まちを訪れる人が変わったら、まちが変わってきた!

宿泊施設が多く集まる日進町。街角には地図が掲げられており、そのすぐ近くに日進月歩がある宿泊施設が多く集まる日進町。街角には地図が掲げられており、そのすぐ近くに日進月歩がある

「この半年、1年ほどで、これまでこのまちを訪れることがほとんどなかった女性、若者、外国人などがやってくるようになり、その目を意識するようになったのでしょう、もともとこの周辺に宿泊、居住していた人たちの姿勢が良くなり、寝間着姿では外を歩かなくなり、路上でワンカップを飲まなくなり……。まちの雰囲気が変わってきています」と楽しそうに語るのは川崎市日進町にあるゲストハウス「日進月歩」を運営する有限会社NENGO HOTELSの吉崎弘記氏。

日進町は川崎駅東口から歩いて10分ちょっと。昭和の経済成長を支えた労働者の人たちが全国から集まり、宿泊していた簡易宿所が集中している地域である。日本の景気同様、かつては前向き、上向きの活気に満ちた場所だったはずだが、最盛期から数十年がたち、泊まっていた人たちも、宿を経営している人たちも高齢化。ここ何年かは利用者の減少、住宅化、宿の廃業、建物の取り壊しなどが目立ち、寂しい雰囲気になりつつあった。

その一画にある1963年築の簡易宿泊所・相楽ホームがゲストハウス日進月歩に変わったのは2018年1月のこと。

「木造2階建てながら無許可で改装、3階にも部屋がある状態になっており、法令を遵守すると3階は使えなくなります。当然、宿泊できる人数が減るため、宿泊単価を上げて既存の利用者とは違う人たちに泊まってもらう必要があります。といっても、過去には地元ではあまり評判のよろしくなかった地域だけに宿泊施設としてうまくいくか、社内には不安視する声もあり、リノベーションのための予算も潤沢ではありませんでした。そこで目をつけたのがアート。これまでこのまちを訪れることがなかった女性と外国人、若い人たちに来てもらえるようにほかにはない魅力を付与、選ばれるようにしようと考えたのです」

アーティスト作品に彩られた部屋が特徴

訪れてみると分かるが、水回りの一部が新設されていることなどを除けば、既存の部屋はほぼそのまま使われている。レトロな金庫や牡丹の描かれた衝立(ついたて)もそのまま置かれており、一見、どこが変わったかはわからない。だが、部屋を見れば一目瞭然。鮮やかな花、川崎の夜景を思わせる風景、ポップな地域の地図などが壁に描かれているのである。

「近くで運営している他の施設の関係者を通じて、あるいはSNSを通じて絵を描いてくれる人を募集、費用は実費プラスわずかしか払えないものの、自由に描いていいという条件でいろいろな人に描いてもらい、オープン当初は6室、今は1部屋増えて7室が壁画のある部屋になっています。もちろん、白い部屋がいいという方もいらっしゃるので、そうした部屋には絵を飾るなどして、どこかでアートを感じられるようになっています」

アート以外では1階の玄関脇にある管理人室、共用の浴室があった部分を一続きにした共用スペースも、タイルで作られた風呂がそのままに残された面白い空間になっている。日本人の、ある程度の年代以上の人にはごく普通の日本の住宅なのだが、それが若い人や外国人にはレトロで和風、田舎のおばあちゃんの家に思えるらしい。こたつも意外に人気だそうである。

この場を利用してたまに書き初めなどのイベントやワークショップが行われるほか、地元の人のパーティーなども開かれている。驚いたのは月に2回、定期的にママ友が集まる会も開かれているということ。かつて、女性はあまり近寄らないほうがいいといわれた地域が変貌しているのである。

さまざまなテイストの絵が描かれた部屋。右下はシンデレラルームと名づけられた女性専用室さまざまなテイストの絵が描かれた部屋。右下はシンデレラルームと名づけられた女性専用室

徹底した清掃とサービスが集客の肝

上は事務室。下は壁画がなく、絵が飾られた客室の例上は事務室。下は壁画がなく、絵が飾られた客室の例

徹底したのは掃除と、もうひとつはサービス。宿泊客に積極的に話しかけ、相手が知りたい情報を提供することで泊まった人たちの満足度を上げようという作戦である。この2つの徹底で現在の日進月歩は市内の他の施設よりも多くの女性客、外国人客を獲得している。

「女性は全体の3~4割を占めるようになっていますし、外国人は平均で15%ほど。川崎市の平均は8%ほどですから、市の他の宿泊施設の倍ほど利用されているということになります。特に女性の満足度は高く、リピートする人も出てきているほどです」

それによってまちの雰囲気が変わり始めていることは冒頭に述べたとおり。女性が増えるとまちは変わるのである。

その一方で取りこめていない層もあるという。中高年のビジネスマンである。川崎市では観光で訪れる人のほかに研究所、工場などに派遣されるなどして長期に滞在するビジネスマンが多い。その人たちは共用施設で見知らぬ人と会話したがらないし、禁煙施設であることを喜ばない。それでも、この人たちにも日進町に来てもらいたいと吉崎氏。さまざまな人が訪れることによってまちは変化するからである。

宿泊者増が店舗出店を促し、雇用拡大にも

そのため、吉崎氏は近所にある他の宿泊施設の販売の手伝いを始めている。「すぐ近くにほとんどビジネスホテルのような広めの部屋に共同浴室もある宿があるのですが、これまではきちんとPRできておらず、空室続き。日進月歩に人が集まり始めているのを見て相談をいただいたため、連携してやっていこうということになりました。問合せをされてきた方に合わせて日進月歩か、そちらかにお泊まりいただくことでお互いに相乗効果が生まれてきています。そのため、その宿の経営者がもう1棟保有する施設とも、この秋からの連携を計画しています」

さらにこの地域では、ほかにも若い人や女性、外国人をターゲットにした貸し方をしようと試みる施設が出てきている。これまで新しい販路はないと諦めていた人たちが、やり方次第ではまだまだやっていけると思い始めたのだ。

周辺では、いくつかの宿泊施設が売却されてもいる。さらに建売一戸建てを建設、分譲する会社も現れ、地元を知っている人からすると信じられない変化のはずだ。

だが、吉崎氏は変化は始まったばかりと言う。「日進月歩の客室が14室。提携した宿が24室あります。これがさらに増えて全体で100室規模になれば、その宿泊客目当てに周囲に店が出てくるはず。となると、さらに来訪者も増える。仕事も生まれる。今も日進月歩ではできるだけ地元の人を雇用するようにしていますが、今後、宿、店が増えれば雇用も拡大、まちはもっと変わりますよ」

1軒の宿泊施設がまちを変える。そんなことが起きつつあるのだ。

上2枚は1階にある共用の空間。意外に、こたつが人気とのこと。右下は入ったところ。以前から置かれていた衝立などはあえて残してある。トイレにも絵上2枚は1階にある共用の空間。意外に、こたつが人気とのこと。右下は入ったところ。以前から置かれていた衝立などはあえて残してある。トイレにも絵

2019年 07月24日 11時05分