健康の基本は「食」を楽しむこと

薪ストーブを調理器具として使う楽しみを提案する藤原社長(右)薪ストーブを調理器具として使う楽しみを提案する藤原社長(右)

数多い家事のなかでも、調理や食事は大きな比重を占める。その「食」を家づくりの基点に据えた「食から創る家づくり」なるプロジェクトを、北海道旭川市の住宅メーカー・アーケン株式会社が進めている。料理を作りたくなるオリジナルキッチンや、家庭菜園との動線を工夫した間取りを提案したり、食の専門家を招いた企画を開いたりしている。藤原立人社長に狙いを聞いた。

道内の酪農学園大学を卒業した藤原さんは15年の大工経験をへて、輸入住宅を扱う大手メーカーで設計・施工・営業を担当し、2014年に独立。食事と未病について研究・発信している薬剤師や栄養士、「日本一」と評される給食をつくってきた北海道置戸町の管理栄養士・佐々木十美さんらと親交があり、かねて食に関心を持っていた。2017年3月、ミネラル不足が慢性化している現状は「現代型栄養失調」だとして警鐘を鳴らす食品加工コンサルタント・中戸川貢さんの講演会を主催し、現代のミネラル不足の深刻さを考えるようになった。

藤原さんによると、ミネラルは食材の煮汁などをそのまま飲めば適正に摂取できるが、水溶性のため、食品工場で大量に加工するときに洗い流されてしまう。このため既成の食品では、ミネラルの必要量が確保できないケースが多くあるという。また生活習慣病の低年齢化や粗暴な振舞いをする子どもと、外食への過度な依存やミネラル不足とを関連づける問題提起もなされていた。

手づくりが楽しくなる家をつくろう

住宅会社としてできることはなにか…。そう考えた時に1つのアイデアとして浮かんだのは、「手づくりが楽しくなるような家づくり」だった。しかも、限られた選択肢や情報に縛られて妥協するのではなく、理想をかなえることを諦めないやり方だ。「僕の中では幸せな家=健康な家。健康=食。食で健康になれる家を一軒でも増やしたいと考えました」と振り返る。

消費者の食への関心は高まり、嗜好も多様化しているため、住宅会社の慣例や視点で提案するのではなく、食の視点で建築を考えることにした。そこで第一弾として、調理・収納・片付けがしやすい空間について、旭川の離乳食アドバイザーの女性から要望を細かく聞き取り、自宅兼料理教室を手がけた。多くの人が集まれる広いダイニングスペースを確保し、水槽を埋め込んだ壁でダイニングとプライベートなリビングを分離させた。

その後も、「子どもの宿題を見ながら料理をしやすい家」「鍋を温め、食後のひと時を豊かに過ごせる薪ストーブを囲む家」「食品を保存する食品庫(パントリー)のある家」など、一人ひとりの食のスタイルに合った提案を10件ほど手がけてきた。

料理サロンにも使える広々としたダイニングを設けた、離乳食アドバイザーの自宅料理サロンにも使える広々としたダイニングを設けた、離乳食アドバイザーの自宅

キッチンをオリジナルにして愛着を

プロジェクトで特にこだわっているのは、施主と設計者が一から話し合い、オリジナルのキッチンを提案することだ。施主の生活イメージや家事動線、好みのデザインを検討していくと、既製品のシステムキッチンで満足できないケースがあるからだ。

最近では、2018年の夏に引き渡した住宅と2019年冬に引き渡した住宅で、ともにオリジナルを製作。前者はシンプルさを極めたL字型のキッチンに、ガス台と天板、シンクのみを設け、収納スペースは扉が一つもない仕様にした。一方、後者はアイランドキッチンで、背後に擁した広い食品棚には扉を設置。アイランドキッチンのそばには1畳分の食品庫もあり、内側に断熱材を入れて、室内の温かい空気を入れず涼しく保てるよう工夫した。施主それぞれの「食の理想」を形にした。

藤原さんによると、システムキッチンは便利だが必要以上の機能が備わっていることがある。また仕入れて設置する住宅会社の多くが標準プランに入れているため、施主は好きなブランドのキッチンがあったとしても「この中から選んでください」と言われがち。「大事なのは、料理をする上で、愛着を持てるかどうかだと思うんです。多少使い勝手が落ちても、デザイン性が良く自分のスタイルに合っていれば、愛着が持てる。愛着が持てると、料理が楽しくなりますから」と語る。

機能・性能の偏重に違和感を持つのは、かつての経験が基になっている。隙間が極めて小さく気密性の高い住宅の施工に携わったときのこと。キッチンで換気扇を回していると負圧がかかり、帰宅した子どもが開けられないほど扉が重くなる場面を目撃した。「本当の暮らしやすさや、快適な環境づくりといったソフト面は、意外と手がかけられていな」と感じた。

「国が求めているこれからの家は、年間の消費エネルギー収支をゼロにするZEH(ネット・ゼロ・エネルギーハウス)をはじめとした高性能住宅で、どれだけハード面で性能値の高い家をつくるかということです。断熱性、気密性を高めた結果、室内の空気の質が悪くなることもあります」とも指摘する。キッチンにしても、機能面での便利さだけでなく、自分にとっての心地よさが大きな要素になるという。

シンプルさを極めたL字型のキッチンシンプルさを極めたL字型のキッチン

数値に表れない、自分にとっての心地よさを大切に

食へのこだわりを話す藤原社長食へのこだわりを話す藤原社長

食にこだわりたいが、なかなか予算を回せない場合にはどうすればいいか。「例えば、断熱の性能値を下げてみる。最近では厚さ300mmの高性能断熱材もありますが、これを薄いものにして費用を抑え、調理器具でもある薪ストーブを導入するとします。それにより、豊かな暮らしにつながる可能性もあります。最近の家はどこにいても温度が一定になるように造られているけれど、これは人間の体にとって〝楽をして怠ける環境〟。冬や朝が寒いのは当たり前で、重ね着をすることで断熱材の薄さをカバーできるとも考えられます」と藤原さんは言う。急激な寒暖差が引き起こすヒートショックのような環境は当然避けるべきだが、 理想を実現させるには、トータルで柔軟に考えることが大切なようだ。

アーケンの場合は、施主に30ページ近い要望聴取アンケートに答えてもらい、一つずつ対話しながら具体化するという。「朝起きる時間や動線など、生活スタイルを細かく聞き取ってもらえないと、人生で一番高い買い物をするのに納得できないですよね。これから住宅メーカーは、食を含めた生活そのものの提案までしていく時代になっていくと思います」

2019年 08月10日 11時00分