外国人をも引き付ける、自然と調和した建造物

夕景の海に浮かぶ嚴島神社の大鳥居。2008年フランス政府観光局が作成したポスターには、モン・サン=ミッシェルと対となった大鳥居の美しさからその人気が拡がった(写真はイメージ)夕景の海に浮かぶ嚴島神社の大鳥居。2008年フランス政府観光局が作成したポスターには、モン・サン=ミッシェルと対となった大鳥居の美しさからその人気が拡がった(写真はイメージ)

2016年6月にトリップアドバイザーが集計した『外国人に人気の日本の観光スポットランキング』(※2015年4月〜2016年3月の1年間にトリップアドバイザー上の日本の観光スポットに投稿された外国語の口コミの評価、投稿数などをもとに、独自のアルゴリズムで集計したもの)によると、1位が伏見稲荷大社、2位が広島平和記念資料館(原爆ドーム、広島平和記念公園)、そして3位が宮島(嚴島)となっている。言わずと知れた日本三景の一つで世界遺産でもある島だ。
その宮島に建つ嚴島神社…その歴史は古く、推古天皇元年(593年)に創建され、平安時代の仁安3年(1168年)には平清盛によって、現存の規模に造営されたという。

対岸の宮島口からフェリーに乗ると、意外にもまわりはアジア系より西欧系の外国人観光客が多い。
そのきっかけとなったのが、2008年「日仏観光交流年」にフランス政府観光局(現「フランス観光開発機構」)と日本政府観光局(JNTO)が共同で作成したポスターだったようだ。フランスのモン・サン=ミッシェルと嚴島神社の大鳥居が幻想的な夕景の海に浮かんでいるそのポスターがフランス各地に貼られたことから、その美しさのゆえに周知され、外国人観光客の人気に火が付いた。

モン・サン=ミッシェルと嚴島神社。どちらもユネスコの世界文化遺産であり、前者は岩山に建つゴシック様式の石造り、後者は寝殿造りの日本古来の木造建築である。木造であるこの建物は、自然の脅威にさらされながら今まで保存されている。今回、嚴島神社にお伺いし、禰宜(ねぎ)の福田 道憲さんにお話を伺うことができた。

自然と共存できるように建てられた嚴島神社の建物

大鳥居越しから見える「寝殿造り」の社殿。フェリーで宮島に向かうと島を背にした嚴島神社の全体が見渡せる大鳥居越しから見える「寝殿造り」の社殿。フェリーで宮島に向かうと島を背にした嚴島神社の全体が見渡せる

嚴島神社の創建は、推古天皇元年(593年)佐伯 鞍職(さいき くらもと)が託宣(神のお告げ)により、この地に嚴島神社を建てたといわれている(奇しくも、モン・サン=ミッシェルも大天使ミカエルのお告げにより、彼の地に聖堂がたてられたよう)。

島の自然を背後にうけて、現在のような「寝殿造り」の優美な姿を得たのは、平安時代。平家の守護神として奉られ、平清盛によって現在のような形になったようである。またその類まれな海上の建造物としての美しさと時代を経た建築様式を今に伝えていること及び自然と一体となった調和が評価され、1996年ユネスコの世界文化遺産に登録されている。

海に建つ印象的な大鳥居は、写真などでも多くとり上げられ、宮島、嚴島神社のシンボルのようになっている。
その大鳥居は、海底の土に深く埋められているわけではなく、驚くことに鳥居自身の重みだけで建っているという。鳥居の海底部分は松材の杭を打って地盤を強化したうえで、その上に布石を並べて基礎とし、2本の主柱だけで建つのではなく、主柱を支えるそれぞれ袖柱の合計6本の柱で支えられている。また、鳥居上部の箱形の島木の中には、約7トンの砂利が入っており、それが"おもし"となっている。柱と屋根の交差する部分の楔(くさび)は、揺れによる動きやひずみを吸収するように造られているようだ。主柱は腐りにくい楠木(くすのき)が使用され、袖柱は杉が使用されている。

社殿は「寝殿造り」。寝殿を中心に左右に対屋を配置した平安時代の建築様式だ。社殿をつなぐ回廊の床の板は、歩くと隙間があるのが分かる。これは、板の間に隙間を設けることで、海水自体の圧力を減らし、波による圧力を分散させる効果があり、建物のダメージを最小限にする構造となっているようだ。

嚴島神社は、波や風の影響、木の性質を巧みに利用し、自然の力を活かす構造になっている。

奇跡なのではなく、"あたりまえ"の積み重ね

嚴島神社の禰宜(ねぎ)、福田道憲さん。宮島生まれの福田さんは「宮島は、江戸時代には日本三景、大正時代には国の史跡名勝、昭和になると宮島の原始林が天然記念物、昭和27年には全島が特別史跡・特別名勝の指定を受け、さらに平成8年に嚴島神社とその背後の弥山一帯が世界文化遺産に登録されています。不思議と絶えず注目を集めてきた魅力のある地なのかもしれません」とお話しくださった嚴島神社の禰宜(ねぎ)、福田道憲さん。宮島生まれの福田さんは「宮島は、江戸時代には日本三景、大正時代には国の史跡名勝、昭和になると宮島の原始林が天然記念物、昭和27年には全島が特別史跡・特別名勝の指定を受け、さらに平成8年に嚴島神社とその背後の弥山一帯が世界文化遺産に登録されています。不思議と絶えず注目を集めてきた魅力のある地なのかもしれません」とお話しくださった

禰宜(ねぎ)の福田さんは、
「みなさんは、よく“考えられた建築物だ。昔にこんな知恵があるのは驚きであり、奇跡だ”と、特別な事のように褒めてくださいますが、これはすべて自然と生きてきた者たちの経験と知恵からあたりまえに出来たものなのだなあ、と思うのです。

海に建てるのだから、波や潮の影響を考えるのは、あたりまえ。昔ですから、木造ですし、鉄など塩で錆びるようなものを使わないのはあたりまえ。これだけの大きな建造物なのだから、どこかしらがいつも修繕が必要です。大規模な修復時は除いて、少しずつ少しずつ直すのですから、前に使われていたものと同じものをできるだけ使います。

そんなことをしているうちに約800年が経った……というのが本当なのだと思います。人と自然の営みの中で、特別に建物を継ごうとか、技を次世代に伝えなければ、というように意識してきたというよりも“大切な建物だから、壊れたらその都度直すのがあたりまえ。技術の継承も自分が老いてきたら、若い者に教えるのはあたりまえ”ということです。実は日本中に残る神社や寺院は、本当はそうやって残ってきているのではないでしょうか」と、お話してくださった。

“あたりまえ”でなくなってきているもの

約800年もの間、日々手をかけ続けることによって守られてきた嚴島神社……。しかし、保存には困難も伴うという。
あたりまえのように使い続けてきた、国産の木材や漆など使われてきた建材や材料が貴重となり、調達しづらくなっているのだ。その材料の貴重さゆえに、修繕や修復の費用も年々高くなり続けている、というのが現状である。

「嚴島神社は、世界遺産や国宝指定されているため補助金ももちろん出るのですが、それでもこれだけの規模の建物で自然の部材を使っているとなると、材料費や建材費、修繕にかかる人件費なども含めてその費用は莫大です。すべてを補助金で賄う…というわけにはいかず、一部はやはり、神社にお参りいただく方々からのお賽銭や初穂料などや心ある方々からの寄付金などにも頼らざるを得ません」という。

確かに全国の地域に根ざしてきた神社や寺院は、保存の危機をむかえているものも多い。“あたりまえ”が建材や材料の希少化や、技術の枯渇、人件費の高騰などにより、維持できなくなってきているのだ。

実は、福田さんは宮島の出身だという。
「嚴島神社を島の人々が守り続けてきたことに対しての尊敬も、みなさんおっしゃってくださいますが、これも普通のことだったなあ、と思います。昔は、どの地の神社もそうやって守られてきたのではないでしょうか。"ボランティア"という言葉がつかわれていない時代から、自然と大切にされ、守っているものが身近にあったのだと思います」とお話してくれた。

「外国の観光客の方々が、嚴島神社の大鳥居越しに海に夕日が沈むのをじっと見ています。その様子を見て、日本人観光客も同じ場所から夕日を見る方も増えてきました。普通のものだった風景が、海外の方が美しいと感じて再認識される…ということも、今は感慨深いです」ともおっしゃっていた。

福田さんのお話を伺っていて、日々の地域での暮らしの中で"あたりまえ"に行っていたことが、結果、文化の保存や継承になっていたことに気づかされる。国宝になったから、世界遺産になったから、という特別な注目ではなく、私たちが地域の中で継いできたもの、その美しさに気づき、それを大切にすることを日々の暮らしの中で組み込んでいるかを考え直し、再認識したい。

取材協力:嚴島神社
http://www.itsukushimajinja.jp/index.html

絶えず修繕が必要なのは、「こういう環境にある木造建築の宿命」とも言える。</br>国産の部材や材料が貴重となり、高騰する中、保存維持には課題も多い絶えず修繕が必要なのは、「こういう環境にある木造建築の宿命」とも言える。
国産の部材や材料が貴重となり、高騰する中、保存維持には課題も多い

2016年 11月29日 11時05分