歴史的建築物の再生を起点にエリアマネジメントを推進

ローカルに観光客を呼び込むにはどうするか。新しい名所や立派な施設をつくるという方法もあるが、「あるものをそのまま生かす」という方法もある。

2020年11月18日、福岡市で第2回NIPPONIAサミットが開催された。NIPPONIAとは、一般社団法人ノオトと株式会社NOTEが各地域の事業者と連携して全国各地で行っているプロジェクトで、歴史的建築物の再生を起点に、地域に元々あるものの魅力を紡ぎ出し、持続可能なビジネスを展開する。
NOTEは、古民家再生の人気に火が付き始めた2009年、兵庫県丹波篠山市の「集落丸山」で空き家となった古民家を宿泊施設として再生した。収益化が難しいといわれた古民家再生で成功を収めたNOTEは、その後も「竹田城城下町ホテルEN」や「オーベルジュ豊岡1925」といった歴史的建築物の再生事業を続々と手がけた。建物の所有と改修費用負担は行政が担い、運営者となる民間の指定管理者の意見を構想の段階から取り入れる「活用提案型指定管理方式」や、拠点となる歴史的建築物に滞在しながら地域の食文化・生活文化を体験できるよう周辺の既存施設と連携して町全体を「ひとつのホテル」と考えるNOTEの手法は、これまで数回にわたり本サイトでも取り上げた。

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NOTEは、その知見を各地の行政やまちづくり団体に提供することで、全国の歴史地区の再生を加速度的に進めようとしている。別記事で紹介した「NIPPONIA 小菅 源流の村」などのNIPPONIAの名を冠した各地のプロジェクトは、この取組みによって生まれたものである。2019年より、そのさらなる推進に向け、各地でNIPPONIAプロジェクトに取り組む人たちのノウハウ共有や情報交換を目的に「NIPPONIAサミット」が行われており、今回は第2回だ。

丹波篠山の城下町から車で約10分。城下町に流れ込む黒岡川の上流に向かって谷筋を奥へ奥へと進むと丸山集落が現れる。今からおよそ250年前、城下町の「水守り」として移り住んだ人々が作った丸山集落は、当時から変わらない12軒の小さな集落だ(写真提供:株式会社NOTE)丹波篠山の城下町から車で約10分。城下町に流れ込む黒岡川の上流に向かって谷筋を奥へ奥へと進むと丸山集落が現れる。今からおよそ250年前、城下町の「水守り」として移り住んだ人々が作った丸山集落は、当時から変わらない12軒の小さな集落だ(写真提供:株式会社NOTE)

各地に広がるNIPPONIAプロジェクト

サミットのファシリテーターは株式会社美ら地球 代表取締役CEO山田拓氏。美ら地球は岐阜県飛騨古川の里山風景の中を巡る外国人向け自転車ツアーを軸とした「SATOYAMA EXPERIENCE」を運営し、住民が「何もない」と思っていた地域の風景を観光資源化することに成功した。同地で複数の古民家を改修し、町に点在した宿泊施設とするNIPPONIA同様の取組みも手掛ける。サミットは同社の取組みの紹介で幕を開け、続いて各地の事例発表が行われた。
登壇者は、島根県出雲市で木綿街道のまちづくりに取り組む一般社団法人木綿街道振興会 専務理事の平井敦子氏、大洲城の城泊と城下町の再生に取り組む愛媛県大洲市職員で一般社団法人キタ・マネジメント事務局次長の村中元氏、「NIPPONIA 甲佐 疏水の郷」を中心に熊本県甲佐町で活動する一般社団法人パレット理事の米原賢一氏。

町並み保全のルールがない中、市民の想いを形にした「NIPPONIA出雲平田木綿街道」
島根県出雲市の木綿街道は、市による町並み保存の制度適用がないため、歴史的な町並みは住民一人ひとりの意思によって大切に継承されており、酒石橋(旧石橋酒造)の建物もそのひとつだった。石橋酒造が廃業して空き家となった後、出雲市が建物を買い取ったものの、防火設備の不備等のため活用されておらず、取り壊しが取り沙汰されていた。そんな中、木綿街道振興会がNOTEと地域のつなぎ役となってNIPPONIAプロジェクトが立ち上がり、「NIPPONIA 出雲平田 木綿街道」が開業。酒石橋の価値ある建物を守り抜いた。
木綿街道振興会は、開業後も宿泊客への朝食の提供と、街道内での体験コンテンツの提供で運営に携わっている。平井氏は「特に良かったことは、NIPPONIAは木綿街道の景観を全く変えなかったこと」と評価し、長い歴史の中で培ってきた町並みを自分たちの都合で壊すことなく、後世に残すことができたと語った。

官民連携で城下町再生を進める「NIPPONIA HOTEL 大洲城下町」
村中氏は、民間のノウハウと資金を活用し、官民連携で取り組む大切さを紹介した。愛媛県大洲市では、古くからの町家が多く残る大洲城下に、民間による造成計画があることが判明。町並み保全が急務となる中、高齢化の進む財政状況では税投資のみでの町並み保全は困難と判断。村中氏は伊予銀行にファンドを作ってほしいと直談判した。地域創生部を発足させたばかりの銀行側も提案に応じたものの、双方とも事業アイデアはなく、伊予銀行と大洲市でタッグを組んだ”出口戦略”探しが始まった。そこで白羽の矢が立ったのが、数年前に丹波篠山市で古民家再生を成功させていたNOTEとバリューマネジメント株式会社。伊予銀行と大洲市役所のメンバーで丹波篠山市を訪れ、大洲市での事業展開を依頼したのだ。その後、地域DMOとしてキタ・マネジメントを設立し、NOTEとバリューマネジメントとともに大洲城下の観光まちづくりに着手。公的資金と民間資金の双方を投入することで、事業規模の拡大を実現し、2020年だけで3棟の町家を「NIPPONIA HOTEL」としてオープンした。

「何もない街」の価値を再定義する「NIPPONIA 甲佐 疏水の郷」
一般社団法人パレットの米原氏は昨年の第1回に続いての登壇。前回は法人設立後間もなかったため、壇上で夢物語を語っただけだと振り返るが、今回は1年の進捗が共有された。グランピング施設の運営、古民家・旧西村邸「宿屋kugurido」の運営を経て、サミット5日前の11月14日には古民家・旧松永邸を再生した「NIPPONIA 甲佐 疎水の郷」をオープン。宿泊客には、農家や地元の事業者と連携して自然環境の豊かさを生かした体験を提供する。サービスを提供するのはすべて甲佐町の住民であり、宿泊客と住民の交流が生まれる。
「甲佐町は伝建地区(※)でもなければ、立派な町並みもない」と語る米原氏は、全国的には甲佐のような町がほとんどで、甲佐の成功が日本を明るくすると冗談めかして笑うが、半ば冗談ではないだろう。歴史的建築物を起点にしたまちづくりを各地で広げようとするNIPPONIAにとって、甲佐町での挑戦は試金石となる事例かもしれない。


(※)伝建地区・・・文化庁が選定する伝統的建造物群保存地区のこと。全国123地区(2020年末現在)が選定されている

酒石橋の改修前(左)と改修後(右)の比較。平井氏は「何も変わってないどころか、少し古くなった」と笑う(平井氏のスライドより)酒石橋の改修前(左)と改修後(右)の比較。平井氏は「何も変わってないどころか、少し古くなった」と笑う(平井氏のスライドより)

活動の広がりのために「どうやればいいか」を議論

NIPPONIAは、取組みを全国に広げることを見据える。パネルディスカッションでは、歴史的建築物の再生を起点にまちづくりを行おうとする人に向けて、「どうやればいいのか」が語られた。

・事業設計
前述の通り、村中氏をはじめとしたメンバーの奔走によって官民連携を実現した大洲市。ファシリテーターの山田氏から「全国どこにでも村中さんのようなスーパーマンがいるとは限らない。どうすればうまくいくのか」という質問が投げかけられた。
村中氏は「地域の事業者などステークホルダーに配慮して、全体最適となるよう緻密に設計した」という。地域の事業者には、NIPPONIAは既存の観光客とターゲットが異なるため、既存事業の邪魔をしないことを地道に説いてまわった。町家の所有者へは、掃除の手伝いから始めて懐に入り、事業への協力を得られるまで通い詰めた。市議会議員にも全員に丁寧に説明した。
これを一足飛びにすると、はしごを外される可能性があるという。村中氏のいう緻密な事業設計とは、収支の算段にとどまらず、利害関係者のケアまで多岐にわたるのだ。成功に必要なのは決してスーパーマンではなく、面倒なことに愚直に向き合い続ける覚悟ということだろう。

・資金調達
大洲市からファンド設立の相談を受けた伊予銀行の地域創生部長高岡氏は、これまで出会った行政の人とは違う印象を受けたという。「行政は大抵、施設や建物をつくって終わり、ファンドの仕組みつくって終わり、となりがち。しかし大洲市のチームは、最後まで逃げなかった」。行政という立場でありながら、事業の“出口”までつくり上げようとする覚悟を感じたことで、「自分たちも絶対やってやろう」と決意したという。熱意が人の心を動かすのだ。結果的に、伊予銀行から大洲市へ人員派遣も行うなど、銀行の資金とノウハウを取り込むことに成功した。

・集客
オープンしたばかりの「NIPPONIA 甲佐 疏水の郷」の宿泊客第1号は、奈良県からの観光客で、NIPPONIAを中継して九州の観光地を巡ったという。これまで観光目的で立ち寄られることがめったになかった甲佐が、主要観光地と並び訪問先となったのだ。
一方、開業から1年近く経つ「NIPPONIA 出雲平田木綿街道」では、木綿街道を目的に訪問した方がいたという。経由地にとどまらず、目的地となったパターンだ。

NIPPONIAの場合、単なる宿泊ではなく、町全体を満喫しようとする人にどう情報を届けられるかが重要だ。実際、木綿街道を目的に訪れた人は、木綿街道振興会のフェイスブックを見て訪れたらしく、地域でのNIPPONIAの取組みを知った上での訪問だ。
地元の人たちによる地域に溶け込む宿泊施設という、通常のホテルとは違う性格の宿泊体験を、ターゲットとなり得る人にどうすれば届けられるか、集客方法に関してはこれからも模索が続きそうだ。

・人材確保
3地域とも、開業後は運営面でさまざまな苦労があるというが、その一つが人材確保だ。
甲佐町で活動するパレットは、仲間にしたいと思った人を口説いてチームをつくっていったという。最初の事業であるグランピング場開設時には、メンバーが誰もキャンプの専門ではなかったため、キャンプギアを買いに行ったお店の店員さんに一晩中想いを力説し、仲間に入れた。運営するレストランのシェフも同様だ。

起点となるNIPPONIAがオープンすると、地域の人も「乗っかってくる」と話すのは大洲市の村中氏。オープンすると目に見えるためか、付近で新たに事業を立ち上げようとする人も出てきたという。NIPPONIAだけで完結するのではなく、NIPPONIAが集客エンジンとなって、地域が盛り上がる構図が生まれている。

・地域との共存
一方で、新しい人が入ってくると、軋轢も生まれる。「地元の人は、道路や軒先は自分たちと自分たちの親しい人のものだと思っている」と話すのは平井氏。本来公共空間であるはずの場所でも、そこに他者が入ることを不快に思う人がいるもの事実だ。解決のためには、新しく入った事業者が地域ともっとかかわり、仲良くすることが必要だと感じたという。事実、木綿街道ではNIPPONIAのスタッフが、近所の家の修理などを手伝うなど交流するうちに、観光客に対しても「○○さんのところのお客さん」となり、「自分たちの親しい人」と思ってもらえるようになり、トラブルは減ってきているという。よそ者ではなく、仲間になることが大切だ。

大洲市の官民連携スキーム図(村中氏のスライドより)大洲市の官民連携スキーム図(村中氏のスライドより)

地域の数だけ歴史と文化がある

パネルディスカッションの登壇者。左から平井敦子氏、村中元氏、米原賢一氏(写真提供:株式会社NOTE)パネルディスカッションの登壇者。左から平井敦子氏、村中元氏、米原賢一氏(写真提供:株式会社NOTE)

「集落丸山」の開業から12年。「なつかしくてあたらしい日本の暮らしをつくる」という想いを掲げたNIPPONIAの活動は、着実に広まっている。
言うは易く行うは難しの地域再生において、実践者同士のノウハウ共有は重要だ。スーパーマンがいなくても、スーパーマンのノウハウをコピーできることがNIPPONIAサミットの意義である。

加速度的に広がりを見せるNIPPONIA。コロナ禍でマイクロツーリズムが注目を集めるなど、身近な地域の魅力を見直す動きに追い風は吹いている。次回のサミットに登壇するのはどこの地域だろうか。「何もない」と自称する町でも、NIPPONIAの活動を始めている。日本中どの地域もが可能性を秘めているのだ。


取材協力
NIPPONIA協会(NIPPONIAサミット 主催者)

2021年 02月01日 11時05分