縮小せざるを得なかった林業、しかし「名人」は前向きに生きている

全国から毎年100人の高校生が参加する「聞き書き甲子園」。今年で14回目を迎える。高校生を迎える「名人」の職種は、造林手、山菜採り、木地師、カヤ葺き職人、竹籠づくり、漁師や海女、船大工、釣竿づくりの職人などさまざま。名人の大半は60代から80代で、高校生にとっては、祖父母ほどの年の差がある。名人への聞き書き取材は、人生の大先輩である人の生き方にも触れる作業である(撮影:奥田高文)全国から毎年100人の高校生が参加する「聞き書き甲子園」。今年で14回目を迎える。高校生を迎える「名人」の職種は、造林手、山菜採り、木地師、カヤ葺き職人、竹籠づくり、漁師や海女、船大工、釣竿づくりの職人などさまざま。名人の大半は60代から80代で、高校生にとっては、祖父母ほどの年の差がある。名人への聞き書き取材は、人生の大先輩である人の生き方にも触れる作業である(撮影:奥田高文)

「聞き書き甲子園」とは、農山漁村で自然に関わる仕事に従事する人たちを高校生が訪ね、1対1で聞き書きをする活動である。高校生が聞き書きをする相手は、森、海、川の自然とともに生き、自然を守り、自然の恵みを生かしてきた先人たちで、この「聞き書き甲子園」では敬意を込めて「名人」と呼んでいる。

前回レポート記事に引き続き、参加経験者である峯川大さん(2010年に参加、現在は東京都内の大学の経営学部4年生)の貴重な体験談をお伝えしたい。

峯川さんが聞き書きを行なったのは、群馬県甘楽郡甘楽町で林業のかたわら、山ワサビ栽培に従事する浅香征夫さん(当時66歳)。祖父の代からの家業は林業なのだが、貿易自由化で値段の安い外国産木材が入ってきた影響で国産木材の価格が下落。林業だけでは立ちいかなくなり、こんにゃく栽培や山ワサビ栽培などを手がけるようになったという。

そんな経歴を持つ浅香さんへの聞き書き取材では、畑から収穫したこんにゃく芋を出荷するまでの様子や、スギの木々が広がる山に作られたワサビ畑を見ることができた。浅香さんに連れられて、森の中へも入った。
「すごく感動しました。浅香さんの森は静かで空気がひんやりとして清冽で……。造林コンクールで林野庁長官賞を受賞したこともあるそうです。その森で浅香さんが林業に携わるのは1月、2月、9月の年間3ヵ月で、”百日林業“とおっしゃっていました。でも、それ以外の時期でも、下草刈りや枝下ろしといった手入れは欠かさずやっていらっしゃるんです。浅香さんが間伐をしている様子を見ることもできました。こうした手入れは、山ワサビがよく育つようにと、日当たりの管理をするために行なってきたことなのですが、山ワサビ栽培に適した環境を作ることで、森がきれいになったと浅香さんは語っていました」と、峯川さん。

間伐とは、森の中を明るく保ち、スギやヒノキなどをまっすぐに育てるために必要な作業。
混みあった森から、曲がったり弱ってしまっている木を取り除く。こういった森の手入れを続けているのは、浅香さんの「木や森が好きだから」という強い思いがあってのことだと、峯川さんは知った。
「林業はふるわなくなったのかもしれませんが、それを嘆いて落ち込んでいるのではなく、浅香さんはアグレッシブでした。山ワサビなどの栽培に活路を見い出して集落の人に広める努力をしたり、森の整備も続けていました。ご自身で油圧ショベルを操縦して山を切り拓いて林道を造る、なんてこともやっていたんですよ。“いつかまた林業で食べられる日がきたら、この道を使ってたくさんの木を市場に運び出したい”と語ってくださった。そんな浅香さんの姿を見て、感銘を受けました」

「林業しても報われない時代」に生きるということ

峯川大さん。現在、認定NPO法人共存の森ネットワークの副理事長でもある峯川大さん。現在、認定NPO法人共存の森ネットワークの副理事長でもある

そうしてインタビューが終了し、レポート作成に着手した峯川さん。録音したヴォイスレコーダーを聞き、一字一句もらさずに書き起こす作業である。ちなみに「聞き書き」とは、取材する相手の「話し言葉」だけで文章をまとめる手法。一般のルポルタージュとは違い、聞き手の考えやコメントは文章に加えることはできない。録音した音源から浅香さんの言葉を幾度も聞き返し、その言葉の意味を考え、約1ヵ月を費やしてレポート書きに集中した。

書き終えたレポートに、峯川さんはこんなタイトルを付けた。
<<山の仕事人、浅香征夫~「林業しても報われない時代」を生きる名人~>>

「報われない」。それは浅香さん自身が語っていた言葉なのだという。「浅香さんがこんな話をしてくださったんです。“山の木を一生懸命育てて大きくして、その大きくなった木を子どもや孫が伐ったらお金になる。植えた自分自身ではなく、いつかきっと子どもや孫のためになると思って、昔の人たちは林業をやってきた。それが今の時代は、そんな気持ちが無視されてしまって、林業しても報われない時代になってしまった“と。いつも笑顔で話してくださった浅香さんが、この話をしたときだけは悲しそうでした。それがとても印象的だったんです。林業を真面目にやっても報われない時代になっているという現実。それでも、浅香さんは諦めずに前を向いて生きているんです。その姿を見て、僕も頑張ろうと思いました」

レポートは書き終えた後、聞き書き取材をした名人に内容を確認してもらい、承諾を得て、初めて完成となる。峯川さんも事前確認のために浅香さんにレポートを送り、その後に電話で連絡を取ったところ、「本当にうれしい」と、涙で声をつまらせながら喜んでくれたという。「僕としては、レポート書きは“聞き書き甲子園”参加者に課せられていた宿題のような感覚でしたが、名人にとっては自分史のような大切なものなのです。僕はすごいことを経験させてもらったんだと、レポートを完成させて初めて気づきました」

「人と人とがつながること」は楽しいことだと思った

峯川さんは、「共存の森ネットワーク」の活動の一環で、千葉県市原市山小川地区の集落にも定期的に足を運んでいる。写真は森の整備作業の様子峯川さんは、「共存の森ネットワーク」の活動の一環で、千葉県市原市山小川地区の集落にも定期的に足を運んでいる。写真は森の整備作業の様子

浅香さんへの聞き書きを通し、言葉で言い尽くせないほど多くのことを学んだ峯川さん。価値観も変わったというが、どう変わったのだろう?

「実は“聞き書き甲子園”に参加してみようと思っていたころ、僕は他校から転校してきたばかりの時期で、友だちを作るのに苦労していたんです。そのこともあり、僕の思考が内向きになっていたのかもしれません。僕の実家は埼玉県の郊外で、満員電車と駅の人ごみにもまれながら都心の学校へ通学していたのですが、人とすれ違うたびに息苦しさを感じていたんです。みんな下を向いて忙しなく動いていて……。そんななかで人と人とがつながることは大変なのかなとか、友だちなんていなくてもいいかなとか、考えるようになっていたんです。でも、聞き書きで浅香さんを訪ねていったら、その集落の人たちはみんな笑顔で、住民同士、仲がよくて、すごく楽しそうだったんです。畑で僕が浅香さんに話を聞いているときも、通りかかった人が気さくに声をかけてくれて、ごく自然に僕たちの会話に入ってきたり。こんなふうに人と人とがつながれるのはいいなと素直に思いました。人とのつながりを作ることは、大変なことでもなんでもないんだと」

そうした経験から、峯川さんに芽生えたのは、コミュニティデザインや地域づくりの分野への興味だった。高校卒業後、大学進学と同時に認定NPO法人共存の森ネットワーク(以下、「共存の森」)のメンバーになった。前回記事でもお伝えしたように、「共存の森」は「聞き書き甲子園」卒業生が立ち上げた団体で、現在、「聞き書き甲子園」の主催と運営全般に携わるとともに、全国6地区の農山漁村を拠点にした森・海の保全や地域コミュニティづくりなどの活動を行なっている。その「共存の森」で峯川さんは中心メンバーとして活動し、この「聞き書き甲子園」でも昨年、一昨年と学生ボランティアを統率する学生スタッフリーダーの大役を果たした。

「僕は”聞き書き甲子園“でいい経験ができて、これだけ成長することができました。これから参加する高校生のみなさんにも、いい経験をさせてあげたいと思います」と、峯川さん。現在、就職活動中なのだが、今回の「聞き書き甲子園」でも裏方として手伝いをしたいと話す。

後継者不足に悩む地域のために、行動をおこせる人になりたい

大学卒業後はどんな道に進みたいのだろう? 目指したい進路について聞いてみた。

「“聞き書き甲子園”の卒業生の進路はさまざまです。森林組合に就職して林業に就いた人や、地域おこし協力隊で地域再生活動をしている人もいれば、住宅メーカーや出版社で働いている人もいます。僕の場合、大学卒業後はまず、一般企業に就職したいと考えています。”聞き書き甲子園”もそうですが、いい取り組みやいいモノがあっても、それを世の中にどう伝えていくのかが難しい点だと感じているのです。ですから、そういうことを学べる職場で働きたいと思っています。将来の夢は、第六次産業(※)のような事業を起業すること。農作物を生産して、加工や販売まで手がけてみたいのです。“聞き書き甲子園”と“共存の森”の経験から痛感しているのは、日本の農山漁村では後継者不足に悩んでいるということ。そういう地域の力に自分がなれるよう、後継者として現場で行動をおこせる人になりたいです」

こう真摯に語る峯川さんを見ていて、頼もしいと思った。
今年の「聞き書き甲子園」は、8月11日~14日に東京で実施される聞き書き事前研修からスタートする。その後、参加高校生は全国各地の「名人」のもとへ聞き書き取材に訪れる。成果の発表の場である公開フォーラム(2016年3月27日~28日)を楽しみに待ちたい。

(※)第六次産業
第一次産業である農林水産業が食品加工や販売業なども展開している事業形態のこと。

【取材協力】
聞き書き甲子園実行委員会
http://www.foxfire-japan.com/

認定NPO法人共存の森ネットワーク
http://www.kyouzon.org/

☆これまでの「聞き書き甲子園」の作品は、下記の「聞き書き電子図書館」ホームページから見ることができる。
http://lib.ruralnet.or.jp/mori/

上の写真は前回の公開フォーラムでの一コマ。紙漉きの名人と、名人を取材した高校生が登壇し、それぞれの体験談や印象的なエピソードを披露した。下の写真は公開フォーラムが行なわれた夜、宿泊施設で行なわれたワークショップの様子。「聞き書き甲子園」で学んだことをふり返り、次にどう活かすかについて高校生たちに考えてもらった

上の写真は前回の公開フォーラムでの一コマ。紙漉きの名人と、名人を取材した高校生が登壇し、それぞれの体験談や印象的なエピソードを披露した。下の写真は公開フォーラムが行なわれた夜、宿泊施設で行なわれたワークショップの様子。「聞き書き甲子園」で学んだことをふり返り、次にどう活かすかについて高校生たちに考えてもらった

2015年 07月26日 11時14分