「みんなのうえん北加賀屋」とは
Osaka Metro四つ橋線「北加賀屋」駅から歩くこと約5分。交通量の多い南港通りから少し入った住宅街の一角に「みんなのうえん北加賀屋」がある。第1、第2農園合わせて40区画。一見、「空き地」に野菜を植えているだけに見えるが、この都市部の駅近という立地を生かした「コミュニティ農園」は、市街地の休眠土地の再生だけでなく、地域活性の役割を担う重要な拠点になっている。今回、運営団体である、一般社団法人グッドラックの金田康孝氏に、この10年間の取組みと地域に対して果たした役割についてお聞きした。
「みんなのうえん」のある北加賀屋エリアは、空き家や工場跡地などの遊休不動産にアーティストやクリエイターを呼び込み「芸術・文化が集積する創造拠点」として街を再生する「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」を2009年から展開している。その流れの一環として、「食」と「農」をテーマに、若い世代と地域住民をつなぐ「コミュニティ農園」というコンセプトのもと、2011年にスタートしたのが「みんなのうえん北加賀屋(当初はクリエイティブファーム)」である。
土地を所有する千島土地株式会社とコミュニティデザインを専門とする「studio-L」、地域交流の促進を担当するNPO法人Co.to.hana(コトハナ)の3者が協力し合う形でスタートしたのだが、具体的なノウハウやマニュアルがあるわけではなく、運営方法などはまさに手探り状態。地域の人々やクリエイターたちと議論を重ね、試行錯誤を繰り返した結果、2012年7月に約150m2の住宅跡の空き地が「みんなのうえん」として開園したのである。
コミュニティ農園としての取組み
農園といえば郊外のイメージがあるので、都市部の農園を借りる人は少ないと思ったのだが、都市部だからこそニーズがあるという。
「農園が遠方だと毎週通うのは手間と時間的な面からも負担が大きく、続かないことが多い。逆に、都市部であれば手軽に来られるので長く続けられるのです」(金田氏)
実際、自転車で20分圏内に住んでいる人が多いそうで、長く続けていくためにも、都市部であることが強みになるのである。
「コミュニティ農園」の目的は、農園を利用する人同士が交流することなので、軌道に乗るまではサポートが必要になる。当初は、近くの事務所で懇談会を設定したり、さまざまなイベントを企画するなど、農園利用者同士がコミュニティを育む機会の創出に力を入れていた。その取組みを続けていく中で、単純に野菜を育てるだけでなく、利用者同士による自発的な活動が出てくるようになってきた。
例えば、やりたいことに挑戦する部活動もその一つ。自分たちで醤油を作る「醤油部」、石窯でピザを焼いて食べる「石窯部」、料理をつくる「献立部」や「田んぼ部」、最近は「ビオトープ部」などもあるそうだ。それぞれの知識や技術、人脈を活用して、農園の枠を超えて自分がやりたかったことを仲間と実現する場になっているのだ。
また、農園に隣接する文化住宅内の「みんなキッチン」などのスペースが、懇親会やイベントなどの交流場所となっていることも忘れてはならない。農園だけでなく、交流できる場所もセットで用意しておくことが、コミュニテイを育む上での重要な要素なのである。2014年には、コミュニティ活動をさらに強化するため、「一般社団法人グッドラック」が設立され、事業運営を引き継いでいる。今後の更なる進化が楽しみである。
「みんなのうえん」が、10年間で地域に対して果たした役割
この10年間「みんなのうえん」が地域に対して果たした役割はいろいろあるが、まずは、「地域の人たちの意識が変わったこと」が大きいという。
スタート前のワークショップでは、地元の方々の反応は正直あまり良くなかったそうだ。例えば、当初はチームで野菜を育てるという運営方針であったが、年配の人にとっては、他のエリアから人が来ることや、苦労して育てた野菜をシェアするという考え方が受け入れられなかったからだ。
それでも、さまざまなイベントを定期的に実施し、根気強く活動をしていく中で、コミュニティができる良さに気づき、徐々に協力者が増えていった。地元の有志による子ども食堂「ニコニコ食堂」が月1回開催されるなど、地域の課題に取組む場として利用されていることからも、地域との関係性の良さが分かる。
そして、この農園がきっかけで北加賀屋の魅力に気づき、移住する人や、お店を出す人も増えてきた。古い文化住宅などをリノベーションして貸店舗にするなど、街ぐるみの取組みにより、新しい人の流れが生まれているのである。
また、地元の企業、アーティスト、区役所などと共同して毎年実施されるアートのお祭り「すみのえアート・ビート」の中では、「北加賀屋みんなのうえん祭」という大規模なマルシェを開催している。約1万人が訪れるビッグイベントであり、「みんなのうえん」は「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」における重要な役割を果たしているのだ。プロジェクト開始から約10年が経過し、「みんなのうえん」は、地域を巻き込んだ交流の拠点として、なくてはならない存在になっている。
遊休地再生の手段としての、貸し農園の可能性
都市部での貸し農園は、市街地再生の一つの手段であるが、住宅街の遊休地を農園にするにあたり、地目を畑に変更するなどの手続きはいらないのだろうか?
実は、「みんなのうえん北加賀屋」の地目は宅地のままで、畑に変更してはいない。空き地をそのまま農園として活用することに問題はないようである。もちろん、補助金の利用や、地目変更を行った上で特定農地貸付法、都市農地貸借法(生産緑地地区内の農地が対象)を利用して税制面での恩恵を受けるという手もあるが、資金面に関していえば、工夫すれば自立して運営することが可能だそうだ。
「みんなのうえん」の料金体系は、月額5,000円/1区画、栽培作業のサポートが付いているサポートコースは月額7,000円/1区画。他には、入会金6,000円と年間更新費3,000円、施設利用費500円が必要になる(2021年6月現在)。1区画あたりの料金としては少し高めだそうだが、新しい出会いやコミュニティに参加できる付加価値を考えると決して高くはない。また、「みんなのうえんクラブ」というファンクラブがあり、農園を借りていなくても会員限定のイベントなどに参加することができるのもよく考えられている。年会費1,000円で、約300人の会員がいるという。
その他にも、貸し農園を運営するために必要な条件をお聞きすると、以下の4つが重要とのこと。
1. 継続的に月会費を払う利用者が見込める場所
2. 電車などでアクセスしやすい場所
3. 日当たりや広さなどの土地の環境
4. 土地オーナーの意気込み
特に最後の土地オーナーの意気込みというのは、プロジェクトに共感し、長期にわたり地域貢献のために土地を貸してくれる気持ちがあるということである。また、地元の方々との日頃のコミュニケーションや、農園を使う人がマナーを守ることも重要。早朝から作業したり、夜遅くまで騒いだりすることは避けなくてはならない。
とはいえ、場所によって条件が違うので、「みんなのうえん」の取組みをそのままコピーすればコミュニティ農園を展開できるわけではない。その場所にふさわしい、その場所でしかできない運営方法を作り上げることが求められるのだ。
新型コロナの拡大で、さらに農園を借りたい人が増加
2020年からの新型コロナウイルスの拡大により、緊急事態宣言発令中はイベントは中止。交流の機会が減っているのは残念であるが、逆に、農園を借りる人は増えたそうだ。特に、「子どもを連れたファミリーの姿が目立つようになった」とのこと。それまでは、女性の比率が70~80%で、一人で来ることが多かったのが、最近は男の人の姿が増えている。旅行に行けず、行くところがないからという理由もあるだろうが、土に触れる楽しさを知り、さまざまな気づきが起きているからだろう。子どもにとっては、野菜がどのように育つのか、農作業とはどういうものかを知るいい機会になるので、教育の一環として考えられている方も多い。開園当初、小学5年生だった子どもが大学生になって遊び来たことがあったそうだ。倉庫のコンクリートを練ったことを覚えているということなので、この農園は子どもにとってはふるさとのような位置づけになっているのだろう。新型コロナの影響で、農園やコミュニティに対する関心は、逆に高まっているようである。
都市部の「コミュニティ農園」というコンセプトは、地域の人々の交流拠点として機能しやすく、都市再生の手段としての可能性の高さを感じた。
ただ、「農園だけがあってもだめで、人を集めてコミュニティをマネジメントする力が必要。誰が運営するのかがとても重要なのです」(金田氏)と言うように、プロジェクトの背景には、街の未来を良くしていこうという熱い思いと使命感を持って運営していく人々の存在が不可欠である。
自立した「コミュニティ農園」が、各地の地域コミュニティを活性化していくことを期待している。
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