古い、不便と使われなくなった公共宿泊施設

泊まれる公園「INN THE PARK」の前身は沼津市の子ども達が自然を体験するための宿泊施設「沼津市立少年自然の家」。周辺の公園と一緒に開発され、かれこれ40年以上親しまれてきたが、近隣市町にも新施設ができたことから、徐々に利用が減り、使われなくなってしまった。

「長泉町の施設は新しいだけではなく、1棟の大きな建物。こちらの施設は現在、フロント、サロンとして使われている本館と風呂棟、宿泊棟4棟が用途ごとに点在しており、ここに宿泊すると子ども達、先生達はグループに別れざるを得ず、子どもたちを管理しにくい。各棟間の行き来も面倒と判断されたのではないでしょうか」とはINN THE PARKの責任者・山家渉氏。建物が古くなったことに加え、建てた当時は許された不便さが嫌われるようになった、それが使われなくなった理由なのだろう。

そこで沼津市は遊休公共不動産のポータルサイト「公共R不動産」を運営するオープン・エーに相談。事前調査を経て、再生案を公募することに。2年前のことである。ところが、その広告作成のために現地を訪れたオープン・エースタッフはこの物件にポテンシャルを見た。そこで、自分たちも公募に参加することにしたのである。

左上から時計回りに以前の姿を生かした本館入口、フロント、点在する建物に廊下に面した浴室棟左上から時計回りに以前の姿を生かした本館入口、フロント、点在する建物に廊下に面した浴室棟

素材の良さ、あるモノを生かしてリノベーション

「まず、魅力だったのは広大な敷地に広がる、多彩な景観です。緩やかな起伏と開放感のある芝生広場、蛍も見られる静かな沢、深い森と変化に富んでおり、それぞれの場を楽しく使えるのではないかと思いました。また、建物が点在しており、かつ丁寧に作られていた点も良かった。元々が宿泊施設なので宿泊で使うのが無理はないとしても、泊まりに来るのは地元の人ではなく東京の人だと思ったので、東名から車で10分弱という立地は非常に便利。そこで、昨年8月、宿泊施設に加え、公園の中にレストランやカフェなども点在するプランで応募しました」。

事前調査時点で5社、公募の時点では3社が手を挙げていたそうだが、締め切りに間に合ったのは同社のみ。そこからリノベーションその他を開始、2017年9月23日にwebサイトをオープン、10月7日から営業を開始した。

リノベーションに当たっては傷んでいた部分を修理するのは当然だが、それ以外は極力あるものを利用した。ロビーにある照明器具はよく見ると物干し竿を利用したものだし、ソファの下部は体育館でステージを組むための木箱。建物内の靴箱やかつての給食室の窓などもそのままである。

左上から時計回りに広大で緩やかな傾斜が魅力的な芝生広場、遊びの場、雨の日の食事の場となるホール、流木を利用したエントランスの照明、物干しを利用した照明左上から時計回りに広大で緩やかな傾斜が魅力的な芝生広場、遊びの場、雨の日の食事の場となるホール、流木を利用したエントランスの照明、物干しを利用した照明

空中に浮くテントは自然を感じる空間

幻想的なテントエリア。下は寝転んだ時に見える風景。残念ながら取材の日は雨で星も太陽も見えなかった幻想的なテントエリア。下は寝転んだ時に見える風景。残念ながら取材の日は雨で星も太陽も見えなかった

唯一、新たに作ったのが森の中にあるテントエリアだ。ここには3棟のドーム型テント、1棟の球形の吊テントが用意されており、闇の中にテントがぼおっと光っている様はかなりシュール。ドーム型のテントは既製品があったというが、球形は日本では初。脇に細い階段が用意されており、壁に取り付けられたジッパーで入口を開けて中に入る仕組みとなっており、慣れないとなかなか、難しい。鍵は内から、外からそれぞれに南京錠を閉める。

室内はシングルベッドが2台でいっぱい。子どもの頃、押入れなど狭いところに潜り込むのが楽しかったものだが、それに似た感覚である。寝るとちょうど目線の先に窓があり、天気が良いと星や夜明けが見られるらしい。トイレや洗面所、シャワーは少し離れた別棟を利用する。

私はここに宿泊したのだが、新鮮だったのは雨音が近く、よく聞こえるということ。住宅内では雨の音はしても、それほどクリアに聞こえることはない。よく聞くとメトロノームのように一定ではなく、微妙にモールス信号のような、どこかの音楽のようなリズムを刻んでおり、聞いていると呼吸がそれに同化するような気分になった。ただ、大雨の日だとうるさくて眠れない可能性もあるかもしれない。

テントだと寒さが気になるが、10月半ばではそれほどでもなかった。ドーム型は地面からの寒さが気になるが、吊テントはそれがないため、意外に暖かいそうだ。ちなみにしっかり固定されているせいか、揺れはさほどない。

地元の食材を自分で調理、遊びの楽しさも教えてくれる

当日の食事。地元の野菜、肉などを利用、楽しく頂いた。テーブルに敷かれたクロス代わりの紙に書かれていたメニューもかわいらしかった当日の食事。地元の野菜、肉などを利用、楽しく頂いた。テーブルに敷かれたクロス代わりの紙に書かれていたメニューもかわいらしかった

宿泊施設、公園も魅力だが、この施設にはあと2つ、売りがある。ひとつは食べ物。地元産の野菜や豚肉、パンなどが用意され、天気が良い日には外の屋外ダイニングで頂く。食材はすべて地元の誰の手によるものかが明記されており、いずれもこだわりの品。満足いく食材に出会うまで何軒も訪ね歩いたというパンもその苦労話とともに供された。

面白いのはグループごとに誰か一人が肉を焼いたり、パンを切ったりという調理作業を担当する仕組みになっていること。席にはコック帽が置かれ、それを被って作業するのだが、「こういう時に限って、いつもはやらないおとうさんが頑張ったりするのですよ」。直火、アウトドアという場になるとパンひとつ切るのですら、楽しいのだ。

もうひとつは遊び。フランス製の積み木や各種ボードゲーム、ラジコンカーなど様々な玩具が用意されている。遊び方の下手な日本人が楽しく遊ぶためには場とモノと使い方を教えてくれる人が必要だが、日本ではそういう場所がない。今後、ここではそうした場を提供したいと考えているという。

幸い、ここには広いスペースがあり、外で大声ではしゃぎ回っても大丈夫である。オープン後、ロビーにコースを作ってラジコンカーを走らせたことがあったそうだが、参加者一同熱くなっていたとか。広さは様々な可能性を生んでくれる。

年々拡張し、楽しくなっていく場に

山家氏と朝食。働いている人たちも楽しそうだったのが印象的山家氏と朝食。働いている人たちも楽しそうだったのが印象的

これだけでもかなり楽しいのだが、期待できるのは現在オープンしたものは全体のうちのごく一部ということ。

「できれば1年以内に芝生広場にカフェを出したいと考えていますし、沢の近くにバーを作ろうかとも。すでにサロンをパーティーや撮影スタジオとして使えないかという話があったり、芝生広場で結婚式、ミュージックビデオの撮影などというお誘いも。道を挟んだところにある工芸館には陶芸、木工、染色ができる設備が揃っており、そこも活用したい。最初に全部作ってしまうのではなく、少しずつ拡張させていく。そしてこの施設だけではなく、公園を使う人にも楽しい場所にしていけたらと考えています」(山家氏)。

山家氏の発言にわくわくを感じるのは内容についてだけではない。山家氏は24歳。大学卒業後公共R不動産にインターンに入り、その半年後、「沼津に行く?」と聞かれて現場にやって来たという。この施設はオープン・エーが作った子会社の経営となっており、山家氏はその責任者。普通だったら、これだけの施設を年上ばかりのスタッフと共に切り盛りするとなったら、さぞやプレッシャーを感じるだろうが、「腹が痛いですよ」と言う割には飄々と笑顔である。

「宿泊棟が離れているので想像以上に掃除などに時間がかかって大変」とかつて、ここを利用していた学校の先生のような苦労を口にするが、だからといって「管理しにくいから」と切り捨てはしない。その言葉に、建物に経済効率だけを追い求めたこれまでと違う何かを感じる。

現状、平日は1~2組の宿泊で空いているが、週末はかなりの賑わい。平日はさすがに休めないという人なら日曜日に宿泊、テイクアウトできる朝食を持って出勤がお勧めである。ただし、2018年1月~2月は休業の予定。

沼津市との契約は10年。その後一度更新は可能というが、そこまでにこの場がどう変わっているか。時々遊びに行って確認したいところである。

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