収益化が難しい古民家再生事業
古民家カフェや古民家ゲストハウスなど、古民家再生の人気は高く、地方自治体などでも「空き家」対策としてもその活用が熱を帯びている。しかし、こうした古民家再生事業も、収益をきちんと生み出し事業化のサイクルにのせるには、多くの自治体や団体が四苦八苦をしているのが現状だ。
そんな中、兵庫県篠山市を中心に古民家再生をみごとに事業化している団体がある。一般社団法人ノオト(以下、NOTE)である。
兵庫県篠山市の「集落丸山」では、集落の一部古民家を宿泊施設として再生。2009年の開設以来、堅調な集客と採算性のとれた運営を実現している。また、日本100名城のひとつ、「天空の城」とも称される「竹田城」城下町の元酒蔵の再生では、提案型指定管理者方式といわれるPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)に似た公民連携の形で宿泊施設、カフェレストラン、地域交流スペースなどを形成した。
さらに、投資ファンドを利用した古民家再生の道筋をつけ、現在ではアセット・マネジメント・サービスにも取り組んでいる。
活発な動きを見せつつも運営・事業化の難しさが囁かれる古民家再生事業の中で、NOTEでは、「まだ道半ば」と冷静な自己判断を行いながらも、次々と着実な手法で古民家再生を軸とした地域再生を実現している。
果たしてどのような考え方を元に、古民家再生への未来を切り開いているのだろうか。今回は、兵庫県篠山市に拠点に古民家再生事業とコンサルティング事業を手掛ける「NOTE」に取材をしてきた。
過疎集落に宿泊機能を持たせ、稼働率30%の良好な収支バランスを実現
「NOTE」が設立されたのは、今から7年前の2009年。篠山市出資法人の再編民営化に伴い、前身の「株式会社プロビスささやま」から市立図書館や歴史文化施設などの指定管理を引き継ぐ形で活動を開始した。それと同時にNOTEでは古民家再生を手掛けることになる。
日本の農村の暮らし・文化を大切に考えるNOTEでは、「都市部と農村部の違いをしっかりと認識した上で、都市部で培った最先端のノウハウと、数百年間も途絶える事のない田舎に残っている先人たちの知恵を融合したい」と考えたからだ。
NOTEが行う古民家再生事業の初事例となったのは、兵庫県篠山市の農村「集落丸山」での宿泊施設の展開だった。全12世帯という小さな集落である丸山地域では、当時7世帯が空き家となっていた。そこでNOTEでは、空き家3棟をリノベーションし、一棟貸しの宿泊施設に再生(現在は、3棟のうち1棟はリノベーションをきっかけにUターンした施主が居住し、2棟が宿泊施設として運営されている)。その後、集落の住民がNPO団体を設立しNOTEとLLP(有限責任事業組合)を組成し運営にあたっている。
特別な観光資源はないが、農村ののんびりした時間、そして地の物をふんだんにつかった食事を楽しもうと、家族連れや女性グループの旅行者に人気だ。現在は稼働率30%を推移しながら収支バランスのとれた運営を行っている。
“集落の声”に耳を傾け、文化的価値を最大限に提示
都市部からのアクセスがよい地域でもなく、特別な観光資源があるわけでもない。にも関わらず、人々はこの農村を訪れてみたくなるのだ。その秘密はどこにあるのだろうか? NOTEの理事を務める藤原岳史氏は次のように説明する。
「我々が担っているのは、不動産業界で言うディベロッパーに近い役割といえますが、過疎地域に特化しています。目を向けているのは日本の昔ながらの暮らし、見過ごされてしまった日本の文化に着目していることです。集落のおばあちゃんがあたり前にしている添加物の一切入っていない“みそ作り”。収穫時期の田んぼは、畝がびっしりと一様に刈られ一種の芸術のような景観があります。集落の住民にとっては当たり前すぎて気づいていないけれど、非常に魅力的な文化レベルの高さがうかがえます」
観光資源はなくとも、こうした点にきちんと価値を見出し、NOTEでは正しい価値付けを行いながら、集落に宿泊機能を持ち込んだのだ。
もちろん、そこは単に“人を呼ぶ機能”を付加するだけではうまくいかない。NOTEが当初からそして現在も大切にしているのが、徹底した住民との対話だ。空き家といってもそこには持ち主がいる。都会の人間にとっては、空き家といえば、条件次第で簡単に売買や賃貸契約が行えると考えてしまいそうだ。しかし、一番難しいのは集落の“感情”がそこに存在していることだという。
「地方の空き家というのは、実はなかなか再利用が難しいのです。そこに住んでいなくても所有者の方が簡単に手放すことはありません。“孫が正月、盆暮れに帰ってくるから……”そんな理由がよく聞かれますが、実際のところは、“売りに出していることを知られたら周りにどう言われるか”といった感情が働いています。あの家はお金に困っていると思われないか……、下手に貸して借主が集落に迷惑をかけたら……。そんな不安が空き家を空き家のままでいさせているのです」(藤原氏)
そのため、NOTEでは「集落丸山」に宿泊機能を持たせることにも、全14回・半年にも及ぶ住民とのワークショップを行い“集落の声”に徹底的に耳を傾けたという。この村ではどのような暮らしが営まれているのか。そして住民は何に困り、何を求めているのか。集落のほぼ全世帯が参加したというワークショップを地道に重ねることで、集落全体のコンセンサスをとることに注力したという。
「空き家の所有者にとって、単に空き家を“売る”のではなく、未来のために空き家を“活かす”、その意識を集落全体で共有できれば風評を気にせずに貸すことができます。その雰囲気を作ることがまずは集落の再生・古民家再生には必要でした」(藤原)
さらに、ワークショップを進めていくうちに、集落の歴史や文化が再認識される様も目の当たりにしたという。集落丸山は、元々は水守り、山守りの拠点であったのではないかと言われている。篠山城の水源ともいえる立地のため、この川に毒を盛られれば篠山城は一巻の終わり。ワークショップを重ねる中で、その要所を守った“丸山”の重要性が再認識されたのだ。
「これまでは、夜になると家に明かりの灯らない家も多く、本当に寂れた様子だったそうです。元気をなくしていたおばあちゃんも、ワークショップを重ねるごとに元気になっていく。集落の歴史を再確認したり、手作りをした味噌からできる味噌汁。山の香りがありありと感じられる野草の天ぷら。普段なんということもないと思っていた自分たちの暮らしそのものに“それってすごいことですよ”と我々が賛同すると顔がほころんでいく。まさにワークショップは、集落が集落の誇りを取り戻していく作業でした」(藤原氏)。
NOTEでは、こうしたワークショップを基に打ち出したのが、忘れられてしまった日本の文化価値を最大限に提示することだった。集落丸山の古民家再生の宿泊施設では、元の風合いをなるべく消さないように最低限の改修に留めながら、空間デザイナーの手によって家具を配置し心地よい空間を演出。食事も集落で採れる食材を使った温かみのある膳を用意した。
一泊朝食付きの宿泊料金は、1棟貸しの基本料金4万円、プラス1人あたり5,000円のサービス料が付加される。大人3人で泊まったとすると一人あたり1万8,000円程度。ちょっとした高級旅館なみの値段だ。しかし、ここにNOTEの想いがある。山々に触れられる立地に、緩やかに流れる時間。澄んだ空気に、野鳥のさえずり。観光目的ではなく農村に溶け込み暮らすような休息の日。それがNOTEが見出した「集落丸山」での見過ごされてしまった本来の適切な価値であり、サービス提供の対価だった。
親子三代で訪れた宿泊客は、おじいちゃんが孫に自慢げに五右衛門風呂の入り方を教え、その風情を楽しむという。ある年配の御夫婦の旦那様は、緩やかに流れる時間の中で「20年振りに妻と会話らしい会話をした」と感慨にふけったという。
単なる宿泊施設というだけではなく、集落に流れる時間をそのまま味わい、村の生活そのものに足を踏み入れる。その時間・空間が何よりも魅力であることをNOTEは提示し、共感した人々がこの地を訪れているのだ。
古民家再生がキーとなり、放棄田畑が2.1hが消滅
集落丸山はこうして空き家の古民家を宿泊施設として再生し、集落の活性化に道筋をつけた。しかもこの取り組みは、NOTE側の予想を良くも裏切り、人が人を呼ぶ地域の再生化も加速したという。
なんとこの丸山集落では、宿泊施設ができる以前に放棄田畑が2.1hあったものが、2015年の5月にはまったくなくなってしまったという。
「これは嬉しい誤算でした。宿泊施設を作ったことで都市部との交流が生まれ、放棄田畑がなくなってしまったのです」(藤原氏)
どういうことかというと、都市部から宿泊に訪れた人が、この地の素晴らしさを感じて「ちょっとここで畑でもしてみたいな」と呟いたそうだ。すると集落の人が「それなら、あそこに空いている畑があるから、やってみるかい」などと声をかけたという。そんなちょっとしたやりとりから、今ではこの土地の畑が都市部の人の週末農園の場になったそうだ。
「貸し畑の運営は、NOTEとは別の集落独自のNPOで管理しています。今では放棄田畑がまったくなくなり“さらに開墾しようか?”といった話にまでなっているようです(笑)」
驚くような地域再生のモデルが、集落丸山では繰り広げられているのである。現在は数日の余暇を楽しむ宿泊施設として集落の古民家が使われているが、先のビジョンとして、長期滞在型のプラン作りも考えているという。
「まずは、集落の活性化として短期型の宿泊プランを開設しましたが、今後例えば1週間、1カ月といった長期滞在型プランのお得な値段設定も進めていきたいと思います。まずは旅先として集落丸山に訪れていただく。気に入っていただけたら、さらに集落の暮らしを体感いただき、最終的には暮らしの場として移住の前の体験宿としての機能も持たせていけたらと考えています」(藤原氏)
集落という最小単位を重視しながら、広い地域の活性化を目論む
単純にハコモノを再生するのではなく、地域の魅力、文化そのものを再認識しながら最大限に提案する「NOTE」の取り組み。
その活動を藤原氏は次のように表現した。
「私たちが行っているのは、面ではなく、まずは最小の“点”である集落というコミュニティをきちんと捉え、コンセンサスをとることです。最初から“町”などの単位で動き出そうとすると住民の理解を得る上でも魅力を出す意味でも難しいものがあります。“点”を点在化させ増やしていこうというのがNOTEの考え方です。
今の一般的な世の中の動きというのは、地方を手の平に例えたとすると、末端の指先(点)をあまり大切にできていない。それでは都市部の手の平しか残らないことになります。私たちは点である指先、“末端”の点をまず再生させて手の平全体に血が通うようにしたいのです」(藤原氏)
いまでは、アセット・マネジメント・サービスまで手がけるようになったNOTEだが、その思想は、あくまでも地方の末端単位、集落の魅力と再生に目を向けることには変わらないという。次回は、集落よりもう少し大きな単位で地域再生を行うNOTEのプロジェクトの様子や、資金調達に対する考え方などをレポートしたい。
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