3つの柱で、高齢化・老朽化に悩むオールドニュータウンを活性化
上/明舞団地から明石海峡大橋を望む。丘陵地にあるため坂が多いが、そのぶん眺望が楽しめる。下/団地内には県営住宅、公社住宅(賃貸・分譲)、UR都市機構住宅、一戸建て住宅と、さまざまな住宅がある。商店や教育・保育施設も点在している
「明舞団地」の最寄り駅、JR「朝霧」駅に向かう電車の窓からは海が見えた。明石海峡だ。駅からは海を背にして、山手にぐんぐん進むバスに乗車。すると、すぐに道の左右に団地群が目に入ってきた。その広大さに最初から圧倒されてしまう。
「この先も団地は続くんですよ」。そう話すのは駅から3つ目のバス停で待ち合わせをしていた、兵庫県県土整備部住宅建設局の清水智子(さとこ)さん。まだ団地の3分の1ほどしか足を踏み入れていないらしい。
「明舞団地」は、兵庫県と兵庫県住宅供給公社が開発し、1964年に入居が開始された県内最古のニュータウンの一つ。神戸市垂水区と明石市にまたがる、南北約3km、東西約1kmの約197haの面積に1万世帯以上が暮らしている。
この歴史あるニュータウンも、近年、ご多分にもれず住民の高齢化、住宅・施設の老朽化に伴う住宅地としての活力の低下が懸念されていた。その問題の解決に向けて、兵庫県は大きく3つの柱で、新たなまちづくりに取り組んできた。「計画」「ハード」「ソフト」の取り組みである。
今回は、その取り組みを紹介しよう。
配食サービス、住宅の建て替え、居場所作りも
上/前列左から、清水智子さん(兵庫県建築指導課)、堀崎真一さん(兵庫県住宅政策課)、髙谷真司さん(兵庫県公営住宅課)。後列左から神吉竜一さん(兵庫県住宅供給公社分譲課)、井上泰彦さん(兵庫県住宅政策課)、山崎竜太さん(兵庫県住宅供給公社明舞団地再生課)。下/配食サービスのお弁当を調理中の「NPOひまわり会」2004年に策定し、2007年にブラッシュアップした「明舞団地再生計画」では、行政だけではなく、それぞれができることを進めようと、①住民主体のまちづくりの推進、②まちの軸とまちの核の再生、③民間活用という柱が設けられた。
住民による取り組みの一例が「NPOひまわり会」の活動。ボランティアが集まり、独居・虚弱高齢者への配食サービス、男性向けの料理教室等を行っている。配食は見守り活動でもあるため、こだわりは手渡し。地域の人が地域の人を支えるこの活動は、すでに16年目に突入している。
県営住宅の建て替えをはじめとした“ハード面の整備”にも力を注いだ。また、一戸建て住宅の高齢所有者を対象に行った団地内での住み替えのためのセミナーは、住み替えに合わせて若年・子育て世帯の入居を進めたいという狙いもあったそうだ。
若年層の入居という点では「学生シェアハウス」という取り組みも。自治会活動などへの貢献を条件に、空き室になりがちな4・5階の部屋を大学生に提供したのだ。兵庫県住宅供給公社住宅管理部分譲課の神吉竜一さんは、「学生さんが会合に参加すると、それまでよりも多くの方が顔を出してくれるようになりました。お互いに学んだり、刺激をしたりといい結果が出ています」。若年化と活性化という狙いが見事にあたったわけだ。
商業施設などが集まる、「明舞センター地区」を、活気とにぎわいのあるエリアへと生まれ変わらせるための「リーディングプロジェクト」は県と公社が始めた。明舞センター地区への商業複合施設の誘致(明石側施設2013年オープン、神戸側施設2018年オープン)を軸としつつ、ソフト面の取り組みも推進。「空き店舗を活用して子どもから高齢者まで気軽に立ち寄って情報交換をしたり、コミュニケーションができる居場所を作りました」(神吉さん)。加えて、病院が近くにある立地を生かした高齢者向け住宅や施設の整備、団地内になかったコンビニエンスストアの誘致、建て替え時の受け皿住宅の整備なども、このプロジェクトの軸となった。
若年層が持つ団地のイメージを変えたい!“リノベ学校”を開催
「明舞団地再生計画」のスタートから10数年がたった2017年、新たに策定されたのが「明舞団地まちづくり計画」である。「明舞団地再生計画」の流れを受けて作られたビジョンは、①住民主体の団地運営システムの強化、②若年・子育て世帯の入居促進、③住まいと暮らしのリノベーション、④高齢者の暮らしの向上の4点。
キーワードは“若年層”。神吉さんは、その背景をこのように語る。「高齢化率が40%を突破し、仕方のないことですが、高齢になると購買力が減少していきます。それで、リーディングプロジェクトとして、商業複合施設を誘致しましたが、経営環境は厳しいと感じます。そういう面でも、若い方にも明舞団地に目を向けてもらいたい。ですが、若い人は『団地』は古い、狹い、住みにくいというイメージを持ちがち。団地では、現代的な暮らしができない、そう思う人が多いんです」
そこで2018年に始まったのが「明舞リノベ学校」。改修事例を紹介することで、少しでも明舞団地を身近に感じてもらいたいと開催された。「市場価格の下がった団地の集合住宅を購入し、リノベーションをすることで、限られた予算でもここまで自分たちが望む暮らしが実現できるということを発信したかったんです」(神吉さん)
実際、「リノベ学校」ではどのような事例が紹介されたのだろうか。
センター地区で行っていた取材の後、引越しを1週間後に控えた円谷信一さんと奥様の2人住まいのお宅を見せてもらえることになった。
浴室・洗面所、換気……。自分たちの暮らしに合わせてリノベーション
「この景色、いいでしょう?」
円谷さんのご自宅までの移動中、私たちの目の前には満開の桜並木が広がっていた。住まいを決めるときは、こういった周りの環境も大切になってくる。「毎年の花見が今から楽しみなんです」
円谷さんの住まいは、住戸内が2層になっているメゾネットタイプ。間取りは1部屋のまま手を加えず、雰囲気をがらりと変えた1階から見学させてもらうことにした。
まずは洗濯機置き場をベランダから室内(洗面所)に移動。「若い人にしてみたら、なんでベランダで洗濯するの?ってなりますよね」と笑う円谷さん。リノベーションで、今の暮らしに合わせた変更が可能なのだ。
そして浴室周り。「ここが非常に不思議な作りで……。浴室と洗面所がひとつながりの床だったんです。なのでお風呂に入ると洗面所までびちゃびちゃになって実に不便。しかも換気ができなかったので衛生面でも問題がありました」。浴室と洗面所の間を区切ることで、以前はなかった脱衣スペースも確保できた。カビ問題には換気扇を設置することで対応したのだが、これにより、洗濯物干し場としても活用できるようになったそうだ。
リノベーションをする上での円谷さん夫婦の大きなこだわりの一つが、まさにその“換気”。円谷家では、夏も冬もエアコンは使わない生活をしているので窓を2ヶ所設けて、風通しを良くしたいと考えていた。一番大きな窓の向かいにあるのはトイレの小窓だ。この2つの窓をうまくつなげるには……。そこで出てきたのが、トイレの引き戸を右からも左からも開くようにするというアイデアだった。引き戸を左右少しずつ開けることでトイレ全体が目に入ることはなく、風が通る。どちらも開くので掃除がしやすいというおまけもあったそうだ。
今の生活に合わせたリノベーション、住み手のこだわりに合わせたリノベーション。どちらも叶えられた。
50数年前の“未来の暮らし”を、不便で終わらせないように
次は2階へ。階段を上る前に円谷さんからこのような話があった。
「この住まいは、階段のせいで高齢者が住むのは難しいと思います。傾斜が急で、踏み板の幅が狭いんです。土台がコンクリートなので自由に変えられないため、そのままにしていますが」。メゾネットは若年層向けと割り切り、住まいの種類によって“住む人を替える”バリアフリーも必要だと円谷さんは言う。
2階はもともと3部屋あったが、壁をすべて外してワンルームにした。押し入れもなくしたため、新たに作った小上りを収納スペースに。この小上りに座れば、海や明石海峡も望める窓からの景色もさらによく見える。壁や階段周りに作った本棚には夫婦の愛読書が並ぶ予定だ。
「1階は生活ゾーン、2階はくつろぎゾーンというふうに、空間を“切り分け”ました」。前述の“住み分け”同様、メゾネットの特性に合わせて暮らしをデザインしている。
ところで円谷さんは、取材の中で何度か「不便を楽しむ」という言葉を口にしていた。これは、どういう意味なのだろうか。
「この団地は半世紀以上前に作られています。当然、今の我々には合わない部分が多いのですが、当時の人はもちろん住みやすいようにと思って設計しているはずですよね。特にこのメゾネットはその時代の人にとっては画期的で、未来を感じさせる住まいだったはず。当時の方々の気持ちを考えると、不便だからといって全否定はしたくない。住みやすいように工夫はしつつも、生活する中で感じる不便さも楽しみ、検証していきたいと思っています」
円谷さんは、楽しみ、検証することを“当時の人との対話”と表現した。今後の「リノベ学校」で何をするかはまだ未定だが、対話の中からヒントが見つかることだろう。それが、今後の「明舞団地」再生の鍵になるのかもしれない。
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