お彼岸に先祖供養をするのは、日本独特の風習
春分と秋分は「お彼岸」とも呼ばれ、先祖供養の日とされている。
「彼岸」は煩悩を脱して涅槃（迷いや煩悩の川の向こう岸にあるとされる）の境地に至った状態を指す、梵語由来の言葉だが、お彼岸に先祖供養をする風習は日本独特で、中国やインドにはない。古来、日本人は太陽を崇拝し、春分や秋分、夏至や冬至には祭りが催されてきた。
春分や秋分は太陽が真東から昇って真西に沈むので、奈良時代に仏教の布教が始まると、西方浄土信仰と関係づけられて「彼岸会」が生まれたと考えられている。本来の彼岸会は7日間にわたって行われる法会で、大同元（806）年に、早良親王の霊を慰めるために始まったものとされるが、『日本後紀』には、「諸国分寺の僧春秋二仲月別七日、金剛般若経を読ましむ」とあり、まだ「彼岸」とは呼ばれていなかったようだ。
現代でも、お彼岸には仏壇に牡丹餅やお萩を供え、お墓参りをする人が多いだろう。そこで、お彼岸のしきたりやお墓参りの手順をおさらいしておきたい。
牡丹餅・お萩は魔除けの意味もある
牡丹の咲く春に作られたものを牡丹餅、萩の咲く秋に作られたものをお萩と呼ぶお彼岸の前後3日を合わせた7日間をお彼岸と捉えるときは、その期間の始まる日を「彼岸の入り」、終わる日を「彼岸の明け」、そして春分・秋分の日を「彼岸の中日」と呼ぶ。
仏壇に特別な供え物をしたり、お墓参りしたりするなら、できればこの期間中が良いだろう。
現代では仏壇を置く家は限られているが、仏壇のある家は、お彼岸には仏壇をきれいに掃除し、お供えにお萩や牡丹餅、故人の好物などを供えよう。
お彼岸の供え物とされる牡丹餅やお萩は、どちらも餅あるいは餅米の粒が残る程度に撞いたものを餡子でくるんだもの。室町時代の女官たちの使った「女房言葉」が語源で、牡丹の咲く春に作られたものを牡丹餅、萩の咲く秋に作られたものをお萩と呼ぶ。
餅はハレの日の食べ物なので、さらに牡丹餅・お萩は赤い小豆をまぶしてあり、魔除けの意味を持たせたといわれている。
神社の鳥居や社殿などが赤く塗られているのは、古来赤に魔除けの効果があると考えられたから。下まぶたの赤い部分と舌を見せる「あかんべ」も、本来は魔除けのための所作だったといわれているのだ。
お墓参りの手順
墓石にたっぷり水をかければ「布施」になるお墓参りは吉日が良いとする説もあるが、大安や仏滅といった六曜を最初に使い始めたのは、縁起を担いだ博ち打ちと考えられており、「仏滅」は元来「物滅」だったとされている。吉日以外のお墓参りが気になるようなら避けた方が良いが、特にこだわる必要はないだろう。
お墓参りに際して用意したいものは、マッチ、ろうそく、線香、お供えの花など。
花は仏花として用意されているものを利用すると便利だが、一般的には菊や百合といった清楚なイメージの花が使われることが多い。故人の好きな花を選んでもよいだろう。お墓参りの服装は、特に決められているものはなく、喪服を着る必要はない。ただし、毛皮やファーなどがついたものは殺生を思わせるため、避けたほうが無難なようだ。
掃除をするなら箒、草抜き用の鎌や軍手、墓石を洗うたわしやスポンジを持っていこう。ひしゃくやバケツは墓地に備え付けられていることが多いが、ないようなら持参する。
お墓参りの手順として、まず墓石に水をかけるが、一杯だけでなく、たくさんの水をかけると良いとされる。墓石の汚れを落とすだけでなく、餓鬼に施しを与える意味もあるからだ。
餓鬼は生前の行いにより餓鬼道に落ちた亡者で、水を飲もうとしても、口の前で炎になってしまうので、いつも喉の渇きに苦しんでいる。しかし墓にかけられた水だけは口にすることができるので、墓石にたっぷり水をかければ「布施」になるのだ。お布施は大乗仏教の「六波羅蜜」のひとつで、実践すれば悟りに至るとされる。
水をかけたらロウソクに火をともして線香を供えるが、火を消す際は息を吹きかけるのではなく、手で仰いで消す。動物を殺して食べる人間の息は穢れているとされるからだ。
花や供物を供えたら、合掌・礼拝する。時間や所作に決まりはない。故人に語りかける人もいれば、無心で手を合わせる人もいるだろう。墓に供え物をしたときは、鳥や猫などによって食べられたりして、散らからないように、お参りが終わったら持ち帰ろう。
お墓参りだけではなく、お彼岸には菩提寺にも立ち寄ろう
お墓参りのあと、できれば菩提寺に立ち寄って、本堂に奉られている本尊に礼拝しよう。菩提寺とは先祖の位牌を納めた神社のこと。近年になるまでは、お墓参りと菩提寺の本尊へのお参りはセットとされることが多かったからだ。
もしも、お墓が遠方でお墓参りに行きにくい場合は、菩提寺に「御香料」などとしてお金を送り、供養を頼むのもよいだろう。
昨今は仏教の宗派に属さず、菩提寺を持たない人も多いかもしれない。お墓は不要と考える人も少なくないようだ。しかし供養が先祖になんらかの影響をもたらすと信じられるなら、先祖の供養をしてくれる菩提寺との関わりは無碍にしたくないものだ。
また、かつては太陽の動きに沿って、東から南、そして北へと寺社をめぐる風習もあり、春分と秋分の日に阿弥陀仏や観音仏、鳥居を巡る習俗が残っている地域もある。昨今は縁起の良い場所を順拝する流行もあるから、ご先祖のお墓参りのあと、寺社をめぐるのも良いかもしれない。
■参考図書
株式会社ごま書房『お墓・仏壇入門』ひろさちや著 1991年6月30日初版発行
柏書房株式会社『現代こよみ読み解き事典』岡田芳朗 阿久根末忠編著 1993年3月10日初版発行
KKベストセラーズ『先祖供養のしきたり』新谷尚紀著 2008年1月15日初版発行
お墓参りと菩提寺の本尊へのお参りはセットとされることが多かった公開日:
