創業50年。低迷期を救ったのは「猫」
山陽新幹線の発着駅でもある新山口駅から車で約25分。のどかな田舎風景が広がる阿知須温泉の一角に、「てしま旅館」はある。創業は今から50年前の1969年。ラジウム温泉が湧くこの地を選んだのは、現在のオーナー・手島英樹さんの祖父・儀一さんだ。
すぐ近くに名門のゴルフコースがあるおかげで、高度成長期は「何もしなくてもお客が来た」(祖父談)という。宿はたいそう賑わい、宴会場には毎日笑い声がこだました。その恩恵を、手島さんは「祖父母にたくさん旅行に連れて行ってもらいました(笑)」という形で受けたとか。しかし、バブルが弾けると急激に客足は遠のき、経営は尻すぼみになった。周辺に観光地がない立地も足かせだった。そんな苦しい状況の中でも、先々代と二代目の貴志さんが宿を守り抜き、2013年に三代目の英樹さんへバトンタッチ。貴志さんは料理長として、今も宿の屋台骨を支えている。
英樹さんは若手ならではの感性とアイデアで、次々に革命を起こしていった。特に全国的な注目を集めたのが、旅館に保護猫シェルター、通称「猫庭」を置くという、斬新な取り組みだ。しかも、猫庭にはコンテナを再利用。旅館✕猫✕コンテナという、全く相容れなさそうな3ピースは見事にコラボレーションし、これまでにない新たな展開を生み出している。
旅館を継いですぐにリノベーションを実行。和モダンになった宿には…
手島さんは、両親、祖父母が健在の中、24歳という若さで三代目に就任した。学校卒業後は幅広い視野を身につけるべく、広島で介護の仕事に従事。23歳で結婚すると、語学力と国際的な感覚を身につけたいと、1年間、夫婦でカナダのバンフへ移住した。バンフの町を選んだのは、単に「冬が好きだった」という理由だったそうだが、カナダ滞在中から旅館の運営方法について、具体的な構想を膨らませていたという。
24歳で帰国。日を置かず、宿のリノベーション工事を着工した。名のある商業デザイナーに設計デザインを依頼し、当時はまだ珍しかった和モダンテイストの内装に一新。洗練された室内には、蛍光灯ではなく、柔らかな間接照明の明かりが灯るようになった。
「観光施設も近くにないし、空間力でもないと勝負できないと考えてのリノベーションでした。若かったので、完全に勢いでしたね。リノベーションを機にコンセプトを変え、部屋数を減らし、料金も値上げしたので、祖父の代からのお客さまは全く来られなくなりました。祖父からは何をやってくれたんだとボロクソに言われて、しばらくは対立が続いてしまいました」
起死回生のリノベーションだったが、半年間は閑古鳥が鳴いたという。今のようにSNSが発達していなかった当時は、旅館のデザインを刷新したからといって、すぐにそのニュースが広まるわけではない。マーケティングについて素人だった英樹さんがそのことを痛感したのは、リノベーション後、しばらく経ってからのことだった。その後、知人からのアドバイスを受け、プレスリリースを出したことで少しずつ取材が入るようになり、全国ネットの人気旅番組の取材を転機に、全国から宿泊希望者が殺到するように。名物のふぐ料理も話題となり、新たな客層が「てしま旅館に来ること」を目的に山口を訪れるようになっていった。
しかし、いいアイデアは真似されるのが常である。しばらくすると空間設計にデザイナーを入れる旅館が各地で誕生。それに比例するかのように、てしま旅館の賑わいも以前ほどではなくなっていった。英樹さんは「ただ旅館の経営を続けているだけでは、厳しい時代が来るだろうと思いました。いろんな展開を考えていかなくてはいけないと、強く思いましたね」と当時を回想する。
大の猫嫌いが、猫の愛らしさに魅せられて
そんな冬のある日。娘さんが、「家の近くの川沿いで猫が捨てられているから、家に連れて帰りたい」と懇願してきた。
英樹さんは旅館に野良猫が来ていたことがトラウマで、「見れば小石を投げたくなるぐらい猫が嫌い」だったが、様子を見に行った時に猫が足にすり寄ってきたことに心を動かされ「自分で面倒を見られるんだったらいいよ」と、飼うことを許可した。人懐っこく、甘えん坊だったその猫は、子どもたちはもちろん、英樹さんにもすぐ懐いた。年末年始の超多忙な時期には、仮眠を取っていた英樹さんの布団にスルリと入ってきて、疲れを癒やしてくれた。
「実際に飼ってから猫のかわいさを知って、心が打たれてしまいました。ほどなくして、知人の家に住み着いていた野良猫4匹を引き取りました。ちょうどその頃、ニュースで山口県が犬猫の殺処分数が多いことを知り、自分たちにできることがあるのではないか、と考えるようになったんです」
コンテナシェルターのヒントは、同郷のユニクロ。資金調達はクラウドファンディングで
情報収集に乗り出した英樹さんは、庭の空きスペースに保護猫のシェルターを置くことを思いつく。しかし、置くシェルターは、旅館のイメージを損なわないものにしなくてはならない。そこでヒントになったのが、2006年にユニクロがニューヨークにオープンしたグローバル旗艦店「ユニクロ ソーホー ニューヨーク店」だ。コンテナを利用した店舗のかっこよさにインスパイアされた英樹さんは、クラウドファンディングを利用し、2年間かけて400万円を集め、コンテナを購入。コンテナには断熱材を入れ、冷暖房を完備するなど、猫が快適に過ごせるよう工夫した。また、旅館のロビーから猫の様子が見れるよう、側面をガラス張りにし、「猫庭」と名付けた。
保健所や知人から引き取った子猫、成猫、約30匹を迎え入れ、猫庭の運営がスタート。次女・姫萌さんが館長、長女・歌七多さんが総長として、猫の世話や施設の掃除を担っている。お客さまに猫のエピソードや性格特性などを伝えるのも、2人の役目だ。その熱心な姿と、旅館に譲渡施設があるというもの珍しさ、そして猫ブームが重なり、譲渡数はわずか1年間で100匹を超えた。翌年にはこの実績を担保に、さらにクラウドファンディングで400万円を調達。コンテナは2階建てとなり、2階にある一部の客間からはコンテナの様子が垣間見え、猫好きに人気の部屋となっている。
「猫庭」の存在によって、旅館が存在することの意味を実感
「実は、旅館を経営する意味がわからなくなっている時期だったんです。空間や料理でとんでもないものを出せれば、それでいいのかもしれませんが、それだけでは、旅館としての存在価値が見いだせなかったのが事実です。しかし、保護猫活動を始めてから、自分が生きている意味、旅館を経営している意味が見つけられました。この活動を通して、山口県の殺処分が減れば、旅館に対する評価も上がります。また、猫が好きな人が既存客になってくれれば、売上は上がり、それを猫に還元することもできます。クラウドファンディングに協力してくださった方が山口に来られることで、地域や宿を守ることができると考えています。次の世代にバトンタッチするものが残せたら、この仕事に価値があると言えると思うので、今後もそれを目指していきたいですね」と英樹さん。
9月7日には、館長で小学6年生の姫萌さんが、写真エッセイ集「猫庭ものがたり」を発刊。父を説得し、小学校1年生のときに拾い猫を飼い始めるところから、猫の里親を見つけるまでのエピソードを、撮りためた写真に添えて綴った。「猫を取り巻く問題が多くの人たちの心に留まり、たくさんの命が繋がってほしい」というスタート時からの想いは、着実に次の世代に受け継がれている。
取材協力/てしま旅館
https://teshimaryokan.com/
公開日:







