団地の中古物件をアトリエとしてリフォーム

「ともに創る」を実現するチーム。右から河野氏、夏目氏、大沼氏、松崎氏「ともに創る」を実現するチーム。右から河野氏、夏目氏、大沼氏、松崎氏

距離のある“住まい手”と“施工者”の関係を近づけたい――。そんな思いから住まい手参加型の家づくりを行うのが「つみき設計施工社」だ。建築士はもちろんのこと、大工や家具職人、縫製デザイナーなどが依頼者と一つのテーブルで打ち合わせを重ね、チームとして最良の家づくりを目指す。

「ともに創る」をコンセプトに掲げるつみき設計施工社の家づくりでは、住まい手も家づくりの工程に参加することができる。こうした家づくりにはどのような魅力があるのだろうか?

今回は、アトリエに活用しようと、団地の中古物件1戸のリフォームを行う千葉県習志野市のMさん宅で、実際に“ともに創る”家づくりを取材してみた。

無垢材本来の「ムラ」も、自分でやれば「愛着」に変わる!?

家具職人の大沼さんが、塗装のお手本を見せてくれた家具職人の大沼さんが、塗装のお手本を見せてくれた

千葉県、新習志野駅近くにある団地の一室で「ともに創る」リフォームがその日行われていた。集まっていたのは、つみき設計施工社 河野直代表をはじめ、大工の松崎裕一郎氏、家具職人の大沼勇樹氏、縫製デザイナーの夏目奈央子氏、そして施主であるMさんの計5人。この日は部屋の間仕切りの建具の塗装作業が行われる予定になっていた。

床には同じ大きさに揃えられた白い「無垢」の建材が並び、まずは木の凹みを直し、褐色の塗装をしていくという。
「こんなことをするのは、初めて。うまくできるかしら」とは施主のMさん。ご夫婦でこの部屋を購入しリフォームを依頼したが、今日はご主人がお仕事の都合で不参加。アトリエとしてこの部屋で創作活動を行う予定の奥さまが、建材の塗装に挑戦する。

まずは、家具職人の大沼さんがお手本として、木の凹みを見つけアイロンを当てていく。「完全に切れ目が入って細胞が断絶されているものは再生できないのですが、細胞がつぶれている程度の“凹み”でしたら、こうして水をすわせてアイロンを当てれば再生するんです」

施主のMさんは「木って生き物なんですね」とつぶやきながら手を動かす。するとみるみる凹みが戻り、きれいな表面の無垢の板になった。

次は、いよいよ塗装に挑戦。今回は刷毛を使わずに素人でも塗りやすいように布に溶剤をしみこませて塗っていく。溶剤はすぐさま木にしみこんでいくので早さが勝負のようだ。面白いことに、木によって塗料のしみこみ方が違っている。並べてみると同じ無垢の木材でも仕上がりは様々。木目によってまったく異なる文様が浮かび上がっている。

「すごいですね。板によってこんなに風合いが違ってくるんですね。塗装された板をただ納品されたら“ムラのある材料”と言いかねませんが、自分で塗装してみると“味”になりますね。とっても愛着がわきます」(Mさん)。

恐る恐る相談して正解、ワクワクする家づくりの幕開け

塗装後の無垢材。木によってまったく風合いが違う塗装後の無垢材。木によってまったく風合いが違う

すっかり作業への参加を楽しんでいるMさん。こうした住まい手参加型で施工者の顔見える家づくりは、施主にとってどのような面白みがあるのだろうか。Mさんにお話しを伺ってみる。

「つみきさんのことは知らなかったんですが、たまたまホームページで見つけてメッセージに惹かれました。せっかくの住まいづくりですから丸投げは嫌だったんです。でも私自身この部屋をアトリエにしたいという漠然としたイメージはあっても明確な青写真はありませんでした。こんな曖昧な要望では建築家さんに怒られるのではないかと思いながらも、恐る恐る問い合わせをしてみたんです。実際にお会いしてみると私の漠然とした要望を“おもしろい”と言ってくださったので安心したのを覚えています」

Mさんはほかの工務店などにも相談をしてみたが、そこでは、カタログの中から選択して部屋を決めていく、いわば予算ありきのシステマティックな回答しか返ってこなかったという。

「もう、全然ワクワクしなかったんです。でも、つみきさんは違ってました。アトリエですから創作意欲がわくように開かれた空間であってほしい、でもそれと同時に没頭したいときは自分だけの閉じた空間でもありたい。明るい空間であってほしいし、風も感じたい。壁にも絵を描きたいし、床でも大きな絵を書いてみたい。そんな漠然としたイメージにも一生懸命耳を傾けて一緒に面白がってくださいました。しかも河野さんだけではなく、みなさんが様々にアイデアをくださる。とにかく部屋を作ることにワクワクしたんです」(Mさん)。

チーム戦でしか実現できない、アイデアの数々

風景を楽しめる本棚と斬新なアイデアを盛り込んだカーテン風景を楽しめる本棚と斬新なアイデアを盛り込んだカーテン

ああでもない、こうでもないと住まい手を含め、建築士、大工、家具職人、縫製デザイナーが知恵を絞った部屋は、誰か一人のアイデアでは到底実現できない様々なアイデアが詰まった部屋になろうとしている。

例えば、造作されたB0サイズのキャンバスを収納できる特大キャビネットも、一人のアイデアで創られたものではない。大工の松崎さんが引き出しにレールをつけて収納しやすくし、家具職人の大沼さんが、取っ手をきれいなカーブに削り細やかな使い勝手の配慮をする。

天井まである大きな窓を囲んで造作された本棚は、家具職人の大沼さんの発案。風景を楽しみながら読書ができるようにと大沼さんが腰かけられるスペースを設け、さらに縫製の夏目さんが斬新なカーテン設置のアイデアをここで出している。本棚の枠にそれぞれ金具を設置し、マグネットで布をひっかけカーテンとして飾れるようにしているのだ。
「マグネットの金具に布をとおし、この本棚の金具にひっかければ、自分でひねったり、ドレープを自由に作って楽しめるカーテンになります。せっかく窓の外が公園ですから風景を楽しめるカーテンにしたかったんです。『位置によって目に入る無機質な公園の設備が残念……』というお施主さんのご意見もありましたので、ちょうど設備が見える窓の下部だけを隠せる位置にも金具を設置しました」(夏目さん)。

「本当にうれしいアイデアでした。このほかにも、絵を乾かすために部屋にワイヤーを張り巡らせたいと思ったのですが、ダランと垂れてしまうのが嫌だったんです。そうしたら河野さんが『考えてみましょう』と言ってくださって、見つけてきてくれたのがこれだったのです」(Mさん)
見ると、壁に船で使うリールが埋め込まれている。
「これでワイヤーを引っ張れば、ピンとたるまず絵が乾かせます」(河野さん)。

子供を育てるように、愛着が生まれる家づくり

こうして理想の住まいを実現しつつあるアトリエ。ここまでくるには何度も打ち合わせを繰り返したが、そうした時間もよい時間だったとMさんは振り返る。
「住まいを作るというのは、自分が何をしたいか? どう生きたいか? それを掘り下げることに近いと思うんです。つみきさんたちと打ち合わせをする中で、色々考えながら初めて見えてくることがたくさんありました。そういった時間が私にとってはかえって貴重でした」

しかも、とMさんは続ける。
「本当に丁寧に家を作ってくださるんです。あるとき現場を見にきたら、大工の松崎さんと河野さんが部屋中の床の高さを図り直しているんです。新設した分厚い無垢フローリングの重みで、30年以上前に施工された床の下地が「3mm」沈みこんでいることを見つけてしまったそうで、下地を調整し直すとおっしゃっていて。
本当にプロの仕事ですよね。みなさんが丁寧にこの部屋をつくってくださっているのが伝わって、私自身もとても愛着がわいて、まるで子供を育てているように愛おしいです」。

「Mさんは、現場をたくさん覗いてくださったので、職人側のモチベーションにもなりました」(松崎さん)。
「それに、やりたいこと、イメージをどんどん伝えてくれました。そのおかげで文字通り“みんなで創る”住まいづくりができたと思います」(河野さん)。

家づくりはスケールが大きすぎてプロにまかせるのが一番、そんな思いがどこかにあったが、こうした住まいづくりを見ていると、もっと住まい手も家づくりに参加してもいいのではないかと思えてくる。
こうした“ともに創る”醍醐味は、決して工数削減を目的とした施主参加などではない。もっと目に見えない「ものづくりの楽しさ」を体感し、共有できることなのだろう。理想の住まいを追求できるメリットはもちろんのこと、なによりもできた家にドラマを感じ、愛着を持てることが、この“ともに創る”素晴らしさではないだろうか。


【取材協力】
つみき設計施工社: http://tsumiki.main.jp/
gyutto design(家具職人 大沼氏) : http://numanumanu-ma.jugem.jp/
夏目縫製所: http://natsumelaboratory.jimdo.com/

右に見えるのがB0のキャンバスを収納できる特大キャビネット。左上の写真は壁に埋め込まれた「リール」右に見えるのがB0のキャンバスを収納できる特大キャビネット。左上の写真は壁に埋め込まれた「リール」

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