国際的イベントを契機に生まれたJISのピクトグラム

今年3月と4月に、東京五輪のスポーツピクトグラムが発表された。競技を表すピクトグラムは、前回の1964年東京五輪で初めて導入されたものだが、2002年に日韓共催で行われたサッカーの国際競技大会が契機となって制定されたピクトグラムもある。それがJIS案内用図記号だ。
「それまでは、自治体などが独自の案内用の記号を考案して使っていましたが、サッカー観戦で来日した外国人客が混乱しないように、また、日本人にとっての利便性も高めるために、JIS規格を定めることになったわけです」と、経済産業省国際標準課長の黒田浩司氏は、JISのピクトグラムが生まれた背景を説明する。

2017年の規格改正で変更されたJISのピクトグラム2017年の規格改正で変更されたJISのピクトグラム

国内外で行った調査をもとに、ピクトグラムの変更を検討

そのJIS案内用図記号のうち7種類が、東京五輪と、年々増え続ける外国人観光客への対応として2017年に変更され、新たに15種類の記号と「ヘルプマーク」が追加された。変更された7種類の中に、日本人にはなじみ深い「温泉マーク」が入っていたことが話題になったので、覚えている人も少なくないだろう。
「外国人の中には、温泉マークを温かい料理などと間違える人がいるんですね。温泉マークの湯気を、料理の湯気と思ってしまうようです」と黒田氏。こうした日本人にとっては信じられないような誤解を防ぎ、また、国際規格であるISOの記号との整合性を図るために、ピクトグラムの変更が検討されることになったのだった。

検討にあたって実施されたのが、国内と、アメリカや中国、韓国、台湾、シンガポール、イギリスの6ヶ国・地域でのアンケート調査。JISの記号と、それに対応するISOのどちらの方が理解できるのか比較調査を行った。
「例えば、駐車場の図記号については、JISのPだけよりISOの車の図もある方が理解できるとの意見が国内外ともに多く、同じくJISの救護所の図記号は、指に包帯を巻いたデザインよりも、緑の地に白の十字というデザインのISOの救護所の図記号の方が理解できるとの意見が国内外ともに多いという結果になりました。JISの図記号は日本で長年利用されてきましたので、ISOの図記号は日本人にはピンとこないのではないかと思っていましたが、これらの図記号は国内でもISOの方が理解度は高かったですね」と、黒田氏はアンケート調査の結果について話す。

JIS図記号とISO図記号の比較調査結果。日本ではシンプルなものが好まれるが海外ではいくつかの絵を組み合わせた図記号の方が理解されやすいなどの特徴が見えてくるJIS図記号とISO図記号の比較調査結果。日本ではシンプルなものが好まれるが海外ではいくつかの絵を組み合わせた図記号の方が理解されやすいなどの特徴が見えてくる

JISのピクトグラムは、社会や時代の動きを映す鏡

こうした調査結果などをもとに、約40人の委員からなるJIS改正原案作成委員会が審議し、「駐車場」や「救護所」をはじめ、7種類の記号をISOの規格に合わせて変更すること、15種類の記号を追加することなどが決まった。
「国際規格であるISOの記号と統一すると、外国人観光客の利便性が高まるのは当然ですが、日本人も海外で戸惑わずにすむようになるはずです」。
国内外でピクトグラムを統一し、シームレスにつなげることで利便性を高めることも改正の目的のひとつと、黒田氏は説明する。

新たに追加された15種類の記号は、それぞれの普及の程度や社会的な必要性などを、JIS改正原案作成委員会で検討し、採用が決定された。黒田氏は、「無線LANやホームドアなどの記号は、10年前なら検討の対象にならなかったと思います。その意味で、JISのピクトグラムは社会や時代の動きを映す鏡のようなものです」と言う。
記号のデザインは、主に委員会に参加しているデザイナーなどが担当。国際標準課の工業標準専門職、永田邦博氏は、デザインの条件として「理解しやすいことと視認性が高いこと。また、地図などにも使うので、縮小しても判読できること」などを挙げる。
ちなみに色に関してはJIS、ISOともに基本ルールがある。JISでは赤地は防火や危険の意味であるが、ISOでは防火の意味だけである。「非常口」や「救護所」の記号が緑地になっているのは、JIS、ISOともに緑が誘導の意味を表しているからだ。

追加された図記号。どのような記号を追加するかは、委員会からの意見を吸い上げて決められる追加された図記号。どのような記号を追加するかは、委員会からの意見を吸い上げて決められる

随時行われているJISのピクトグラムの見直し

トイレの表示は和風便器が使いづらい高齢者などにとっても助かるもの。また津波に関する3種類の記号は日本の提案で国際規格となったトイレの表示は和風便器が使いづらい高齢者などにとっても助かるもの。また津波に関する3種類の記号は日本の提案で国際規格となった

JISのピクトグラムは、 2017年のような大規模な変更や追加は少ないが、小規模な追加は随時行われているそうだ。最近では、外国人観光客の多くが洋風便器や温水洗浄便座のトイレを選ぶ傾向があることを踏まえ、2019年2月に「洋風便器」「和風便器」「温水洗浄便座」の3つの記号が追加された。こうしたきめ細かい対応は、日本ならではの気配りといえるだろう。
また、法律の改正などで記号が追加されることもあるという。たとえば、2018年7月に公布された「健康増進法の一部を改正する法律」によって、加熱式たばこ専用喫煙室の記号が規定される予定だ。

今回の改正は、JIS規格をISO規格に合わせていく方向性が強いが、逆に日本で使われている記号を国際規格として提案することもあるそうだ。世界的に地震の際の津波被害に注目が集まる中で、「津波避難場所や津波避難ビルなどの記号は、日本の提案により、JISの記号が国際標準にもなっています」と永田氏は一例を挙げた。

2020年に向け、急がれる新しいピクトグラムの浸透

黒田氏は、理解度のアンケート調査などによって、これからもピクトグラムの見直しに取組み、「外国人観光客も日本人も、迷わない、困らない社会環境づくり」を進めたいとしている。

2019年7月には、変更された7種類のJISのピクトグラムへの2年間の移行期間が終了する。国内外から訪れる観客がスムーズに移動でき、日本での滞在を楽しめるよう、新しいJISのピクトグラムの浸透が求められる。

海外に行った際、例え言葉が分からなくても見覚えのあるピクトグラムがあれば安心だ。それは訪日観光客にとっても同じだろう。ピクトグラムの整備は「おもてなし」でもある海外に行った際、例え言葉が分からなくても見覚えのあるピクトグラムがあれば安心だ。それは訪日観光客にとっても同じだろう。ピクトグラムの整備は「おもてなし」でもある

2019年 06月16日 11時00分