依頼主の気持ちがより豊かになるように

JR「京都」駅から新快速に乗り、約17分。「宇治」駅に到着する。南出口方面には藤原頼通によって開かれた平等院があるが、今回の目的地は逆方向。北出口から15分ほど歩くと工場エリアを抜け、住宅街に入っていく。見逃しそうなほど細い道を進むと「enstol(エンストル)」が見えてきた。

オリジナル家具とオーダー家具の製造販売、家具の修理・リメイクをしている「enstol」は、2階建ての工房とショップ兼事務所が隣り合わせに並んでいる。

「依頼で多いのは圧倒的に修理・リメイクです。小さなものから大掛かりなものまで、個人からも喫茶店などのお店や家具の小売店からも依頼を受けています」。そう話すのは代表取締役の今田景子さんだ。

「enstol」では、家具修理には次の4つの方法があると考えている。
1.新品と同等のコンディションに戻す
2.修理しつつ、撥水機能など新たな付加価値をプラスする
3.古き良き風合いを残しつつ、修理する
4.暮らしの変化に合わせて、姿形を変える

「どんな修理であっても、私たちが手を入れたことでお客さまの暮らしが快適に、気持ちがより豊かになれるように心がけています」

上/左が工房。ここで職人たちが家具の修理や製作を行う。右のスペースがショップ兼事務所 右下/2階から工房を見下ろす 左下/ショップに置かれている家具はすべて「enstol」のオリジナル。椅子の座り心地を試すこともできる。右側のガラス窓からは、隣接する工房の見学も可能上/左が工房。ここで職人たちが家具の修理や製作を行う。右のスペースがショップ兼事務所 右下/2階から工房を見下ろす 左下/ショップに置かれている家具はすべて「enstol」のオリジナル。椅子の座り心地を試すこともできる。右側のガラス窓からは、隣接する工房の見学も可能

思い入れや愛着を汲み取って、家具と家族の歴史も大切にしたい

「enstol」では修理依頼が多いというが、今は家具が安く手に入る時代。家具が壊れたら新しいものを買えばいいと考える人もいるはずだ。修理をしてまで使い続けることの意味とは何なのだろうか。

「ここにやってくる家具には、一つ一つストーリーがあります。思い入れや愛着があるから直そうという気持ちになるもの。価格だけでいうと、新しく買ったほうが安い場合もありますが、お金ではない価値がそれぞれの家具にあるんです」

そう言って、今田さんはこんな事例を教えてくれた。

依頼主は、自分が幼いころに使用していた椅子を持ち込んできた女性。古くなった椅子をわが子にも使わせたいと、修理を依頼したそうだ。今の家の雰囲気に合うように張り地を替え、背もたれを整え、安全ベルトをつけるといった修理を施し、見違えるほどキレイになった椅子を見て、誰よりも喜んだのは依頼主の母親だったという。

「自分の娘さんが小さいときに使っていたものを、今度はお孫さんが使うことに感動されたんだと思います。同時に昔の思い出がよみがえってきたんじゃないでしょうか」

今田さんたちは修理のオーダーが入ったら、しっかりと依頼者の話を聞くことを大切にしている。なぜなら、思いを理解していないと間違った修理をしてしまうからだ。

「例えば机の表面についている傷。お客さんのなかには『これは家族の思い出だから残しておいて』という方もいらっしゃいます。何も聞かずに良かれと思ってその傷を消してしまうと、家族の思い出も消えることに。これまでの歴史は残しつつ、機能や強度を高めることも修理なんです」

上/座面張り替えとウレタン交換をしたダイニングチェア 下/天板をウォールナット素地色に塗り替え、木製脚を取り付けたダイニングテーブル上/座面張り替えとウレタン交換をしたダイニングチェア 下/天板をウォールナット素地色に塗り替え、木製脚を取り付けたダイニングテーブル

木工作業、椅子張り、塗装を職人が分担

前述のとおり、「enstol」は工房併設の店舗である。取材中も、木を削っているのだろうか、隣の工房からは機械の音がときおり聞こえてきた。

「ここに来ていただいたら、5人いる職人と直接話をしてもらうこともできますし、修理している様子も見てもらえます。自分の大切な家具を、どんな職人がどんなふうに修理しているか目にすることで安心される方も。わざわざ遠方から見に来るお客さんもいるんですよ」

取材がひと段落ついた後、今田さんに工房を案内してもらった。
1階は、木を切ったり組み立てたりといった“木工作業”、座面にウレタンを入れたり、張り地をつけるなどの“椅子張り”、色を塗り替える“塗装”の3ゾーンに分かれ、2階には修理を待つ家具と、修理を終えて依頼主の元へと送られる家具が並べられていた。

「家具は、作るときはある程度組み立てのパターンが決まっていますが、修理の場合、作業工程はすべて異なります。それぞれ壊れ方が違いますからね。テーブルがぐらつくなら、天然木のため気温や湿度で木が反ってきたからかもしれませんし、木がやせてきたからかもしれません。原因を突き止めてはじめて、修理に取り掛かれます」

左上/脚のパーツのつなぎ目が外れた椅子を修理。接着剤をつけ、圧をかける作業中 右上/椅子を塗装する作業も工房内で 左下/椅子の座面のウレタンと張り地を交換。ウレタンの量で座り心地がまったく変わるそうだ 右下/デザイナーの岡野裕一さん。オリジナル家具のデザインをするほか、修理の際は依頼者から聞き取りを行うことも。「一度修理をしたら終わりではなく、困ったことがあったら声をかけてもらえる存在になりたい。家具のかかりつけ医のように、長くお付き合いができれば」左上/脚のパーツのつなぎ目が外れた椅子を修理。接着剤をつけ、圧をかける作業中 右上/椅子を塗装する作業も工房内で 左下/椅子の座面のウレタンと張り地を交換。ウレタンの量で座り心地がまったく変わるそうだ 右下/デザイナーの岡野裕一さん。オリジナル家具のデザインをするほか、修理の際は依頼者から聞き取りを行うことも。「一度修理をしたら終わりではなく、困ったことがあったら声をかけてもらえる存在になりたい。家具のかかりつけ医のように、長くお付き合いができれば」

家具を長く使えるように、メンテナンス法もアドバイス

修理は、オーダーを受けたとおりにするだけではない。

「職人が見ると、使っている人の癖がわかるんです。この椅子に普段、座っている人は、座面のこの部分に体重をかけているから、そこにウレタンを補強しておこう、とか。テーブルの天板の塗装をするご注文を受けたけれど、天板をめくってみるとキレイな木目が現れたから、それを生かす提案をすることもあります」

根底にあるのは、家具を長く使ってほしい、その家具を使用することで心地よさを感じてほしい、そして、依頼者と長いお付き合いをしたいという思い。

「ただ修理をするだけなら私たちじゃなくてもいいと考えています。1点1点の家具に思いを込めて向き合えば、その気持ちはお客さまにも伝わるはずですから」

完成品の受け渡しのときには、メンテナンスの方法や使い方のコツなども伝えるようにしているという。

「日常生活で快適に使えることが一番大切。お客さんが満足いくように修理をすることで、また別の家具に不具合がでたときに声をかけてもらえると思っています」

家具は修理をし、適切に手入れをすれば長く使える。そのことをもっと発信していきたいと、「enstol」では随時、相談会も開催。
使うことをあきらめている家具や傷みが気になる家具が手元にあれば、相談してみてはどうだろうか。

2020年 09月04日 11時05分