遺言で指定できる内容は限定的

認知症が疑われるようになってからでは、あまり複雑な内容を遺言に書き残すこともできなくなる認知症が疑われるようになってからでは、あまり複雑な内容を遺言に書き残すこともできなくなる

前回の「不動産の相続対策における成年後見制度と家族信託の活用〜予備知識編」では、成年後見制度と家族信託が注目されつつある現状について、その背景と基本的な予備知識について説明した。引き続き今回は、それぞれの制度を活用する際のポイントなどを主に不動産の観点からまとめておくことにしよう。

相続が発生することでさまざまな手続きが必要となり、慌ただしい日々の中であっという間に申告・納税期限を迎えることも少なくない。遺産をどのように分けるのかをめぐって相続人間で意見の相違が生じることも多いだろう。遺産分割協議がなかなかまとまらず、相続税支払いのために不動産の売却が必要となったとき、時間が足りないために安価で手放さざるを得なくなるケースもある。最近ではそのような事態に備えて、相続税の立替えサービスを行う大手不動産会社も出てきている。

相続に向けた事前対策も年々その重要性を増しているわけだが、相続税を減らすこと、納税資金を確保しておくこと、分けやすい財産にしておくことが主眼となる。相続税を減らすために生前贈与が活用されることも多いが、贈与税との兼ね合いをしっかりと検討することが欠かせない。それと同時に大切なのは、財産をどのように引き継いでいくのかという問題だ。

「財産を誰に引き継ぐか」を指定するために活用されるのは「遺言(いごん)」だ。しかし、遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言などがあるものの、いずれの場合でも自分が亡くなったときの相続方法しか指示することができない。たとえば、何らかの商売をしている人が「自分が死んだら長男に引き継がせ、長男が死んだら長女の子に引き継がせたい」と考えても、遺言で意思表示できるのは自分が死んだときのことだけであり、それ以降の二次相続、三次相続については関与できないのである。

また、本人が認知症などになって意思能力を失ってからでは遺言を書くことができない。軽度の認知症であれば遺言の作成が認められる場合もあるが、公正証書遺言にしておくことや、作成時に意思能力があったことの証拠を残す必要もある。そうしなければ、遺言の存在がかえって相続人間の争いを招くことになるだろう。認知症が疑われるようになってからでは、あまり複雑な内容を遺言に書き残すこともできない。

成年後見制度には限界がある

本人が認知症などになってから重要な役割を担う後見人だが、その目的は被後見人の財産を管理するとともに、生活や医療、介護などに関するさまざまな手続きや契約を本人に代わって行う「身上監護」に重きが置かれる。日常生活の中で発生する費用の支払い、所有不動産の維持管理など「被後見人の財産・権利を守ること」が目的となるため、現状を維持することはできてもその財産を積極的に運用することはできないのだ。

高齢者施設への入居費用を支払うためなど、一定の事由があれば家庭裁判所の許可を受けたうえで自宅を売却することはできるが、被後見人が所有する資産を組み替えたり、相続対策のために融資を受けてアパートを建設したりすることなどは認められない。後見が始まってからでは、生前贈与をすることもできないのである。また、被後見人の住まいについて、不具合や故障など必要に迫られての修繕はできるものの、その価値を高めるようなリフォームは難しい。

ただし、後見人は本人が生きているうちに財産の内容を確認しておくことができるため、相続発生後に不動産を売却しなければならないときなど、手続きがスムーズになりやすいメリットは考えられるだろう。

最高裁判所がまとめた「成年後見関係事件の概況」によれば、2014年12月末日時点における成年後見制度(成年後見・保佐・補助・任意後見)の利用者数は合計184,670人で、成年後見は149,021人にのぼる。2014年の集計では、このうち約半数が弁護士、司法書士の専門職だ。その一方で後見人による不正も相次いでおり、親族だけでなく専門職後見人による不正も多い。

法定後見制度でも家庭裁判所によるチェックは甘く、任意後見制度では監督人選任の申立てをしないかぎり第三者のチェック機能そのものがないのに等しいため、信頼性の向上が後見制度の大きな課題となっている。

家族信託でどのような不動産相続対策ができるのか

前提として信託契約の中で受託者に認める行為の範囲を定めておくことが重要となる前提として信託契約の中で受託者に認める行為の範囲を定めておくことが重要となる

家族信託の大きな特長は、委託者が認知症で判断能力を失った後でも、受託者の判断で不動産の購入や売却など資産の組み替えや、融資を受けての建築、貸家の修繕など、積極的な資産運用ができることだ。認知症などになった本人の資産を維持するだけの成年後見制度とは大きく異なる。受託者が売買契約の当事者となるため、その都度、委託者の承認を受ける必要もない。ただし、その前提として信託契約の中で受託者に認める行為の範囲を定めておくことが重要だ。

家族信託では、第一受益者の死亡後は第二受益者へ、第二受益者の死亡後は第三受益者へと、「受益権」の承継先を設定しておくことも可能だ。遺言では次代までに限られる相続財産の引継ぎ指示だが、家族信託を利用することでその次の代、さらにその次の代へと希望を実現できるのである。ただし、信託を開始してから30年を経過した後に受益権の承継が認められるのは1回のみであり、30年経過後に新たに権利を得た受益者が亡くなったときに、当初の委託者が指定した内容は効力を失う。

もちろん、信託契約の終了に伴い最終的に残った財産の帰属先を決めておくことができ、遺言よりも確実に財産を引継いでいくことが可能となる。

相続した不動産の共有化を避けることや、信託財産は受託者が管理するため、委託者が高齢や認知症になっても詐欺に遭うことを防ぐ効果がある点もメリットだ。また、一般的に被相続人の銀行口座などは相続の開始時から遺産分割協議の終了時まで凍結される。だが、信託財産の管理・運用のために開設された銀行口座は信託の目的に従って受託者が管理すればよいため、凍結されることがない。相続開始後すぐに必要な資金を使うことができる点も家族信託の大きなメリットだろう。

家族信託のメリットは相続対策の側面だけではない。親が認知症になって高齢者施設などへ入居した後、住まなくなった家を売却することも積極的にリフォームすることもできずに「放置空き家」となるケースも多いが、あらかじめ信託財産に組み込んでおけば、親が亡くなる前に売却することが可能だ。つまり、空き家対策のメリットも考えられるのである。

なお、信託目的とは関係のない契約や手続きなど一定の法律行為を受託者が本人に代わってすることはできないため、認知症などになった場合は後見制度の併用も考えることが必要だ。家族信託が万能というわけではない。

家族信託における税務の考え方

家族信託における税務は少し複雑になるので事前によく確認することが必要だ。まず、信託の開始に伴い不動産登記上の所有者名義は委託者から受託者へ形式的に移転するが、信託登記にかかる登録免許税は軽減され、受託者に対して不動産取得税は課税されない。また、それによって特段の利益が生じるわけではないため、委託者に譲渡所得税が課税されたり受託者に贈与税が課税されたりすることもない。

信託をした翌年からは登記名義人である受託者へ固定資産税や都市計画税の納税通知書が送られ、信託財産の中からそれを支払うことになる。また、信託財産を使って新たに不動産を購入した場合は、受託者の名義で登記をする(信託財産であることが明記される)が、その際は登録免許税や不動産取得税が通常どおり課税される。これも信託財産の中でやり繰りすることになるため、現金・預金を信託財産に組み込んでおくことも必要だろう。

その一方で、信託をした不動産などは独立した「信託財産」として扱われるため、相続の対象にはならない。その代わりに信託財産から生じる「受益権」が相続税や贈与税の対象となるのだ。
委託者と受益者が同じ「自益信託」の場合は、もともとの財産所有者が利益を受けるだけなので贈与税は課税されないものの、委託者と受益者が異なる「他益信託」の場合は、受益者の得る利益分が贈与税の課税対象(みなし贈与)となる。また、本人が亡くなったことで開始する「遺言信託」の場合は相続税の対象となる。

そして、受益権が相続されれば相続税、相続以外の事由で受益権が引き継がれれば贈与税の対象となるが、その際の財産評価は通常の相続税や贈与税と同様に行われる。信託財産に含まれる不動産について一定の要件に該当すれば「小規模宅地の減額特例」なども適用される。ちなみに、信託終了時の残余財産の帰属先が委託者以外の場合は不動産取得税が課税される。

したがって、どこかの段階で一般の財産と同じ課税がされることになり、家族信託をすることだけでは相続税を軽減する効果がない。家族信託は、本人に代わって相続対策、争族対策を進められることに意義があると考えるべきだろう。本人が認知症になった後でも対策を講じることのできるメリットは大きい。

信託契約は専門家に任せるべき!?

家族信託を始めるときには契約信託、遺言信託、自己信託の3つのパターンがある。相続対策として家族信託を活用するのであれば契約信託が一般的だろう。このとき委託者と受託者の間で「信託契約」を結ぶことになるが、その内容には十分な注意が必要だ。家族信託のスキームをどのように組み立てるのかなど、信託内容の自由度は比較的高く、家族の状況に合わせて柔軟な対応ができるぶん、想定外の事態が起きたときの対応を含めて慎重に検討しなければならない。

信託の目的、信託する財産の内容、受託者に与える権限の範囲のほか、委託者や受託者が亡くなったとき、あるいは受託者が被後見人になったり破産手続開始の決定を受けたりしたとき、受託者の辞任、さらに受益者が亡くなったときの対応なども決めておかなければならない。信託の終了に伴う清算や残余財産の帰属先についても明確にしておくことが必要だ。

また、相続における遺留分と信託財産の関係について法律の整備が進んでいないため、その対処方法を考慮しておくことも大切である。さらに、信託財産に対する融資の仕組みが十分にできているわけではないため、これに対応しない金融機関も多いようだ。融資を受けて不動産を購入したり建築したりすれば、その返済が滞ったときに受託者個人の財産も差押えられることが一般的であり、慎重な対応も欠かせない。

いずれにしても家族信託を始める際には、その法律関係や税務、実務および金融機関の対応などの実情に精通した弁護士、司法書士、税理士などのアドバイスやコンサルティングを受けることが重要だろう。

家族信託を始める際には、実務などに精通した専門家のアドバイスやコンサルティングを受けることが望ましい家族信託を始める際には、実務などに精通した専門家のアドバイスやコンサルティングを受けることが望ましい

2016年 07月08日 11時06分