市場移転後も築地に残る「場外市場」

日本一の台所として、世界最大の水産物流量を誇る「築地市場」。80年以上にわたり日本人の胃袋を満たしてきた場所だ。最近では外国人の観光客も多く街としてのにぎわいもある。

「築地市場」は今年2016年11月に建物の老朽化などを理由に、豊洲新市場への移転が予定されていた。しかし、安全性の確認などを理由に移転時期が見直されることがニュースで報じられたばかりだ。
その「築地市場」をめぐる移転には誤解も多い。というのも移転が予定されているのは、あくまでも「東京中央卸売市場」。いわゆる“場内市場”と呼ばれる約600店舗ほどの仲卸が入る市場だ。現在約400店舗以上が軒を連ねる“場外市場”の店舗はこのまま築地の地に残る。

そんな築地では、場内市場の移転後も築地本来の魅力を残そうと「築技(つきわざ)」というプロモーションが展開されている。「築地は単にモノを売る場所ではなく、そこには技がある。移転後もその技はなくなることがない――」。それが築地場外市場に生きる人々のメッセージだ。

築地市場移転のニュースだけでは見えてこない築地に生きる人々の心意気と街づくりへの思い。今回は「築技(つきわざ)」を展開する「NPO 築地食のまちづくり協議会」に取材をしてきた。

築地場外市場。朝9時前でも多くの人で賑わう築地場外市場。朝9時前でも多くの人で賑わう

築地の魅力は“目利き”という文化こそ

築地場外の老舗である佃煮店「江戸一飯田」。飯田一雅さんは「NPO 築地食のまちづくり協議会」のキーマン。背後の写真は店舗に飾られた「江戸一飯田」の歴史を物語るモノクロの写真たち築地場外の老舗である佃煮店「江戸一飯田」。飯田一雅さんは「NPO 築地食のまちづくり協議会」のキーマン。背後の写真は店舗に飾られた「江戸一飯田」の歴史を物語るモノクロの写真たち

「場内市場の移転により、残される場外市場では何をすべきか――。色々考えましたが築地の魅力というのは“目利き”。単にモノを売っているのはなく、店主たちが商品に対して素材の選び方から、調理法に至るまでとにかく知恵を持っている。これこそが築地の文化であり魅力です。そのことを伝える言葉として誕生したのが“築技(つきわざ)”というメッセージでした」

そう語るのは、NPO 築地食のまちづくり協議会 理事を務める飯田一雅さん。ご自身ももちろん場外市場で大正三年創業の佃煮店「江戸一飯田」を営む生粋の築地の人間だ。飯田さんは生まれも育ちも築地、子ども時代は仲間と場外市場を駆け回りながら、いろいろなお店でおやつをもらったりして、この街に育てられたという。

この築地に魚河岸ができたのは、関東大震災で焼失した「日本橋魚河岸」が築地の地に移転してきたのが始まり。その後「問屋」と呼ばれる商人たちが続々と集まり店舗を開いたのがいわゆる“場外市場”だ。

場外市場は、もともと場内で取り扱われる魚や肉、生鮮品はもちろんのこと調理器具や調味料、刺身のツマに食器などをプロの買い出し人に向けて商いをしていた場。いまでこそ時代の潮流に合わせ一般客向けの小売り販売を行っているが、平成に入るまで一般用のバラ売りは行っておらず、あくまでのプロの集まる業務用の街だったという。

NPO 築地食のまちづくり協議会 副理事長の寺出昌弘さんは「築地の店は、料理人と切磋琢磨して成長してきたもの」だという。

「料亭の料理人の方に素材の使い方のアドバイスをさせていただいたり、逆に料理人の方から新しい調理法を教わったり、その中で店主も知恵や技を備えてきました。“築地に通えば料理の腕が上がる”という言葉は本当で、築地に来たら店主の“うんちく”も持って帰ってもらいたい」

築地の魅力は「物」ではなく「人」

いったい、場外市場にはどんな技があるというのだろうか。実際に店舗をまわってみよう。まず覗いたのは、大正5(1916)年創業の鰹節屋の「秋山商店」。店先には、今朝削ったばかりの削り節が並ぶ。鰹節屋といっても鰹はもちろんのこと、鮪(めじ)、鯖、宗田鰹、むろ鯵などさまざまな原料を絶妙なバランスで配合した混合削り節が幾種類もある。これを社長の秋山久美子さんが料理によっておすすめを見立ててくれる。

「削り節と一口にいっても、背や腹などの部位によって味は変わってきます。例えば“そば”のだしに使うなら、そば粉の香りに負けないように混合の削り節を使ったり、鰹節なら厚削りでじっくりとだしをひく。“碗もの”に使うなら、碗だねの邪魔にならないよう血合い抜きのものや鮪をおすすめします」

久美子さん曰く、産地や季節によっても味は異なり、これを経験と勘でブレンドするそうだ。細かいところにまで気を配れなければ、プロの料理人の希望に沿うことはできないという。

秋山商店では、創業当時からいち早く製造工程に機械を導入したというが、この機械の調整も職人の技。湿度によってカンナの刃をどれくらい出すかは職人のカンと経験によるもの。時には1時間ごとに調整をしないと最高の削り節にはならないという。店先で削り節の味見をさせてもらいながら話は尽きることはない。『古事記』にも記述が見られるほど日本人の食卓に寄り添ってきた鰹節の奥深さを教えていただく。「削り節を買っていただくだけではなく、日本の食文化を知っていただけたら」と久美子さんは笑う。

食材だけではない、包丁を取り扱う「東源正久」ではまさに技術を売っている。現在5代目となる石川裕基さんは、「包丁は売りっぱなしではなく、研ぎをして何十年も使ってもらうもの」という。

多くの料理人がこの店のファンであるというが、場内・場外あわせて100店舗以上で扱われる包丁が「東源正久」のものであり、その研ぎをまかされているという。特にマグロ用の包丁などはもはや日本刀ほどの長さ・重量があり、プロでもなかなか研ぐのは難しい。それを石川さんは持ち主の癖を見抜いて研ぎをするそうだ。

「刃のどこに力がかかるか、その癖は包丁を見ればわかります。それにより力がかかっても刃が欠けないように丸みを持たせて研いだりと細かな調整をします。言葉は交わさなくても刃を見て市場の仲卸や料理人の方の使いやすいように合わせます」(石川さん)

一見無造作に並んでいる調理器具専門店「山野井商店」でも、単に器具を売っているだけではない。調理人の要望にあわせ独自の器具を開発したり、細かなオーダーに応える。店主の山野井裕幸さんが手にとった蒸籠は、プロのオーダーに合わせ鍋の口に合わせ加工をしたもの。先代が開発した「ステンレス製盆ザル」は、竹製からステンレス製に替えたもので魚の塩振りや野菜の水切り、さまざまな用途で使える。さらに食材の生臭さやカビ・サビの心配もなく人気商品だという。

店先には、中国製と国産の「すだれ」が置かれていたがこの違いも説明してくれた。国内産のすだれは竹を割ったその形のまま組み上げるという。生きた「竹」の形のまま仕上げることから歪みが起こらず長持ちするという。

「竹という生き物の特性を生かして商品にする。日本の職人はそういった知恵と繊細さを持ち合わせているのです」(山野井さん)

まさに、料理人や場内の“プロを支えるプロ”が場外の店主たちだ。数店舗の軒先をまわっただけでも、食文化に関する日本の知恵を吸収できる。「築地に来るなら商品だけでなく“うんちく”を持ってかえってほしい」という所以をまさに体感できる。

「秋山商店」を切り盛りする秋山久美子さん(写真右):嫁いできてから学んだというが削り節に関する知識は驚くほど豊富。「東源正久」5代目の石川裕基さん(写真左上):“正久”の店名で語られているが、源氏武士の刀鍛冶の流れを汲む店舗。石川さんは嫡男ではないがお弟子さんの中で一番の腕前を買われ5代目を担う。「山野井商店」店主の山野井裕幸さん(写真左下):料理人はもちろんのこと、店舗のディスプレイにまで気を配った料理器具の開発まで手掛ける「秋山商店」を切り盛りする秋山久美子さん(写真右):嫁いできてから学んだというが削り節に関する知識は驚くほど豊富。「東源正久」5代目の石川裕基さん(写真左上):“正久”の店名で語られているが、源氏武士の刀鍛冶の流れを汲む店舗。石川さんは嫡男ではないがお弟子さんの中で一番の腕前を買われ5代目を担う。「山野井商店」店主の山野井裕幸さん(写真左下):料理人はもちろんのこと、店舗のディスプレイにまで気を配った料理器具の開発まで手掛ける

「築技」は築地に生きる人々のプライドを守る合言葉

現在の場外では、一般消費者に向けた小売りの商品が並ぶ。海外からの観光客も多いが、大切にしているのはあくまでも築地の魂「築技」だ現在の場外では、一般消費者に向けた小売りの商品が並ぶ。海外からの観光客も多いが、大切にしているのはあくまでも築地の魂「築技」だ

今でこそ海外の観光客も訪れ賑わいを見せる築地だが、決して築地の人々はインバウンド需要にだけ焦点をあてているわけではない。「単なる食べ歩きの街になってはいけない」と飯田氏はその胸の内を語る。

最近では築地の周りには大型マンションなども登場し、住人も増えてきた。そうした地元の人々が築地の魅力を感じ取り足を運ぶことも多くなってきたという。

場外市場の機能としては、場内の卸店との密接なつながりもある。例えば刺身のツマを場内の卸に運ぶ、または場内の店から場外へと商品を運ぶ。一種のデリバリーの機能も担っている。

「場内市場の移転に際しては、移転する場内の卸のみなさんにもどうしたら後押しができるかというのが我々の思いです。みなさん好きで移転するわけではない。だからこそ残る我々は“移転”に反発するのではなく共存していく。場内・場外・そしてプロの料理人の方々で切磋琢磨して築いた築地の文化。単なる“物売り”ではなく目利きという文化は、きっと豊洲にも持っていってもらえるはず。そのためにも我々はしっかりとこの築地の地で築地の魂を守りながら商いを続けていきたいのです」(飯田氏)

築地の人々が目指すまちづくりは、観光需要だけでなく、地元、場内、観光客とバランスをとって目を向けている。そして、そのバランスをとるためにも「築技」というコンセプトは、これまでの築地の歴史と文化を表現し、ここに生きる人々のプライドを守る合言葉なのだという。

残したいのは「施設」ではなく、築地の「人」の心意気

築地には2013年築地場外の食文化の普及を目的に、調理機能付きのスタジオ「食まちスタジオ」が開設されているが、築地食のまちづくり協議会ではここでさまざまな人気セミナーを展開している。プロ向けセミナーとして「仕入れに役立つ情報」提供や、一般向けセミナーとして食材の性質・調理方法などを伝えている。どのセミナーも好評ですぐに満員御礼になるという。

2016年10月には、築地に食の新スポットとして「築地魚河岸」が誕生する予定だ。飲食スペースが予定されたり、イベントスペースでの食に関わる情報発信や上記のセミナーなどを開催し「築技」の認知度向上に努める予定だという。

このほか、築地界隈では歴史ある秋祭りなどが開催されているが、ここにも築技とのコラボレーションを実現し、築地のプロから商品を買う楽しみ、仕入れのコツ、築地の使い方などをアピールしていくという。

市場の移転で注目を集める「築地」だが、そこに根ざす人々の取り組みは、施設の移転というハードの側面だけではなく、根幹を担う食文化を支える知恵とプライドを何よりも大切に残そうとしている。

一歩足を運べば日本の食文化を垣間見れる。そんな「築地」のこれまでの歴史が「築技」にはつまっているのだ。「食べ歩きの街」だけではない、素朴かつ奥深い「築地場外市場」の魅力。移転で終わることのない街の営み。築地を訪れるならぜひそんな街の魅力を感じて欲しい。

お話しをうかがった「NPO 築地食のまちづくり協議会」の寺出昌弘さん(写真左)と飯田一雅さん(写真左)。寺出さんの営む「近江屋牛肉店」の前での一枚。こちらのお店ではお客様の好みにあわせてミリ単位でカットした牛肉を提供。料理人の作りたい料理にあわせ部位、厚みなど素材をマッチングさせる。これももちろん「築技」だお話しをうかがった「NPO 築地食のまちづくり協議会」の寺出昌弘さん(写真左)と飯田一雅さん(写真左)。寺出さんの営む「近江屋牛肉店」の前での一枚。こちらのお店ではお客様の好みにあわせてミリ単位でカットした牛肉を提供。料理人の作りたい料理にあわせ部位、厚みなど素材をマッチングさせる。これももちろん「築技」だ

2016年 09月05日 11時07分