奇跡の一本松のある岩手県陸前高田市で「泊まれる古本屋」がオープン
岩手県南部に位置する陸前高田市。東日本大震災の被災地域だが、地元の人やボランティア、NPOなどにより復興が進められてきた地域だ。最近では新しくさまざまなお店や施設が建てられ、ここ十数年でまちの様相は大きく変わってきている。
そんな中、2023年5月に「泊まれる古本屋 山猫堂」がオープンした。一見古本屋とは思えないような立派な家屋の中に入ると、古本だけでなく、昔ながらのレトロな雑貨や家具などに囲まれた独特な空間が広がる。
山猫堂は「泊まれる古本屋」と銘打っている通り、宿泊もできる古本屋だ。大きな家屋には、店舗部分と、個室・ドミトリーの2つの宿泊部屋がある。店舗スペースでは古本だけでなく、アンティークな家具や古着も購入することが可能だ。ソファや椅子でくつろぎながら本を読んだり、おしゃべりしたりと思い思いに過ごすことができる。
とある空き家との出会いが、古本や古物を生かせる場づくりへ
山猫堂は、空き家だった家を借りており、さらに店内の家具や装飾はすべて空き家からでてきた家財や古物からできている。
昨今空き家問題が叫ばれるが、陸前高田市も例外ではない。店主の越戸浩貴(こえと・ひろたか)氏はNPOで空き家バンクや、家財・遺品整理、空き家の管理にも取り組んでいる。空き家問題で着目されがちなのは、空いた家そのものであることがほとんどだ。しかし、空き家の仕事をする上で課題となったのは、空き家の中に放置された大量な家財の処理だったという。2tトラック3台から、多いときには6台分にものぼるという空き家の家財。せっかくの家主の思い出や記憶の残る家財を、捨てずに活用できないかという課題感を持っていたそうだ。
そんな中、とある山奥の空き家の家財整理を行っていた際に、二間つなげてつくられた広々とした書斎部屋兼オーディオ部屋を発見。そこには、たくさんの古本やレコードが眠っていた。もともと文化やアートにも精通していた越戸さんはこの部屋に眠る本やレコードに魅力を感じ「死んだ後の自分の部屋みたいだと思った」という。人によっては不用品ともとられてしまう本やレコードを、偶然自分が発見して価値を見いだしたことに意義を感じ、すべて引き取って倉庫に保管しておくことに。
ほどなくして、別の空き家依頼をきっかけに築150年の立派な空き家に出会う。7部屋もある大きな平屋で、蔵や離れもあり、惹き込まれるような魅力のある物件だった。さらに家主が家や家財に思い入れをもって接している姿を見て、直感的に「ここで店を開きたい」と思ったんだそう。
空き家の仕事で活用できないかと思っていた古本や古物を毎日山猫堂に運んでは使えるように綺麗にし、1年近くかけて空間づくりを行った末に、「負動産」や「不用品」とも捉えられかねない空き家や古物が「価値」となる山猫堂という空間が完成した。
あえてリノベーションせず、築150年の歴史をそのままに
空き家活用にリノベーションはつきものだと思われがちだが、山猫堂はあえて「リノベーションをしない」と決めて空間づくりをはじめたという。
越戸さん「いろいろな空き家を見てきた中で、その家にはその家なりの理由があるというか、その家なりの育ち方だったり、年の取り方みたいなのがあると思っています。自分が家を借りるとなったときに、築150年の家の歴史を151年目に自分が消してしまうことに違和感を感じたんですよね」
リノベーションによって新たな価値や魅力を引き出すのも手だが、それだけではない。家の歴史や家主の思い入れに価値を見いだし、光を当てていくという作業も、これからの空き家活用のひとつの在り方になっていくだろう。
「建物」ではなく、思い出の詰まった「家」だからこそ、ありのままの状態で引き継いでいけるものがある。まるで祖父母の家のような居心地の良さやなつかしさを感じるのは、リノベーションせずに築150年の家の歴史をそのまま生かしてつくられたからこそ実現できるものだ。
また、現実的な課題で言うと、一軒の空き家活用に手をかけているうちに、どんどん新たな空き家が増えていくことが仕事上痛切にわかるからこそ、使える状態であれば大がかりなリノベーションはしないという。現に越戸さんは、山猫堂の他にも空き家を活用したシェアハウスを運営しているが、そちらも大がかりなリノベーションはしていない。根本的に空き家問題に向き合うならば、一軒に時間やお金をかけるのではなく、効率良く多くの空き家を手掛ける必要があるという。
古本や古物で、地域にカルチャーやアートの土壌を育てる
アートやカルチャーに触れられる場の少ない陸前高田市。山猫堂は本屋として、地域に文化を育む土壌としての役割も持つ。
仕事で美大生やアーティストとのつながりもあったという越戸さん。国内外のアーティストを招き、滞在中の芸術活動を支援する「アーティスト・イン・レジデンス」にも携わっていた中で、地域の文化醸成に対する課題感を持ったという。
越戸さん「中学生がアートに触れている姿を目にしたとき、外からいろんなアーティストが来てくれることにありがたさを感じる一方で、身近に中学生のアートやカルチャーに対する憧れの育つ場がないことにもったいなさも感じたんですよね」
アートやカルチャーから遠い地域であることを課題に感じていたからこそ、入り口となる本屋をはじめたそうだ。
そうして並べられた古本は、近代文学や最近のエッセイ、地域の民俗本、妖怪の本にロックバンドの解説本までバリエーション豊かだ。地域に個人のカルチャー嗜好を共有する場こそこれまでなかったものの、空き家を見てみれば、さまざまな文化資産をそれぞれの家で個人的に秘めていたことがわかる。個人の文化資産が地域に開かれることで、地域の財産となり、文化を醸成していく足がかりとなるだろう。子どもたちにとっても、部活やクラブチームといったスポーツ以外の放課後の過ごし方が選択肢として地域に生まれることで、興味関心の幅が広がっていくことが期待できる。
カルチャーやアートという文脈で言えば、空き家から出てきた服や家財も、アンティークとして山猫堂の空間づくりに寄与している。ブラウン管テレビやレコードプレイヤー、ラジカセのようなレトロな品々は、今ではなかなか目にすることはないのではないだろうか。
こうして本来廃棄されるはずだった空き家の古本や古物が、山猫堂で新たにアンティークとして再び価値がつけられている。しかし、すべての物を扱えるわけではない。空き家から出てくるのは、状態が悪い物や、大量の布団にお茶碗といったどうしても扱うことのできない物が多く、救えている古物はまだ全体の1%程度だという。こうしたどうにもできない古物の活用に悩みながらも、例えばイベント会場で、破けた服や割れたCDを装飾品として使うなど、「アート」を切り口にするからこその活路が見いだせそうとのことだ。「物」としてそのまま活用することは難しくても、「アート」としての出口を考えられるのは、山猫堂だからこそできることだ。
宿泊機能によって「物」以上に「空間」として人を惹きつける
とはいえ、本屋は厳しい時代。だからこそ、"本の価値"以上に、"空間としての価値"にこだわったという。
越戸さん「紙の本の需要が下がり、今の時代世界中どこの本屋も厳しいと思います。地方の一地域でも厳しいに決まっていて、だから本屋は難しいという想定で事業を組みました。本そのものは厳しくても、本に囲まれた空間でゆっくり過ごすことが嫌いな人はいないという仮説を持って、こだわった空間づくりや宿泊機能を設けました」
陸前高田市は、JR東北新幹線「一ノ関」駅から、電車とバスを乗り継いで2時間以上かかる。決してアクセスの良い立地とはいい難い場所にもかかわらず、オープンしてからというもの、ひっきりなしに宿泊客が訪れているという。特に外国人からの人気が高いそうで、意図せず地域内外の交流の場になっているとのことだ。私が取材に訪れた際も、フランスから来た旅人が宿泊していた。旅人は、自分の住む地域や、旅して回ってきた地域の文化を運んでくる。地域内のカルチャーを集めた山猫堂に、旅人から新しいカルチャーが持ちこまれ、文化の混ざり合う拠点にもなっているのが新鮮だった。
山猫堂を訪れた人は、古い家屋が持つエキゾチック感やオリエンタル感に加え、さまざまな家にあった古物がコラージュ的に混ざっているため、訪れた人はそれを不思議に感じるという。まずは山猫堂を空間として楽しんでもらい、そのうちに古本や古物といった「物の価値」に気づいてもらいたいとのこと。一般的には、物が好きで、好きが高じて宿泊するといった流れを想定すると思うが、山猫堂では逆転の発想でファンを増やしているのが特徴的だ。
地域住民の文化に対するエネルギーを発散する場に
山猫堂という場が地域に開かれたことで、アートやカルチャーを基軸としたイベントが続々と開催されている。夜の外出文化がない地域。もともとイベントは、夜でも仕事終わりに立ち寄ってもらって文化に触れる時間をつくってもらうきっかけづくりとしてはじめたものだった。続けていくうちに、お客さんから自発的に「こんなイベントをやりたい」と声がかかるようになったのだとか。
山猫堂の庭で書道をするイベントが開かれた際には、書道の傍ら焚火をしたり、好きな音楽をかけたりと、形に縛られない自由な場になっていたという。さらに、こうしたイベントに外国から来た宿泊者や旅人も交わるというのだから、かなりカオスな空間となっていることに間違いないだろう。他にも、山猫堂を舞台にした演劇や、朗読会、生態学について紐解く会に、若者がまちづくりについて考える会など、主催者の個性が表れたさまざまなイベントが行われている。
イベントの多様ぶりからは、これまで場がなかっただけで、こうしたイベントを求めていた住民が息を潜めていたことがうかがえる。山猫堂は、地域住民が溜め込んでいた「文化に対するエネルギー」を、個性的なイベントとして地域に発散する表現の場としての役割も大きい。「ただの古本屋だけど、ただの古本屋じゃない」ことを大切にしたいという山猫堂では、古本屋としての価値を地域に提供し続けながらも、イベントを通じて山猫堂らしさを地域に表現している。
本を入り口に社会に一石を投じる場へ
宿泊やイベント、空き家活用など、本屋以上の役割を果たす山猫堂。
越戸さん「"本屋なのにいろいろやっている"のではなく、"本屋だからいろいろやっている"んですよね。本を読んで社会課題があるとわかっても、本を読んでいるだけでは何も変わらないじゃないですか」
本を集めて知識や教養を得るだけでなく、それを自ら表現したり、アクションを起こしていきたいという。「今後は山猫堂として畑にも挑戦してみたい」と話す越戸さん。一見本屋とは関係ないように思えるが、紛争や環境問題など、物流が止まりうるような社会情勢を本屋として伝えるだけでなく、畑を通じて実際に体を動かし自分たちの食を賄うことで、解決に向けたアクションを実践していきたいとのことだ。今後は畑に限らず、社会課題に対して自分たちの手を動かして行動を起こし、一石を投じる場になっていくだろう。
東日本大震災で多くの家や物が流された地域だからこそ、流されずに残った空き家や古本、古物を文化的価値として「残す」ことの意義は大きい。そして「残す」ことで価値を生み出すだけでなく、残った資産から考え、イベント等を通じて表現し、実際のアクションにつなげていくような場になっていくだろう。
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