そもそも「ニュータウン」とは
日本の3大ニュータウンといえば、東京の多摩ニュータウン・大阪の千里ニュータウン・愛知の高蔵寺ニュータウンが挙げられる。いずれも戦後の高度経済成長期に開発が計画され、1960年代に建設が進められた人工のまちである。
ほぼ同時期にまちびらきがスタートした3大ニュータウンは、40年以上が経った現在、少子高齢化や人口減少、建物の老朽化、空き室・空き家問題といった同様の課題を抱えており、各地域でニュータウン再生に向けてさまざまな取り組みを行っている。
そのうち愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンでは、春日井市、そして住民が発足したNPO団体が、それぞれの機能や強みを生かした再生活動を行っている。今回、NPO法人高蔵寺ニュータウン再生市民会議、通称「どんぐりs」の活動について紹介する。
どんぐりsの活動を紹介する前に、まずはニュータウンとはどういうものなのかを調べてみた。そもそもニュータウンとはイギリスのロンドン発祥の都市開発で、首都の膨張を回避するために近隣に築かれた、首都機能の一部を持つ衛星都市をいうそうだ。
一方、日本のニュータウンは若干それとは意味合いが違い、大都市の近郊に計画的に建設された住宅地を指していうことが多い。現在、日本のニュータウンが課題を抱えているのは、そうした機能にも要因があるといえるかもしれない。
ダイニングキッチンが最先端だった時代
高蔵寺ニュータウンは愛知県春日井市東部に位置している。約400haの丘陵地帯を切り拓いて築かれたまちで、団地と戸建て住宅が半々ぐらいの割合で立ち並び、道路が整備され、JR中央線高蔵寺駅から名鉄バスが出ていて交通アクセスもなかなかいい。
とても住みやすそうな環境だが、人口は1995年の52,215人をピークに2016年4月1日現在46,698人と減少しており、65歳以上の高齢化率は30~36%で3人に1人が高齢者、賃貸住宅の空き室率は約13%という状況だという。
まちびらき当初「憧れの高蔵寺ニュータウン」といわれた頃の様子を、どんぐりs理事長の藤城さんはこう話す。
「ニュータウンが建設された当時は集合住宅というと下宿やアパートがほとんどで、今のようなモダンなマンションはもちろんなく、生活様式の先端といえば公団住宅というイメージでした。公団住宅の大きな特徴はダイニングキッチンが設けられていたこと。それまでは寝る場所で食事をするという生活が一般的でしたが、公団住宅は“食寝分離”といって、それを切り離す新しい生活様式を提唱したんです」
さらに、ニュータウンの公団住宅に住む人々にも特徴があったという。
「公団は賃貸と分譲がありますが、ほとんどが賃貸で家賃も高いほうでした。ですから、入居者は名古屋の大手企業などに勤める比較的裕福な層の方が多い傾向にありましたね」
住民同士の協働で環境を整備
いまでこそ高蔵寺ニュータウン周辺は環境がよく、道路が整備されてバスも定期運行されているが、まちびらき当初は住民の方々の苦労があったと、副理事長の寺島さんは振り返る。
「当時はまだ道路も舗装されておらず泥んこ道ばかりで、通勤に利用するバスも本数が少なくて、帰りはタクシーを利用するしかないという状況でした。ほかにも、子どもたちが通う学校も少ないなど環境が十分整っていなかったため、それを改善しようとみんなで春日井市やUR都市機構などに陳情するなどして自分たちの問題を解決していきました。そういう活動を通して住民同士のつながりができていったんです」
環境が整備されるにつれて住む人が増え、人口はピークを迎えるわけだが、その勢いに陰りが見え始めたのはいつ頃だったのか。また、陰っていくきっかけは何だったのか。理事の浪川さんに記憶をたどっていただいた。
「一因には団塊の世代の子どもたち、団塊ジュニアが独立して地元を離れていったことがあると思います。そして、その背景にはここに住む人たちの特徴が関係しているとも考えられます。つまり、ニュータウンに住む人たちは、時代の先端を行く住宅に住もうというリベラルな考えを持つ人たちですから、子育てに関しても柔軟で自由な発想を持っているんです。能力があるのなら地域に留まらず世界にでも羽ばたいていけ! ぐらいの考えがありますから、お子さんたちも活躍の場を求めて自由に羽ばたいていけたのではないでしょうか」
住民による住民のための活動団体「どんぐりs」発足
「そしてもう一つ、区割りの制限の問題もあると思います。戸建て住宅エリアに関してですが、一区画がわりと広いんですが区割りができないんです。売ろうにも価格面で負担になり、次のステップアップが難しい。ちょうど今は世代交代の過渡期ですから、人口が減るべくして減っているという感じですね」
と寺島さんは分析する。
社会全体で少子高齢化が進んでいるという時代背景も相まって、冒頭に述べたような課題が高蔵寺ニュータウンにも出現し、その解決に向けて2008年からどんぐりsの活動がスタートした。といっても、最初からニュータウン再生のために組織を結成したわけではなく、地域課題を解決しようと活動していた個々の団体が、最終的に一つにまとまったという形である。
たとえば、高蔵寺ニュータウンに高森台というエリアがあるのだが、そこの開発計画が持ち上がったときに住民の意見を行政に届ける活動をする団体が生まれ、また、春日井市東部市民センター大ホールの活用活性化を図る「500の会」という団体の活動なども生まれた。
各団体の活動を通して他団体との交流が生まれ、組織の機能や活動目的などが整理され、2008年9月に高蔵寺ニュータウンの住民数十名による高蔵寺ニュータウン再生市民会議が発足。そして2009年4月にはNPO法人として認可を受けた、という経緯である。
再生に向けて地域に根差した活動に大転換!
どんぐりsを立ち上げて活動を開始したものの、誰もまちおこし活動の経験がないため、何をするかは独学で手探り。発足当初は、月に1回「どんぐりsカフェ」という暮らしの問題を考える勉強会の開催や、ニュータウン周辺の農地を借りて有機野菜づくりをしながら環境問題を考える「活き活き楽農会」の立ち上げなどを行った。また、未来の高蔵寺ニュータウンのあり方を見える化したマスタープラン「NECOガーデンシティ構想(骨子案)」をもとに、行政に対して批判、提案を行ってきたという。
それが大きく変化し始めたのが2014年のこと。藤城さんが理事長になったのを機に活動内容を見直し、今までとは違う、草の根的な活動に取り組み始めた。
「行政に対してこうしてほしい、こうあるべきだと主張するだけでは課題を解決することはできません。春日井市ではリ・ニュータウン計画という高蔵寺ニュータウン再生の取り組みを始めていますし、私たちもそういう計画に参加するなどして、行政や近隣の大学などさまざまな機関と連携して活動を行っていくべきだと思ったんです。私たち自身が地域に根差した地道な活動をしていかなければ、現実的な高蔵寺ニュータウン再生という成果につながっていきませんから」
2016年度5月現在、どんぐりsは役員会14名、正会員56名、サポート会員10名、賛助会員2団体という構成で取り組みを行っている。そして2016年度は、生活支援事業「すまいくらし相談室」という活動に特に力を入れている。次回は、その内容について詳しく紹介する。
【取材協力】
高蔵寺どんぐりs(NPO法人 高蔵寺ニュータウン再生市民会議)
【関連リンク】
春日井市
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