大規模な再開発が進む熊本市。新しくなるまちでリノベに取り組む意義は?
九州各地プラスアルファのDIYまちづくり最前線をリモートでつなぐ『九州DIYリノベWEEKENDオンラインステーション』。福岡・熊本・鹿児島・長野の全23ケ所を巡りながら、現場のリアルな声を発信してきた。コロナ禍の2020年11月にスタートし、約1年かけて2021年10月2日にゴール。動画はアーカイブされており、後追い視聴も可能だ(記事末尾参照)。このなかから前回、福岡県八女市で空き家再生に取り組む中島宏典さんのインタビューを紹介した。
今回は、中島さんが聞き手となって熊本県熊本市を訪問する。熊本県立大学准教授の鄭一止(チョン イルジ)さんが、市内で活躍する末次宏成(すえつぐ ひろあき)さん、面木健(おもき たけし)さんを紹介。
熊本地震から5年が経過し、駅前や中心市街地で大規模な再開発が進む熊本で、リノベーションに取り組む意義とは? オリジナリティあふれる、2人のイノベーターの活動に迫る。
空き家再生の連続が、結果としてエリアリノベーションに
末次宏成さんは、DIY賃貸の草分けとなった「ニレノキハウス」、放置空き家を1棟貸しゲストハウスに生まれ変わらせた「スミツグハウス」、入居者が稼げる賃貸民泊「オビハウス」と、ユニークなビジネスモデルを次々に生み出してきた。親から引き継いだ「ニレノキハウス」を除けば、ほとんどが家主から建物を借りて事業を営んでいるのも特徴だ。おのおのの物件では、コロナ禍を経て、新しい使い方・暮らし方が試みられるようになっている。
中島:今回の会場である「スミツグハウス アトリエ」一帯には、もともと4軒の空き家があったそうですね。
末次:最初は、西側にあった空き家1軒の再生の検討から始まりました。そこは結局、新築住宅に建て替えたんですが、そのときに見つけたのが、今1棟貸しのゲストハウスになっているスミツグハウス2軒です。大家に掛け合って安く貸してもらって改修しました。そうしたら、それを見ていた隣の空き家の持ち主から、うちのも買ってくれないかと打診されたんですよ。
中島:スミツグハウスは賃貸だけれど、今回は買ってくれと。
末次:けれども、その空き家の敷地は建築基準法の接道基準を満たしておらず、そのままでは使えませんでした。そこで、隣のビルの持ち主から駐車場1台分の土地を譲ってもらって道路につなぎ、このアトリエを新築したんです。
鄭:敷地もリノベーションしたわけですね。
末次:結果として、約10年かけて、エリア全体をリノベーションすることになりました。
宿泊業はリノベーションと親和性が高い。ゲストハウスの主役はホスト
中島:末次さんはもともと、建築がご専門なんですよね。
末次:オランダの風車の研究をしていました。あの風車には人が住んで、リノベーションを繰り返しながら生活しているんです。なかにはゲストハウスを営んでいるものもあって、そこに泊まった経験が、スミツグハウスの原点です。私にとって宿泊業は副業ですが、副業、宿、旅といったキーワードには、リノベーションに通じるものがあると感じています。
中島:私も八女の古民家で宿を営んでいますが、お客さんからリノベーション前のことをよく聞かれます。昔はどんなふうに使われていて、材料はどこから調達したのかとか。はじめのうちはうまく答えられませんでした。
末次:勉強せざるを得なくなりますよね。観光客って、訪れたまちの歴史に興味を惹かれるようです。リノベーションのビフォーアフターと同じ。絶えず更新していくまちの姿を伝える役割が、宿のホストにはあると思います。
中島:確かに。私もよく泊まり客と夜遅くまで話し込みます。その人がリピーターになってくれたり、ついには移住してきたりすることもある。旅をしながら、次の暮らしを探しているのかな。
末次:宿よりも、ホストに会いたくて来てくれる人も少なくないと思います。そのホストならではの案内に価値がある。
中島:空間だけではない価値が求められるんですね。末次さんが手掛けたオビハウスも、賃貸住宅の入居者が、おのおの民泊のホストを務めるものです。賃貸で稼ぐというのも画期的ですね。
末次:あの長屋を借りてもらうには、入居者にもメリットが必要だと思いました。民泊を営むことで入居者が主役になれて、ゲストを迎えて収益も得られる、豊かな暮らしが実現できるのではないかと考えたんです。これもスミツグハウスから派生したアイデア。私自身も家主から空き家を借りて宿を営んでいますから。
市中心部の商店街で、“建てない”場づくりを試みる「オモケンパーク」
面木健さんは、熊本市中心部にある上通商店街の、ビルオーナーの3代目として生まれた。そのビルは、熊本地震で大規模半壊。建物は解体を余儀なくされ、面木さんは、更地売却でも建て替えでもない、新たな道を選ぶ。それが、私設公園「オモケンパーク」だ。2018年の当欄記事では、空き地の状態での社会実験をレポートした。その後、地元の小国杉のCLT(直交集成板)を使って、敷地の一部に小さなカフェ兼ギャラリーを建てている。庭には阿蘇の木々を植え、100年前からある井戸を復活させた。
中島:これもまた斬新なアイデアですが、どこから思いついたんですか?
面木:はじめは私もテナントビルの再建を考えたんです。でも、試算すると建設費に2億円かかり、25年ローンで月の返済額は85万円。回収するにはそれだけの家賃を設定しなくてはならず、地元のお店にはとても払えません。仮にナショナルチェーンが借りてくれても、商店街から熊本のローカル色が消えてしまう。それは避けたいと思ったんです。
鄭:それで、解体したあとしばらくは空き地のまま、社会実験をなさったんですよね。
面木:空き地に掘っ立て小屋をいくつも立てて、まるで東南アジアあたりのマーケットみたいでした。更地のまま使うことで、誰もがプレーヤーになれることが発見でしたね。商店街のテナントビルだと、どうしても家賃を払った人しか使えないと思い込みがちですから。建物はなくても、場はつくれるんです。
中島:仮設だからこそできることですね。いきなり建物を建ててしまうと後戻りできませんから。段階を踏んでプロセスを見せる、まさにリノベーションの手法です。
面木:オモケンパークは果たしてリノベーションといえるのかと、いつも自問しています。明治時代に先々代がここに来て、漆工場、靴屋、テナントビルを経て地震で建物がなくなって、今はこうして公園のように使っている。その変遷がリノベーションかな、と思っています。
中島:私たちはコロナ禍によっていろんなことに気付かされていますが、まちなかにこういう憩いの空間があって、風通しよく語り合える場があることは、とても安心感があって、潤いがありますね。
面木:それこそが、ストリートの役割だと思います。熊本地震の直後、ほとんどのお店が閉まっているなかで、ひとびとが通りに出てお互いの無事を確かめ合っていた光景が忘れられません。そのときに、ストリートとは、心と心が通い合う場所なんだと痛感したんです。
次世代のアイデアを集めながら、熊本の魅力を発信する場に育てたい
中島:面木さんも、末次さん同様、本業はほかにあるそうですね。
面木:会社員として、広報課でSDGsや地域貢献活動を担っています。オモケンパークでも、やっていることは同じなんですよね。「新しい価値観で再生」「ソーシャルグッドであること」が自分の使命だと思っています。
中島:オモケンパークの収益源は?
面木:基本的には場の提供で、カフェも直営です。これからはカフェスタッフにも、場づくりやコミュニティデザインを意識してもらいたい。場所というのは、自分だけのものにしておくと、アイデアも自分だけで終わってしまいます。私は土地所有者なので、自分なりの場づくりをする役目があると自覚していますが、それは全体の50%に過ぎません。あとの50%は、これからの時代を担うプレーヤーの活躍の場であってほしい。 その人たちと力を合わせていきたいと思っているところです。
中島:熊本では、駅前でもバスターミナルでも大規模な再開発が進んでいます。そのなかで、古くからの商業地である上通商店街の位置付けはどうなっていくんでしょう。
末次:冒頭で面木さんが語った「熊本のローカル色」がヒントでは。面木さんはオモケンパークで、ローカル色を埋め込むための器をつくっているように見えます。カラフルで多様性のある器を。
面木:私の趣味はトレイルランニングなんですが、オモケンパークから数キロも行けば豊かな森や湖があるので、アウトドアアクティビティは日常の一部です。そんな熊本の楽しみ方を伝えたいですね。だからオモケンパークの屋上は、キャンプやピクニックをイメージした設えなんです。
末次:宿泊業を営む立場から見ても、オモケンパークには、地元の人も気付いていない、熊本の良さを伝えられるポテンシャルがあると思います。
面木:熊本の魅力や文化を積み上げて、このまちに住んで良かった、来て良かった、また来たいと思える、シビックプライド醸成の場になれるといいですね。
面木:オモケンパークを設計してくれた若い建築家の話が面白かったんですよ。彼の先輩世代は、設計した建物には最後まで責任を持ちたいと考える。しかし、彼らの世代は、のちのちいろんな人の手が入って変化していくことも、あらかじめ織り込み済みだというんですね。
末次:ニレノキハウスはまさにその考え方で、自由にDIYできることを賃貸住宅の新しい価値に位置付けました。結果、入居者が自分のお金で建物をよりよくしてくれて人気が出た。リノベ好きの人が集まってコミュニティーが生まれ、そのことも付加価値になりました。最近では、東京に住んでいた陶芸家がニレノキハウスの土間付き住戸に目を付けて引っ越してきてくれて、ろくろや電気窯を入れてアトリエにしています。コロナ禍の影響で、移住者も増えましたね。
空き家の持ち主が悩んでいる間だけ、安く借りて事業を営む
中島:末次さんは、空き家を賃借して宿にリノベしていますよね。収支はどうなっているんでしょう。
末次:私が借りる空き家は、そもそもコンディションが相当に悪く、家主も持て余しているので、かなり安く借りられるんです。スミツグハウスは1軒あたり500万円ほどかけて改修しましたが、宿にしたので収益性も高く、約3年で回収できました。オビハウスは開業半年でコロナ禍に突入したので、まだ先は見通せませんが、家賃が安いので焦る必要はないし、実験しているような感じです。
中島:投資を回収したあとはどうするんですか。
末次:だいたい5年ぐらいで資金が回収できるように計画していて、その先はあまり考えていないんですよ。
中島:どうして5年なんですか。
末次:空き家の持ち主って、どう処分するか決められなくて悩んでいるケースが多い。だから私は、その悩んでいる間だけお借りすることにしています。あまり長すぎてもいけないので、5年程度で事業が成り立つかどうかを見ています。回収後は、持ち主にお返しするのが前提です。
空き地や空き家が増えることは、自由な場所が増えること
末次:私と面木さんの共通点は、本業でもなく、個人でできる範囲でリノベーションに向き合っていることですね。親の世代から引き継いだものを、どう生かして、次の世代に渡していくか。
鄭:引き継いだ空き家を売って逃げるか、真正面から立ち向かうか。後者は難しいし大変そうだけれど、初期費用は抑えられるし、新たなライフワークを生み出す可能性があるんだと、お2人の話を聞いて思いました。どんどん実験していただきたいですね。
面木:見えるデザインより、見えないデザインを追いかけたい。オモケンパークは余白だらけの空間ですが、その余白に価値を見出してシェアしていくのが、右肩下がりの時代のポジティブな生き方ではないでしょうか。都市の空洞化が進むことを“スポンジ化”などというけれど、それならば、たっぷりと水を含んだ豊かなスポンジになればいい。そんな気持ちで取り組んでいます。
中島:まちに空き地が増え、空き家が増えることは、自由な空間が増えることでもあるんですね。今まで使えなかった場所を、どうやって使えるようにするか。福岡にも共通する課題ですが、お2人を見ていると、熊本のほうが進んでいるかもしれないなと思いました。
■元動画はこちら
https://youtu.be/tK46nXAPO1k
オンラインステーション:福岡ビルストック倶楽部YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCd-nd9RQWXCqUt5TV_OVvGQ
■スミツグハウス https://sumitsugu.house/
■オモケンパーク https://omoken-park.jp/
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