「老後資金の備えはいくら必要?」に明確な答えはない

「老後貧乏」「老後貧困」「老後破産」「下流老人」等々。老後生活の不安を煽るかのようにさまざまな情報がインターネットに溢れている。「老後に備えて○千万円は貯めておくべき」「豊かな老後生活には1億円が必要」など、書かれている内容もまちまちだ。毎日の生活や住宅ローンの返済に追われ、「そんなのとても無理」と感じている人も多いだろう。

それでは実際にどれくらいの老後資金が必要なのか、その平均的な数字を確認しておこう。まず、老後生活が何年あるのかだが、定年退職して年金受給が始まる65歳の時点では平均余命が男性は19.29年、女性は24.18年(厚生労働省:2014年簡易生命表)となっている。

その一方で、総務省の家計調査(2015年)によれば、世帯主が65歳以上の「無職世帯」(世帯人員平均2.41人)では、1世帯あたり1ケ月の実収入は214,700円(そのうち年金など社会保障給付が183,749円)なのに対して、実支出は275,906円にのぼる。毎月6万円を超えるマイナスであり、貯蓄の取崩し額も平均して毎月約5万円である。また、65歳以上の「単身無職世帯」では、毎月の実収入が117,885円、実支出が156,165円となっている。男女別の金額は明らかになっていないが、やはり毎月4万円近いマイナスだ。

同じ年齢の夫婦が65歳で定年退職して年金生活になり、その後に夫が20年、妻が25年生きると仮定すれば、不足額は約1,700万円となる。だが、これはあまりにも大雑把な試算だろう。そもそも「平均」がそのまま当てはまる世帯はそれほど多くないのであり、個別の事情を反映して考えることが欠かせない。

厚生労働書「平成26年国民生活基礎調査の概況」をもとに作成。子夫婦と同居する世帯が大きく減っている厚生労働書「平成26年国民生活基礎調査の概況」をもとに作成。子夫婦と同居する世帯が大きく減っている

世帯ごとに大きく異なる不確定要因

総務省の家計調査では、世帯主が65歳以上の「無職世帯」における持ち家率は92.7%にのぼり、家賃・地代を支払っている世帯は7.5%にすぎない。そのため「家賃地代」の平均額は毎月わずか3,741円だ。賃貸暮らしをしている世帯なら毎月の賃料を加えて考えなければならず、たとえ賃料5万円のつましいアパート暮らしでも、毎月の不足額が10万円を超えることになるだろう。もちろん、持ち家であっても建物のメンテナンス費用などを考えなければならない。

それ以前に「暮らし方」も人によって大きく違う。うまくやり繰りしながら毎月10万円以内で生活することができる人もいれば、30万円、40万円あっても足りない人だっている。老後にどのような生活をしたいのかによって、老後資金の考え方も変わるはずだ。子が生活費の一部を負担してくれるのか、逆に老後になってからも子の面倒をみなければならないのかも世帯によって事情が異なる。

受け取ることのできる年金の額もさまざまだ。ずっと自営業で国民年金だけであれば、月額平均は5万円に満たない。年金がゼロの人も少なからずいるだろう。将来は年金受給開始年齢がさらに遅くなったり、受給金額が減ったりすることもあるだろう。70歳代あるいは80歳代になっても働き続ける意思があるのか、あるいは何らかの収入を得る見込みがあるのかどうかによっても変わってくる。年金収入がなく、かつ65歳以降は働かないままで、夫婦がともに平均寿命まで人並みに生活しようとすれば、8,000万円近い蓄えがなければならない。賃貸暮らしであれば1億円を超えることもありそうだ。

そもそも何歳まで生きるのかは事前に分からない。仮に100歳まで生きるとすれば、必要な老後資金はぐっと増えるだろう。ある程度の年齢になってから高齢者施設へ入居するのか、介護が必要になったときに家族が面倒をみてくれるのか、あるいは第三者に頼まなければならないのか、認知症になったときはどうするのか、長期入院のときはどうするのかなど、不確定要因も多い。

有料老人ホームへの入居はかなり高額な負担が必要となるケースも多いほか、介護施設への入居にも初めにある程度まとまった一時金を求められる。

単身者の場合にはいざというときに家族に頼れず、あらゆる面でお金が必要なケースが多いぶん、老後資金が割高となりがちな点も考えておかなければならないだろう。さらに女性の場合は平均余命が長いうえに、年金の受取額は低くなりがちだ。女性の単身者は、男性よりも多くの老後資金を見込んでおくことも必要となる。

厚生労働省「平成26年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」をもとに作成。老後生活が長くなることの多い女性は年金額が少なめ厚生労働省「平成26年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」をもとに作成。老後生活が長くなることの多い女性は年金額が少なめ

個人型DC(確定拠出年金)が注目を集めている

老後資金を貯めるだけでなく、それを運用していくことも大切になるが、リスクの高い投資をしてすべてを失うことは避けなければならない。比較的有利な投資対象とされてきた不動産も、これからの人口減少社会においては地域性が成否を大きく左右する。老後を重視する場合には、堅実でローリスクな運用を考えることも大切であり、家族構成の変化などに応じて生命保険などを見直し、毎月の負担が減ったぶんを貯蓄や運用に回すことも必要だ。

そのようななかで、改めて注目されているのが「個人型DC(確定拠出年金)」だ。従来は自営業者や、企業年金を受けることのできない会社員が対象だったものの、2016年5月24日に改正法が成立し、2017年1月からは公務員や専業主婦、企業年金がある会社員なども加入することができるようになったためである。

個人型DCでは、掛け金の全額が所得税や住民税の対象から控除されるほか、その運用益は非課税となるなど、メリットの大きな仕組みが整えられている。だが、厚生労働省のまとめによれば2016年3月末時点の加入者数は約26万人で、加入資格者数の1%にも満たない水準だ。制度が分かりづらかったり、存在そのものが十分に認知されていなかったりする側面もあっただろう。

2017年からの対象者拡大に先立って、2016年中にプランの充実が図られたり、新規に参入する金融機関などが大幅に増えたりすることもありそうだ。投資信託の内容や信託報酬、管理手数料の算出方法などが金融機関によってまちまちなため、比較や選択のしやすさをどう高めていくのかも課題になるだろうが、老後資金を増やすための選択肢としてこれから普及していくことになりそうだ。

リバースモーゲージはいまより使いやすくなる!?

老後資金のことを考えれば、住宅ローンの返済はできるかぎり、定年退職までに終わらせておきたい老後資金のことを考えれば、住宅ローンの返済はできるかぎり、定年退職までに終わらせておきたい

老後資金を考えるうえで切り離すことのできないのが住宅ローンだ。老後の生活を圧迫しないためにも、できるかぎり定年退職までに住宅ローンの返済を終わらせておくようにしたい。また、退職金を住宅ローンの一括返済に充てるような計画でマイホームを購入することも、なるべくなら避けたいものだ。可能なかぎり退職金は老後資金として手元に残すか、堅実な方法で運用していくことを考えたい。

そして、住宅ローンの返済が終わるか、もしくは借入額が残り少なくなった持家世帯の選択肢となるのがリバースモーゲージだ。これにはさまざまな形態があるものの、高齢者などが持家を担保にして生活資金を借り、本人が死亡したときに遺族が持家の売却代金で一括返済する方式のことが多い。リバースモーゲージが活用できれば、老後資金の蓄えが少なくても余裕のある生活を送ることができるケースは多いだろう。

ただし、現状ではリバースモーゲージの制度設計が十分だとはいえず、これを取扱う民間金融機関もまだ少ない。地価が比較的高い大都市圏の一戸建て住宅を所有している世帯(その敷地が所有権である場合)のみを対象とする場合も多いほか、想定以上に長生きした場合に資金を得られなくなる「長生きリスク」も存在する。

国土交通省が2016年3月に公表した「平成27年度 民間の住宅ローンの実態に関する調査結果報告書」によれば、リバースモーゲージを「現在、商品として取り扱っている」と「商品化を検討中」を合わせても、すべての金融機関のなかで8.1%にすぎない。その一方で、国土交通省が設置した「安心居住政策研究会」による「とりまとめ」(2016年4月公表)では、「生活資金の確保、住み替え支援のためのリバースモーゲージの拡充」が盛り込まれたほか、2016年3月に閣議決定された「住生活基本計画」では、基本的な施策のなかの一つとして「公的保証による民間金融機関のバックアップなどによりリバースモーゲージの普及を図ること」も掲げられている。

リバースモーゲージは、まだ「これからの制度」ともいえる状況だろうが、将来的には活用しやすくなると考えられる。「子どもには家を残さない」ことが前提になるものの、老後資金調達の選択肢として今後の動向をチェックしておきたいものだ。

マイホームを売却することや、相続した空家の活用も考えたい

かつてはマイホームを所有することのメリットとして「子どもに資産を残すことができる」という点を挙げることも多かったが、核家族化の進行によってその状況も変わりつつある。国土交通省がまとめた「平成26年空家実態調査」(2015年11月公表)によれば、賃貸用や売却用、二次的住宅などを除いた「その他の住宅」のうち56.4%が相続により取得されたものだった。そのうちの多くが放置された状態とみられ、親が残した家の処分に困っているケースも少なくない。

マイホームを子どもに残さないことを前提に考えれば、上記のリバースモーゲージのほかに、自ら生前に売却することも有力な選択肢となるだろう。もちろん地域によって状況は大きく異なるが、たとえば住宅ローンが残っていないマイホームを5,000万円で売却して、地方都市の中古住宅を2,000万円で購入すれば、3,000万円を老後資金として手元に残すことができる。もちろん、税金のことや売却、購入に伴う諸費用なども考えなければならないが……。

マイホームの売却代金をそのまま残して賃貸住宅へ住み替えれば、ゆとりのある老後生活を送ることのできるケースもあるだろう。売却代金を有料老人ホームの入居費用などに充てることもできる。相続税対策のことを考えると「不動産のまま持っていたほうが有利」といった意識も強くなりがちだが、「家を子に残す」という考えにとらわれなければ、老後の選択肢は大きく増えるのだ。相続税がかかる資産規模なのかどうかも含めて、しっかりと検討しておきたいものだ。

その一方で、子の立場からすれば「親が残した家に移り住む」という選択肢も考えておきたい。自らが高齢になってから親の家を相続するケースも少なくないが、自分のマイホームを売却したうえで親が残した家に移り住めば、まとまった老後資金を確保できるケースもある。自分の家族の状況、兄弟姉妹など相続人の関係、親が残した家の立地など、さまざまな要因も絡み合って難しい場合もあるが、条件が合えば老後資金対策の一助にすることもできるだろう。

相続税がかかる資産規模なのかどうかも含めて、家を残すことのメリットやデメリットをしっかりと検討しておきたい相続税がかかる資産規模なのかどうかも含めて、家を残すことのメリットやデメリットをしっかりと検討しておきたい

2016年 07月19日 11時06分