住居に対する示唆…140年前のナイチンゲールの言葉

化学物質を含まないほかに、木が本来持つあたたかみなどを感じることができるのも自然素材の特長だ化学物質を含まないほかに、木が本来持つあたたかみなどを感じることができるのも自然素材の特長だ

「毒されたり衰えたりする過程を癒そうとする自然の努力のあらわれであり、それは何週間も何ヵ月も、ときには何年も前から気づかれずに始まっていて、このように進んできた以前からの過程の、そのときどきの結果として現れたのが病気という現象なのである。(中略)看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさを適切に保ち、食事を適切に選択し管理すること―こういったことのすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えることを意味すべきである」

これは、今から約140年前に書かれたフローレンス・ナイチンゲールの『看護覚え書』の一節である。
ナイチンゲールは病気を”何週間、何ヶ月も前から始まっていた過程の結果”、それを治療する看護を”快適な環境を保つこと”と表現したのだ。

1990年代、シックハウス症候群が話題になる。住宅の建材などに含まれる化学物質を、住み続けることにより一定量以上吸い込むことで起こる健康障害だ。この状態は、まさにナイチンゲールが言った”病気”を表したものと同じと言って良い。

新建材の進化は、140年前に提言された”住まいの重要性”を踏まえているのだろうか?

そんな中”自然素材を使ったマンション”へ挑戦している会社があるということを聞き、東京都板橋区にある、株式会社リブランを取材した。
リブランの代表取締役社長 鈴木雄二氏は、まさにシックハウス症候群に苦しむ子供の報道を見たことが、住まい環境の大切さを考えるきっかけになったという。シックハウス症候群を発症した幼い子供のために、引き渡しを受けたばかりの新築マンションのビニールクロスや合板を涙ながらに剥がす母親の姿を見て、“住宅を提供する事業者として、本来やるべきこと“を考えた。本当の住まいとしてのマンションとはどういうものかを考え続け葛藤した結果、ナイチンゲールの言葉に倣う決意をしたのだ。

「自然素材」と「光、風、水、緑を活かす設計」、両方が作り出す「効能」

「欅ハウス」の名前の由来は、敷地内にある大きな欅の木だ。設計方針に「光・風・水・緑」を掲げているリブランでは、既存樹木も極力残して物件の開発をしている。緑を取り入れつつ、その土地の地主さんの思い出も守ることができる「欅ハウス」の名前の由来は、敷地内にある大きな欅の木だ。設計方針に「光・風・水・緑」を掲げているリブランでは、既存樹木も極力残して物件の開発をしている。緑を取り入れつつ、その土地の地主さんの思い出も守ることができる

そうと決めたらまずは自分が快適性を学ばなくてはいけないと、自然素材を使った環境共生型コーポラティブハウス”欅ハウス”を計画、さらに鈴木氏は個人としてそこに住むことにした。
「快適性の基準を”自然素材”と”体感温度”とし、窓の位置を工夫することで風の流れを大きく作り、床には柔らかい栂を、壁や天井には珪藻土等を利用しました。すると、風や陽射しをコントロールすることで1年を通してエアコンが必要ないほどに心地よく過ごせることを実感しました。調湿性のある素材を使うことで、夏は湿気を抑えられて気温は高くても暑さを感じにくく、乾燥しがちな冬も部屋の湿度を保つことができて風邪をひかなくなるという効果もあったんです」

”快適さ”を追求する方法としては、素材だけでなく設計の工夫も大きなポイントとなる。リブランのつくる戸建やマンションは、”光、風、緑、水”の4つのポイントを基準に開発されている。

光:冬は光を入れ、夏は逃がすことで温度の調節を図る
風:風の通り道を確保。秒速1mで体感温度が1度~2度下がる効果を利用することで夏も快適に
水:湿度をコントロールすることで体感温度を快適に
緑:日射を遮蔽し、気孔によって部屋の中を涼しく快適にする

実はこれらは特別に真新しいものではなく、日本では古くからこの考えを取り入れた住宅をつくっていた。いわゆる”古民家”である。続き間にすることで風の通りを良くする、庇を低くして陽射しを遮る、暑い日には打ち水をするなど、まさに”光、風、緑、水”を取り入れた住まいづくりであった。

鈴木氏が以前に居住していたマンションでは、梅雨の時期から残暑までエアコンを使用する時間が985時間だったのに対し、”欅ハウス”ではたったの5時間。自然素材と設計の工夫による住まいの快適性や健康への有用性を実感した鈴木氏は、自社のマンションへ自然素材の本格的な導入を決意する。

なぜ新築マンションには自然素材が使われないのか

物件に自然素材を導入するだけでなく、実際に使う人にも自然素材に親しんでもらうよう、汚れや傷に対するメンテナンス講習会を開催している物件に自然素材を導入するだけでなく、実際に使う人にも自然素材に親しんでもらうよう、汚れや傷に対するメンテナンス講習会を開催している

それほどまでに良い自然素材。ではなぜ、既存の新築マンションでは採用されていないのだろうか?
自社のマンションに自然素材を導入し始めた鈴木氏だったが、すぐにその難しさに直面することになる。
「調湿効果や空気清浄効果の高い、ある壁材を予定しモデルルームで使用していました。しかしある朝、その壁材が割れていたのです。すぐに調査しましたが、残念ながらその素材を標準仕様として採用する事は見送る結果になりました。」
新建材と比較して高い価格、完成後の手離れの悪さ、品質のばらつき、傷つきやすさなど、大量につくることで均質化・コストカットを実現している新建材とは異なる自然素材ならではの扱いにくさは、新築マンションへの導入に大きな壁となる。
「引き渡し後に発生した修理のため、仮住まいして頂くなどお客様へ迷惑をかけてしまうこともありました。結果、総額で数千万円もの”授業料”を払いました」と、鈴木氏は振り返った。

また、新しい取り組みは当初、社内の部署間対立も引き起こした。
今でこそリブランの社員は皆、自然素材の良さを体感し愛着をもっている。しかし当時の営業担当者は不動産の常識である3P(プライス、プラン、プレイス)を基準にした販売手法に馴染み、自然素材を訴求した営業活動への困惑と抵抗感があった。しかも自然素材を採用した分だけ価格は割高になっている。対して、高くても快適で良いものを提供したい企画担当者。衝突があってもおかしくない。

技術的な難しさに加え、新しい取り組みが社内の人間関係にも困惑を与えたことで、自然素材が新築マンションに使われない理由を痛感したという。

それでも挑戦を続ける理由

「新しい事をしてマーケットを切り拓くのは、僕らのような中堅企業だからこそできること」と話す、株式会社リブラン 代表取締役鈴木雄二氏「新しい事をしてマーケットを切り拓くのは、僕らのような中堅企業だからこそできること」と話す、株式会社リブラン 代表取締役鈴木雄二氏

非常に困難な新築マンションへの自然素材の導入。それでもリブランが挑戦を続ける理由は、一体どこにあるのだろうか。
鈴木社長はこう話す。「やはり、自然素材の快適性を体感した事が大きいです。快適に心地よく住むことは、表面的な費用対効果で測れるものではないと思いました。実際にあの快適さを知ってしまったら、自分自身が”快適でない”と感じる新建材を使ったマンションを社会やお客様に提供し続けることに、疑問を感じてしまったんです」。
自身が欅ハウスに住んでみたことで、自社でもつくっていた従来のマンションとの明らかな差を感じた鈴木氏。快適に心地よく住むことこそ、人が”普通”に暮らすことであり、本来あるべき姿だと考えるようになったという。
「住まいがどうあるべきかを考え、またその住まいを通して人と人がうまく住んでいくコミュニティ形成を担う責任が、私たち住宅供給事業者にはあると考えています」。

住まいをつくるということは、そこに住む人びとの暮らしをつくること。”どう住まいをつくるか”という理念は会社毎に様々なものがあって良いが、そんな視点を持ち、住まう人の立場になって住宅をつくる会社が増えると、日本の住宅環境はさらに豊かになるのではと感じた。

一方、私たち住まう側も”どう住まいを選ぶか”の理念を持つべきではないだろうか。傷つきにくい、汚れにくい等の新しい建材や設備の良さで住宅を選んでしまっている人もいるかもしれない。しかし鈴木氏にとっての”快適さ”がそうであったように、それまで考えもしなかった自分にとって最も重要な住まいへ求めるポイントがどこかにあるのかもしれない。
それを知るためには見た目の美しさだけでなく、3年後、5年後住み続けることで起こる生活環境を考える想像力を持ち、「知って」「考えて」「選ぶ」ことが必要になってくる。

すると自ずと”どう住まいを選ぶか”の理念を持つことができ、本当に幸せな住まいに出会えるのかもしれない。

2014年 06月17日 10時53分