現物の価値をこの手で生み出したい。きっかけは震災だった。

農地を案内してくれた押谷行彦さん農地を案内してくれた押谷行彦さん

1995年1月17日、兵庫県南部を震源として発生したマグニチュード7.3の大地震。戦後最多の死者を出した阪神・淡路大震災である。
電気約260万戸が停電、ガス約84万5千戸が停止、水道は約127万戸が断水、通信経路も途絶え、交通網ももちろん遮断(兵庫県調べ)。
兵庫県に住んでいた押谷行彦さんも自宅の倒壊は免れたものの、家の中は悲惨な状態。当時押谷さんは食品流通会社に勤めていたのだが、震災後勤務先へ赴いてみるも、時間になっても商品が届かず、業者とも連絡が取れず、仕事がまわらないという状態となっていた。

機能しなくなったまちに食べ物は無く、兵庫県の人々は大きなリュックを背負い隣の大阪まで電車に乗って食糧調達に向かった。一方で大阪には食糧が溢れていたのである。「結局この世界は『現物』が生きる上で一番必要なのだ」とその価値を思い知り、自ら価値を生み出すことができる「農」の世界へと飛び込むことを決意した。

仕事を辞め、北海道へ移住。大学入学という新な道へ進む理由は

いざ農業を始めると決意すると、仕事を辞め、その後なんと北海道深川市の短期大学へ入学した。そこに農業が学べるコースがあったからである。農業について学べる学校は農業大国北海道はもちろんのことだが、全国にも所在している。それにも関わらず、北海道を選んだ理由は、何度か旅行で訪れた北海道の自然に憧れを抱いていたということがきっかけなのだそう。だからこそ、一度抱いた憧れの地へと行き着いた先が北海道だったのだ。

一度社会人として働き、その後仕事を辞めて再度大学へ入学するという驚きの道のりに関しては、その目的が勉強だけではなかったということにある。押谷さんは、そこで「人との繋がり」が出来ると考えたのだ。現に互いに切磋できるライバルであり、同士である仲間を手に入れた。当時はまだ北海道でさえ新規就農者が少ない時代。まわりの農家の目にも負けず仲間と共に突き進み、今ではみんな堂々と農家として活躍するまでに成長を遂げた。今でも仲間たちとは頻繁に集まっては、互いの気持ちを高め合っているのだと言う。

そうして押谷さんが選んだ作物はアスパラ。今では絶大な人気を誇り、リピーターが絶えない。

ここの農地で手がけた自慢のアスパラここの農地で手がけた自慢のアスパラ

創り出した農園は、気づけば次第にテーマパークのようになりつつある

夏限定のふわふわかき氷夏限定のふわふわかき氷

短大卒業後2年の農業研修を経て、北海道千歳市北部に位置する長沼町で空き地を手に入れ、ついに自分の農地を持つことになった。しかし、たまたま空いていたその土地は多くの農家にとって不人気の場所だった。それは、防風林がすぐ横にあることにより日が当たらないというマイナス面を持っているという理由。しかし、すでにこの場所に身を置くと決めていた押谷さん。

「マイナスをゼロにすればいいだけの話。日の当たる作物と同じように育てるのではなく、日の当たらないところにはそれなりの育て方をすればいいだけですよ」ときっぱり答えを見出していた。日陰の中で100点の育て方をすれば良いだけのこと、簡単だよと教えてくれた。そんな他の人たちから煙たがられていた防風林だが、今ではこの防風林を借景として活用し広々としたガーデンを創り上げている。
そう、押谷ファームには農地の作物だけではなく、こうしたガーデンやコンテナを利用したカフェまでもが併設している。このカフェは初夏から秋口限定ではあるが、かき氷とコーヒーを販売。普通のかき氷ではなく、100%凍らせたトマトやとうもろこしといった作物を削ってつくる、まさに100%食材の味がするもの。さらにはふわふわの見た目に、「インスタ映え」を狙って写真を撮る若者が絶えない。

この他にも、敷地内には釣り堀をつくり、今後は露天風呂もつくりたいという構想まで練っていた。どうやらまだまだ進化していきそうな押谷ファーム。もはやここは、長沼に出来た小さなテーマパークになるのかも。ここで1日過ごすことが出来る自慢の農園だ。

「農業って3Kと言われるじゃないですか。きつい、汚い、危険とか。でも、ここでこうして楽しいことをやっていたら誰かの心を動かせるかもしれない」そう押谷さんは考える。この場所に訪れ、「農業って楽しそう」「農業はもう辞めようかと思っていたけれど、自分たちも楽しそうなことやってみようか」と思ってくれる人が増えたら、農業界がまた変わるのかもしれない。

農の道を目指す人へ

現在は新規就農を目指す人が年々増加傾向にあるが、押谷さんはその現状に関し「『今の仕事がいやだから』という理由で農家になりたいと考えている人はやめた方がいいです」と力強く話す。なぜなら農家は、土地を買わなくてはいけないから。そうすると辛い、辞めたいと思った時には、もう簡単に逃げることができない。

だからこそ農業の現実の厳しさも知って欲しい、と言葉を続ける。「農業をやりたいなら『目標』はあった方がいいです。その内容は何だって良くて、おいしいものを作って食べる人に喜んでもらいたい、有名になりたいとか、そんな理由でも良いんですよ」。
農業に限らず、仕事には『辛い』時が必ずある。でもそれを乗り越えた時に『楽しさ』や『達成感』が待っているはず。乗り越えるためにも、明確な目的がないと何事も続かない、そう押谷さんは教えてくれた。

だからこそ、就農という道が気になっているサラリーマンには「思い立ってすぐ仕事を辞めるのではなく、まずは土日だけの農業体験に参加してみて欲しい」とアドバイス。そんな押谷ファームでは、人材育成も大切だと考え農業研修生の受け入れも積極的に行い、これまでに6名の研修生がその後独立して自分の農地を持った。その内5名は同じ長沼町で農業をスタート。今春からは1名が押谷ファームの社員となり、長沼町の人口増加の陰の立て役者となっている。

また、町が行っている「グリーンツーリズム」。これは都市と農村の交流促進と相互理解を図るためのものであり、都会で生活する子どもたちが農業などの自然と触れあって欲しいと、農業者・関係団体が一体となって子どもたちの農家民泊・農業体験を実施。関東・関西などの高校生が修学旅行の一環のようなかたちで訪れる。このグリーンツーリズムを利用し、押谷ファームにも過去にも何人もの生徒たちがやってきた。アスファルトが多い都会で育った子どもたちにとってのこの体験は貴重な時間になっていると手応えを感じているそう。中には土を触ったことのない子どもたちもいたが、この時をきっかけに農学部に進んだ生徒もいたという。短期間ではあれど、子どもたちは長沼町の土に魅了されてしまったに違いない。

こうして人との繋がりを大切にし、そして押谷さんの「趣味」がつまった、まるでテーマパークのようなこの農園。北海道長沼町で、楽しそうにイキイキと農業を営み生きている人がいることを知って欲しい。きっとこれからもこの農園は進化していくだろう。長沼町に訪れた際には、ちょっと寄ってみたくなるそんな場所。押谷ファームはいつでも、誰でもウェルカムだ。

関連サイトと情報
※デザイナーを夢見て東京へ。しかしその後農家になるべく北海道へUターンした人のお話→洋服のつくり手が、野菜のつくり手に。

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◎筆者:くらしごと編集部 津山理彩子

これからも進化していくであろうこの農地に押谷さんの純粋な笑顔が光るこれからも進化していくであろうこの農地に押谷さんの純粋な笑顔が光る

2018年 03月27日 11時06分