リノベーションによる新しい団地を目指す

東京都足立区の綾瀬駅から北東に17分ほど歩くと、「いろどりの杜」にたどり着く。団地をまるごとリノベーションしたこの建物は、若い世代を中心に人気だという。

かつて一帯は、独立行政法人都市再生機構(UR)の旧東綾瀬団地で、いろどりの杜と同じような建物が並んでいた。2007年以降、他の建物が順次建て替えられ「パークタウン東綾瀬」へと生まれ変わるなかで、このいろどりの杜の建物2棟(旧27・40号棟)だけは敷地内に鉄塔や高圧線があるなど、制約条件があったことで高層化できず、更新の方向性が見いだせずにいた。その後URで検討を重ねた結果、2棟の既存住棟を利活用するモデル事業にチャレンジすることになり、2018年にそのための住棟改修計画の企画提案等の事業者公募があった。

総戸数24戸×2棟、合計48戸に対し、5,802.98m2の広大な敷地を持ち、豊富な緑樹とともに23区では希少な環境を擁す集合住宅だ。そこの強みを周辺地域のコミュニティの活性化に資するようにソフト面でも生かしてほしいというのが、公募条件にあった。そして、年4回以上コミュニティ形成に関連するイベント活動の実施も要件に入っていた。

団地をまるごとリノベーションした「いろどりの杜」。制約条件により建て替えの難しかった2棟の既存住棟を、周辺地域のコミュニティの活性化させる賃貸住宅へと再生。若い世代を中心に人気になっている。リノベーション工事によって快適な空間に。エレベーターと車椅子用スロープも追加されバリアフリーに

手触りのある暮らしを都会に取り戻したい

敷地を利用したシェア農園も備えている。アクセントとしてオレンジや黄色を加え楽しい雰囲気を感じる敷地を利用したシェア農園も備えている。アクセントとしてオレンジや黄色を加え楽しい雰囲気を感じる

審査の結果、株式会社フージャースアセットマネジメントの提案が採用となった。東京にありながら敷地の豊かな自然環境を生かすプランだ。テーマは、アウトドアとDIY。ターゲットは20代から40代の単身、夫婦、小さい子どもがいる世帯で、志向性としては、スローライフ、緑環境、DIY、コミュニティとなった。手触りのある暮らしという考え方が特徴だ。

同社はURと2019年秋に建物賃貸借契約を交わした。建物のハード部分は主にURが担当し、内装のリノベーションについてはフージャースアセットマネジメントが実施。テーマを具現化したデザインとなった。いろどりの杜の土地建物は引き続きURが所有し、フージャースアセットマネジメントに2棟の建物とその敷地を賃貸。民間賃貸住宅として管理運営をフージャースアセットマネジメントが行うという事業スキームである。家賃収入と駐車場収入から固定費を差し引き、リノベーション費用を回収するビジネスモデルだ。

敷地を利用したシェア農園も備えている。アクセントとしてオレンジや黄色を加え楽しい雰囲気を感じる階段ごとに色分けされていて、入り口付近にはそれぞれの色ごとの花が植えてある

内装は、住人が好みの壁にリフォームできるなど、一般の賃貸住宅よりも自由度が高いのが特徴だ。そのため、リフォームしやすいスケルトンタイプになっている。外観にはカラフルなワンポイントがある。階段ごとに色が違い、住人は「何号室の者」というより、例えば「水色の2階です」とか「オレンジ色の3階です」という言い方をするそうだ。

また、いろどりの杜ではコミュニティビルダーとして「はじまり商店街」という会社が業務委託を受けて関わっている。テーマのアウトドアとDIYに住人を巻き込むのが目的だ。「今ではすっかり住民の皆さんが自発的に関わるようになってきました」とコミュニティビルダーの辻麻梨菜さん。

敷地を利用したシェア農園も備えている。アクセントとしてオレンジや黄色を加え楽しい雰囲気を感じるキッチンはスケルトンタイプで、棚などが必要になる

バーベキューがコロナ禍の住人の暮らしを救った

住民が無料で利用できるバーベキューセットが庭の倉庫に置かれている。ダッチオーブンもあり、充実した装備だ住民が無料で利用できるバーベキューセットが庭の倉庫に置かれている。ダッチオーブンもあり、充実した装備だ

コミュニティの形成にコミュニティビルダーの果たした役割が大きい。

最初は、コミュニティビルダーである辻さんの声かけで、皆で庭の倉庫にある備品を使ってみようというところから始まった。倉庫にはバーベキューの機材が充実していて、敷地内には決められた場所にバーベキュースペースがある。住人はそれらを無料で利用できる。

いろどりの杜の入居開始時期が、コロナ禍と重なったこともあって、辻さんは当初、住人を集めることに躊躇もあったそうだ。しかし風通しのよい屋外ということもあって、バーベキューイベントは住人に好意的に迎えられ、年に何度も開催できた。コロナ禍だったからこそ、在宅時間が長く、なかなか遠くへ旅行できない状況で、庭でのバーベキューが楽しくなったのではと辻さんは振り返る。結果、住人間の距離が近くなったそうだ。ほかにも住人同士で、春には桜の下で集まったり、冬には鍋会をやって温まったりと、仲良く暮らす流れがスムーズに生まれた。

「逆にコロナがなかったら、みんな外にどんどん出て行って、仲良くなるのに時間がかかったかもしれませんね」と、住人の下出誠さんは言う。

住民が無料で利用できるバーベキューセットが庭の倉庫に置かれている。ダッチオーブンもあり、充実した装備だ住人でデザイナーの下出さん(左)とコミュニティビルダーの辻さん(右)

下出さんは、住人同士のコミュニティが形成されていくことに興味があって、いろどりの杜に住み始めたそうだ。住人のそれぞれのスキルを持ち寄ってイベントするのが楽しいという。デザイナーの下出さんは、昨年の10月のイベントで宅配ボックス等として使われている小屋の外壁に、ペインティングするイベントを開催した。黒い枠を下出さんが描き、住人や近隣の小さな子どもたちが、色を塗っていった。

最近は、いろどりの杜をテーマにミュージックビデオを作った住人もいた。まさに、コミュニティが自走してきたのだ。

住民が無料で利用できるバーベキューセットが庭の倉庫に置かれている。ダッチオーブンもあり、充実した装備だ住人のデザイナーが黒い線を描き、近隣の子どもも参加して色をつけていった

大工も常駐しているから初めてでもDIYに挑戦できる

住人が許可を取って壁に白い漆喰を塗った住人が許可を取って壁に白い漆喰を塗った

テーマであるDIYを実現できる手段として、大工に住んでもらっているのも特徴だ。月に1回、庭先でシェア工房を開いていて、DIYが得意ではない住人、DIYがほぼ初めての住人も多く参加している。「住人さんたちは、DIYといっても最初は何をしていいかわからないようです」と大工の鈴木大地さん。

最近のマンションは、作り付けの家具が多いなか、いろどりの杜は内装がスケルトンタイプのため、収納家具がほぼない。必然的に棚が必要になり、そこで、このシェア工房が役立つのだ。ちなみに、事前に管理会社へ申請して許可をもらうと、室内のベニヤ板の壁へ、ビスを打ったり、色を塗ることが可能になる。

「このようなものを作りたいんだけど、どうすればいいの?」と住人が工房を訪ねて相談する光景もよくある。鈴木さんは住人たちとホームセンターに一緒に行くこともあるそうだ。帰って来ると、住人はさっそく工房で道具を貸してもらい、購入してきた木材を切る。

住人が許可を取って壁に白い漆喰を塗ったDIYに利用する小屋
余った材料が倉庫に置かれていて、住人は無料で使用できる余った材料が倉庫に置かれていて、住人は無料で使用できる

鈴木さんの仕事は、カスタムカーの内装がメインで、現場に行くよりも、工房での作業が多いという。本来は、月に1日をアドバイスの日と決めているものの、顔なじみになると、別の日でも場所と道具を貸すことがある。電動ドリルなどは怪我のリスクがあるため、使う前に鈴木さんからしっかり注意があるそうだ。

夕方ぐらいになるとビールなどを持って工房にやって来る住人もいて、一緒に飲むことも。工房の正面には、駄菓子店があって、そこの店主とも鈴木さんはなじみになった。子どもたちの通学路なので、下校時間になるとたまり場になって、子どもたちは興味を持って工房をのぞきに来るそうだ。

住人が許可を取って壁に白い漆喰を塗った作業場でくつろぐ大工の鈴木さん。ここで住人同士の飲み会が始まることも

コミュニティのある暮らしやすさを実感し、地域とも連携へ

住人が作った住人のための壁新聞が、階段に貼ってある住人が作った住人のための壁新聞が、階段に貼ってある

住人は、いろどりの杜に住む以前とは、暮らしが大きく変わったと振り返る。

辻さんは、「以前は東京で約10年一人暮らしでしたが、オートロックじゃないと住みたくなかったですね。近隣の人に知られたくなかったし、知りたくもなかったです」と言う。
ここで、人との距離感や捉え方が変わったそうだ。挨拶の回数が以前と比較にならないほど多くなり、住人からは名前で呼ばれるようになった。

具合が悪くなっても、このいろどりの杜なら大丈夫、という安心感があるとデザイナーの下出さん。
「メッセージアプリでSOSを出せば、誰かが水とか買ってきてくれそうな気がしますね」と言う。先日も地震が起きた際には、お互いに「大丈夫ですか」と確認する連絡がすぐに回ってきた。

「今ここで飲んでますからいらっしゃいませんか」というお誘いなど、メッセージアプリを介した住民同士のリアルタイム回覧板的なものが機能しているようだ。


庭に並ぶシェアコンポスト庭に並ぶシェアコンポスト

最近では、住人同士の関わりを超えて、近隣との関わりも増えてきた。
「団地パンまつり」という近隣のパン店と組んだイベントには、住人も積極的に関わっている。イベントの設営から販売まで有志で集まり、近隣から好評のイベントとなっている。

敷地内には、シェアコンポストというものがある。外部の人からの依頼で、生ごみを堆肥にする場所を設置した。これは、近隣との連携という意味で始まった取り組みのひとつで、できた堆肥は敷地内のシェア畑で使う予定だ。

いろどりの杜という場が、環境を提供し、住人自身がコミュニティを育んでいる。もっとこのようなつながりが持てる場を増やしたいと、フージャースアセットマネジメントの担当者は言う。同じようなコンセプトをほかの物件でも展開できないかと、社内で検討しているのだ。
現代の都会では、手触り感のある暮らしが、求められているのだろう。今後の展開が楽しみだ。

住人が作った住人のための壁新聞が、階段に貼ってある団地パンまつりのポスターと会場の様子。近隣のパン店も参加する

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