消滅可能性都市への危機感が生んだ施策

今回取材をさせていただいた飯能市の小見山氏。現地案内は土日もOKとのことだ今回取材をさせていただいた飯能市の小見山氏。現地案内は土日もOKとのことだ

「農のある暮らし 飯能住まい」は、国の施策である「優良田園住宅制度」に、飯能市独自の「農のある暮らし」を合わせた制度だ。良質でゆとりのある住まいを飯能市内に建てて移り住み、家庭菜園や市民農園などの「農」に親しむ暮らしを送ってもらうというもので、制度の利用者に対して飯能市はさまざまな支援を行う。この制度によって、同市は人口増を図り、地域の活性化につなげたいと考えている。

「農のある暮らし 飯能住まい」が生まれることになったのは、2014年のある衝撃的な発表がきっかけだった。
「日本創成会議の人口減少問題検討分科会が、2040年までに人口減少などで消滅するおそれがある自治体を消滅可能性都市として発表し、896市町村の名前を挙げました。その中に飯能市も入っていたのです」と説明するのは小見山亮氏。「農のある暮らし 飯能住まい」の制度を担当している、飯能市建設部まちづくり推進課の計画・定住政策担当主任だ。

市の将来に強い危機感を覚えた飯能市は、消滅可能性都市を「発展都市」にするとの方針を立て、市外からの移住を促進し、定住人口を増やす施策の検討を始めた。そして、検討の過程で浮上したのが、国土交通省と農林水産省が進める「優良田園住宅制度」を活用することだった。

「優良田園住宅制度」の活用を検討した理由とは

制度を利用して建築中の家。のぼりを立てて、「飯能住まい」をアピールしている制度を利用して建築中の家。のぼりを立てて、「飯能住まい」をアピールしている

「優良田園住宅制度」が検討の対象になったのは、市外からの移住誘致先の候補地になった市南部の南高麗(みなみこま)地区が、市街化調整区域だったことが大きく影響している。

同地区は、住民から地域活性化の要望が寄せられていたことや、西武線の飯能駅まで車で5分から15分と利便性が高いことなどが評価されて候補地になったのだが、市街化調整区域では、住宅を建築できる人が限定され、なおかつ自治体の許可も必要になる。誰でも住宅を建築できるわけではないのだ。
「しかし、優良田園住宅の建設計画を立て、市の認定を受けると、今まで市街化調整区域で住宅の建築ができなかった方でも、住宅の建築が可能となります」と小見山氏。こうした点なども踏まえて「優良田園住宅制度」の活用を中心とした制度にすることが決まり、さらに市が行ったアンケート調査の結果などから、独自の「農のある暮らし」を加えることになった。小見山氏によると、飯能市での生活意向を東京や横浜などで調査したところ、家庭菜園を楽しみたい、自然に親しみたいといった意見が予想以上に多く、農に対するニーズが確実にあることが把握できたそうだ。

飯能市への移住を後押しするさまざまな支援策

飯能市産の木材「西川材」を使って建てた、移住第一号の家。<br>手前は家庭菜園の予定地で、農業普及員のアドバイスなどを受けて、草取り、整地を行った飯能市産の木材「西川材」を使って建てた、移住第一号の家。
手前は家庭菜園の予定地で、農業普及員のアドバイスなどを受けて、草取り、整地を行った

2015年から検討が始まった「農のある暮らし 飯能住まい」は、このような経緯をへて基本方針がまとまり、2016年度からスタートすることになった。
制度の利用者は、「農のある暮らし 飯能住まい」の基本要件に従って南高麗地区に敷地を購入し、住居を建設することになる。基本要件には、敷地は300m2以上、住居は木造を基本構造とし、建ぺい率30%以下、容積率50%以下で2階建てまでという規定などがある。ちなみに、対象となる敷地は飯能市が募集したものを紹介しており、売買の手続きなどについては、不動産会社が敷地の所有者と利用者との間に入って行うことになっている。

この制度には、「農のある暮らし」を支援するために、農業体験参加型、家庭菜園型、農園利用型、農地利用型の4つのプログラムが用意されていて、利用者は自由に選ぶことができる。農業体験参加型は、エコツーリズムなどを通じて地域の農業を体験するもので、家庭菜園型、農園利用型、農地利用型ではそれぞれ、家庭菜園、市民農園、そして本格的な農業にチャレンジする。プログラムの実施にあたっては、地域の農業普及員などの専門家がついているので、土づくりや、草刈り機の使い方といった基本中の基本から指導やアドバイスを受けることが可能だ。

また、支援策として、さまざまな補助金も用意されている。市内外からの移住・転居、親や子どもとの移住に対する補助金は、小見山氏によると、「たとえば夫婦がともに40歳未満で、2人の子どもが中学生以下という家族が『飯能住まい』を利用して市外から移住された場合には、それだけで100万円の補助金が受けられます」とのことだ。さらには飯能市産の木材である「西川材」を使用し、市内の建設会社に依頼して住宅を建設した場合の補助金、住宅用太陽光発電システムや合併処理浄化槽の設置などへの補助金もあって、その総額は最大285万円になる。「飯能市の土地価格は東京都練馬区の6分の1程度で安いと言われていますが、それでも補助金の影響は大きいと思います」と、小見山氏はアピールする。

積極的な宣伝・PRが奏功し10家族の移住が決定

山手線に掲出した広告(上)、東京メトロに掲出した広告(下)。「農のある暮らし」をアピールしている山手線に掲出した広告(上)、東京メトロに掲出した広告(下)。「農のある暮らし」をアピールしている

「農のある暮らし 飯能住まい」について、飯能市ではパンフレットやポスターを作成したのをはじめ、西武池袋線やJR山手線、東京メトロに中吊り広告を出すなど、宣伝・PRに努めた。「おそらく飯能市では初めてだと思います」と小見山氏が言う、アウトドア雑誌への広告出稿も行った。さらには「農のある暮らし」や「飯能市での暮らし」の実際を知ってもらうために、移住体験ツアーも実施。ジャガイモの植え付けや収穫などを体験してもらった。
こうした積極的な取り組みが奏功し、既に移住済みの家族とこれから移住してくる家族は合わせて10家族。目標が最初の5年間で20件の移住だったので、「3年弱で10件は順調といえます」と小見山氏は評価している。同市に寄せられた問合せは400件以上、小見山氏たちが現地を案内した件数も90件を超えた。いずれも想定を上回っていて、これには、先に移住した人のSNSなどでの情報発信も寄与していると小見山氏は喜んでいる。

誰もが住んでよかったと思える新しい飯能市へ

移住してきた人に話を聞くと、家庭菜園をつくったり薪ストーブを使ったりと、都心ではなかなかできない生活を送っており、「近所の方から野菜をいただくなど、地域の一員として楽しく生活しています」という方など、問題なく地域に溶け込んでいる様子がうかがえた。
移住を決めた理由を聞いてみると、「豊かな自然や立地条件が、希望の生活環境に合っていた」「地域の受け入れ態勢が整っている」などのほか、「飯能駅に近く都心などへも通えるので、仕事を変えずに生活の拠点を変えることができる」ことが挙がり、この点が「農のある暮らし 飯能住まい」の強みであると小見山氏は判断している。

「自然が豊かな地域は他にもあると思いますが、そこで暮らすには転職も考えなければならないとなると、移住はさらに大きな決断が必要なものになります。移住へのハードルが低いことを特長として積極的に伝えていきたいですね」。

制度をPRする一方で、移住してきた人と従来の住民との関係づくりが、これからは重要な仕事になると言う小見山氏。移住してきた人の中には、地域の消防団に入って活動している人もいる。
「こうした地域に溶け込もうとしている人や動きをサポートして、誰もが住んでよかったと思える新しい飯能市づくりに結びつけたいです」。

2軒とも「飯能住まい」で移住。薪ストーブのある生活を始めている2軒とも「飯能住まい」で移住。薪ストーブのある生活を始めている

2019年 03月14日 11時05分