一棟まるごとリノベーションとは?
一棟まるごとリノベーションで、古き良き時代の贅沢さと最新性能を併せ持つ超高級マンションが代々木上原に誕生した。歴史を重ねたヴィンテージだけが持つ趣があり、最新設備が揃った便利で快適なマンションと聞けば、一度は住んでみたいと思う人も多いのではないだろうか。
一棟まるごとリノベーション物件とは、賃貸マンションや社宅、雑居ビルなどを不動産事業者が一棟まとめて買い取り、共用部分も含め建物全体をリノベーションして再販するものをいう。
これまで、古くなった建物は解体して建て替えることが最終到達点であり、目標でもあった。スクラップ&ビルドの時代は終わったといいつつ、築30年~50年以内で建て替えられている例も多く、通るたびに素敵な建物だと思って眺めていたものが、いつのまにか無くなっていてがっかりすることもある。
一棟まるごとリノベなら、古い時代に建てられた建築物ならではのヴィンテージ価値や立地の良さ、敷地の広さなどはそのままに、最新設備と高い住宅性能を併せ持つ「いいとこどり」の建物に再生することが可能になる。
なぜ建替えではなくリノベなのか?一棟まるごとリノベーションのメリット
一棟まるごとリノベーションで再生したプラウド上原フォレストは、もとは築35年を超える高級賃貸住宅であった。当初は解体して新築マンションを建てる計画があったという。
なぜ建替えではなくリノベを選択したのか、その経緯や工事内容、実際の部屋の様子、販売価格などについて、野村不動産株式会社、住宅事業本部の竹田堅一氏に聞いた。
「本プロジェクトの場合は、建設当時の時代背景もあると思いますが、既存建物の造りや素材が優れており、現代で再現するとかなり高価な建築となるため、その価値を引き継ぐことができることは大きなメリットだと考えました」と竹田氏。
初めは解体して新築マンションを建てようという計画があったそうだが、この建物が建てられたのは1984年。これからバブル期に突入しようとする好景気の時代である。
今の時代にはなかなか使えないような高級素材が贅沢に使われていて、例えば外壁のアール部分のタイルは、1枚1枚が曲面状になったオリジナルのタイルで、石柱の奥に鎮座するエントランスドアは真鍮製、また随所にふんだんに天然石が使用されているなど、隅々までお金と手間が掛かった作りになっている。
リノベの際にはこれらをできるだけ生かすよう、例えばタイルはいったん剥がした後、特殊な溶剤につけて裏のモルタルを取り除き、改めてまた1枚ずつ貼り直したというのだから驚きだ。
エントランスのビフォー・アフターの写真を見比べると、豪奢なイメージはそのままで磨き上げられたような美しさがあり、街並みに美しく映える意匠性の高さ、ヴィンテージならではの風格がある。
「40年近い歳月をかけて街の風景となった建物や緑を残すことは、周囲に対しても意義のあることだと考えています。経年で深みを増した意匠や成熟した緑は、新築では得られない価値でしょう」と竹田氏。築年数を経た建物だからこその価値を見出し、一棟まるごとリノベーションのプロジェクトが始動したのである。
一棟丸ごとリノベーション+増築、スケルトンにして構造を根本から再構築
プラウド上原フォレストは、単純な一棟まるごとリノベーションでは床面積が不足していたとのことで、余裕のある敷地を生かし、増築を行なっている。
それ故、リノベーション部分と増築部分に性能の差が生まれないよう、リノベ部は一度スケルトンの状態にして、構造部分を再構築、最新性能を持つマンションへと再生させるべく計画が立てられた。
ヴィンテージと呼ばれる建物は、骨董価値に似て雰囲気は素晴らしいが、耐久性に不安があり、またそのまま住むとなると居住性や安全性の低さも問題となる。
例えば躯体や配管、電気設備などの老朽化、防災やセキュリティの不備、エントランスやエレベーター、ポスト、宅配ボックス、集会室などの共用施設も、新築に比べると見劣りがする。
また古い建物は概して性能が低いため、耐震不足で安全性に問題がある、断熱性能が低く冬に寒く結露がひどい、遮音性能が低く隣家や上下階、外部の騒音が気になる、室内も共用部分もバリアフリーになっていないなどの問題があることが少なくない。
「プラウド上原フォレストは、表層を綺麗にして割安で販売するリノベーション物件とは異なった計画となっています。増築を伴うハイブリットリノベーションであるが故に、安全性や居住性能では新築同等を証明し、第三者評価も受けています」と竹田氏。
設計開始時には3Dスキャンを用いた躯体調査、モデル化を行ない、竣工図と現状の違いを洗い出すところからスタート。その情報を基に構造を再構築し、梁補強などによって耐震性能を確保しているという。
建物の寿命を縮めるコンクリートの中性化に関しては、サンプルを採取して進行度を改めて評価し、耐用年数を予測する手法を新たに開発。ヴィンテージマンションで懸念されがちな住まいとしての寿命も、耐用年数65年以上の第三者評価を取得することで、建物の健全性を明確化している。
結果、増改築物件としては2例目、分譲マンションとしては初の長期優良住宅認定を取得、アフターサービスについても新築同等を保証しているなど、新築と遜色ない価値があることを証明したのである。
築古ならではの問題点、断熱や遮音も最新の性能を確保
断熱や遮音性能も大きく改善されている。
「既存建物に施されていた断熱材は全て撤去し、断熱等級4が確保できるよう再施工しています。またサッシは既存サッシメーカーに調査を依頼、断熱サッシ同等の性能を有しているとの見解を受領しました。単板ガラスは、複層ガラス(ガラス溝の不足している箇所には真空ガラス)に入れ替え、断熱等級4を取得しています」
古い建物で気になる音の問題も、一棟まるごとリノベーションならではの手法で改善されている。
概して古い建物は音が響く。筆者が知っているケースでも音問題に悩む人は多く、先日見た築50年のヴィンテージマンションは、立地やデザインから人気が高く、近隣よりも高価格で売り買いがされているのだが、実際に暮らしてみると遮音性能が低いため上下階や共用廊下からの音が筒抜けになっている。
集合住宅の場合、スプーンを落とした時などに出るコツンという「軽量衝撃音」は、遮音フローリングなど専有部分の改装で低減することが可能だが、飛び跳ねた時などに出るドスンという「重量衝撃音」は、スラブの厚みや梁スパンなど構造に依存するため、個人で改善することは難しい。
そのあたりについて竹田氏に聞いたところ、「住環境総合研究所監修のもと、既存建物で遮音実験を行いました。既存建物の遮音性能が低い居室がどこかを確認するとともに、協力会社と共に高性能2重床を開発することで、重量衝撃音に対する遮音性能を確保しました」とのことだった。
また、テレビや人の話声などの空気伝播音に関しては、「壁式構造であったため、壁厚が確保されていたため遮音性は低くありませんでした」とのこと。住戸内の遮音性能は、野村不動産の代名詞ともいえるマンションの高級ブランドのプラウドの新築と同基準で施工されているとのことだった。
中古リノベで問題になりがちな排水問題は最新技術でカバー
個人のリノベで問題になることが多い排水問題についても聞いてみた。
古いマンションは階高が低いため排水勾配がとりきれず、水まわりの自由度が低かったり、排水詰まりを起こしたりといった問題が起きやすい。さらに築年数が古いマンションでは、階上の排水管が階下の天井裏に配管されていることもあり、間取り変更に大きな制限がかかることもある。
プラウド上原フォレストも、既存建物は床が直仕上げで床下排水だったが、二重床に改修し、レイアウトフリーのサイホン排水を採用することで、2.5mの天井高さを確保しつつ、水まわりのレイアウトの自由度を高めることに成功している。
サイホン排水とは、こう配無しで排水ができるシステムで、最大14mまで接続ができるため、床の懐を最小限に抑えて天井高さを確保しつつ、水まわりの移動がしやすくなる。
個人でできるリノベは専有部分に限られ、また大規模修繕があるといってもあくまでも修繕が中心のため、根本的な問題の解決には至らないことも少なくない。一棟まるごとリノベなら、構造から見直しつつ最新技術を取り入れていくことで、建物の性能や居住性を大幅に向上させることができるというわけである。
風格を感じるエントランス、ディティールや素材、意匠を最大限保存
外観デザインに関しては、前述のタイルをはじめ、今となっては作るのが難しい贅を尽くしたつくりになっているため、その素材やディティール、意匠を最大限保存するべく、随所に細やかな工夫がなされている。
外装タイルは打診調査をした上で、特殊な工法により既存タイルを再施工。エントランス部は石と取り合う袖枠はそのままに、真鍮製の開きドアを再利用して自動ドア化し、雨どいはドア同色に再塗装、太い石の円柱と床の本石水磨きは再利用をしている。
リノベーションやリフォームで、再利用する部位をキレイに残すよう解体するのは、非常に手間がかかる。一気に壊して新しく作り直す方がずっと楽なのだ。ヴィンテージの良さを生かすためには、いかに熟練した技術と手間が必要になるかがよく分かる。
こちらは新しく生まれたエントランスホールである。積み重ねた時間の重みを感じさせる空間だ。
「既存建物は、1次セキュリティしかなく、エントランスホールのような空間は確保されていませんでしたが、風除室上部にあった外部空間にサッシを設け、2層吹き抜けのエントランスホールを設けました」と竹田氏。
「他にも各階のエレベーターホールに設置されていたシャンデリアは、LED化して復元。その他、既存建物の意匠性を損なうことなく各所部材や設備を刷新しています」
もちろん電気設備やセキュリティ、エントランス、エレベーター、宅配ボックス、インターネット回線なども最新の設備が取り入れられ、最新鋭のマンションとなっている。
新築を超える価値を生み出した一棟まるごとリノベーションの魅力
プラウド上原フォレストでは、周囲の植栽も最大限生かすように計画が進められたという。「ヴィンテージの風合いや既存樹木の成熟した緑量は、新築では得られない価値と考えています」と竹田氏はいう。
新設された擁壁はカバードコンクリートによる補強を行ない、40年近くかけて成長した幹の太い樹木を傷めないように配慮をした工法で行われている。またテラスまわりも既存樹木を生かしつつ、コケ類から低木までを植えなおして再生している。
さて気になるプラウド上原フォレストの価格について聞いてみたところ、「販売価格としては周辺新築分譲物件同等かそれ以上かと思います」とのこと。竣工後、約1年で完売。野村不動産のリノベ事業に共感をして購入した人もいたという。
築35年を超える建物が、まさに新築を超える超高級マンションとして再生したのである。
壊してつくり直すのではなく、古き良き建物を再生することで生み出される魅力とメリットには計り知れない価値がある。「上原同様に残す価値のある建物が取得できれば、リノベーションによって新築では得られない価値を有した住宅をつくりたいと考えています」と竹田氏。
もちろん一棟まるごとリノベーションといっても工事内容は物件ごとに大きく異なる。しかし建物の到達点が建て替えではなく、一棟まるごとリノベーションが当たり前になれば、それに相応しい建物が増えていくきっかけになるかもしれない。暮らした時間をただ消費するのではなく、次世代へと繋ぎ重ねていく持続可能な建物が求められている。これからの動向に期待したい。
取材協力:野村不動産株式会社
公開日:
















