生まれ変わった、北野商店街沿いと路地にある計7軒
西陣といえば、京都を代表する絹織物・西陣織の産地。意外なことに、“西陣”という行政地名はなく、応仁・文明の乱(1467年)で山名宗全率いる西軍の本陣跡地に広がった地域を指している。厳密にどこからどこまでとは決められておらず、今出川大宮を中心におよそ半径1kmの範囲を指すという説もある。
その今出川大宮から見ると西南に位置するのが、千本中立売。今回紹介する “新しい職住一体群”をテーマにした7軒の「つれづれnishijin」はこの一角、千本中立売の交差点から中立売通(北野商店街)を西へ徒歩4分ほどのところにある。
北側を歩いているとまず7軒のうちの2軒、ビンテージプリントショップと和食バルが目に入る。ビンテージプリントショップの横、北東へ斜めに延びる路地を進むと店舗兼住居として募集中の物件があり、そこを超えるとすぐにトンネル路地がある。路地の奥には芝生が美しい中庭と3軒長屋。これらの総称が「つれづれnishijin」だ。
取材に訪れた秋の初めは、入居・成約済み・募集中が入り交じった時期であった。「つれづれnishijin」は現在進行形で動いていた。
京都の財産・若いものづくり作家が創作に打ち込める場を作りたい
「つれづれnishijin」の話が持ち上がったのは、2018年冬のこと。
「私が登壇していたイベントを聞きに来られていた物件のオーナーさんから、相談を受けたのがきっかけです」
そう話すのは、「つれづれnishijin」をプロデュースした株式会社アッドスパイスの不動産プランナー・岸本千佳さん。当時空き家だった7軒を再生させる方法を考えてほしいと依頼された岸本さんが提案したのが、工房兼住居を中心とする“職住一体群”をテーマにしたリノベーションだった。なぜ、職住一体だったのか。なぜ工房なのか。岸本さんに聞いてみた。
「西陣は、古くから織物で栄えてきた“ものづくりの街”。もともと職人たちが職住一体でこの街の産業を支えてきたというベースがあります。実際、『つれづれnishijin』の長屋は機織職人の仕事場であり、住居だったそうです」
芸術系大学も多く、伝統文化が受け継がれてきたまち・京都には若いものづくり作家が多数存在している。岸本さんは長年の経験から、制作に打ち込め、賃料を抑えられる工房兼住居のニーズが高いこと、しかしあまり数がないことを感じていたという。
「若い作り手は、京都の財産。創作活動をする場所がなければ、京都を出てしまう可能性がある。仕事を通じて西陣と縁が増える中で、西陣の街は若い作家の礎となる場になり得るのではないか、と考えました」
西陣は昔から機織りの音がそこかしこからしていた土地柄、製作時の音には比較的寛容。そして、新旧の“ものづくり世代”が共存することで、ものづくりへの想いも受け継がれていくのでは、という狙いもあった。
こうして、西陣という街と親和性の高い職住一体群というテーマが決定した。
大事にしたのは、“地元の人に受け入れられる場所”を作ること
テーマは職住一体群としたものの、建物の構造上、7軒すべてが“職”と“住”を兼ねることはできず、住居の機能を併せ持つのは中庭に面した3軒中2軒の長屋部分と、中立売通から入る路地に立つ1軒となった。さらに、大通りに面した物件は工房ではなく店舗として活用することとなった。
年明けから募集を始めると、陶芸、彫金、木工、家具……。想像していた通り多くの問い合わせがあったと岸本さん。
「オーナーさんと大事に考えたのが、地元の人に受け入れられる場所にしたい、西陣に長く居住してくれる人に借りてほしいということでした」。それは、西陣に伝わる生活文化やマインドも継承するために、この地に根差す覚悟があるかどうか、ということでもあると岸本さんは考えているそうだ。
そうした点を加味した結果、植物のショールーム、画家のアトリエ、ブライダルカメラマンの事務所、そして前述のビンテージプリントショップと和食バルの入居が決まった(2019年10月現在)。
「人柄・事業内容とともに重きを置いたのが、入居者同士が似たような感性、つまり同じ“トーン”を持つということです。心地よく、長く入居してもらうためには大切なポイントです」
入居者が続々と決まっていくなか、岸本さんは今後、どのような場所にしていきたいと考えているのだろうか。
「最初は私が前に立って決めごとなどをしてきましたが、入居者が決まってきた今、運営などは自主性を重んじていきたいと思っています。もちろん必要なときには出ていきますが、 “モノを作っている人が活躍する場”であることが一番いいと思っています。オーナーさんと入居者の間でいろいろなことが循環していく場にしたいです」
“連れだって”、一人ではない安心感
「つれづれnishijin」という名前には、“連れだって”、“連なって”という意味が込められているという。
「お客さんが連れだって、あっちのお店に行ったり、こっちのお店に行ったりしてほしいという願いと、もう一つ。入居者が連なっているという意味もプラスしています。『一人でアトリエを持つよりも、志を同じくする“お隣さん”がいることが心強い』と言う入居者もいます」
岸本さんは、以前から工房兼住居の需要を強く感じていたが、この物件を手掛けたことで、その思いはより強まったという。
「工房なので室内は汚してもいいように、そして入居者が自分らしくアレンジできる余地を残すために内装は過度に作りこみ過ぎないようにしました。ただ、見学に来られた方から『もっとボロボロでもいいから、安い物件はないですか』と聞かれたこともあるんです。作家さんが思う存分創作活動ができるように、さらに手を加えない物件もあってもいいなと思います」
ものづくりに従事する人からのニーズの高さに、改めて手応えを感じたという岸本さん。京都とものづくり、ものづくりと作家を応援する物件がますます増えていきそうである。
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