子育て奮闘中の建築家夫妻が新宿区で立ち上がった

新宿区内、地下鉄大江戸線の牛込柳町駅から徒歩わずか数分に、小さなコミュニティスペースがある。名前は「みちくさくらす」。もともとはクリーニング店だった建物をリノベーションし、2018年の12月にオープンした。

こちらのオーナーである並木さんご夫妻は、4歳と1歳の娘を持つ子育て奮闘中の建築家ご夫妻。自らコンセプトを固め、物件を探し、設計、さらに施工にも関わり、運営も行っているのだ。ちなみに、ここの設計は公益社団法人インテリア産業協会主催による令和元年度「キッチン空間アイデアコンテスト」において、部門賞を受賞している。

ご夫婦によると、「みちくさくらすは、子どもが放課後を生き生きと、アットホームな環境で過ごすことのできる教室と、子育て世代を中心とした地域の人々がおいしいごはんを食べることができるキッチンからなる、暮らしづくり複合施設です」という。

2階建ての1階部分には大きなキッチンがあり、飲食店の営業許可を取っている。ここでは、仕事帰りに寄って弁当や惣菜、おやつを購入でき、また店舗内での飲食も可能だ。
一方、2階は、レンタルスペースとして、自主勉強会やワークショップ・料理教室やパーティーなど様々な用途に利用できるスペースとなっている。

シェアキッチンには、日替わりで出張料理人がやってきて、近隣の子育て世代に向けて惣菜を販売するシェアキッチンには、日替わりで出張料理人がやってきて、近隣の子育て世代に向けて惣菜を販売する

人口増に地域の子どもを取り巻くコミュニティが追い付いてない

みちくさくらすの名前は、牛込柳町界隈は夏目漱石ゆかりの地で、作品である『道草』と、放課後子どもたちが集まる教室としての「class」と「暮らす」の2語をかけたものみちくさくらすの名前は、牛込柳町界隈は夏目漱石ゆかりの地で、作品である『道草』と、放課後子どもたちが集まる教室としての「class」と「暮らす」の2語をかけたもの

奥様の優さんによると、この施設をつくった原体験があるという。
優さんの栃木県の実家は、かつて祖母と母が「英語教室」を経営していた。古い母屋に、子どもたちがワイワイ集まり、遊びながら学べる場所として、幸せな時間を過ごしたそうだ。
それを、この新宿区内で、似たようなことができないかと考えた。

新宿区で子育てを始めてから、並木さんご夫妻は問題意識を抱いていた。それは、気兼ねなく子どもたちを遊ばせられる場所が少ない、安全安心のごはんが食べられ、ゆっくりくつろげる飲食店が少ない、というもの。
また児童数が多い公立学童や高額で敷居の高い塾や民間学童でもない、もっと気軽に立ち寄れて学びの機会があり、我が家のように過ごせる場所があったらいい、と感じていた。

特に牛込柳町駅界隈には、開発によって大型マンションが増加し、人口も増えているようだ。そのような状況を受け、子どもも増えているが、地域におけるソフト面での受け入れ態勢が整っていない。だから、今ここに、理想の施設が必要と感じたそうだ。

建築家として地域の課題に向き合い、そのスキルをいかす

そこで並木さんご夫妻は、2018年の年が明けたころから、まずは物件探しに動きだし、同年4月にここを見つけた。
各階25m2の2階建て(計50m2)で、駅から1分ほどの大通りに面していて、さらに改修もOKという。子どもが出入りすることも、飲食店として営業することも問題なく、自分たちの理想の場所を実現させるための条件が揃っていた。

夫婦でコンセプトを固め、夫の義和さんが設計図を描いた。工事費を少しでも安く抑えるため、分離発注により電気設備や水回りなど工務店に任せる部分と、DIYできる部分に仕分けをした。
8月に解体工事が始まり、そして内装下地、構造補強工事と進んだ。10月下旬からはDIYが始まり、塗装用下地作り、壁面・天井塗装、床仕上げ張り、小上がりや本棚等の造作家具制作を立て続けに実施。平日は本業である建築設計の仕事をして土日でDIYを行ったが、それでも予定が遅れたという。平日夜の仕事帰りに立ち寄り、興味のある友人を集めて飲みながらの作業となった。駅から人通りの多い場所なので建物の前にポスターを貼りDIYの募集告知を出したところ、興味を持って参加してくれた近隣の人もいた。

そして、同年12月に、ようやくお披露目会をできるまでになったという。

休日にDIYする並木さんご夫妻と応援する仲間や近隣の住民たち。小さな子どもも参加した休日にDIYする並木さんご夫妻と応援する仲間や近隣の住民たち。小さな子どもも参加した

3つのテーマを軸に、多くの人を巻き込んでいく

「みちくさくらす」の運営は、3本の柱を掲げている。
1つは「子どものこと」、2つ目は「食のこと」、そして3つ目は「人とのつながり」だ。それを実現するために並木さんご夫妻は、最初の段階から外部の方々と連携することを決めていたという。

1つ目の「子どものこと」については、地域の学童は小学3年生までのため、4年生以上の子どもたちが放課後をどう過ごすのか、そして夏休み期間をどう過ごすのかという課題があった。
優さんは、Twitterやメールで近隣の大学生とコンタクトを取り、大学生たちにボランティアとして夏休みに施設に来てもらい、地域の子どもたちと遊んでもらったという。現在は、放課後のプロジェクトが動き出したところだ。

2つ目の「食のこと」についての背景だが、この界隈には夫婦共働き世帯が多く忙しさのため食がおろそかになるケースが少なくないという。なので「みちくさくらす」1階のキッチンをシェア型にして日替わりで出張料理人に来てもらい、夕方に子育て世代を中心とした地域の方々へお惣菜の販売をした。
夏休みには、給食がなくなってしまうので、近隣の飲食店に弁当を注文していたというが、カレーやパスタ等に偏りがちだったようだ。そのため、このキッチンでは、食材にも気を使ったバランスの良い弁当をつくってもらうようにしたという。

3つ目の「人とのつながり」については、誰もが気軽に集まれる場所を目指しているとのことだ。
例えば、近所の子どもが集まる食事会では、みんなで騒いでもOKという場所にした。また、ローカルをテーマにしたトークセッションに外部講師を招くなど、近所の子どもに限定しないイベントを開催することで、その結果、面白いほど人と人がつながっていける場所に変わっていったのだ。遠方から訪れた人もいたという。

左上)子どもたちのための工作教室を2階のフリースペースで実施 </br>右上)1階のキッチンには小さな子どもたちを連れたママさんたちの情報交換の場にもなった </br>左下)キッチンを使った一般の大人のための食事会も開催 </br>右下)子どもと一緒に遊べる空間では、元気いっぱい大きな声が響いている左上)子どもたちのための工作教室を2階のフリースペースで実施 
右上)1階のキッチンには小さな子どもたちを連れたママさんたちの情報交換の場にもなった 
左下)キッチンを使った一般の大人のための食事会も開催 
右下)子どもと一緒に遊べる空間では、元気いっぱい大きな声が響いている

コミュニティづくりのノウハウを蓄積し、他のエリアの相談にのる

「みちくさくらす」での夫婦の役割分担については、夫の義和さんが建築・ITまわりを担当し、妻の優さんが人をつないだり、コミュニティのマネージメントを担当している。

情報発信にはいつも四苦八苦しているという。インスタグラム、フェイスブック等のSNSを活用しているが、実は、近隣の学童、児童館、高齢者施設にご挨拶をして、関係性を築けたことが効果があったようだ。また、小学生のお母さんたちとビラ配りで出会い、LINEを交換してこの施設を知ってもらったことが大きかったという。特にお年寄りはSNSなどを見ないため、理解と協力を得るためにはビラ配りが有効だったそうだ。とにかく地道な活動に尽きる、と振り返る。

並木さんご夫妻は、新宿に住んでいるとはいえ自宅が若干離れている。なので、知り合いがほとんどおらず、この活動はゼロからのスタートだった。そんな活動を始めたことで、この地で知り合いが増え、応援してくれる人も増えた。課題を口にするだけではなく、アクションをおこしたことが大きいのだろう。
大学生のボランティアサークルを統括されている教授が興味を持ってくださり、継続的な関係性ができてきている。「みちくさくらす」に面白い大学生のお兄さんやお姉さんがいると子どもたちも喜ぶ。その分、勉強意欲も増すそうだ。

とはいえ運営しながら、修正点を常に考えることが大事だと優さんは言う。
例えば、地域の方々に活動を知ってもらうために、店の前に張り紙をしてシェアキッチン、カフェ、イベント等のスケジュールをわかりやすく表記した。フェイスブックページにはスケジュールを掲載しているのだが、実際に通りすがりの方から「いつ、何をしているの」という質問が多かったことを受けての改善だ。

改善点を蓄積し、そのノウハウをいかしたいと義和さん。自身の建築家による設計活動の守備範囲を今後拡大することにも役立てて、他の交流場所での空間づくりをお手伝いしたいと抱負を語る。実際に、ここの縁で、門前仲町の食の交流拠点づくりの設計が始まっているそうだ。
並木さんご夫妻の今後の展開に目が離せない。

みちくさくらす https://michikusakurasu.com/

あえてかつてのクリーニング店の看板をそのまま残した外観。当時を知る人への目印になるからだ。ガラス窓に、イベント等のスケジュールを掲示するようにしたあえてかつてのクリーニング店の看板をそのまま残した外観。当時を知る人への目印になるからだ。ガラス窓に、イベント等のスケジュールを掲示するようにした

2020年 02月28日 11時05分