線、大阪メトロ長堀鶴見緑地線が交差する区内唯一の大正駅周辺の商店街でもほとんどがシャッターが下りたまま。高齢化率も西成区、生野区に次ぎ、30%超となっている。

その一方で心斎橋から大阪メトロで10分とかからないなど主要エリアからは近く、家賃は割安でかつ空き家も少なくない。それを伸びしろと考えれば、このまちらしさを生かした活性化があり得るのではなかろうかと考える人も。

そのための、このまちらしさのひとつが水辺である。何しろ、大阪市に残る8ヶ所の公営渡船のうち、7ヶ所が大正区に関わりがあるほどで、その立地を生かさない手はない。新しい施設の名称であるTUGBOATは引き船を意味するが、その名のとおり、この地域の再生を力強く引っ張る施設になってほしいという願いが込められているのである。

左側に入り口があり、川に浮かんでいるのはピザ窯のある船上レストラン。今後、その右手奥側に施設が造られる予定左側に入り口があり、川に浮かんでいるのはピザ窯のある船上レストラン。今後、その右手奥側に施設が造られる予定

2015年の社会実験から試みがスタート

水辺を使ってこのまちの価値を上げようとする試みは2014年、大正区が「尻無川河川広場周辺エリア活性化協議会」を設立したことに始まる。同協議会は、2015年に社会実験として「Taishoリバービレッジ」を開催。「川と海のまち・大正区に忽然と現れた、南国リゾートムードの秘密基地」をコンセプトに手ぶらで楽しめるバーベキュー、一時的に設置した船着き場からのクルーズ、週末の屋台出店などを柱に最初の1ヶ月で約1万4,000人が来訪と好評を博した。最終的には6月から1ヶ月の予定を延長、10月半ば過ぎまでと長期に渡って親しまれ、水辺のポテンシャルを感じるイベントとなった。

社会実験での成果を生かし、大正区では2016年に「にぎわい創造拠点整備・管理運営事業」の公募型プロポーザルを実施、今回の事業者である株式会社RETOWNを選定、以降、複合施設オープンに向け事業が進められてきた。同社は大正区に自前では初めての店舗を出しており、飲食店の賑わいとまちの賑わいの関係を強く意識、飲食とは別にまちづくりを事業の柱としている。

だが、河川敷での施設造りはそうそう簡単にはいかなかったようで、開業は予定より1年半も遅れた。施設のひとつにホテルがあるのだが、当初建てようとしていた場所に地中障害があり、杭が打てないことが分かったのである。

左上から時計回りに入り口、入り口近くに置かれたコンテナはお弁当を食べたり、ポップアップストアの出店場所になったり。1階の水辺に臨むスペース、2階にも同様の空間が左上から時計回りに入り口、入り口近くに置かれたコンテナはお弁当を食べたり、ポップアップストアの出店場所になったり。1階の水辺に臨むスペース、2階にも同様の空間が

日本初、川に浮かぶホテルにピザ窯ののった水上レストランも

船上レストランからの眺め。ホテルからも同じようにロマンチックな風景が望めるに違いない。楽しみである船上レストランからの眺め。ホテルからも同じようにロマンチックな風景が望めるに違いない。楽しみである

だが、それが結果的には面白いことになった。陸上に建てられないのなら水に浮かべようということになり、日本で初めての川に浮かぶホテルが誕生することになったのである。

「台船のような浮いているモノの上に建築することができないため、船ということで検査を通すことになりました。とはいえ、居住性も大事なので、風の影響なども試算し、船舶としては近畿運輸局、建築としては日本建築センターのお墨付きをいただきました。すでにできている施設でも1軒、船上レストランがありますが、これは日本で初めてピザ用の薪窯がのっている船です」(RETOWN代表取締役・松本篤氏)。

そのホテル「Water Hotel PAN AND CIRCUS」は2020年秋オープン予定。客室は全12室でUSJや2025年に開催される日本国際博覧会会場への船の送迎機能付きになるとも。

その前、2020年の春以降には、今回オープンした飲食中心のエリアの隣に、舟運やワークショップ、シェアアトリエなどが造られる。中でも注目したいのはUSJ®までの定期船の運行。

地元の方であれば覚えているだろうが、USJ®開業時には10社以上が中心部と施設を結ぶ舟運に乗り出したが、現在はすべて撤退している。その後に大阪の船会社間の連携が始まり、都心部では水都大阪にふさわしい利用状況を見せていることを考えると、時期が早すぎたのだろう。再度、都心と湾岸、USJ®、博覧会会場などが結ばれれば、大阪の水辺は新たな展開を見せるのではなかろうか。大正区がそのための大事な拠点になれば、賑わいにもつながるはずである。

地元の町工場、飲食店などとも連携

第1期としてオープンしたフードエリアは船上レストラン、ベーカリーカフェ、フードホールなどさまざまな形態があり、計16店舗。川の反対側には年間200万人が訪れるという京セラドーム(西区)があるが、残念ながらイベントなどで大正区の対岸までやって来た人たちはそのまま帰宅してしまう。そこでその人たち、そして海外から大阪を訪れる人たち、加えて地元の人たちが施設のターゲットだという。なかでも大事にしているのは地域の人たち。1月15日に開かれた内覧会では松本氏が施設建設にあたり、こだわった点を5つ挙げたのだが、そのうちの3点が地域に関することだったのである。

具体的には建設にあたり、どこかの大手に一括発注するのではなく、地元の工務店、町工場、アーティストなどに分離発注したこと。テナントについても同様にリーシング会社を入れず、1店ずつ直接会って決定したこと。フードエリアでは地元あるいは生産地に貢献している店を選んだこと。町工場については区役所から紹介してもらい、何十社にも協力してもらったそうで、水辺の手すりや家具に使われている単管、ケーブルドラムなどはその結果という。

ちなみに残りの2点はあえて余白を残し、これから地元のアーティストに手伝ってもらって仕上げていく予定ということ、そしてライブスペースではこれから世に出て行こうとする人たちを応援、ある程度の基準をクリアした人たちには無料で使えるようにしていく予定ということ。さまざまな面で地元、特に若手を育てていく場であろうとしているわけである。

左上から時計回りに単管を使ったテーブル、ケーブルドラムのテーブルに余白を残したデッキ、アートを飾ったトイレ、最後は個人的に萌えたトイレの手洗い場左上から時計回りに単管を使ったテーブル、ケーブルドラムのテーブルに余白を残したデッキ、アートを飾ったトイレ、最後は個人的に萌えたトイレの手洗い場

飲食にはまちを変える力がある

最後に実際に訪れてみての感想を。一言でいえばとても良い場所であった。特に夕暮れ時以降のロマンチックな雰囲気は、仕事で一人で来ているのが悔しくなるほど。その一方で飲食は大阪ならではの安くて美味いが揃っており、近くにこの施設があったら通うぞ!と思うレベル。大阪の食の豊かさも実感した。いくつか紹介しよう。

まずは自分で目の前の七輪で焼く焼き鳥の「あやバカ一代」。新しい施設なのに古びた雰囲気の狭い店内で炭火を前にするのはそれだけでわくわくする。一人でも十分楽しめ、日本酒の種類の豊富さもうれしいところ。

サワー専門店「THE MARKET Sour Lab.」では生レモンサワーの新鮮できりりとした味わいにノックアウトされた。いつも飲んでいる生レモンサワーはなんだったのだろう。レモンだけでなく、農家から直送のフルーツを使ったサワーが季節ごとに用意されるそうで、日本の旬の果実を再発見する場になりそうだ。

大阪ならではの味、たこ焼きも新鮮だった。地元では有名な外はカリッと、中はトロッとの「たこ焼き くれおーる」で特別にタコのみならず、海老、鶏の入ったたこ焼き(それはたこ焼きなのだろうか)を出していただいたが、たこ焼きの印象が180度くらい転換した。次回は蛸の香り漂う(!)蛸酒を試してみたいものである。

広がっていくことを期待したいのは市場直送の食材を売りにした海鮮、天ぷらの「イチバノチカラ」のベジコナ。商品にならなかった、余ったなどという野菜を廃棄せず、専用の機械で乾燥、粉末にしたもので、それを天ぷらの衣に混ぜて使う。野菜嫌いでも気づかぬうちに野菜を摂取できるわけで、子どもや高齢者の食に取り入れたいと思う人も多いのではないかと思う。

ほかにも魅力的な店が並んでおり、大型商業施設によくある既視感はほとんどなく、どの店にも驚き、わくわくがある。飲食にはそれ自体に人を集める力があり、個性のある店はそれを倍加させる。それがまちに波及すれば面白い場が生まれるはず。改めてそう思った。

左上から時計回りにあやバカ一代の七輪で焼く鳥セット、絶品の生レモンサワー、特別に3種類を用意していただいたたこ焼き、そしてベジコナ左上から時計回りにあやバカ一代の七輪で焼く鳥セット、絶品の生レモンサワー、特別に3種類を用意していただいたたこ焼き、そしてベジコナ

2020年 02月16日 11時00分