コロナ禍でも高まる民泊需要

サーフタウンとして有名な千葉県一宮町では、コロナ禍でありながら民泊が人気だという。東京などの都市部で民泊需要が低迷する一方、一宮町ではニーズがなくならない。さらに賃貸住宅の需要も伸びていると聞き、取材に向かった。

一宮町に3軒の一戸建てと1軒の集合住宅をもつ不動産投資家の菊地美佳さんによると、民泊で運用している部屋の稼働率は高いという。昨年(2020年)春の緊急事態宣言下では、東京都内のタワーマンション在住のファミリーが、一棟貸しの民泊物件に1ヶ月滞在していたそうだ。
自宅の庭先に設置したコンテナハウスで民泊を運営する大川賢二さんも、コロナ禍以降はほぼ満室稼働だという。大川さんは同町の自宅から東京都内に通勤するサラリーマンで、週末のみ民泊を受け入れていたが、利用者から「長期で利用したい」という声を何度も聞いたとのこと。需要の高まりを感じている。

菊地さんと大川さんに民泊が人気の理由を尋ねると「海を見ながら開放感を感じられ、東京で用事があっても気軽に往復できることではないか」と言う。そもそも2人もこの魅力に引かれ、この地に居を構えている。また彼らに共通しているのは、サーファーであることだ。

そう、一宮町はサーフタウンとして注目されており、東京五輪のサーフィン競技の会場にもなっている。ゆるやかに弧を描く九十九里浜の南端に位置し、1年を通じて良質な波が打ち寄せることから、1970年代頃からサーフィンが盛んになった。海岸全域にわたってサーフポイントがあることから、現在では町内外から多くのサーフィン愛好家が来訪する。

一宮町の波は。多くのサーファーを魅了してきた一宮町の波は。多くのサーファーを魅了してきた

一宮町は「サーフォノミクス」で地域振興を目指す

一宮町によって駅前に観光案内所が設置された一宮町によって駅前に観光案内所が設置された

一宮町企画課の高橋克佳さんによると、同町がサーフタウンとしてPRを始めたのは、2009年に役場内に移住推進担当を設置してからだという。さらに、2015年10月に策定した「一宮町まち・ひと・しごと創生総合戦略」の中では「一宮版サーフォノミクス」を打ち出し、行政としてサーフィン文化を地域活性化に生かす方針をまとめた。サーフォノミクスとは、サーファーが集まることによる経済効果のことを指す。自然保護と経済振興を両立できるこのサーフォノミクスは、アメリカですでに研究が始まっているという。

一宮版サーフォノミクスでは、サーフィンに象徴される海沿いの文化と豊かな自然、上総国一之宮としての伝統など、すでにある町の魅力に磨きをかけること。さらに、ゆとりある住宅環境や働く場を創出し、新たな人たちを呼び込む仕組みだと、高橋さんは語る。
「つまり、サーファーが集まることによる直接的な経済効果だけでなく、魅力発信をすることで、移住・定住の促進、循環型の経済効果を打ち出したいのです。」(高橋さん)

一宮町は、コロナ禍以前から豊かな自然環境やサーフィンを楽しむことを目的とした移住者も多く、子育て世代の転入も多いそうだ。
「民間でやれることは民間で推進してもらい、行政でしかできないことでバックアップをしていきたい」と高橋さん。町では、サーフポイント近くでの駐車場の整備や、観光案内所の整備を進めてきた。

リモートワークで、家族との時間やサーフィンの時間が増えた

自宅の庭先で遊ぶ大川さん親子自宅の庭先で遊ぶ大川さん親子

前出の大川さんは、5年前に一宮町に住み始めた。
当初奥様は東京からの移住に難色を示したそうだが、同町にある「一宮どろんこ保育園」の、子どもと自然の共生を目指す考えに共感し、移住を決断。園内には畑があり、動物がいる。東京都内ではなかなか出会えない環境だ。

その結果大川さんは、新宿まで1時間半以上かけて通勤することとなった。しかし始発列車も多い上総一ノ宮駅からはいつも座って通勤でき、ブログを書くなど一人の時間を有意義に過ごせるため、苦ではなかったそうだ。

現在はリモートワークとなり、通勤は週に1回程度。以前よりもサーフィンができる時間が増えたと喜ぶ。奥様も以前東京都内で勤めていた会社がリモートワークに切り替わり、復職することになった。自宅には書斎スペースを2つ設けて、仕事と海辺の生活を両立している。

また、平日は夫婦ともに仕事で忙しいため民泊を受け入れていなかったが、清掃をしてくれる近隣の方が見つかったことで、受け入れ日数を増やすことにした。宿泊者の半数はサーファー。あとはファミリーや友人同士、カップルなどで、サーフィンだけでなく気分転換を目的にやって来る人もいるという。

近所にはサーフィンで知り合った仲間がいる。多くは東京都内に通勤しており、なかにはかつてシリコンバレーで働いていた人も。一様に東京の住宅の狭さに耐えられなくなって、一宮町に引越して来たそうだ。

自宅の庭先で遊ぶ大川さん親子自宅から庭を挟んで設置したコンテナハウスは、民泊施設として活用

一宮の波にほれて、不動産投資家としての一歩を踏み出した

天井をはがし、白く塗装することで、南国のイメージに天井をはがし、白く塗装することで、南国のイメージに

菊地さんは、一宮町で不動産投資家として、そしてサーファーとして活動している。サラリーマンのご主人もサーファーで、本宅は東京都杉並区にある。2拠点生活を実践中だ。

菊地さんが、サーフィンのために波を求めて各地を巡った中に、一宮町があった。「ここは波が安定的で、せっかく来たのに天候の急変でサーフィンができなくなることが少ないです。日帰りサーフィンではなく、滞在してサーフィンをやりたいと思い、家を購入する決意をしました」(菊地さん)
もともと菊地さんは不動産投資にも興味があり、自分たちと同じように、滞在したいと思っているサーファーに貸すことも視野に入れて物件を探した。東京都内と比べ坪単価が安く、不動産投資の一歩目にちょうどよかったそうだ。5年前の話である。

購入した物件は、なるべく自分たちでDIYをするのが菊地さん夫妻の不動産投資のやり方だ。電気関係や水まわりは専門の会社にお願いし、大工仕事や塗装、資材の購入は夫妻が行う。そのデザインは、バリ島風やハワイ風など、サーファーが好む雰囲気になっている。自身がサーファーだけにツボを心得ているのだろう。内装は、物件ごとにテイスト変え、建物の良さを引き出すように心掛けている。間取りも開放感がでるよう、2部屋を広い1部屋に、キッチンとリビングの壁を取り払い広いLDKにした。基本は、開放感とナチュラルテイストを大事にするという。

菊地さんが所有物件を一宮町に集中させた理由もここにある。同町の住民は、東京に通勤しながら、あえて遠い海辺に住んでいる人が多い。それだけこだわりが強く、少々家賃が高くても内装のデザインやウッドデッキに価値を見出してくれるので、DIYし甲斐があるという。近隣の町だとニーズは異なってくる。

物件選びにおいても菊地さんは、海へのアクセスなどのサーファーが選びたくなる環境を的確におさえている。民泊利用者や長期間滞在者が好んで菊地さんの物件を選ぶため、高い稼働率を実現できているのだろう。

天井をはがし、白く塗装することで、南国のイメージにウッドデッキは手づくりだ。バーベキュースペースが人気のポイント。テントサウナの導入も検討中という

広い空と海、サーファーのライフスタイルに憧れる人々

サーファー界のレジェンドといわれる吉川さんが、コーヒーをいれるカフェ「Atlantic Coffee Stand」サーファー界のレジェンドといわれる吉川さんが、コーヒーをいれるカフェ「Atlantic Coffee Stand」

一方、菊地さんには懸念もあるという。それは、不動産投資を始めた5年前と比べて物件価格の相場が上がっていることだ。今後の投資には慎重になっているという。菊地さんのもとには不動産投資家からも相談が来るが、「サーファーでない人は、ツボを外してしまい、運営は厳しいのでは」と心配する。
いずれにしても、一宮町の海辺の不動産は、まだ発展の余地があると菊地さんは見ている。それは、利用者のライフスタイルも多様に変化していて、セカンドハウス需要、宿泊施設需要、民泊需要、リモートワーク需要など、さまざまな需要が広がっていると肌で感じているからだ。

九十九里ビーチラインという海辺のサーフストリートを歩いていると、「波乗不動産」という不動産会社の1階に、サーファーのレジェンドが運営するカフェがあった。店内はまるでハワイのノースショアのような雰囲気だ。付近にはサーフショップやサーファー用のデザイン性の高いコンドミニアムがあり、他にも建設が進んでいるようだ。

五輪開催時には、サーフタウンとしてさらに注目が高まりそうだ。サーフィンをしない人でも、サーファーのライフスタイルに憧れ、引き寄せられるように集まりつつある。そこには彼らが暮らしやすいようバックアップする行政もいる。今後の一宮町から目が離せない。

サーファー界のレジェンドといわれる吉川さんが、コーヒーをいれるカフェ「Atlantic Coffee Stand」東京五輪のサーフィン競技会場となる志田下ポイント

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