ITの活用で不動産取引の何が変わろうとしているのか

不動産取引における重要事項説明などの実施方法が大きく変わろうとしている。2014年4月から6月にかけて有識者による「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」が3回開かれ、6月中に「中間とりまとめ」が行われた(公表は7月23日)。これは安倍総理を本部長とする「IT総合戦略本部」が2013年12月20日に決定した「IT利活用のすそ野拡大のための規制制度改革集中アクションプラン」に沿った動きでもある。

不動産取引をめぐるトラブルの多発を背景に、1967年(昭和42年)の宅地建物取引業法改正で取り入れられたのが「重要事項の説明義務」であり、さらに1971年の改正で「宅地建物取引主任者による重要事項の説明」および「宅地建物取引主任者の重要事項説明書への記名押印」が義務づけられた。それ以後、40年以上にわたって根本的な部分での改正はなかったわけだが、その間に世の中は大きく変わった。

現状では宅地建物取引主任者が「対面」で、取引の相手方(買主または借主)に説明をすることとなっており、その書面交付にあたっても電子メールなどによる手段は認められていない。契約にあたって交付される「37条書面」(実務的には売買契約書で代用)についても同様だ。これらについてテレビ電話などを活用することで、「非対面」による重要事項説明や売買契約の締結、ペーパーレスによる書面交付などを認めようとするのが、検討の主な内容である。

「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」が中間とりまとめを公表した後、8月まで幅広く一般からの意見募集が行われた。そして、2014年12月中には最終とりまとめが行われる予定となっている。今後の議論によって方針転換されることも考えられるが、今回はこの「中間とりまとめ」によって示された方向性などについて考えてみることにしよう。

現在は宅地建物取引主任者が「対面」で重要事項説明を
することが原則現在は宅地建物取引主任者が「対面」で重要事項説明を することが原則

重要事項説明の実態は千差万別で物件により大きく異なる

重要事項説明のIT化について、一般消費者だけでなく不動産業界内部でも賛否両論が湧き起こっているようだが、ひとくちに「重要事項説明」といってもその実態は千差万別であることに留意しなければならない。たとえば、説明項目の一つである「法令に基づく制限の概要」は売買であれば説明対象となるのが計54法令(そのうち個々の物件に該当するものが説明される)なのに対し、賃貸では3法令にとどまる。重要事項説明の所要時間についても売買は少なくとも1時間半から2時間程度がかかるのに対して、賃貸では30分あまりあれば十分なケースが多いだろう。

さらに、個々の物件の特性などによって重要事項説明の難易度が大きく異なるほか、買主(または借主)によっても違う。ゆっくりと丁寧に説明をしなければなかなか理解を得られないケースがある一方で、書面を渡して目を通してもらうだけで(もちろんそれでも説明はするが)十分に理解できる買主もいる。投資用のマンション購入を何度も繰り返しているような買主であれば、「前回の物件と違う部分」だけを説明すれば、本当はそれで十分な場合もあるだろう。賃貸でマンションの1室を社宅として法人契約する際に立ち会う総務課の担当者なども同様だ。

極論をいえば、仮に重要事項説明をしなくてもトラブルは起きない物件あるいは契約相手の場合も多い。もちろん重要事項説明をしなければ重大な宅地建物取引業法違反となるため、少なくとも形式的な説明はしていることだろう。そのような取引が多い宅地建物取引業者、あるいはその経験者である消費者にとって、重要事項説明などのIT化で時間の節約や効率化が図れることは大いに歓迎すべき変革かもしれない。

しかし、その対極にある物件あるいは契約相手を想定すれば、重要事項説明のIT化には慎重にならざるを得ない。ネット上でもさまざまな意見がみられるものの、「IT化賛成」「IT化反対」と唱えていても、それぞれの頭の中に思い描く「重要事項説明の姿」は大きく異なるはずだ。単純に賛成派が多いからという理由をもって規制撤廃を推し進めるべきではないだろう。

重要事項説明の難易度は個々の物件によって大きく異なる重要事項説明の難易度は個々の物件によって大きく異なる

実証実験は初めに結論ありき?

「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」による検討の過程で、2014年5月末に実証実験が行われた。対面による説明と非対面(Skypeの活用)による説明とを比較するものだ。その結果として「対面、非対面で有意な差は見られなかった」とされている。しかし、時間的な制約があったことは否めないだろうが、初めに結論ありきの実験だったようにも感じられる。

説明対象となったのは「賃貸および新築マンション」であり、被験者(15モニター)となったのは「過去1〜2年以内に不動産取引の経験がある者」のようだ。賃貸ではそれほど難しい内容はなく、対面でも非対面でも、さらにいえば「書面を渡して読んでもらうだけ」でも、もともと被験者の理解度に「有意な差」は出ないことが想定される。新築マンションは「内容的に最も複雑」だとして選ばれたようだが、確かに分量はたいへん多いもののそれほど難解な部分はない。「過去1〜2年以内に不動産取引の経験がある者」であればなおさら、理解に苦しむような場面はないだろう。

今後は「中古物件」「新築一戸建て」の売買について実証実験を行うことも予定されているようだが、重要事項説明のIT化における課題を探ることが目的ならば、ぜひとも「いくつかの問題点を抱えた売地(建築用敷地)」の売買で「基本的知識の少ない未経験者」を対象とした実験を実施してもらいたいものである。現実にはそのようなパターンが少なからずあるのだ。

中間とりまとめで示された方向性は……

「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」による中間とりまとめでは、「ITの活用にあたっては取引類型にも留意する必要がある」とされ、まずは遠隔地の賃貸物件や法人間の取引においてIT化の活用を想定したうえで、今後はそれぞれの論点において具体的な検討を深めていく、との方向性が示された。さまざまな議論が交錯している現状では妥当な線だろう。

これに対して、規制改革を推し進める一般社団法人新経済連盟(三木谷代表理事)は、当初からの全面的な規制撤廃を強く主張している。この意見が通るかどうかは分からないが、いずれそれほど遠くない将来には全面解禁されるのが時代の流れだろう。すでに営業の場面において顧客とのやり取りなどでSkypeを活用している宅地建物取引業者はあり、導入のハードルはそれほど高くないと考えられる。だが、それを活用できる会社とそうでない会社が混在する状態が続けば、買主や借主自身による「抜き」が横行する事態も懸念される。それを助長しないよう、ここでは「抜き」について詳しく述べることは避けるが、IT化よりも前に宅地建物取引業者のモラルの向上、一般消費者の意識改革など取り組まなければならない課題も多い。

もし仮に対面を原則とする規制が完全に撤廃されて、重要事項説明や売買契約におけるインターネットの活用が全面的に解禁されても、それを使わなければならないということではない。重要事項説明を対面でするかオンラインでするかは、宅地建物取引業者および消費者が選択すればよいことだ。それぞれの対応能力の差もあるだろう。ただし、宅地建物取引業者側が「この物件は対面で説明をしなければ問題が起きかねない」と判断するようなケースにおいて、消費者側が「わざわざ出向くのは面倒だから」とそれを拒否するようなことはないようにしたいものだ。

重要事項説明にとって本当に「重要」なのは「説明をすること」ではない

重要事項説明は本来、宅地建物取引主任者が対象物件や取引条件などについての詳細な説明を行い、買主(借主)が実際に買うか(借りるか)どうかの最終判断をする機会を与えるものだ。そのため、契約の数日前には重要事項説明をすることが望ましいものの、現実には契約締結と同日(契約の直前)に行われることが多い。ただし、以前に比べれば年々改善されつつあり、事前説明を実施するか、あるいは事前に重要事項説明書や添付書類を買主に渡す宅地建物取引業者も増えている。

重要事項説明と契約を同日に行うのは、「客の気が変わらないうちに契約させてしまおう」という宅地建物取引業者側の論理があることも否めないが、重要事項説明と契約締結とで別々の日に足を運んでもらうことの手間を省く意味もある。したがって、重要事項説明のIT化によって事前説明が推進されるのであれば大いに結構だ。しかし、ネットを使って重要事項説明をし、そのまま間をおかずにオンラインによる売買契約をするのでは元も子もない。

さらに、宅地建物取引主任者にとって重要事項説明で大切なのは「説明をすること」ではなく、「説明によって相手に理解してもらうこと」である。説明の場面においては、相手の表情、視線の動き、緊張の度合い、手指の動きなどを見ながら理解度を推し量り、説明のスピードや説明方法を変えることもある。テレビ電話などオンラインではなかなか難しいことだろう。

だが、業界全体の中における割合として考えれば、この「理解させること」の重要性を分かっている者は少数派だと感じられる。日常的に難しい案件を取り扱っている者、過去に重説がらみで痛い目にあった者であれば身に染みて分かっていることだろうが……。

IT化の議論において「推進勢力」と「消極勢力」のように分けたり、「慎重派」を「周回遅れ」「時代遅れ」のように揶揄したりするケースもみられるが、決してそうではない。難しい重要事項説明を経験したことがあればあるほど、慎重にならざるを得ない側面があるのだ。IT化が解禁されたときには、対面で説明すべき物件とオンラインでもよい物件、対面で説明すべき相手とオンラインでもよい相手とをしっかりと見極めることも大切である。

ところで、最近はパソコンを保有せずネットはスマホだけという若い世代も増えているという。スマホユーザー相手に図面を使った重要事項説明をすることは、たいへん困難なケースが多いだろう。IT化を推し進めるにあたって、思わぬネックとなるかもしれない。

2014年 10月01日 10時56分