市街化区域内の農地が一気に宅地化するのか

1991年に改正された生産緑地法の改正と地方税法の改正に伴う行為制限期間、30年の期限を2022年に迎えることとなる。その中で、市街化区域内の農地が一気に宅地化することで地価が暴落するのではないかと懸念されている。
ここでは、その影響について数回にわたり、考えてみたい。

生産緑地問題を考えるためには、1980年代に発生した不動産バブルを理解することから始めなければならない。
かつて日本には「土地神話」という言葉があり、土地の価格は上がり続けると強く信じられてきた。「土地神話」という言葉の出自は定かではないことについては、金子・大山・長谷川(1991)が、次のように指摘している。
金子らによれば、土地神話という言葉は日本を代表する経済学者の一人である大河内一雄氏の「土地の値段」において、『高度経済成長期に土地の値段が鰻上りに高騰を続けていたころ』にマスコミによって造語されたといわれている。

しかし、その出自は定かではない。ただ、おおよそ高度経済成長期において生まれた言葉であり、高い経済成長が生まれるときには、土地価格は急激に上がりそれが上昇しつづけるということが起こっていたといってもよいであろう。

生産緑地法の改正と地方税法の改正に伴う行為制限期間は、30年の期限を2022年に迎える生産緑地法の改正と地方税法の改正に伴う行為制限期間は、30年の期限を2022年に迎える

日本不動産バブルの原因

1980年代に発生した日本の不動産バブルの原因としては様々なことが指摘された。ただ、次の認識に多くの合意が得られているのではないか。

1982年に発足した中曽根内閣は、当時の課題であった内需を拡大する方法の一つとして、民間資本の活用による都市再開発を打ち出し、東京の環状七号線内の建物の容積率を見直して高層化を図るべきだという主張を行った。

その後において旧・国土庁は、国土庁大都市圏整備局監修『首都改造計画-多核型連合都市圏の構築に向けて-』によると、首都圏整備協会(1985)において
「東京大都市圏においても、新しい地域構造を構築し、東京大都市圏が中枢的、国際的な機能を十分に発揮していく上で、業務管理機能の適正な配置を図ることは極めて重要な課題である。この業務管理機能の規模を事務所床需要で見ると、事務用機器の導入、執務環境の向上ともあいまって、今後も高い需要が見込まれ、東京都区部においてだけでも昭和 75年までに約 5000ha(超高層ビル 250棟に相当 )の床需要が発生すると予測される」
ということが公表された。

加えてプラザ合意による円高ドル安の急速な進行による景気後退に対応するために、景気対策として金利が引き下げられ、通貨発行量も大幅に増加される中で過剰流動性が生まれ、不動産市場に大量の資金が流入したことが原因であるといわれている。このような中で発生した不動産価格の上昇は、ファンダメンタルズでは説明できない部分、すなわちバブルの膨張によるものだったと認識されている。

また地価バブルの発生においては、人口とも密接な関係を持つ。
日本では持ち家の購入時期は、35-40歳に集中するが、その世代の世帯数が1980年から1985年にかけて集中し、戦後最大の住宅需要が発生したことも、その一因であることが指摘されている。

バブル対策に対する論争

畑の横に建てられた住宅(写真はイメージ)畑の横に建てられた住宅(写真はイメージ)

オフィス需要の拡大予測と住宅需要のショックは、商業地・住宅地の価格を大きく上昇させることとなった。そのような需要と対比して、土地の供給が制限されていることもその要因として指摘された。とすると、政策的には土地の供給を拡大することが中心的な政策に置かれることは自然な流れであった。

土地、広い意味での建物の供給を増加させる方法としては、土地利用を転換させることで土地面積そのものを面的に拡大することと、容積率を緩和することで立体的に建物面積を拡大することが考えられる。
しかし、容積率の緩和が不動産バブルの要因の一つと考えられていた当時においては、供給拡大策として土地利用転換を促進させることで、不動産バブルに対応していこうとする政策が検討された。

土地利用転換の問題としては、不動産課税との関係で多くの議論が行われた。その議論は、1980年代のバブルに先だち列島改造時の住宅バブルの時に端を発する。
列島改造時の不動産バブルは、住宅地を中心に発生した。都市化が進み大都市圏を中心として宅地の不足する中で、住宅価格が一気に上昇した。

市街化区域内の農地の問題

そのような中、市街化区域内の農地の問題が注目された。
市街化区域は、本来は住宅や商業施設などの都市的な土地利用として利用されることが前提とされ、道路・下水道などの都市基盤施設が供給されていることから、農地を売却すると都市基盤施設の開発利益が含まれた価格で売却が可能となる。
そのため、農地保有者は高いキャピタルゲインを得ることができるという点に着目し、土地保有課税・不動産譲渡所得課税ともに強化すべきであるという主張が出された。つまり、土地の保有コストを上げることで売却を促し、不動産譲渡課税を強化することで、開発利益を還元させようとしたのである。

中でも市街化区域内農地の固定資産税の宅地並み課税、つまり農地に対する課税強化に関して学術的な論争が起こった。その議論のきっかけとなったのが、新沢・ 華山(1970)である。
新沢・華山は、固定資産税の市街化地区域内農地に対する宅地並み課税を実施することを主張した。固定資産税は法定税率が1.4%であるが、農地については様々な特例があり、その100分の1程度と実質的には負担がないという状態にあった。ゆえに不動産価格が上昇したとしても保有コストがかからないため、保有を継続してしまう。

この問題に関して、対立した理論を展開したのが小宮・岩田(1973)である。
小宮・岩田は、土地保有課税は資源配分に対して中立的であり、宅地を供給させる効果も抑制する効果も持たないとした。
バブル期に入ると、再度この問題が注目されることとなる。岩田・山崎・花崎・井上(1993)では、土地保有課税強化の効果を理論・実証の両面から明らかにしている。

生産緑地法と地方税法の改正

そのような論争はあったが、市街化区域内農地の宅地並み課税は、1991年における地方税法および生産緑地法の改正によって、20年あまりにわたって繰り広げられてきた都市農地をめぐる原則論を収束させ、具体的な政策へと移された。
これは1988年6月に臨時行政改革推進審議会が打ち出した「地価等土地政策に関する答申」およびそれに続く、土地基本法の制定(1989年)、政府税制調査会による「土地税制のあり方に関する基本答申」(1990)の策定等の一連の土地税制改正の一環として実施されたものである。生産緑地法改正およびそれに伴う地方税法の改正は、都市計画と土地保有課税との融合をはかりながら、三大都市圏における特定市の市街化区域内農地の高度利用の促進、土地価格の安定を求めたものとなった。
具体的には、生産緑地法の改正によって「宅地化すべき農地」と「保全すべき農地」に明確に区分し、税制面では「宅地化すべき農地」に対しては固定資産税および都市計画税を宅地並みに課すこととなったのである。

生産緑地法と地方税法の改正が行われる中で、1992年以降には当時農地であったものが、宅地化農地として一気に不動産市場に供給された。そして、冒頭で述べたように、2022年に生産緑地法の改正と地方税法の改正に伴う行為制限期間の30年の期限を迎える。

生産緑地の2022年問題を考えるためには、この背景から理解しないといけないことがわかる。

1992年以降には当時農地であったものが、宅地化農地として一気に不動産市場に供給された1992年以降には当時農地であったものが、宅地化農地として一気に不動産市場に供給された

2020年 08月17日 11時05分