空洞になった街の再生にアートを

主に投資用に建てられた建物が高架下、大岡川沿いに並ぶ。ギャラリーに使われるケースも増えてはいるが、住宅利用もまだ残っている主に投資用に建てられた建物が高架下、大岡川沿いに並ぶ。ギャラリーに使われるケースも増えてはいるが、住宅利用もまだ残っている

戦後の混乱期から麻薬、売春と違法行為の舞台となってきた横浜市中区黄金町。1995年の阪神淡路大震災後の京急線高架下耐震補強工事による立退きのために、エリア一体に拡散した違法風俗店に危機意識を抱いた住民が立ち上がり、初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会(以下協議会)を結成、行政や警察、大学などを巻き込んで始めたまちづくりが約10年経って成果を上げつつある。2007年から地域で開かれる展覧会の企画担当として関わり、今ではNPO法人黄金町エリアマネジメントセンター事務局長を務める山野真悟氏にこれまでの変化を聞いた。

警察の一斉摘発以降で空き店舗が増えた黄金町に展覧会の企画が本業の山野氏が事前情報もなく初めて足を踏み入れたのは2007年。「2008年に開く予定の展覧会で企画を依頼されて訪れたのですが、悪臭の漂う、汚い街というのが第一印象。生活の場という感じは全くなく、とんでもないところに来ちゃったなと思いました」。

空洞になった街の再生にアートをという方針はそれ以前に決まっていた。横浜市は2004年から「アートを通したまちづくり」として創造都市施策なる事業を立ち上げていたためである。

バブル時に投資用として作られた狭い住戸は商売には向かず、そもそも荒れた街には人は来ない。そのイメージを大きく変えるのはアートだろうという発想である。また、アーティストなら狭い住戸もそれなりに使いこなしてくれるだろうという期待もあった。

ただ、地域の人たちが最初からそれを理解していたわけではない。「やってみなければ分からない、とりあえずやってみようということだったと思います」。

場を作り、継続的に利用することで街は変わる

再生に当たって進められたことは大きく分けて3つ。ひとつは高架下やかつての違法風俗店跡を利用して新しい場所を作ること。それをアーティストや地域の人たちが利用、イベントなどを開くことで街のイメージを変えること。そしてもうひとつは以前から地元の人たちの集まりである協議会が地道に続けて来た防犯パトロールや清掃活動を継続すること。ハードとソフトの両輪から街を変えていこうというわけだ。このエリアには子神社大祭、大岡川桜まつりなど地域の他の主体が中心になって続けられているイベントもあり、ソフト面が充実しているのが特徴だ。

アートを通したまちづくり最初のイベントが2008年に開かれた黄金町バザールである。これは高架下に新しく作られた黄金スタジオ、日ノ出スタジオと横浜市が借上げを進めていた違法風俗店跡を主な会場としたアートイベントで、その後、毎年秋に開催され、2016年には9回目となる。

「初めてのことでもあり、展覧会だけでは人が来ないかもしれないという懸念があったため、三宅一生さんのショップを3カ月限定で出店してもらったりもしました。一見店だけれど、実は作品の展示などというものもあり、地元の人は展覧会とは思わなかったかもしれません」。

建物の中だけで展示、制作が行われるのではなく、高架下や建物の壁面に絵が描かれたり、空地が活用されたりと、期間中のエリア内では様々な人がそれぞれに創作活動を行うというようなイベントで、中には小学生が参加する催しも。アートというとどこか遠いもののように思われるかもしれないが、ここではいつもの街の中で行われるものなのである。

黄金町バザールの賑わい。あちこちの壁もキャンパスになる黄金町バザールの賑わい。あちこちの壁もキャンパスになる

定期的なイベントで人の流れが変わってきた

スタジオを利用、制作中の風景。限られた空間を工夫して使っているスタジオを利用、制作中の風景。限られた空間を工夫して使っている

展覧会終了後、会場となった違法風俗店跡にはアーティストが入居。継続的に街で活動を行うようにもなった。横浜市は営々と店舗跡を借上げ続けており、そうした店舗の多くはアーティスト・イン・レジデンス(アーティストを一定期間ある土地に招聘、その土地に滞在しながらの作品制作を行わせる事業)として利用されており、黄金町は彼らの活動を身近に見ることができる地域となりつつある。

「あらかじめ、どのような住戸にしようか計画を立て、ある程度空間を作ってから貸すという仕組みで、入居者には補助も出ます。内装に手を入れることも可能なので、多少狭くてもアーティストには居心地が良いようです。100戸を目標に場所は少しずつ増え、拡大していますが、使いにくい建物もあり、全部が使い切れているわけではありません」。

現状借り上げられているのは71戸ほど。地域にはまだ100戸ほどの違法風俗店跡があり、今後も活動を続ける必要はあるようだ。

年に一度の黄金町バザール以外にも黄金町では様々なイベントが行われている。定期的に行われているものとしては毎月第二日曜日に高架下に作られたかいだん広場で行われるのきさきアートフェア。同日にはかいだん広場に隣接する高架下スタジオSite-D集会場で地元の3町の商店主が結集した初黄日商店会(はつこひしょうてんかい)がワンデイマルシェのはつこひ市場を開いている。

また、この地に居住するアーティストが先生になっての黄金町芸術学校や同様に地元の人が先生になってのまちゼミ、各種展覧会やワークショップなども頻繁に開かれ、人の流れ、街の雰囲気は明らかに変わってきた。

再生の背景には地域の緊密な協力関係

8月に行われた打ち水イベント後、かき氷に行列する子どもたち。流し素麺なども行われ、多くの親子が集まった8月に行われた打ち水イベント後、かき氷に行列する子どもたち。流し素麺なども行われ、多くの親子が集まった

黄金町に関わり始めて10年弱。2008年、2009年くらいになって初めて子どもの笑い声が聞こえてきたと山野氏。

「それまでは子どもは行ってはいけない場所とされていました。近くに建設関係の会館があるのですが、そこの女性事務員さんは通勤時エリア内を通る時にはダッシュしていたとか。それが今では放課後になると子どもの声がうるさいくらい。女性が一人で歩いても心配ないエリアになりました。年数を重ねてアートの街と評価され、知名度が上がってきたことで街の人達の自己意識も上がってきたように思います」。

その成功の背景には地域の緊密な協力関係がある。聞くと毎月1回必ず定例会が行われており、町内会、PTA、行政、京急、警察そしてNPO関係者と30人ほどが集まっているとか。同様に毎月1回防犯パトロールがこれも欠かすことなく続けられており、地域のキーパーソンたちは実に頻繁に顔を合わせていることになる。

「ここでは町内会がきちんと機能しており、リーダーシップを持って物事を推進できる人達が複数います。毎月会議、パトロールがあるのは面倒と思うかもしれませんが、続ければ習慣になる。それをやり続けられる人たちがいるんです」。

とはいえ、今後に関しては高齢化が影を落とす。この地域は問屋街でもあり、後継ぎがいる場合には町内会などの役職も引き継がれるだろうが、そうでない場合もありうる。PTAメンバーには若い層がいるものの、上の世代がしっかりしていたため、逆にそれに頼り、世代交代が行われていないという問題があるのだ。

ひとつ解決しても、次々に現れる新しい課題

高架近辺の元違法風俗店以外の空き家問題もある。もともと高齢化が進んでいた地域でもあり、表通りにも空き店舗は少なくない。「とびとびに店がある状態では新たに個人が起業して入ってくるのは難しい。成功している例では集客しやすい、大きな施設を作っているようですが、ここではスペースの関係から大きなモノは作れない。まずはアートで人の流れを作り、副次的に商業をという流れにするしかありません」。

アートの街と言いながら、常設の展示が少ない点も今後の課題。月に1回企画展をやると、その準備、片付けのために閉めざるを得ない期間ができてしまうためで、これから2年くらいかけて常設展を増やしていきたいと山野氏。

ひとつの問題が解決したかに見えても、次々に新しい課題が出てくるのが現状だが、以前のように目の前の空き店舗をとにかく埋めなくてはという状況ではなくなったのは進展だとも。

「年々課題がはっきりしてきているので、街全体、将来を考えて次は何をすべきかが見えるようになっています。地域の担い手の問題、空き家問題、常設展不足などの他にも現在安い賃料で居住しているアーティストが今後、この街を出て行ってもやっていけるようにするためにはどうすれば良いか、国内だけでは成り立たない日本のアート市場活性化のためにもっと海外のアーティストを受け入れようなど、やるべきことはまだまだたくさんあります」。

10年と聞くとそれなりに長い時間だが、街を変えるにはもっと長い時間が必要ということだろう。世の中にはひとつの問題を解決しただけで安心し、何もしなくなるケースも少なくないが、黄金町は次々に現れる新しい課題に常に向き合い続けている。この姿勢がある限り、黄金町はまだまだ変われるはず。これまでの黄金町の変化を踏まえ、これからの変化を楽しみにしたい。

黄金町エリアマネジメントセンター
http://www.koganecho.net/

高架下とその周辺を使い、スタジオや書店、子どもの創作活動のベースとなる場が作られたり、ゴミ置き場を子どもの絵で飾ったりと街中ではさまざまな試みを見ることができる高架下とその周辺を使い、スタジオや書店、子どもの創作活動のベースとなる場が作られたり、ゴミ置き場を子どもの絵で飾ったりと街中ではさまざまな試みを見ることができる

2016年 10月07日 11時05分