大工が線を引き、建物を作る。その意味は?

大工という言葉にどのような職業をイメージするだろう。高度経済成長期以降と以前では意味合いが全く違っているらしい大工という言葉にどのような職業をイメージするだろう。高度経済成長期以降と以前では意味合いが全く違っているらしい

京都郊外、大山崎。サントリーのウィスキー工場があることでも知られる土地に天皇・皇后両陛下が行幸啓されたことで話題になった住宅「聴竹居」がある。この家は大正二年、竹中工務店に初めて帝大卒の設計社員として入社した藤井厚二氏が生涯に5軒建てた自宅のうちの最後のもの。この家を取り上げた書籍「聴竹居 -藤井厚二の木造モダニズム建築ー」(平凡社刊)の著者松隈章氏は「つまり、『聴竹居』こそが日本の住宅の理想として藤井が提示した到達点だ」と記している。

この本で私が一番印象に残ったのは巻末近くにある「酒徳という大工」(著者は矢ヶ崎善太郎氏)と題した一文である。正確には、そのページの一番下に掲出された建物の、非常に緻密に描かれた立面図のキャプションである。

「藤井厚二は図面を一切引くことはなく、金之助のところにはフリーハンドのスケッチが届けられるのみであった。『酒徳氏所蔵図面』は工事にあたった酒徳金之助が藤井のスケッチをもとに描いた図面である。トレーシングペーパーに描かれた10作品26枚に及ぶ図面は、竣工当時の藤井の住宅を知る貴重な資料である。以下略」(前出書籍136ページより)

竹中工務店は元々寺社仏閣の造営を業として始まった会社で、宮大工出身と言えば良いだろうか。前出の書籍によれば「創立以来、設計技術の近代化を急いでいた竹中藤右衛門は『三顧の礼』で藤井を迎え」とあり、同社にとって、というよりも日本の建設会社にとっての近代化は大卒の設計者を迎えることから始まったことが分かる。

だが、設計者といえば図面を引く人ではないのか。それなのに、設計者はスケッチを描くだけで、図面を起こし、設計者の意図通りの建物を作るのは大工。これはどういうことなのだろう?

落語に出てくる大工は本当の意味での大工にあらず

大工を内製化するという組織形態はグッドデザイン賞を受賞してもいる。独自の経営哲学でも高い評価を受ける秋元氏大工を内製化するという組織形態はグッドデザイン賞を受賞してもいる。独自の経営哲学でも高い評価を受ける秋元氏

その疑問は沼津に本社がある平成建設社長、秋元久雄氏の言葉で氷解した。平成建設はその社名の通り、祖父、父に大工の棟梁を持つ秋元氏が平成元年に創立した建設会社で日本で唯一大工を育てている会社である。秋元氏の独自の経営哲学は多くのテレビ、新聞、ビジネス誌などでも紹介されているから、経営に関心のある人ならご存知ではないかと思う。

秋元氏は言う。「日本に今残されている文化財は全部、大工が作ったのです。道具も、電気も、コンピュータもない時代に、頭の中で精緻な図面を引き、そこに必要な木を探し、人を集めて教育し、作業をし、現場を仕切る。歴史や文化、芸術などへの教養も、美意識、リーダーシップに経験も必要な仕事で、馬鹿じゃあできません」。大工とは本来、大きな工(たくみ)。モノを作る現場の頂点にいた人のことだったのである。

ところが、現在では私も含め、現場を知らない人間は現場で作業をしている人を十把一絡げにして大工と思ってしまう。落語の影響からだろうか、狭い長屋に住んで酒ばかり飲んでいる八つぁんに大工像を投影してしまう。しかし、本来の建設現場は大工の棟梁を頂点としたピラミッド型で、私たちがイメージする八つぁんはその最下部にいる作業員。体力勝負の労働力で、技術がなくても、誰にでもできる。秋元氏によれば、これは大工候補にはなりうるかもしれないが、大工ではない。

技術が必要とされる人のうち、何かひとつの技術を持っている人を単能工という。これには実に多種多様な仕事がある。足場設置、配筋工事、型枠工事、コンクリート打設……。どれが欠けても建物はできないが、誰か一人だけでも建物はできない。

単能工よりも守備範囲が広いのが多能技能工。文字通り、複数の技術を持っている人で、分業が当たり前の現場で一人で複数の職域をこなす。それだけでも十分すごいと思うが、ここまではまだ大工ではないと秋元氏。

本来は魅力的な仕事がどうして不人気業種になってしまったのか

最近の建設現場ではちゃんとした大工道具を見ることも少なくなったが、同社の現場ではきちんと使われている最近の建設現場ではちゃんとした大工道具を見ることも少なくなったが、同社の現場ではきちんと使われている

では、大工とはどんな人か。秋元氏は「こうした複数の幅広い技術を身に付けている上、現場監督ができ、設計もできる人」とさらりと口にする。言葉で言えば簡単だが、実際にそんな人になることを考えると、道のりは決して容易とは思えないが、チャレンジしがいのある仕事とも思える。仕事を時間とお金の交換と考えている人には面倒に思えるかもしれないが、仕事を通じて自分の力を活かしたい、やりがいを求めたいという人にはわくわくする仕事、それが大工というわけだ。

実際、新卒の大学生の定期採用を始めた平成12年以降、同社の大工採用には名だたる大学、大学院卒の学生が集まっており、現在141名。しかも、学生時代のコンペで優勝したなど輝かしい経歴を持つ人も少なくないのだとか。静岡県下では就職人気企業として常に1位、2位を争い、最近では女性大工も増えて、すでに10人ほどもいるそうだ。

しかし、平成建設ではこれほど魅力的な大工という仕事が他の会社、場面ではそうではないのは周知の事実。同社のように採用して育てようとする会社はなく、大工は減少、高齢化の一途を辿っている。2005年の国勢調査によると50歳以上が過半数を占めており、地域によっては20代は全くいないほどだという。

その最初のきっかけとなったのは戦後の住宅不足解消に登場したプレハブ住宅の隆盛である。家づくりは工場であらかじめカットされた材料を組み立てるだけの単純な、誰にでもできる作業になり、仕事は考える必要がないマニュアル化されたものになっていく。技術が必要とされない仕事からは魅力もやりがいも失われていく。

また、個人事業主である一人親方に仕事を外注するほうが企業には都合が良い。社員を雇うとなると保険料その他の負担が発生するが、相手が個人事業主であれば、そうした費用は必要ない。また、教育をする必要もない。経済効率を考えれば、自社で長年かけて教育をするより、すでにある程度の仕事ができる人をその場、その場で雇うほうが無駄がないのだ。

大工は絶滅危惧種?20年後にはいなくなる

本社の隣にある木材の加工場。加工した材を現地に運ぶなどの作業も含め、社員たちは一人で複数の仕事をこなす本社の隣にある木材の加工場。加工した材を現地に運ぶなどの作業も含め、社員たちは一人で複数の仕事をこなす

その流れに異議を申し立てたのが秋元氏である。「このままでは日本の住宅は技術を必要としない工業製品だけになってしまい、ちゃんとした木造住宅は作れなくなります。文化財を維持することもできなくなってしまいます。これだけ良い木のある日本で大工がいなくなって、木を使わなくなったら山は荒れ、水源が確保できなくなり、二酸化炭素の吸収力が下がり……と風土や環境にも影響が生じる。だったら、ちゃんと大工を育てる会社を作らなくてはと考えたのです」。

短期的には外注、最近の言葉で言えばアウトソーシングで必要な人材を調達したほうが経済的だが、今は過去に育てられた人材がいるとして、その人たちがどんどん年を取っていくと、作業ができる人はいなくなる。「あと10年はなんとかなるでしょう、でも20年後はない。技術のある大工はほとんどいなくなります」。

だからと言って慌てて育てようとしても大工は促成栽培できるような業種ではない。「職人を育てるには最低でも10年はかかる。大学を出てもプロじゃありません。しかも、10年したらそれでおしまいではなく、10年で一人前の一年生。単能工なら早く成長するものの、それだと寿命が短くなる。山を高くしようと思ったら、裾野を広げなければならないので、当然もっと時間がかかる。しかし、そのやり方なら単純な作業を繰り返すだけにはならないので、やりがいを持って働き続けられます。年齢がいって体力が衰えても、経験を生かして頭を使えば良い。この仕組みなら長く働き続けられるのです」。

また、これまで弟子を取って教えてこなかった人が今から弟子を教えようとしてもそれも難しいという。「大工を育てるには兄弟子の存在が大事です。1年生は3年生を、3年生は5年生を見て仕事を覚えるのです。大ベテランが初心者を教えるのは小学生に大学院の授業を理解しろというようなもの。これまで10年、20年と大工を育ててこなかった会社がこれから育てようとしても教える人間がいないのです」。

すべての職種を内製化、無駄を省いて成長を続ける

平成建設で内製化しているのは大工だけではない。自前のサーバーにSE、印刷物その他を作るためのデザイナー、自社で建てた賃貸物件を管理する不動産部門、リフォーム部門など、関わる仕事のほぼすべてを内製化しているのである。しかも、たいていの製造業では人材を事務部門、現場部門などと分けたものだが、平成建設ではフラット。男性新入社員は全員、職人の仕事を経験し、その後、様々な部署に配属されるのだという。

こうした経験があるからだろう、営業に携わっている社員も、経理にいる社員も現場が分かる。その意味は家を建てたり、リフォームを依頼したことのある人なら分かるはず。営業マンに依頼したが理解されておらず、現場に違う形で伝わっていたり、現場に行って話をしたら、もっと良い、違う提案をされたなど、現場の分からない営業マンとのやりとりにイライラしたという施主は少なくない。作業ごとに違う下請けが作業するため、作業期間に無駄な空白ができることもある。だが、自社ですべて一貫していれば、そうした無駄はなくなる。

そうした仕事ぶり、独自性が評価され、同社は創業以来成長を続けており、2014年には東京都世田谷区に支店をオープン。2015年にはギャラリーを併設したショールームも作られており、テイストの異なる5つの空間、7つのトイレを眺めることができるようになっている。もちろん、住宅は安いものではない。だが「安く、手早くできるもの、オートメーションで作られているものに、豊かさは宿らない」という言葉に共鳴できる人なら、こうした家を建ててみたいと思うだろう。私自身もお金持ちになれたら、まず、こんな家が欲しい。

ちなみに取材で印象的だったのは本社隣接の工場や倉庫などですれ違う人たちの笑顔の爽やかさ。大きな声の「こんにちは」にちょっとくらくら。大工、かっこいいぞと思った。

平成建設
http://www.heiseikensetu.co.jp/

世田谷支店には様々なテイストのショールーム、トイレ(!)に加え、アートギャラリーも併設世田谷支店には様々なテイストのショールーム、トイレ(!)に加え、アートギャラリーも併設

2015年 07月07日 11時09分