中山間地真砂。地域商社の主力商品は手作りの「真砂のとうふ」
島根県益田市の中山間地に位置する真砂地区は昭和30年代には2,000人ほどいた住民が今では4町合わせて人口301人(2024年2月末現在)と過疎化、高齢化が進む地域である。
ここに地域の衰退を食い止めようと2000年に設立された地域商社・有限会社真砂(以下真砂)がある。
メイン商品は益田市内や東京都内、ネット通販でも販売されている「真砂のとうふ」。テレビなどでも何度も紹介されており、知る人ぞ知る品なのだが、元々、豆腐は真砂の名物ではなかった。
「真砂に限らず、その昔のこのあたりの農家は祭りや祝い事があった時には家で大きな鍋を使い、薪で豆を煮ては豆腐を作っていたもの。こんにゃく、寿司なども作っていましたが、当時としてはそれほど珍しいことではありません。
それが2000年頃に地域を元気にするためにこの土地ならではの加工品を作る会社を立ち上げてみてはどうかという話が持ち上がり、そこで候補になったのが豆腐でした。言い出したのは寺戸勝子さんという女性で、彼女の作る豆腐の味はみんな知っていました。
彼女の意見に女性たちが賛同、ちょうど地元のJAでも当時は大豆が余っているからということで女性たちが製造を担い、男性たちがそれをバックアップするという形で製造、販売が始まりました」
と設立直後に参加し、現在は社長を務める岩井賢朗さんは話す。
岩井さんは活動の初期に女性たちが熱心に関与したのは地元のためにという理由もあるものの、舅、姑のいる家を離れて同年代の女性たちと一緒に働くのが楽しかったということもあるのではないかと推察する。二世代、三世代同居が当たり前だった時代でもあり、嫁という立場を離れて外で働いて稼ぐ、やりくりをするのは苦労もあっただろうが、やりがいもあったのではなかろうか。
若手が入社、無謀な取り組みを現実的な活動にしてきた岩井さん
岩井さん自身は当時JAの職員をしており、ちょうど真砂の法人化くらいの時期に“このままでは将来が見えていておもしろくない”と職を辞した。”なにか、もっと先の見えない、挑戦できるものはないか”いろいろ探している中で真砂の豆腐に出会った。それまでにも真砂での活動は知っていたが、それほど深い関心があったわけではない。
だが、活動を知り、無謀なことをしていると思った。
「山の中ではなく、市中でやればいいのに。活動の主体も年齢層が高く、生産する豆腐は数が少なく、崩れてしまうようなもの。予約販売で地元の人が容器を持ってきて買っていくだけ。これではだめだ、よし、参加しようと思いました」
岩井さんは当時33歳。シニアも多い会社に若者が入ればできることがあるのではないかと考えたのだ。真砂も真砂で無謀だが、家庭があるにも関わらず、いきなり仕事を辞める、無謀だからと活動に参加する岩井さんも相当に無謀。ロックな人である。
入社後はさまざまな改革をしてきた。それまでは兼業で豆腐を作っていたが、専業でやることにして勤めていた人には退職してもらった。販路を広げ、益田市に本拠のある地域の大手スーパーに出荷するようにした。
地域活動の一環として真砂の活動を位置づけ、地元の小中学校とコラボするなどして真砂地区のホームページに掲載してもらうようにした。商品のデザインを益田市のデザイン会社・益田工房に依頼、あか抜けたロゴ、パッケージに変えた。
そうした試みを続けているうちにメディアなどに商品を取り上げてもらえるようになり、認知度も少しずつ上昇してきた。地方の、そこにしかない独自商品に目が向く昨今の風潮も追い風になっている。
進化から取り残された結果がオンリーワンの豆腐「真砂のとうふ」に
その真砂のとうふだが、最大の特徴は焦げた香り。といっても苦みを感じるほどの強い焦げではなく、豆を炒ったような香ばしさと言えばよいだろうか、素朴な柔らかい香りである。豆腐自体もざらりとした固めの食感で、当たり前だが豆腐は豆から作られていることを五感で感じるものである。
なぜ、焦げた香りがするのか。理由は簡単、昔ながらの製法で作っているからだ。
簡単に製造工程を説明すると、
①島根県産、山口県産の大豆を使い、真砂地区にある日晩山(ひぐらしやま)麓の伏流水を加えてすりつぶした大豆を大きな釜に入れて、ガスの直火で煮る
②油圧ポンプによる袋搾りで豆乳を搾る
③長崎県産の海水から作られた粗製塩化マグネシウムを含むにがりで凝固させる
となっており、①②についてはいまどきの豆腐製造工程ではほぼ使われなくなったやり方だという。
「このやり方だと豆を煮る工程で焦げるまで加熱しないと失敗することがあります。機械で一定の高温を保つようにするなどすれば焦げないでしょうが、ガスで加熱、人力でかき混ぜているのでどうしても焦げてしまう。
焦げると釜を掃除するのが大変なので、他は機械を入れるなどして省力化、焦げないようにしてきましたが、私たちには資金がない。そもそも地元のシニアが中心になって作り、働いている会社ですから最新の機械より手作業が強みだと考えています」
焦げると焦げた分を除却しなくてはいけないので大豆を使う量も増える。岩井さんは取り組み始めて数年でそのことに気づいた。バックアップしてくれていた県の担当者からも大豆を使い過ぎではないかと指摘された。"これだけの大豆を使ってこれだけの豆腐しかできないのですか"と聞かれもしたそうだ。効率、収益性の低い豆腐なのである。
岩井さん自身、真砂のとうふは洗練された京都などの豆腐などと違い、本格的な懐石料理などには向かないものと考えている。日本の豆腐づくりはこれまで効率よく洗練された美味しさを求めて進化してきたが、真砂はそれとは逆に愚直なほどにずっと昔のやり方で手作りの素朴な豆腐を守り続けてきたのだ。
これからも地域に人が住み続けられるような豆腐作りを
しかし、面白いのはそうして進化から取り残されてきた結果、ある日、周囲に競合が誰もいないことに気づいたと岩井さん。みんなが同じ方向を目指した中で真砂だけが違う方向を向いていたことで、現在の真砂のとうふの味、香りは他にはない。万人に好まれる、コンテストで選ばれるような商品とは違うが、だからこそオンリーワンの商品というわけで、周回遅れがフロントランナーになっていたのである。
「それに気づいてからは欠点をブランディングの中心に据え、ダメな部分にも価値があると考えるようになりました。今後も質を重視、数はそれほど作らず、少し価格を上げる、絹ごし豆腐にもチャレンジするなど新しい試みも考えています」
といっても大きな発展を目指すという方向ではない。地方でまちづくり、再生というと外から移住者を呼んできて人口増を目指す、あるいは大ヒット商品を生んで地域に産業を興すなどとキラキラした夢を期待しがちだが、岩井さんが目指すのはこれまで続けてきたローテクなとうふ作りをこれからも積み重ねていくことで、この地域にずっと人が住み続けられるようにすること。成長、発展より、維持、継続ということだろうか。真砂のこれまでのあり方を考えるとさもありなんである。
最後に真砂のとうふを食べてみたいと思った人への情報を。確実に手に入れるためにはネット通販が確実。通常の木綿豆腐、おぼろ豆腐、桶豆腐、厚揚げなどをセットにしたものが売られている。
地元なら島根県益田市内、浜田市、萩市などにあるスーパーキヌヤ、東京なら日比谷しまね館(千代田区)などでも買うことができる。電話による個別の問合せ対応、地方発送は行っていない。電話で問い合わせてもホームページに書かれている以上の情報はない。
加熱すると風味が失われるため、ベストな食べ方は冷奴。普通に醤油と生姜などの薬味で食べても良いが、塩やオリーブオイルとの相性も良い。湯豆腐にする時にはぐらっと来たくらいですぐに引き上げること。ぐつぐつ煮てしまうと香りが飛んでしまう。
ところで真砂で豆腐を作ろうと言い出した寺戸さんは法人化から1年ほどで病を得、しばらくして亡くなった。それから24年。四半世紀ほどが経ち、今、彼女の娘さんは真砂で仕事をすることを考えているのだとか。思いはどこかで繋がるものらしい。
真砂のとうふ
https://www.iwami.or.jp/masunada/
うまいもんドットコム
https://www.umai-mon.com/user/product/37259
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