市域の約60%を森林が占める愛知県岡崎市

愛知県のほぼ中央に位置し、隣の豊田市とともに西三河を代表するまち岡崎市。徳川家康公の生誕地としても知られる歴史薫るまちは、2006年1月に隣接する額田町と合併したことで市の面積の約6割を森林が占め、豊かな自然もまちの財産となっている。

森林の種類を見ると6割近くが人工林。そのうち46.3%がスギとヒノキで、大部分は高度経済成長期に植えられた樹木のため大きく成長し収穫期を迎えている。収穫期は「伐期適齢期」とも言えるが、木材価格の低迷や人手不足などさまざまな要因で多くの人工林が放置されているのが現状だ。

岡崎市には、豊かな水源の森を守り、未来へつなげていくキーステーション「水とみどりの森の駅」とされる場所がいくつかある。その一つが、おおだ山(標高262m)を中心とする「おおだの森」</br>見晴らしが良いここは、山歩きやトレッキングを気軽に行えるほか、森林整備活動も行われている岡崎市には、豊かな水源の森を守り、未来へつなげていくキーステーション「水とみどりの森の駅」とされる場所がいくつかある。その一つが、おおだ山(標高262m)を中心とする「おおだの森」
見晴らしが良いここは、山歩きやトレッキングを気軽に行えるほか、森林整備活動も行われている

少し話は飛ぶが、木々が健全に育つために不可欠とされる「間伐」は、どうして必要なのかをご存じだろうか?

森林はさまざまな働きを持っているが、例えば、間伐が行われていない放置林は林内が暗く、地表に他の植物が生育できないため、雨水や流水による表土の浸食が発生してしまう。それにより、土壌が水を貯え時間をかけて河川に流していく水源かん養能力を十分に発揮できず、台風や豪雨などの際に土砂災害や洪水発生の危険性が高まり、いわゆる「緑のダム」機能の低下が危ぶまれる。

間伐が行われていれば、森林内に適度な陽光が射し、地表面の低木や草、落ちた葉や木の根などによって土壌が崩れにくくなる。そして、植生が豊かになることで多様な動植物の生息環境も保たれる。本来森林が持っているさまざまな働きが機能できるように、また、良質な木材をつくり出せるように、樹木の本数を調整する「間伐」を適切に行うことが求められるというわけだ。

岡崎市には、豊かな水源の森を守り、未来へつなげていくキーステーション「水とみどりの森の駅」とされる場所がいくつかある。その一つが、おおだ山(標高262m)を中心とする「おおだの森」</br>見晴らしが良いここは、山歩きやトレッキングを気軽に行えるほか、森林整備活動も行われている"こどもが自然の中でわんぱくに遊べる森"である「こども自然遊びの森 わんpark」も「水とみどりの森の駅」の一つ
岡崎市には、豊かな水源の森を守り、未来へつなげていくキーステーション「水とみどりの森の駅」とされる場所がいくつかある。その一つが、おおだ山(標高262m)を中心とする「おおだの森」</br>見晴らしが良いここは、山歩きやトレッキングを気軽に行えるほか、森林整備活動も行われている清流と森林が織りなす自然美が美しい「水とみどりの森の駅」といえば、本宮山自然公園内にある「くらがり渓谷」。秋は渓流を赤や黄色に染める艶やかな紅葉も人気のアウトドアスポット

森林づくりは100年の計。「岡崎市森林整備ビジョン」を策定

社会環境や経済情勢も変わったことを踏まえ、岡崎市では策定から10年後の2020年に見直しが行われ、今年3月にビジョンを改訂社会環境や経済情勢も変わったことを踏まえ、岡崎市では策定から10年後の2020年に見直しが行われ、今年3月にビジョンを改訂

適切に間伐が行われず放置されている人工林が多くある状況は全国各地で課題となっているが、市域の大半は森林で、その森林を水源地とする水資源にも恵まれている岡崎市もそれは同じ。

そこで市では、ちょうど「愛・地球博」が開催された頃の2010年に、森林づくりの基本的な計画となる「岡崎市森林整備ビジョン」を策定。計画期間は100年で、まさに森林づくりを"100年の計"として2110年の長期目標で望ましい森林の姿を目指している。
10年前から進めているその森林整備ビジョンには複数の施策が示されており、これまでには、地域材での公共施設建築や市産材利用住宅への補助金交付など、地域の木材や間伐材利用が積極的に行われてきた。

その中でも筆者が興味を持ったのが、"森林整備人材育成"事業だ。人材育成といっても、比較的ライトな…と表現すればよいだろうか? 森林づくりの"はじめの一歩"につながる講座を市が展開しているのでご紹介したい。

山林が身近なまちだからこそ、大切に守り育てるための担い手づくりにも注力

森林整備人材育成事業について伺うために岡崎市森林課を訪ねた。

同課は中心市街地にある市役所庁舎ではなく、豊かな自然に囲まれた額田センター(旧額田町役場)にあり、建物に入ったとたん天然木の香りが鼻をくすぐった。
実はここも森林整備ビジョンの一環で建て替えられた施設で、至るところに良質な市産材が多用されているのだ。

「岡崎の森林に寄り添っていただける方を増やしたい」と、岡崎市経済振興部森林課・髙田 欣岳さん「岡崎の森林に寄り添っていただける方を増やしたい」と、岡崎市経済振興部森林課・髙田 欣岳さん

岡崎市経済振興部森林課の髙田さんによると、岡崎市は「市街地から森林が近い」ことが特徴なのだとか。

働き方や生き方の価値観が変化し、ワーケーションやデュアルライフも珍しくない昨今。岡崎市は、車で30~40分も走れば街中から緑豊かな自然環境に飛び込める距離感ゆえに思い立てばすぐに山に入ることができる。
例えば、中心市街地に住居を構えていても、ふらりと出かける感覚で山の手入れに行けるし、日常的に緑の中でのリモートワークも行えるし、山仕事を兼業にして複数の仕事をメリハリをつけて行うこともできる。週末のみ営業の森の喫茶店を開いたりすることだって行いやすい。
言ってみれば、「いまの仕事を辞めて林業に転身!」など白か黒かの決断をしてどっぷりと林業に身を置かずとも、街中と森林との行ったり来たりがしやすいゆえに、自分のペースで森林と関わりやすいロケーションでもあるようだ。

このように、森林や山が身近にあるまちだからこそ、市民を対象に、森林の持つ機能や森林整備の理解を深めてもらおうと森林整備の人材育成を目的とした講座を開催しているという。

その一環として開催されているものに「森の女子会」がある。

山仕事は男性のイメージ? ならば、女性だけが気軽に林業体験できる機会を!

これまでにも、地元有志たちによる「きこり塾」と銘打った森林整備人材育成講座は10年ほど前から開催されていたそうだが、山仕事はどうしても男性のイメージが強い。実際に林業の世界では男性が多くを占める。
女性が山や森林に興味を持っていても大勢の男性の中には飛び込みにくいとされがちだったそうだが、アウトドアが好きな女性や自然好きの女性も少なくない。ならばいっそ女性限定の講座を行っては? との声が挙がり、4年前から一日体験講座の「森の女子会」をスタートさせたのだとか。

女性が一人でも気軽に参加して森林体験ができるように、また、森林への興味を持ってもらえるようにと誕生した「森の女子会」は、講師を務めるのも女性。毎年恒例の「きこり体験」、年によって変わる「ものづくり体験」、そして自然の中にある人気店での昼食を楽しむ…という講座内容で、毎年秋頃に開催される。
女性に喜ばれる内容になっているため毎年好評で、昨年度は10人の"森女子"が参加。20代~70代と参加女性の年代も幅広く、一人参加はもちろん、親子・友人・グループでの参加もあり、和気あいあいと行われるそうだ。

参加者も講師も女性。楽しい体験内容も好評の「森の女子会」

事前に講習を行い、女性講師の指導の下で体験するため初心者も安全に行える「森の女子会」</br>きこり体験では、実際に山に立っている木をのこぎりを使って自身で倒したり、チェーンソーで横たわっている木を縦に切ったりなどを行う。大きな木を自力で倒すのは達成感も格別だとか!事前に講習を行い、女性講師の指導の下で体験するため初心者も安全に行える「森の女子会」
きこり体験では、実際に山に立っている木をのこぎりを使って自身で倒したり、チェーンソーで横たわっている木を縦に切ったりなどを行う。大きな木を自力で倒すのは達成感も格別だとか!
事前に講習を行い、女性講師の指導の下で体験するため初心者も安全に行える「森の女子会」</br>きこり体験では、実際に山に立っている木をのこぎりを使って自身で倒したり、チェーンソーで横たわっている木を縦に切ったりなどを行う。大きな木を自力で倒すのは達成感も格別だとか!ものづくり体験に関しては、一昨年は「茶摘み体験」、昨年は「ゆずシロップ作り体験」が行われた

「人工林間伐養成講座」なども開催。森林整備の人材づくりや山への関心の高まりを期待

「森林整備人材育成講座」の様子「森林整備人材育成講座」の様子

補足になるが、「森の女子会」だけでなく、当初から行われていた「森林整備人材育成講座」も毎年秋に基礎編と実践編に分けて開催されている。
基礎編である「人工林間伐養成講座」は5日間の講座。2日間の座学で森林整備の知識を習得し、チェーンソーの整備や分解、山の危険となるハチやダニなどについても学ぶ。また、木を切る場合は「受け口」「追い口」が必要なことなどの切り方を学び、実際に市有林などの山林に入って実践も行う。
実践編の「山主自伐支援講座」は3日間。立木を切っても倒れてくれない場合があるため、その対処法や大きな木を一人で倒す方法などを学ぶそうだ。

これらの講座には、森林を所有している人が手入れ方法を学ぶために参加したり、林業に興味がある人やボランティアで市内の人工林間伐を行いたいと思っている人など毎年10人ほどが受講しているという。
加えて、森林整備を行っている人を対象として、チェーンソーなどの整備や安全に木を切る方法を再確認できる「人工林間伐フォローアップ講座」も行っている。

ともあれ、昨今はキャンプブーム・アウトドアブームも手伝って山や森林への関心なり愛着を持っている人がとても多い。自然を想うことに性別や年齢は関係なく、その関わり方は公私どちらでも、ディープでなくてもライトでも構わないのではないだろうか。

「森林が近いまち」は"市街地で暮らしながら森と関わる"こともスマートに行えるだろうし、市の主導で女性限定の森林人材育成講座を進め、行政が積極的に女性が山や森林と関わることのハードルを下げてくれているのは好ましい。その"はじめの一歩"が、健やかな森林づくりにつながることはもちろん、岡崎市への移住面でも好影響をもたらすかもしれないとも思う。

男性が多いとされる分野だからこそ、ここでも女性参画・女性活躍のフィールドを拡大できれば素敵なこと。将来にわたって守り育てたい、まちの大切な財産である森林を愛する「森女子」たちが増えることを期待したい。

「森林整備人材育成講座」の様子立木が多い森林は倒れた木を引っ掛けてしまう「かかり木」にも注意が必要。危険をはらむため安全第一の講座となる
「森林整備人材育成講座」の様子(一財)日本総合研究所が2020年秋に発表した「都道府県別幸福度ランキング」の中核市ランキングで、岡崎市は48中核市の中で総合2位!便利な都市機能と豊かな自然のどちらも擁するまちゆえに、双方を享受できる暮らしがしやすいことも魅力だろう

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