ご近所の銭湯消失に学生たちが惜しむ活動を開始

菊水湯取り壊し前の見学会では多くの人が無くなってしまう建物を記録しておこうと写真を撮っていた菊水湯取り壊し前の見学会では多くの人が無くなってしまう建物を記録しておこうと写真を撮っていた

2013年6月。文京区千石にある築60年、中庭のある銭湯「おとめ湯」が廃業した。その後も文京区の銭湯廃業のニュースは相次いでいる。2011年の東日本大震災辺りからスピードを増した銭湯廃業は留まるところを知らない。文京区で古い建物の保存・活用などを通じて街の魅力掘り起しに取り組む文京建築会ユースの栗生はるか氏によると「千駄木の、富士山のペンキ絵のあった鶴の湯、目白台の、東京に現存する最古級の木造銭湯と言われた月の湯が無くなり、2015年9月に至って本郷、菊水湯廃業となってしまいました」。

近隣に居住する東京大学の学生たちがその菊水湯の記憶を残そうと活動していることを聞き、話を伺った。

「5月に月の湯が無くなり、次は菊水湯が危ないかもしれないねとは言われていたのですが、本当かと半信半疑でいるうちに8月中旬には告知の紙が貼られ、廃業が決まってしまったことを知りました」とは活動に参加している東京大学工学部都市工学科の三文字昌也氏。大学近くの、シャワー、トイレ共用の下宿で暮らしている三文字氏にとって銭湯は生活になくてはならない存在。平成生まれの三文字氏は昭和や古き良き日本への憧れから幾多の小説の舞台となった菊坂に下宿を決め、路地や銭湯のある暮らしを楽しんでいたという。

同じく活動に参加する東京大学大学院工学系研究科の西田健太郎氏は神奈川県で育った。「ベッドタウンだったので、大学入学まで銭湯はドラマの世界の中のもの。でも、入学後合気道を始め、その関係で初めて行った銭湯で知らない人に桶と椅子を(元の位置に戻すのを)忘れていない?と注意され、こういう人間関係の生まれる場所は面白いなあと。今も研究室に泊まり込むような忙しさの中、銭湯に行って頭、身体を休め、作業続行というような生活をしています」。

そんな彼らにとって身近な銭湯廃業は大問題。だが、オーナーを始めとする関係者すべての意思を尊重した上で何ができるかを考え、記録する活動を始めたのだという。

銭湯廃業の理由は利用者減、建物老朽化、経営者の高齢化などなど

立ち上げたのは「さようなら菊水湯」というプロジェクト。菊水湯の思い出、歴史を保存していくことを目的にホームページとツイッター、同銭湯の脱衣所に設置したノートで菊水湯にまつわるエピソードやメッセージ、銭湯のある暮らしの思い出などを募集した。取材にお邪魔した9月時点でツィートとコメントは延べ4000近くにもなっており、懐かしむ声、惜しむ声が多かったという。また、営業終了後の、取壊し前には文京建築会ユースと合同で見学会を開き、150人を超える人が別れに訪れた。文京建築会ユースでは銭湯担い手のインタビュ-、映像記録、建物の全天球撮影や3Dスキャン、菊水湯周辺の大きく影響を受けそうな風情ある街並みの現状を空中写真も含めて記録する活動もしており、銭湯自体は消えたとしても記憶は残ることにはなりそうだ。

ところで、そうした中には菊水湯を継いでもいい、定期的に学生がアルバイトをして継続させる手はないかなどの声もあったそうだが、廃業が公表された時点ではすでにマンション建設が決まっていた。菊水湯は番台にいる人とは別に所有者のいる、いわゆる貸し湯。番台を担っていたご夫婦は高齢で、続けたい気持ちはあったものの、もう難しいだろうと所有者がいろいろ考えた末の決断だったと聞いた。

厚生労働省の「生活衛生関係営業経営実態調査」(平成24年度)では銭湯経営上の問題点として「客数の減少」(77.4%)「燃料費の上昇」(63.5%)、「施設・設備の老朽化」(57.1%)「光熱費の上昇」(49.%)が挙げており、これがイコール廃業の理由とも考えられる。

確かに平成20年の総務省住宅統計調査時点で住宅の浴室保有率は95.5%。今ならほぼ100%近くの家に風呂があるわけで、それにより、銭湯に入りに行く人が減ったのは間違いない。また、前述の厚生労働省調査で見ると経営者の72.7%が60歳以上、建物の58.4%が築30年以上ともなっており、高齢化、老朽化も間違いないところ。銭湯廃業にはこうした様々な理由が影響しているというわけだ。

こちらは富士山の壁画の反対側にある立山連峰の壁画。富山市の助成で描かれたそうだこちらは富士山の壁画の反対側にある立山連峰の壁画。富山市の助成で描かれたそうだ

銭湯は相続人以外は継承できない?売却されやすい要因がある?

見学会では残っている区内銭湯の利用割引券と共に銭湯にはつきもののコーヒー牛乳も見学会では残っている区内銭湯の利用割引券と共に銭湯にはつきもののコーヒー牛乳も

加えて銭湯業界独特の理由もあるという。大抵の銭湯は家族経営で、家族以外には経営を渡したがらないという点である。これについては法律にも責任がある。厚生労働省が主管する公衆浴場法は銭湯の個人経営者の経営継承に制限を設けており、それは相続人でなければいけないというもの。同省健康局生活衛生課廃業によると「廃業があらかじめ分かっていたとして、それを所有者の相続人以外の他人が継承したいと言っても相続人がダメと言えば難しいでしょうね」とのこと。たとえば、所有者である親が他人に経営をしてもらってでも銭湯を残したいと切望しても、息子、娘などの相続人に残すつもりがなければ、営業を引き受けてくれる人がいても継続はできないということなのである。

相続人が何人もいたらどうする?という問題もある。ある銭湯の経営者が亡くなったとして、経営に携わっている長男は残したいと考えても、残りの兄弟姉妹がそれよりも土地を売って遺産分割しようと言ったとしたら……。

幸いにしてというか、不幸にしてというか、銭湯の敷地はそれなりに大きい。前述の調査によれば一施設当たりの平均面積は1264.4m2。しかも、多くの場合、地域の中心とも言うべき、良い場所にある。さらに銭湯は休業日が少なく、働く側にすれば長時間労働を強いられる業種でもある。となれば、建替えてマンションにしましょうなどという誘惑が多いのは当然だろう。実際、菊水湯も、おとめ湯もマンションになる予定だ。銭湯は恰好の住宅用地なのである。

また、高齢の銭湯経営者には若い人たちが銭湯に未来を見ている姿が理解できていない節もある。浅草の銭湯に外国人客を含めた大勢の客が押し寄せていることを考えると、台東区に隣接、谷根千のある文京区の銭湯には大きなチャンスがあるはずだが、彼らにとっての銭湯は廃れゆくだけの、未来のない産業に思えているのだろう。

料金が規制されている代わりに、銭湯には多額の助成も

菊水湯向かいにはレトロな雰囲気の床屋さんがあった。だが、最初の取材から2~3週間後にはこの状態。変化は速い菊水湯向かいにはレトロな雰囲気の床屋さんがあった。だが、最初の取材から2~3週間後にはこの状態。変化は速い

ところで、法は相続人による継承を前提とするなど家族での経営を中心としながらも、銭湯自体は地域に欠かせない、「公衆浴場」の名の通り、公的な意味合いのある存在と位置づけている。厚生労働省の「浴場業の振興指針」によれば銭湯は「多くの人々に入浴の機会を提供し、地域の保健衛生水準の維持向上に大いに役立ってきたところであり、地域の触れ合いの場としても重要な役割を担うなど、我が国独特の生活文化を築いてきたものである」とまで書かれているのだ。

その役割の重要性に鑑み、また、未だに昭和21年の物価統制令によって入浴料金が都道府県知事によって決められていることもあり、実は銭湯は固定資産税軽減、事業所税非課税、水道料金にはほとんどゼロになるような優遇措置があるなど、様々な助成が行われている。悪化する経営環境を補い、支えるように公費が投入されているのである。廃業せざるを得ない銭湯がある一方で、きちんと経営が続けられている銭湯があるのはその結果だ。

そこで疑問が湧く。銭湯は経営する個人がすべての責任を持つものなのだろうか、それとも投入されている多額の公金、公衆浴場法の精神に則って公的な意味合いを持つものなのだろうか。もし、厚労省が地域に欠かせない場として銭湯を位置づけているのであれば、経営者だけに将来を考えさせ、悩ませるのはおかしな話だし、家族だけが決定権を持つものならそこに多額の公費をつぎ込むのはどうなのか。

現代の銭湯は公衆衛生よりも地域のコミュニケーションの場

いずれにせよ、銭湯はいまだに昭和21年の物価統制令、昭和23年の公衆浴場法で規制されている。法が制定された当時からすれば住宅も、社会も、人間関係も変わっているのに、銭湯は現状、そこから取り残された状態で生き残りを模索している。だが、銭湯が生き残っていくためには旧来の姿のままで多額の助成が投じられることよりも、これからの銭湯がどうあるべきかを再検討、業界を近代化するなど、生き残れる姿を模索する必要がある。どの家にも風呂がある状態では公衆衛生を武器にするわけにはいかないのだ。

だとしたら、地域のコミュニティを繋ぎとめる場としての銭湯というのが一番有望ではないかと思う。

「菊水湯には風呂と脱衣所の間にきっちり閉まらないガラス戸がありました。よく、そこをきちんと閉めるようにと、おじいちゃんに怒られたものです。それから、手桶と椅子。あれも放置していると怒られた。でも、一人で行くと何、勉強しているんだ?といろいろ聞かれた。同じ下宿に住んでいるおじさんとも、実は銭湯で仲良くなった。自分の部屋にいると生活時間が違うし、そもそも会わない。でも、銭湯ではどんな相手とでもちゃんと会話が生まれる。無くなったのは本当に残念です」(前出・三文字氏)。

菊水湯はあっという間に更地になり、すぐに新しい建物に生まれ変わる。銭湯が無くなったことで、今後、たぶん、周辺の風呂無し住宅は取り壊され、新しい住宅に変わるだろう。今は保存されている樋口一葉旧宅周辺の風情もどうなることか。周辺は小ざっぱりとどこにでもある街並みに生まれ変わるだろう。

銭湯にはそれほどに街を変える力がある。だが、その意義については国も含め、誰もちゃんと考えてきていなかった。次々に姿を消す今こそ、真面目に現状の問題、銭湯のこれからを考える必要があるのではなかろうか。

ちなみに銭湯があるのは高度経済成長期以前からある街である。それ以降に開発された街の住宅には当初から風呂があったため、街に銭湯は必要なかったからだ。その意味で銭湯は街の歴史そのものであり、今後は銭湯のある街が少数派になる可能性が高い。だとしたら、希少性の意味からも銭湯は大事にしたいところである。

さよなら菊水湯
http://kikusuiyu.tokyo/

菊水湯すぐ近くにある樋口一葉の井戸という史跡(写真右手奥に井戸がある)を中心に、古い町並みが残されている菊水湯すぐ近くにある樋口一葉の井戸という史跡(写真右手奥に井戸がある)を中心に、古い町並みが残されている

2016年 01月11日 11時00分