26年ぶりに見直される成年後見制度とは

「親が認知症になり、実家を売れない」「後見人がついている顧客との不動産取引でのトラブルが心配」。不動産売買のこうした場面に関わってくるのが成年後見制度である。

成年後見制度は、認知症や知的障がいなどが原因で判断能力が不十分と見なされた人の権利や財産を守り、生活を支援する制度だ。2000年にスタートした成年後見制度だが、2026年2月には法制審議会で「民法(成年後見等関係)等の改正に関する要綱」が答申され、同年4月に閣議決定された。今後国会での審議を経て新しいルールが誕生する予定となっている。実に26年ぶりの抜本的な見直しだ。

本記事では、この最新の改正要綱に基づき、不動産オーナーやその親族、投資家、そして不動産事業者の視点から、制度の変更点や実務への影響などを分かりやすく解説する。

現行制度が抱える課題と改正の背景

今回、成年後見制度の抜本的な見直しが行われることになった背景には、現行制度が抱える課題がある。現在の仕組みでは、一度制度の利用を開始すると、本人が死亡するか判断能力が回復しない限り、原則として制度を終了させることができない。

たとえば、実家の売却という一時的な目的で後見人をつけた場合でも、本人の判断能力が回復しない限り、後見人を外すことは認められていない。そのため、弁護士や司法書士といった専門職後見人への報酬支払いがその後長く続くことを懸念し、制度の利用をためらうケースが少なくなかった。

加えて、国連障害者権利委員会から、本人の意思決定を代行する制度を廃止するよう勧告を受けたことも、法改正を後押しする大きな要因となっている。勧告に法的拘束力はなく、今回の改正は制度廃止ではないため勧告に応えた形ではないが、背景の一つであることは確かである。

2026年改正で成年後見制度はどう変わる?

4月に閣議決定された民法改正要綱案には、現行の成年後見制度が抱えている使いにくさを解消するため、複数の重要な変更が盛り込まれた。

ここでは、不動産取引にも関連する4つのポイントに絞って解説する。

支援の枠組みを「補助」へ一本化

今回の改正案における大きな変更点は、支援の枠組みが原則として「補助」に一本化されることである。これまでの成年後見制度には、本人の判断能力に応じて、補助・保佐・後見という3つの類型が設けられていた。この仕組みでは、類型ごとに支援者の権限が決まっており、特に後見に当てはまると、本人が自ら財産を管理したり、契約を結んだりする自由が大きく制限されるという課題があった。

改正後はこの3類型を補助に一本化し、利用者の個別ニーズに合わせて支援内容を決定するオーダーメイド方式へと移行する。

【現行制度と改正後の比較】
現行制度:判断能力の程度に合わせて「補助・保佐・後見」から選択
改正後:原則として補助に一本化し、必要な権限や範囲を個別に設定

たとえば不動産の売却といった特定の行為についてのみ、家庭裁判所が補助人に代理権や同意権を付与することが可能になる。

目的達成による制度の途中終了が可能に

改正要綱の目玉の一つといえるのが、制度の「途中終了」が認められるようになる点である。現行の成年後見制度では、一度利用を開始すると、本人の判断能力が回復しない限り、原則として亡くなるまで制度を終了させることはできない。

しかし改正後は、あらかじめ設定した目的が達成され、支援の「必要がなくなった」と家庭裁判所が認めた場合には、審判を取り消して制度を終了できるようになる。これにより、実家の売却手続きなど、必要な場合のみ後見制度を「スポット利用」する道が開かれ、制度利用への心理的・経済的なハードルが大きく下がることが期待されている。

代理権・取消権の範囲が個別に限定される

支援の枠組みが「補助」に一本化されることに伴い、支援者に与えられる代理権や取消権の範囲も変わる。

現行の「後見」では、後見人に包括的な代理権が与えられており、日用品の購入以外は原則としてすべて取消しが可能であった。しかし改正後は、本人の自己決定権を最大限に尊重するため、あらかじめ定められた包括的な権限ではなく、必要な範囲を個別に定める方式へと移行する。

代理権・取消権の範囲の比較代理権・取消権の範囲の比較

特定補助人制度の新設

支援の枠組みが補助に一本化されると、本人が自由に決められる範囲が広がり、自己決定権が尊重される。一方で、重度の認知症などで判断能力が著しく低下した方を保護するために新たな仕組みが設けられる。それが「特定補助人を付する旨の審判」と呼ばれる制度である。

この制度によって選ばれた特定補助人には、本人が単独で行ってしまった重要な財産上の行為の取消権が付与される。

具体的には、以下のような財産上の行為が対象となる。

・不動産の売却や購入
・居住建物の大修繕の請負契約
・長期の賃貸借契約
・借金や保証契約 など

つまり、特定補助人制度により、新しい仕組みの中で柔軟な支援の形態を維持しつつ、必要に応じて強力な財産保護が可能となる。

代理権・取消権の範囲の比較法定後見制度見直しの概要(出典:厚生労働省「成年後見制度の見直し等について」)

法改正による不動産所有者・親族への影響

今回の法改正によって、不動産を所有する方やその家族に対し、成年後見制度はどのように影響するのだろうか。実務上の変更点について解説する。

スポット利用で資産凍結リスクを回避

今回の改正により、認知症発症などに伴う不動産の資産凍結リスクの低減が期待される。

現行制度では、一度後見が始まると本人が亡くなるまで原則として制度を終了できない。そのため、不動産売却という一時的な目的であっても、売却後に弁護士や司法書士といった専門家への報酬支払いが長年続くことがネックとなり、制度の利用をためらって不動産が塩漬けになるケースがあった。

一方の改正要綱では、たとえば「介護費用を捻出するために空き家を売却する」といった特定の目的が達成されれば、家庭裁判所の判断で制度を終了させることができるようになる。

長年のコスト負担というネックが解消されることで、不動産を売却できないという事態を回避しやすくなり、これまで放置されていた空き家の流通が促進される効果も期待できる。

本人の「売りたくない」意思に反した売却は困難に

今回の法改正では、支援者(補助人)が本人の意思を尊重し、気持ちに寄り添うことが「法的な義務」として明確化される予定である。この変更により、実家などの居住用不動産を売却する手続きは、従来よりも慎重に行う必要が出てくると予想される。

たとえば、家族が「親を良い介護施設に入れるため、実家を売って資金をつくりたい」と考えたとする。これに対し、本人が「住み慣れた家を手放したくない」と売却を拒むケースもあるだろう。

これまでは、介護費用の確保という合理的な目的があれば、本人が反対していても売却がある程度認められやすい傾向があった。しかし今後は、単に介護資金の不足という理由だけでは、本人の意思に反して売却を進めることが難しくなるかもしれない。

家庭裁判所に対して、売却が必要な客観的な理由に加えて、本人の思いをどう受け止め、どう話し合って折り合いをつけたのかというプロセスを提示する手続きが求められることが考えられる。

不動産事業者・投資家における取引上の留意点

今回の制度改正は、不動産を扱う事業者や投資家にも影響する。ここでは、取引上、新たに生じる実務やリスクを解説する。

特定補助人の取消権と取引時の権限確認義務の増大

改正によって、不動産会社にとっては、取引相手の権限確認に関する実務的な負担が増すことが予想される。なぜなら、制度が補助に一本化され、一人ひとりに合わせた個別授権方式へと変わるためである。

不動産会社は、取引相手にどのような権限が付与されているかを正確に確認しなければならない。万が一確認を怠ると、あとから契約が取り消されるリスクを抱えることになる。

たとえば、特定の取引が「要同意事項」に指定されているケースでは、補助人の同意を得ずに本人が進めた契約は、あとから取り消される可能性がある。また、取引相手に特定補助人が付いているケースでは、不動産取引を本人が単独で行ったあとに、特定補助人がその契約を取り消すかもしれない。

つまり、これまでのように「後見人には包括的な代理権がある」という前提が通用しなくなり、登記事項証明書に添付される代理行為目録や同意行為目録を詳細に読み解く必要が生じるのである。

【取引時に確認すべき主なポイント】
・特定補助人が選任されているか
・取引対象の物件に対して「代理権」や「同意権」が付与されているか
・権限の範囲は?(すべての不動産か特定の物件に限定されているか)
・代理権目録などに記載の登記年月日と審判の有効期限
・居住用不動産の処分に関する家庭裁判所の許可は得ているか

不動産会社は、どの物件に対して、誰がどのような権限を持っているのかを正確に見極めなければ、後日になって契約が白紙撤回されるリスクを負うことになる。これは、仲介事業者の責任の追及といった不動産会社自身の損害にとどまらない。

物件を有効に取得できると信じ、資金計画や引越し準備を進めていた買主に対しても、甚大な被害を与えることになる。

不動産会社には、取引当事者の安全を確保するプロフェッショナルとして、これまで以上に厳格な権限確認と調査が求められる点に注意が必要である。

(出典:法務省「登記事項証明書【補助】」)(出典:法務省「登記事項証明書【補助】」)

投資用不動産の管理・運用における制限

アパートやマンションなどの収益物件を保有するオーナーが認知症になった場合、改正後の制度を使って賃貸経営を続けるには制限が生じる。

なぜなら、今回の改正では、以下のような賃貸経営に関わる重要な手続きが、補助人の同意が必要な行為に指定される見通しであるためだ。

・3年を超える長期の賃貸借契約
・建物の大規模修繕やリノベーション
・銀行からの新たな借り入れ など

日常的なちょっとした修繕や短期の契約更新であれば、本人だけで決められるかもしれない。しかし、空室対策のための大規模な改修や法人との長期契約、金利を見直すための借り換えといった重大な経営判断は、ほぼ確実に補助人の同意が必要になると推測される。

その結果、大きな工事や重要な契約のたびに、補助人の同意や家庭裁判所の許可を待つ手間と時間が発生することになる。スピードが求められる賃貸経営において、このタイムラグは大きな足かせとなり、優良な入居者や融資のチャンスを逃す可能性がある。

成年後見制度と家族信託の違い

成年後見制度が使いやすくなることで、近年、認知症対策として活用が広がっている家族信託とどちらを選ぶべきか迷う方も多いはずだ。

成年後見制度のうち法定後見制度は、本人の判断能力が低下したあとに家庭裁判所に申し立てる仕組みであり、財産管理だけでなく、施設入所や医療契約などの身上監護もカバーできる点が特徴だ。

一方の家族信託は、本人が元気なうちに特定の財産(不動産など)の管理を家族に託す契約である。身上監護の機能はないが、家庭裁判所の許可を得ずに機動的な運用を行える。

法定後見制度と家族信託の違い法定後見制度と家族信託の違い

成年後見制度と家族信託の併用

今後の不動産に関する取引では、どちらか一方の制度を選ぶだけでなく、状況に合わせて複数の制度を組み合わせる戦略もある。

たとえば、不動産オーナーや投資家であれば、以下のような活用方法が考えられる。

●元気なうちに事前対策を徹底するケース
将来の判断能力の低下に備える場合、積極的な運用や組み換えを行いたい収益物件は家族信託で家族に託す。一方で、家族信託ではカバーできない介護施設の入所契約や信託財産以外の預金管理については任意後見契約を結んでおく方法だ。

このように2つの制度を併用することで、財産管理から日々の生活支援まで、将来に向けた体制を整えられるだろう。

●事後対応から安定した管理へ移行するケース
事前対策を行う前に認知症を発症してしまった場合、まずは改正後の法定後見(補助)制度をスポットで利用して実家などの不動産を売却する。無事に現金化できれば家庭裁判所の判断で補助を終了させる。

ただし、手元に残った現金を本人の口座にそのまま置いておくと、再び引き出せなくなる恐れがある。そこで、後見制度の終了と同時に、売却収入を家族が代わりに管理し、介護費用などに充てられるような契約(家族による財産管理の取り決めや信託など)に切り替える。

大切な資産を守り、円滑な賃貸経営や生活支援を継続するためには、一つの方法にとらわれず、状況に応じて最適な制度を組み合わせる柔軟な発想が必要だ。

まとめ

2026年の改正により、成年後見制度はスポット利用が可能になるなど、利便性が向上する見通しだ。しかし裏を返せば、補助人の権限や制度終了後の出口戦略などの選択肢がこれまで以上に複雑になることが予想される。

不動産オーナーや投資家の方は、資産規模や家族構成、事業計画に合わせてうまく制度を活用することが求められる。そこで、判断能力が確かなうちから、パートナーとして信頼できる専門家を見つけ、早めに相談しておくことが事業継続に向けた有効な対策である。

また、不動産会社には、顧客のライフステージに応じた最適な制度活用を提案できるかどうかが問われる。複雑化する制度を読み解き、顧客の課題解決に直結する提案力が、これからの不動産ビジネスにおける差別化要因となるだろう。