薩摩藩藩主の流鏑馬練習場だった騎射場

城下町には面白い地名が残されている。鹿児島市の電停の名として残る騎射場もそのひとつ。ここは薩摩藩の時代には海に近い場所で、藩主が流鏑馬の練習をする場所だったのだとか。流鏑馬とはご存じの通り、馬に乗って、弓を射る。つまり、騎乗し、試射する場所だったから騎射場である。そして、そのようなことをする場所だから、当然、当時は市街地の外れである。

それが市街地化し、賑わい出したのは意外に遅く、もっとも栄えたのは昭和40年代だった。何十軒もの店舗が入る市場があり、商店街はもちろん、劇場、映画館などもあったとか。最大の特徴は夜が遅かったことで、市の中心部にある繁華街天文館で飲んだ後、騎射場でさらに飲み明かすという人もいたという。

だが、その現在の騎射場には当時の面影は全くない。市場の焼失、個人商店の後継者問題、郊外大型店の台頭その他の要因から徐々に衰退、現在は中央を市電が走る広い通りの両側にごく普通のマンションやビルが建ち並ぶ。賑わいがあるかと問われたら「う~ん」としか答えようがないといったところ。往時ほどではないにせよ、通りから一本入ると飲食店もあり、中には40年続くという個人経営の居酒屋もあるにはある。市中心部のようにチェーン店があるわけではないところが好ましいが、といっても繁華とは言い難い。

騎射場電停。現在の周辺はごく普通のまち騎射場電停。現在の周辺はごく普通のまち

多様な人が集まる、寛容な土地柄

これがのきさきを使ったマルシェの様子。通り沿いに人の流れが生まれたこれがのきさきを使ったマルシェの様子。通り沿いに人の流れが生まれた

そんな騎射場の状況に「このままではいけない」と立ち上がった人がいる。地元の不動産会社の二代目で、2013年に17年ぶりに鹿児島に帰ってきた須部貴之氏である。

「帰ってきて思ったのは空室が多い、人が少ないこと。賑やかだった地元、騎射場も今や昔。また、不動産会社としてまずいと思ったのは既存のワンルームが余っているにも関わらず、投資家が新築を建て続けているため、土地に愛着のない人達がどんどん引っ越していくこと。猛烈な危機感を抱き、まちの人間関係を築き直すことでこうした問題を解決できないかと思ったものの、一人でできることは限られています。だったら、できるだけ周囲を巻き込むしかない。そのために、地域にはどんな財産があるかをまず、考えました」。

幸い、騎射場の周囲には鹿児島大学の2つのキャンパス、専門学校が2校あり、若い人に加え、留学生もいる。また、近くに市のスポーツ施設、公園などがあることから施設利用者や若いファミリー、主婦などと多様な人が集まってもいる。また、1階に店舗、2階に住居という形式で営業している飲食店が一般的であることから、当事者意識を持っている人が多いことも想定できた。

「市中心部では営業している人は多くても、居住している人が少ないので、まちの盛衰は他人事になりがち。でも、騎射場では地元を盛り上げていくことが自分の店にプラスになることが分かっている。大学があるので、人の出入りにも寛容だろうとも思いました」。

では、何をやるか。須部氏が思いついたのはマルシェ。大きな予算がなくても、すぐにできる、人を集められるし、人を繋げられもする、継続しやすくもあるというのがその理由である。

地域の使われていない空間でマルシェを開催、人の流れを生む

近所の公園が使えることになり、出店者、来場者ともに増えた近所の公園が使えることになり、出店者、来場者ともに増えた

そこで須部氏はあちこちのマルシェを視察、情報収集を始めた。近くでは県内鹿屋市のバライロフェスティバルかのや、福岡県の久留米市のくるめ朝市、少し離れて大阪府枚方市の枚方宿くらわん五六市などと見ているうちに2015年5月に京都市の五条通で開かれていたのきさき市に出会う。

京都をご存じの方なら分かると思うが、繁華街四条通のすぐ近くでありながら、五条通は道幅だけは広いものの、オフィスなどが多く、人通りの少ない通りである。近年、通り沿いの古いビルがリノベーションされ、若い人が集まるようになってきてはいるが、休日ともなるとシャッターの下りたビルが目立つ。のきさき市はそののきさきを使い、通り沿いに数十軒の店が並ぶというもの。これなら、公園を利用した市のように一か所に人がかたまることなく、通りを利用して人の流れを生み出せる。通り沿いにある騎射場にも足が向くのではないかというわけだ。

そこで市役所の産業支援課に相談したところ、以前から須部氏と付き合いのある地元の印鑑店経営者が地域の商店会である騎射場中央通り会の会長であることが判明。以降、話はとんとん拍子に進み、2015年11月に第1回目となるのきさき市を開催することに。鹿児島に戻ってから2年後のことである。

開催を決めて最初にやったことは通り沿い、周辺にあるのきさきをリサーチすること。調べてみると空き店舗、駐車場、休日にはシャッターの下りる店舗など、想像以上に使わせてもらえそうな空間があり、須部氏は市役所の担当者、中央通り会会長と一緒にのきさきオーナーの人達を訪ねて回り、協力を呼びかけた。その数、50軒ほど。真夏の暑いさなか、仕事の合間を縫って3日ほど回り続けたそうである。「のきさきを貸して」という変な依頼にも関わらず、同行者の信用が功を奏し、反対する人はいなかった。

回を追うごとに出店者、ボランティアも増加、会話が生まれるように

上が第1回目の運営委員、そして下が3回目。この人数の違いにイベントとしての成長ぶりが見える。ちなみに上の写真、一列目、一番右が須部氏上が第1回目の運営委員、そして下が3回目。この人数の違いにイベントとしての成長ぶりが見える。ちなみに上の写真、一列目、一番右が須部氏

のきさきを確保しながら、同時に出店者を募集した。ビラを作り、それを配布したが、案に相違して出店者の7~8割の人を集めたのは口コミだった。「これまでウォーターフロント、近郊の団地など、わざわざ行かなくてはいけない場所で開かれたことはあっても、空いている身近なまちの空間を使った市中心部でのマルシェは初めて。期待されていることを感じました」。

400mほどの通りの両側を使い、第1回目の出展者は約70人。いつもは静かな通りに人だかりができ、まちの話題になった。自分が住んでいるまちが注目され、褒められて嬉しくない人はいない。のきさきオーナーの人達からは「今度、いつやるの?」「がんばれよ」という言葉が出た。手伝ったボランティアの人達も同じ気持ちだったのだろう。続いて半年後の2016年5月に2回目、同年10月には3回目が開かれ、2017年5月28日(日曜日)には第4回目ののきさき市が開かれる予定になっている。

「2回目から地域の公園が使えるようになって出店者が80店ほどに増え、3回目は100店と増加。来場者も2回目で1万人以上が集まるようになりました。それ以上に嬉しかったのはボランティアとしてイベントに関わる人が増えたこと。初回の30人弱から2回目には50人以上が参加、現在は関わる人たちが80人以上にまで増えています。地域のおやじの会など、地元住民はもちろん、学生、主婦、飲食店店主、青年会、学校関係者その他、いろいろな人が関わり、その人達の間に関係ができてくると地域に会話が生まれ、それが賑わいに繋がる。良い循環が生まれ始めています」。

その循環の中心にいるのが須部氏だ。同地に店舗、自宅を構える須部氏と一緒に騎射場を歩くと、いろいろな人から声がかかる。「このまちらしい店」と連れていっていただいた、開放的な作りのコーヒー豆店では店主はもちろん、客とも会話が弾んだ。

「このまちが好き」という人に住んでもらいたい

まちの雰囲気を思わせる、開放的な作りのコーヒー豆店。店内で交わされる会話が暖かかったまちの雰囲気を思わせる、開放的な作りのコーヒー豆店。店内で交わされる会話が暖かかった

騎射場は元々人間味のあるまちだと須部氏。仕事をしていると豚汁、おにぎりを差し入れてくれる人がいたり、しばらく顔を見なかったけれど元気にしていたかと尋ねてくれる人がいるそうで、加えて多様な人が集まり、まちの問題を自分事として考えられる人がいる。

「いろいろな意味で、このまちは現在の鹿児島で一番ポテンシャルのある、住みやすいまちだと思っています。だから、ここでマルシェを始めたのです」。マルシェの成功を重ねていくことで、地域をより魅力的に、住んで楽しい場に変えていき、それをてこにまちの空き家問題、人口減少に立ち向かおうというわけだ。

実際、このところ、騎射場に住みたいという人は増えている。だが、須部氏はすぐには物件を紹介しない。まずは地元の飲食店、バーなどの情報を伝え、まちの雰囲気を体感してきて欲しい、それでこのまちでの生活がイメージできたら、もう一度来てくれれば実際の物件を紹介しますよというやり方をしているのだ。

「不動産会社としての利益を考えたら時間がかかる、無駄の多いやり方ですが、イメージだけで決め、やっぱり違っていたと転居されるより、事前に地元に接点を持ってもらい、安心して長く住んでもらうほうが互いにとって有益。賃料自体でいえば天文館も騎射場も大きく違うわけではないので、あえて、あるいはどうしても騎射場という選び方をしていただきたいのです」。

地域密着型の不動産会社にとって地域の賑わいは飯の種である。そして、その賑わいを生むには地域に関わり、地域が好きという人を増やすのが一番。須部氏がやっていることは一見、遠回りで無駄に見えるが、実は一番確実なのだろう。急がば回れというわけだ。

ちなみに、2017年5月ののきさき市のテーマは島。鹿児島県内の、人が居住している28の島々の特産品が出店、各種コラボもあるそうで、これまで以上に賑わうことだろう。ご近所であればぜひ覗いてみて欲しい。

鹿児島騎射場のきさき市
http://nokisaki-kagoshima.com/

2017年 04月03日 11時05分