世界的にも珍しい油を含んだ温泉。豊富温泉

北海道は道北、稚内のすぐ南に位置する場所に人口4,000人弱の小さな町がある。
その名は豊富町。「豊富牛乳」という牛乳を知っている方もいるかもしれないが酪農が盛んな町である。この町でもう一つの名物が「豊富温泉」である。

ここの温泉は油分を含んだ泉質で世界的にも珍しい。実際に温泉に入ると、独特の石油のような匂いが感じられ、お湯の表面には油分が浮いているのを見ることができる。豊富温泉は大正時代に発見されてからその独特の泉質が「火傷に効く」「皮膚病に効く」として長く湯治場として利用されてきた。今はアトピーなどの皮膚炎に効果があることが分かり、多くの方がこの豊富温泉に療養に訪れている。

豊富温泉の温泉街の中でも最近注目を浴びている旅館がある。それが昭和2年に創業した歴史ある旅館、「川島旅館」。若き三代目・松本康宏さんが作る「湯あがり温泉プリン」が注目を集め、2016年には古かった旅館をリニューアルし、ますます多くの方が足を運ぶようになった。
おしゃれでアットホームな雰囲気が広がり、さらに長期滞在に来るお客様にも嬉しい料金体系やお部屋のスタイル、そしてアトピー療養の方に配慮した添加物に気を配ったお料理は、女性はもちろん訪れるどんな方にも嬉しい心遣いがあふれた旅館である。なんと三代目女将の松本美穂さんは「この温泉が好きで毎日入りたくてお嫁に来た」という。

一体そこにはどんな物語があったのだろうか。

暖炉前で語る三代目女将・美穂さん。豊富温泉の未来を憂う暖炉前で語る三代目女将・美穂さん。豊富温泉の未来を憂う

三代目との出逢い、そして女将への道

大学で環境デザインを学んだ美穂さんは、札幌で勤めた会社で公園の設計や観光・まちづくりに携わった。
そして平成19年、豊富温泉活性化の担当になったことが人生の転機となる。
当時の豊富温泉市街は超高齢化社会。まちはどんどん衰退していき毎年宿が廃業していっている状況だったが、美穂さんは豊富温泉のお湯のあまりの良さに感動し、多くの人を惹きつける温泉街になるはず!と仕事に奮闘した。

そんなある日、温泉地活性化の先進地である東北に視察に行くことになったが、蓋を開けると視察へ向かう参加者はコンサルタントを行う美穂さんたちと行政の職員さんばかり。
「まちの活性化のための事業なのに、まちの人が参加しないなんておかしい!」と訴えた美穂さんの声を聞き、重い腰を上げたのが川島旅館の三代目、康宏さんだった。

康宏さんは高校を卒業し料亭での修業を経験した後、24歳で豊富町へと戻り旅館の調理を手伝い始めた。
ある日「消費されずに余った牛乳が大量に廃棄」というニュースを目にし、豊富町の名物である牛乳に着目。
地元の特産品が、誰も口にすることなく捨てられているなんてもったいない!と思った康宏さんはプリンの開発に着手したのだった。

川島旅館三代目の松本康宏さん、美穂さんのお二人にインタビュー川島旅館三代目の松本康宏さん、美穂さんのお二人にインタビュー

先代女将からの後押しと湯上がり温泉プリンの開発

こちらが話題の湯上がりプリン。様々な味があるこちらが話題の湯上がりプリン。様々な味がある

温泉地の視察で出会った二人はプリンの相談や豊富温泉の未来について語るうちに意気投合、翌年にはめでたく結婚へと駒をすすめることに。
跡継ぎとの結婚となると、豊富町への引っ越し、さらに「女将」という職業が待ち構えている。
それについて不安はなかったのだろうか。

「もともと地域と関わる仕事をしていたので、いわゆる『田舎』にはネガティブなイメージはありませんでした。それに何より、先代の女将が『お嫁に来たら、旅館のことは何でも自由にやっていいよ』って太鼓判を押してくれたんです。自分自身もやりたいことがたくさんあったのと、何より本当にこの温泉が大好きで、こんなにポテンシャルの高いまちで旅館の女将になれるなら!って思いました」と、なんとも力強い言葉である。

先代の女将も「名物女将」として川島旅館を引っ張ってきた女性であった。その女将に認めてもらえたことは自信にも繋がり、女将の道へ背中を押したようだ。
かくして2人でずっと構想を練っていた「湯あがり温泉プリン」の開発に成功し、「寂しくなった温泉街を盛り上げようと、旅館の三代目がプリンを開発」というニュースは世間の人にも目新しく、牛乳の風味を最大限に生かした白いとろけるようなプリンは、その美味しさで多くのファンを増やしていった。

寂れた温泉街での雇用創出に取り組む

リニューアルしてよりアットホームな雰囲気にリニューアルしてよりアットホームな雰囲気に

2015年、多くのお客様に愛されてきた旅館はその歴史に一旦幕を下ろし、2016年にリニューアルオープンさせることを決意した。また、時を同じくして先代女将が90歳にしてその生涯を終えたのである。
今まで川島旅館を守ってきた名物女将の想い、そして川島旅館を愛してくれる多くのお客様の想いを背負い、二人は突き進むこととなる。

「この川島旅館は『昔ながらの旅館』とはちょっと違うんです。旅館業というものに縛られない、地域を活性化していけるような場だと思っています。思ったことをやれる、やろうと思ったことをやめない、そんな旅館でありたいと思うんです」。

三代目女将の挑戦はまだまだある。
「川島旅館ではアトピーなどに悩んでいる方が移住して療養しながら仕事ができるよう就業も受け入れています」。

こうして川島旅館で湯治のために来た方を雇用し始めてからまちの様子も少しずつ変わってきたのだとか。
移住者が増え、まちの中にシェアハウスや賃貸住宅もできた。まちの移住にも一役買っているのは間違いない。そして一方で悩みも尽きないそうで…。

「やっぱり症状が良くなるとまたこのまちを去ってしまうこともあるんです。もちろん症状が良くなるのは良いことなのですが、どうしたらこのまちに定住してもらえるんだろうって考えてしまいますよね」。
三代目女将の挑戦は続くようだ。

全国の人が集まるからこそできる子育て。子どもが戻ってこられる故郷にしたい

現在2人のお子さんのお母さんでもある美穂さんは、女将をしながら子育ての真っ最中でもある。お二人は基本的に旅館に出ずっぱり。お子さんたちは旅館に繋がっているご自宅にいるか、旅館の方に出てきてお客様とお話をしたり、キッズスペースで遊んでいたりと、取材中もちらほらその姿を見掛けた。豊富町での子どもの人数は少ないからこそいじめ等も無く、とても良い環境だと感じているという。

美穂さんは「ここでは子どもたちはもちろん、地域の保護者もみんな一緒に育っていくんです」と地域柄の良さを語ってくれた。また温泉街ならではで全国の人がこの温泉に集まってくるため常に「外の目線」に触れることができるのも魅力のひとつなんだとか。

「もっと広い世界に触れられる機会を私たちが作っていかなきゃいけない、そう思います。そして子どもたちはもちろん、まちの人たちにももっと外を見てほしい。外からの目線をどんどんまちに入れたいと思っているんです。私たちは『ここに仕事がある』っていう状況を提供し続けたいと思うんです。雇用があれば、一度まちを出ていった子どもたちの帰る場所を作ってあげられる。地元の雇用を増やしていければと思っています」。

そう語る美穂さんの視線の先には常に未来が。

「今は夫婦二人で『やりたいことのどれを、どこまで、いつやるか』を考えながらやっている段階です。今までは皮膚病の療養の方向にアピールしてきました。しかし今後はもっと客層を広げて、私自身が子育て世代なことからも、『お母さんのケア』を誰よりもできる旅館になれるんじゃないかなって思っているんです。やりたいことは、尽きませんね」。

旅館の女将に、子育てに、雇用に、まちおこしに...。今回美穂さんにお話をうかがい、そのパワフルさと未来志向の視線に豊富温泉と川島旅館の持つ魅力を存分に感じることができた。

きっとこれからも川島旅館の三代目のお2人は、素敵な温泉と美味しいお料理、そして心のこもったおもてなしで、たくさんのお客様の笑顔をお迎えしてくれるに違いない、そう感じさせてくれたのだった。

取材中も元気に遊び回る子どもたち。豊富町で元気に育つことだろう取材中も元気に遊び回る子どもたち。豊富町で元気に育つことだろう

2018年 09月23日 11時00分