幸せの象徴から一転、“住まい”という最大の資産が重荷になる日
住宅購入をした方、または購入検討中の多くの方にとって、そのきっかけとなったのは『婚約・結婚・出産・子どもの進学』など慶事に因るものではないだろうか?今後の人生の拠点となる“新しい住まいを選ぶ”ということは、未来への夢が膨らむ楽しい作業。新居の購入と同時に、生活全般のモチベーションがアップしたという前向きな意見も購入者からよく聞かれる。
しかし、それは夫婦が平和で穏やかな時間を共に過ごしている場合のお話。
ある日突然離婚の危機を迎えると、幸せの象徴であったはずの“住まいという資産”が、離婚に向けた話し合いの重荷になってしまうことも多々ある。そこで、今回から数回に渡って【マンションが離婚協議の重荷に?!】と題し、筆者自らのバツイチ経験もふまえつつ、『離婚トラブル回避の住宅購入術』についてご紹介したいと思う。
レポート初回の今回は、離婚事件を多く扱う“女性離婚弁護士”、名古屋第一法律事務所(名古屋市中区丸の内)の野田葉子弁護士に、離婚協議時の住まいのトラブル事例とその対策について聞いた。
最も多い離婚協議トラブルケースは、住宅ローンのオーバーローン!
「離婚協議の相談で、財産分与の話になったときに、夫婦間で一番モメるのは『住宅ローンがまだ残っている住宅の処分について』ですね。
中でも顕著なトラブルケースとしては、『妻と子どもはその家やマンションに住み続けたいのに、家の名義および住宅ローンの債務者が夫になっていて、夫は家を売却したがっている』というパターンです。
住宅ローンの債務を背負ったまま離婚をすると、夫としては気分的に人生の再出発がしにくいため、“一刻も早く家を処分して、できれば現金で妻に財産分与をしたい”と望む人も多いようです。ただその場合、家がそれなりの値段で売れて売却益が出れば良いのですが、残念ながらオーバーローン(不動産の時価よりも住宅ローンの残債務額の方が大きい状態)となる事例のほうが多く、結局、一戸建て住宅やマンションの処分が進まないまま離婚協議が長引いてしまう…ということもよくあります」(野田弁護士談)。
ちなみに、マンションの場合は住宅ローン構造が比較的シンプルだが、一戸建て住宅の場合は上モノ(家)だけでなく土地の処分も絡んでくるから厄介なケースが増えるという。
例えば、『相続で取得した夫名義の土地上に住宅を建てた』とすると、土地は夫の特有財産、建物は夫婦の共有財産となり、妻子が退去しなければならない可能性がより高くなる。さらに、筆者の地元・名古屋のような“実家の両親と娘とのつながりが強い土地柄”だと、『家は夫が住宅ローンを借りて建てたもの。土地は妻の父親の土地、あるいは、妻の実家が娘の嫁入支度として購入資金を支払った土地』といったややこしい事例もあり、なかなか簡単に“財産分与の計算”とはいかないようだ。
住宅ローンが残っている限り、簡単には変更できない所有権、
夫婦間での連帯保証も要注意!

ここからは筆者の体験談となるが、新婚当初に購入したマンションについて、離婚協議で元の夫がマンションの所有権を放棄することが決まった際に、“では所有権を自分に移転して、住宅ローンの引き落とし口座を自分の口座へ変えればOKなのでは?”と素人発想的に考えたところ、それほど単純な問題ではなかった。
不動産の所有権はさておき、住宅ローンに関しては、融資を実行した金融機関と債務者(今回の場合だと、夫)との間に『金銭消費貸借契約』が存在している。お金を貸している金融機関としては、契約上の債務者でない者(今回の場合だと、妻)が勝手に債務を引き受け、不動産の所有権を取得すると主張しても、簡単に『債務者変更』に応じることはまず無い。つまり、住宅ローンの債務が残っている以上、実質的には所有権の移転をおこなうことができないのだ。
仮に、その住宅ローン契約を継続して不動産を取得したいのであれば、金融機関側が定める書類を提出し、再度審査を受け『債務者変更』の判断を仰ぐことになるが、新たな債務者の収入や年齢などの条件で承諾されないこともある(ただし、金融機関によって『債務者変更』の諸条件は異なるため確認が必要)。
住宅ローンの連帯保証に入っている妻(または夫)の名義を保証人から外す場合も同様だ。妻(または夫)を保証人から外して住宅ローンを継続するためには、資力のある新たな保証人を立てなくてはならない。しかし、両親が高齢で年金生活者だった場合には新しい保証人の確保が難しく、ここでも住宅ローンの継続が難しくなってしまう。
「離婚の際、慰謝料代わりに住宅ローンを夫が支払い続け、妻は住宅に住み続けることができる、と約束したとします。しかし、一戸建て住宅やマンションの住宅ローンが残っているために所有名義を変更できない場合、その物件の所有者は夫のままですし、物件には抵当権が設定されたままです。
そのため、万一夫が住宅ローンの支払いを途中でやめてしまい、物件が競売にかけられたときは、いくら妻が住み続けられる約束をしていても、妻に所有権や賃借権を主張する権利はなく、家から立ち退かざるを得なくなります」(野田弁護士談)。
※夫の所有権および債務はそのままにして、住宅ローン完済時に夫から妻へ所有権の譲渡を誓約している場合、暫定的に『所有権移転の仮登記』をおこなう方法もありますが、これについては次回以降のレポートでご紹介します。
モメる原因を作るぐらいなら、いっそ買わないほうが楽?
…それでもやっぱり“夢”が広がる住まい購入

「こうしたトラブル事例を多く見てきたので、私自身は“家を買わずにずっと賃貸で暮らしたほうが気楽なんじゃないかな?”と思っているんですが(笑)、“一戸建て住宅を買う、マンションを買う”ということは、多くの方にとって“人生の夢”でもありますから、購入する前に様々なシミュレーションをおこなっておくことが大切なのではないでしょうか?」と野田弁護士。
万一の離婚協議トラブルを極力回避し、軽減するためには
●住宅ローンの構造をシンプルにしておくこと。
(住宅ローンを夫婦の連帯債務にしたり、
妻または夫を連帯保証人に設定するのはなるべく避けるのが望ましい)
●入籍前に払っていた頭金や、別居後に払った住宅ローンは、
“夫婦共有の財産”とは認められないケースが多いため
『入籍前』と『別居後』の住まいに関するお金の流れを明確にしておくこと。
(同居中の住宅ローン支払額は、夫婦が協力して払ったものとみなされる)
等の対策が挙げられるという。
「あとは、欧米のように『婚前契約書』を交わすという方法もあります。日本人の感覚的にはまだまだ抵抗感を感じる方が多いとは思いますが、離婚時の夫婦の財産の分け方について事前に明確にしておくことはトラブル回避に有効です。『婚前契約書』の作成は、弁護士に依頼していただくと、だいたい5万円前後で作成できます」(野田弁護士談)。
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野田弁護士によると、「離婚協議の内容はそれぞれの夫婦ごとにそれぞれ事情が異なるため、過去の判例を見ても、不動産に関する財産分与についての家裁の判決はケースバイケース」とのこと。
たしかに、“モメる原因を作るぐらいなら、いっそ買わないほうが楽なのだろうか?”とも思えるのだが、まずは“家・マンションという夫婦共有の財産”を永続的に所有し続けられるよう、夫婦円満に努めることも『住宅購入の際の最も大切な夫婦の心得』と言えるのかもしれない。
2015年 02月15日 11時03分