古民家再生の資金調達に新たな道筋をつける

昨年オープンした篠山市の「篠山城下町ホテルNIPPONIA」昨年オープンした篠山市の「篠山城下町ホテルNIPPONIA」

兵庫県篠山市を中心に古民家再生を事業化している一般社団法人ノオト(以下、NOTE)。前回はNOTEが初めて取り組んだ「集落丸山」の古民家再生事業の様子を紹介したが、このほかにもNOTEではさまざまな取り組みを行っている。

古民家再生をキーにしていることには変わりがないが、歴史的建造物を市町村とのPFI形式(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)ともいえる新たな公民連携の形で再生化する取り組みや、城下町一帯を宿として捉えて町全体への回遊を促す「NIPPONIA」プロジェクトなどが大きな柱だ。

また、古民家再生で問題となる資金調達の仕組みもNOTEでは独自の手法を用いながら、着実にプロジェクトを進め、さらにはそのノウハウを元にアセット・マネジメント・サービスの展開も準備している。

今回は古民家再生を実現するために不可欠な資金調達、その後の運営のポイントについて、前回に引き続きNOTEの理事を務める藤原岳史氏にお話をうかがった。

「活用提案型指定管理方式」が生み出す建造物再生のメリット

2009年に「集落丸山」での古民家再生に取り組んだNOTEでは、その後も地方の歴史的建造物の再生を行いがなら地域の活性化を実現している。

その事例として挙げられるのが、兵庫県潮来市の竹田城跡の麓にある旧酒造場を複合観光交流施設としてリニューアルした「旧木村酒造場 EN」。そして、兵庫県豊岡市の中心市街地に残るルネッサンススタイルの旧銀行建物を同じく複合観光交流施設として活用した「オーベルジュ豊岡1925」である。

このどちらも建造物のリニューアルでは、ホテル、レストラン、カフェ、観光案内所などの機能を持たせたが、興味深いのは新たな公民連携の手法を用いていることだ。

竹田地区の旧酒造場も豊岡の旧銀行建造物も建物自体は市の所有物。通常こうした建物のリニューアルやその後の運営を民間に任せる場合、まず行政が先行して建物をつくってから、指定管理者を公募するのが一般的な進め方だ。しかし、行政が初期費用、運営維持費用(指定管理料/人件費・維持費など)を負担するため、集客などがうまくいかなければ運営維持費用が地方財源を圧迫し、事業廃止に至るケースも少なくないという。

そこでNOTEで提案したのが「活用提案型指定管理方式」。具体的にどのような仕組みかというと、建物のリニューアル前に指定管理者を選定し、設計段階から、構造・間取り・デザインなどを含めて運営する事業者の意見を取り入れ、建物の活用とリノベーションを実施するもの。建物の改修費用は行政側で負担するものの、その後の運営維持費は民間(指定管理者)が負担するというモデルだ。

藤原岳史氏によれば、これは「行政、民間双方にとってメリットがある」という。
「民間の指定管理者にとっては、建物が改修されてしまう前にビジネスプランにあわせた設計やデザインを提案できるため、よりスムーズなその後のビジネス展開が期待できます。一方、行政にとっては運営維持費用の心配がなくなるため、大幅な負担軽減となります」

実際に前出の両プロジェクトでは、NOTEが指定管理者として選定され、多くのノウハウを提供した。結果、「旧木村酒造場 EN」の宿泊施設では、平均70%の稼働率を実現。「オーベルジュ豊岡1925」では結婚式の披露宴会場としても人気を集めるなど実績をあげている。

「活用提案型指定管理方式」を利用してプロジェクトがすすめられた「旧木村酒造場 EN」と「オーベルジュ豊岡1925」。「旧木村酒造場 EN」は天空の城と名高い竹田城の麓にある。ワークショップなども頻繁に行われ観光交流拠点として賑わいをみせる。「オーベルジュ豊岡1925」は、センスある披露宴が行えると地元のウエディング会場としてもニーズが高い「活用提案型指定管理方式」を利用してプロジェクトがすすめられた「旧木村酒造場 EN」と「オーベルジュ豊岡1925」。「旧木村酒造場 EN」は天空の城と名高い竹田城の麓にある。ワークショップなども頻繁に行われ観光交流拠点として賑わいをみせる。「オーベルジュ豊岡1925」は、センスある披露宴が行えると地元のウエディング会場としてもニーズが高い

古民家再生、資金調達の難しさを「投資ファンド」で解決

「篠山城下町ホテルNIPPONIA」で活用した投資ファンドのしくみ「篠山城下町ホテルNIPPONIA」で活用した投資ファンドのしくみ

さらに、昨年オープンした篠山市の「篠山城下町ホテルNIPPONIA」は、篠山城下町に点在する江戸時代から明治時代に建てられた空き家4棟を改修したものだが、資金のほぼ全額を民間資金(投資ファンド)で賄っている。

この城下町ホテル構想は、4つの点在する宿泊施設を基点に、町全体を1つのホテル、そして町全体をホテルのアクティビティと捉え宿泊客の回遊を促し地域を活性化しようというもの。ホテルとなった空き家は民間事業者であるNOTEの企業体「株式会社NOTEリノベーション&デザイン」が買い取り展開している。

「この場合、地方行政の税金を使わずに純粋に民間事業者として展開できるため、地方自治体との調整や予算が必要ありません。そのため、しっかりとした事業計画と投資リターンがコミットできれば、投資ファンドを利用することが可能になるのです」(藤原氏)

しかし、投資ファンドとなると、投資家を納得させるだけの青写真をきちんと描かなければならない。事業計画と投資リターンのコミットというのが、古民家再生事業では難しいと思えるのだが、そのあたりをどのようにNOTEでは解決しているのだろうか。

そこが、これまで「集落丸山」をはじめとしたNOTEが行った古民家再生事業のノウハウが生きてくると藤原氏は説明する。「誤解を恐れずに言ってしまえば、改修費用などの初期費用を抑え、地域の文化価値に見合った価格設定を行い、プロモーションをきちんと行うことにほかなりません」

NOTEの古民家再生事業のポイントとしては、以下のものが挙げられるという。

●既存の風合いを生かした古民家再生ノウハウ
まず大切なのは、空き家などの古民家の風合いを残し、改修しすぎないことだという。例えば、土間のあたりの煤けた黒い壁、土壁が少し崩れ中の藁が見え隠れする壁面。こうしたものを通常は綺麗に補修してしまうそうだが、NOTEではそれは行わない。既存の風合いを残し、照明やインテリアデザインなどを駆使して雰囲気のある魅力的な空間につくりあげるのだ。これにより、改修費用が抑えられる。NOTEでは通常の1/2~1/3の費用での改修を実現するという。

●地域の魅力や文化価値を適切に評価した価格設定
古民家を再生した後のホテルなどでは、地域の文化的な価値なども含めその土地の魅力を最大限に生かした価格設定を行う。前回の記事で紹介した「集落丸山」でも観光資源などはない地域だったが、農村環境自体に付加価値を見出し高級旅館並みの宿泊料金を設定。「篠山城下町ホテルNIPPONIA」では、ベッドやアメニティなどにも一流品を使い、食事も有名シェフによる地の食材を生かした本格フレンチを準備。ひとり一泊二食つきで3万円~に設定している。

●適切なプロモーション展開
広告展開こそ行わないが、ホームページやSNSまたリーフレットなどの展開には、デザイナーを起用し、ホテルやレストランが持つ雰囲気を存分に伝えられるクオリティを心がける。ホテルの宿泊予約などは、高級志向の高い「一休.com」と提携しているのも興味深い。

建物の改修費といった初期費用を抑え、地域本来の魅力を適切に評価する価格設定を行い、適切なプロモーションを行う。初期費用をかけすぎず、顧客単価を高めに設定するため黒字化の道筋をつけるという考え方だ。これらをもとに事業計画と投資リターンを投資家に説明できるため、魅力を感じてもらえるのだという。

「投資ファンド活用」は、ネックとなる資金調達に風穴をあけるか!?

なぜ、このような投資ファンドの活用を考えたのか、藤原氏はそのきっかけを次のように語っている。

「国内には、149万棟の歴史的建造物(古民家)があると言われています。今にも壊れそうなものが大半ですから、30年以内には改修をしなければならない。数としては2割くらい残したい。30年以内に30万棟の改修がしたいというNOTEの目標を漠然とですが代表と食事をしながら話していました。1年で1万棟の計算です。

1棟の改修に数千万かかるとしたら、年間数千億の費用が必要になるわけです。これはとても行政の補助事業だけでは賄えません。民間産業として確立するほかないと考えたのです」

きちんと収益を生み出す仕組みを整え、投資家に提示できればきっと納得してもらえるはずだ。その想いからこれまで7年で60棟以上の古民家再生を行ったNOTEのノウハウを投入し、投資ファンドの活用にこぎつけたのである。

もちろん、そこには単純な利益追求ではなく、地域の再生という根本的なNOTEの思想があったからこそ可能になったものだ。投資家がNOTEの取り組みに賛同したのも「単なるリゾート開発」ではない点も評価されたという。

「“篠山城下町ホテルNIPPONIA”は、一般的なリゾート開発とは異なり、城下町全体をひとつのホテルに見立てるというものです。町に点在する空き家4棟を宿泊施設として利用しています。そのほか、レストランやショッピング施設は城下町に点在する既存店が担うイメージです。

リゾートホテルというと、お客様をホテル内に滞在させてできる限りホテル内で購買行為などを完結させますが、NIPPONIAでは町の既存店舗の店主と連携しながら町全体を回遊してもらうことを念頭においています」(藤原氏)

古民家の改修には、通常の住宅ローンなどが適用されないため、資金面での課題が重くのしかかるという。こうしたファンド活用が全国的に進めば、問題になっている空き家(古民家)の再利用化をさらに推し進めることができると藤原氏は説明する。

現在、NOTEではこうした資金調達も含めたノウハウを提供するアセット・マネジメント・サービスを提供している。

「まだ、本格的ではありませんが、全国からご要望はいただいています。古民家のオーナーの方や逆に古民家を利用したお店を持ちたい方。地方の団体様などさまざまです。こうした方々に我々のノウハウを提供し、マッチングすることができれば、古民家をキーとした日本の過疎地域の魅力の再発見にお手伝いできるのではないかと考えています」(藤原氏)

城下町ホテルの全体イメージ図。4棟のホテルの内フロント機能は1棟に集約。地域の既存店と連携しながら宿泊客が町を回遊する城下町ホテルの全体イメージ図。4棟のホテルの内フロント機能は1棟に集約。地域の既存店と連携しながら宿泊客が町を回遊する

目指すのは、人と人のつながりの創出

実際に「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を訪れてみると、風合いのある佇まいと歴史を感じさせつつもモダンな雰囲気の室内に心地よさを感じた。現在はインテリアとしてしか機能していないが、客室に進む土間にどっしりと構えた竈も風情がある。煤けた壁も飾られた生花の鮮やかさとの対比でなんともよい味を出す。客室にしても、もともと宿泊施設ではない民家の部屋を改装しただけに、旅館やホテルの一室とは異なる。おばあちゃんの家に遊びにきたようでもあるけれど、ゴージャスさと洗練された上品さも漂う。どこか新鮮な感動を与えてくれるのだ。

城下町を歩いてみれば、ところどころに気になるショップも点在していた。カフェに食事処に木工店や生活道具の店。どこかの観光地のお土産通りのように、軒を連ねてお店があるわけではないが、その代わりにチェーン店ではない魅力的なお店が点在している。思わずプラプラと散策したくなる町だ。

歩いていると、通りすがりの小学生が元気に「こんにちはー」と声をかけてくれる。この町の子どもたちは、観光客にも挨拶を交わすそうだ。都会では「見知らぬ人に声をかけられたら逃げなさい」と教えられる殺伐とした昨今、どこか自分と縁がある田舎町に戻ってきたような温かい感覚にもなる。

「私たちが行っているのは、もともと宿泊施設だった場所を買い取ってのリゾート開発、M&Aのような利益追求ではありません。目指すのはあくまでも集落・地域の再生、魅力の再発見です。古民家というハードの再生を基点にはしていますが、人と人のつながり、流れを変えていきたいのです」(藤原氏)

NOTEでは、既存の店舗のみならず篠山に魅力を感じる料理人やアーティストを集め、空き家とマッチングさせながらショップ展開などもサポートしているという。次回は実際にこの篠山城下町に移り住んだ店主たちのお話をレポートしてみたい。

「篠山城下町ホテルNIPPONIA」のフロントがあるONAE(オナエ)棟。に明治期に建てられた元銀行経営者の旧住居を改修した「篠山城下町ホテルNIPPONIA」のフロントがあるONAE(オナエ)棟。に明治期に建てられた元銀行経営者の旧住居を改修した

公開日: