新築・中古ともに大きく価格が上昇した2024年

コロナ禍から脱し、本格的に経済活動再開局面となった2024年は、新築・中古住宅ともに市街地中心部での価格上昇が顕著となった年でもありました。
2022年から続くアメリカのインフレ率の上昇は23年から24年にかけて沈静化しつつあるものの日米の金利差は以前として大きく円を売ってドルを買う展開が続き、円安基調が止まらず2021年1月に1ドル=103.75円だった為替相場は、2024年1月には146.11円と40%に達する円安が進行。その後も円安には歯止めが掛からず、2024年12月は150.91円まで45.5%もの通貨下落を記録しています。
ロシアのウクライナ侵攻継続によって資材や食糧が世界的に逼迫して価格が上昇していたところに円安が追い討ちをかけることとなり、結果としてその多くを輸入に依存する建設資材価格も30~80%もの値上がりを余儀なくされたのです。
折悪しく、建設業・運輸業の従事者に対して、残業時間の総量規制を実施する制度が5年の猶予期間を経て実施されたこともあり(2024年問題)、人手不足による人件費の上昇も顕著になったうえ、地価もコロナ後に明確な上昇基調を示したため、コストプッシュ型の住宅価格の上昇が発生したのはご存じの通りです。
特に東京23区の新築マンション価格は平均で1億円を超えるという状況が2023年から続いており、90年バブルを遥かに超える価格水準に達しています。ただし、日本全国どこでも新築住宅の価格がこれほどまでに高いのかと言うと、そういう訳ではありません。やはり住宅は交通・生活の利便性や周辺環境、防犯・防災に関する安全性や資産性などにも十分配慮して購入する必要がありますから、価格が高い安いという要因だけで判断するのは早計です。
自営業で遠くまで通勤する必要がないとか、テレワーク主体でオンもオフも自宅中心というケースも増えていますから、交通と生活の利便性を大きく劣後させることなく比較的安価に住宅を購入することも可能な状況に社会環境は変化してきています。新築・中古の別なく、是非視野を広く持って住宅購入を検討していただきたいと思います。
2025年は市場全体として売却タイミングだが注意点も

このように新築住宅の価格は市街地中心部から明らかな価格上昇が続いているのですが、同じエリアにある既存の中古住宅の価格も連動して着実に価格が上昇しました。特に交通・生活利便性の高い駅前・駅近&タワーマンションの価格上昇は顕著で、新築時点から3倍以上の価格になっていることも珍しくなくなっています。
新築価格の上昇によって新規に供給される物件の戸数はマンションも戸建も徐々に減少する状況ですから、新築よりは安価で(条件次第で新築よりも高い中古マンションも散見されます)立地条件や周辺環境などを実際に見て確かめることのできる中古住宅が人気になるのも首肯できます。したがって、現在皆さんが所有している住宅の価格もエリアや条件次第で高値が期待できるため、市場全体としては“売却タイミング”という見方ができます。
ただし、住宅は購入する時よりも売却するほうが難しいとされます。特に住み替えのケースでは、先に次の住宅を契約してしまっていると、例えば、引き渡しの期日までに現在の住宅を売却しないとダブルローンになってしまうので焦って安価に売却してしまう(売り急ぎ)とか、多額の住宅ローンが残っていて残債以下では売らないと粘った結果売り時を逃がしてしまうとか、自分の事情と買い手の事情が合致せず希望通りの価格で売れないといったことがよく起こります。
こういったフラストレーションを抱えないためにも、自宅を売却することを考え始めたら、最初に自宅の売却価格の相場を把握することが何よりも大切です。いくつかの不動産会社で相見積りを取って一番高いところに任せるのが良いと言われますが、売り物件を確保したい不動産会社の思惑などもあり、相場よりも高い価格を提示(査定)して媒介契約を得ようとするケースもありますから、エリアの価格相場とこれまでの価格推移を客観的に把握している会社、当該エリアでの売買実績が豊富で信用力の高い会社を選ぶことがポイントです。
また、売主であるご自身の要望に沿って可能な限り対応してくれる会社、もしくは担当者であればさらに良いでしょう。なかには、売主と買主双方から仲介手数料を得る目的で(=両手仲介)、他社からの問合せを遮断して売却のタイミングを逸してしまうケースもありますから(これを“囲い込み”と言います)、御社に一任しますという専属専任媒介もしくは専任媒介で売買を依頼する場合には注意が必要です。
住宅の売却は難しい&なかなか思い通りに行かないとされるのは、仲介会社との“良い出会い”があるかどうかが結果を左右することがあるから、ということも大きく影響しています。
8つのキーワードで住宅の価値を客観的に&定性的に把握

自分が所有する住宅を1円でも高く売りたいというのは全ての売主の率直な気持ちですが、住宅の売買は買主がいて成立する取引ですから、期待し過ぎるのは禁物です(期待させるようなことばかり言う不動産会社はその意味ではお勧めできません)。つまり、自分がかつて良いと思って買った住宅を、あらかじめ可能な限り客観的に、かつ定性的に分析しておけば、期待し過ぎることもなく、反対に物件の価値を見誤ることもありません。
そのために、筆者が提唱する“職・住・遊・医・学・食+快・安”という8つのキーワードを活用して評価・把握しておくのが簡単で分かりやすいと思います。
最初の“職・住・遊”は、住宅の価値を判断する上での基本的なキーワードで、“職”は自宅と職場や学校など頻繁に通う可能性のあるエリアとの交通利便性の高さ、“住”は居住快適性が高く、お互いのプライバシーを保ちつつ仲良く暮らせるかどうか、“遊”は周辺環境や生活利便性を意味しており、大きなストレスなく買い物ほか生活に必要な利便施設が整っているかどうかを判断するためのキーワードです。
続いて“医・学・食”は、ご家庭ごとに重視するか否かが分かれるバリエーションのキーワードで、“医”は文字通り医療機関や介護施設などの充実度、通院可能な病院・医院の有無を意味するもの、“学”はお受験させたい年齢のお子さんがいるとか、教育環境の充実度、生涯教育に前向きなエリアかどうかを判断するための言葉、そして“食”は単に飲食店の充実度ではなく、生活する上でエリアの文化的なイメージを判断するためのキーワードです。
庶民的なエリアで親しみやすいのか、お洒落で華やかなイメージがあるエリアなのかといった、まさに数値化できない=定性的な評価です。
最後の“快・安”は上記6つのキーワードとはやや意味が異なり、“快”はこれらの要素がバランス良く整っていても自分と家族が快適に暮らせるエリアかどうかという意味での相性を意味する言葉、“安”はもちろん安心・安全のことで、エリアの防災・防犯体制を評価する視点でのキーワードです。
特に“安”については、近年防災面も防犯面も意識が高まっていますから、ハザードマップやエリアの犯罪発生率などを参考に、ある程度定量的な判断が求められます。
これら8つのキーワードを八角形のレーダーチャートなどにして、自宅と周辺環境などをそれぞれ10点満点で何点になるか採点してみましょう。そうすると、そのエリアの善し悪しや住宅の住み心地・日照や通風、騒音などを加味した環境全般を把握することができます。もちろんなるべく客観的に採点することが望ましいのですが、ある程度主観が入るのは避けられませんから、自分が知っている他のエリアと比較してみた時にどの程度の点数評価になるのか考えながら採点すると良いと思います。
この8つのキーワードによる評価・採点によって、実は自分が何を重視してこの住宅を購入したのか、また何をきっかけにこの住宅を売却しようと考え始めたのかを把握・認識することもできますし、同様のアプローチで住み替え先候補の住宅についても、周辺環境を含めてその善し悪しをイメージしやすくなります。
個別の住宅が持っている“価値”を改めて認識し、その価値をどの程度“価格”に反映できるのかを考えた時に、売却価格の目安についても理解が進むものと思います。もちろん、それでも売却額に納得がいかない場合は、不動産会社や売却のタイミングを変更するなどの対応を検討しましょう。
今後の不動産売却で重視されるようになる“新たな視点”

不動産の売却にはマーケットの状況と個人的な売却タイミングの2つの側面があり、それぞれ自分で判断して売却を進めて行くべきことはご理解いただけたことと思います。流通市況全般が良好な状況にあるかどうかと、所有する物件のエリアの市況についても活況なのか否かを把握すること、そして8つのキーワードを活用して周辺環境と共に物件の善し悪しについてなるべく客観的に認識することが必要なのですが、さらに、住宅の売却に際して今後欠かせなくなるであろう“新たな視点”が必要な状況がやってきています。
それは、省エネ性能や断熱性能といったもっぱらハード部分の“住宅性能”の善し悪しというポイントです。
ご存知の方も多いと思いますが、2025年4月から全ての新築建築物を販売する際、一次エネルギー等級4以上かつ断熱等級4以上という省エネ性能に適合しなければならなくなります。適合していなければ建築も引き渡しもできなくなりますから、住宅性能については今後関心が高まっていくことは疑いようがありません。
さらに2030年には、この省エネ性能基準がZEH基準=一次エネルギー消費量等級6かつ断熱等性能等級5に引き上げられることが既に決まっていますから、わずか5年後には等級4を満たしていれば良いということではなくなるのです。
つまり、これからは消費エネルギー量がより少なくて、断熱性能がより高い住宅が求められることになるので、住宅性能に関する意識が高まれば高まるほど、性能の低い住宅は徐々にその資産性=流通価格&価値を落としていくことになります。
したがって、現状住宅売却を決めている人はなるべく早めに実行に移すことが求められますし、今後売却を検討しようと考えている場合は、一旦住宅の省エネ性や断熱性を高めてから売却することも考える必要があります。
つまり、今後購入するユーザーの意向が、交通や生活の利便性だけでなく住宅性能重視に傾く可能性を考慮し対応することで、売却価格を維持もしくは高められる可能性があるのです。その意味では、前述した8つのキーワードに省エネの“省”という9つめのキーワードが加わることを予めイメージしておくべきでしょう。
“省”については中古マンションと中古戸建では対策が異なることに注意

現在の住まいがマンションである場合は、省エネ性能および断熱性能を高めるには限界があります。それはマンション内で自分の意思で変更が可能なのは専有部分に限られるからです。
したがって、内壁をはがして断熱材を追加すること、玄関ドアやサッシを断熱性の高いものに交換することなどは、共有部分の改修に該当するため管理規約上できない可能性が高いので(管理規約を改正したり全戸で改修したりすれば話は別です)、代わりに内窓を設置して断熱性を高めるとか、給湯器を省エネ性能の高いものに交換するなどの対応が考えられます。
その他にも節湯水栓に交換したり、JIS規格の高断熱浴槽に変更したり、空調設備を熱効率の高いものに交換したりすれば、エネルギー消費量を大きく抑制することができますから、省エネ性能も断熱性能も高めて売却することができます。
もちろん改修・設備交換にはコストが発生しますが、省エネ・断熱改修に関連する補助金制度も国の補正予算および各自治体で対応しているので、補助金を上手に活用しながら、お得に改修して資産価値の維持・向上に努めていただきたいと思います。
一方、住まいが戸建であれば、対応できる部位はマンションよりも飛躍的に増えます。マンションではハードルが高い玄関周りや外皮と言われる壁や屋根の断熱改修も対応可能ですし、サッシの交換や太陽光パネルや蓄電池を設置することもできますから、省エネ性能および断熱性能を大きく高めることができます。
冬季のヒートショックや結露を防ぎ、夏季の熱中症対策としても有効なので、売却を視野に入れた改修だけでなく、居住快適性を高めて健康被害を予防するためにも是非ご検討いただきたいと思います。もちろんマンション同様に補助金制度の対象ですから、コストを抑制しつつ住宅性能を高めることができます。
そして、このような省エネ・断熱改修を施してから住宅を売却する際に、ぜひ活用していただきたいのが2024年11月から制度がスタートしたばかりの「省エネ部位ラベル」です。このラベルは、住宅全体の省エネ性能や断熱性能が必ずしも明らかでない場合に、改修部位や交換した設備について、性能を高めて販売している旨を表示するためのラベルです。
このラベルは、「窓」もしくは「給湯器」が省エネ・断熱対応の設備や仕様に改修・交換されている場合にのみ使用可能で、どちらも該当しない場合には使用できません。その上で、ラベルには窓もしくは給湯器以外にも、「外壁」「玄関ドア」「節湯水栓」「高断熱浴槽」「太陽光発電」「太陽光利用」が該当している場合に記載することができるので、ラベル表記ができる部位・設備を中心に改修・交換するのも一つの方法です。
是非、イマドキの住宅売却について情報をアップデートしていただき、住み替え・買い替えを円滑に進めていただきたいと思います。8つもしくは9つのキーワードに加えて、これからは補助金を有効活用した省エネ・断熱改修が売却成功のカギを握るポイントになります。
成功に向けての第一歩は、信頼できるパートナー探しから、ということもお忘れなく。
記事執筆
中山 登志朗(なかやまとしあき)
LIFULL HOME'S総研 副所長/チーフアナリスト
2014年9月にLIFULL HOME'S総研副所長に就任。出版社を経て1998年から不動産調査会社にて不動産マーケット分析、知見提供業務を担当。不動産市況分析の専門家として、TV・新聞・雑誌・WEBメディアへコメント提供、寄稿、出演を行うほか、年間多数の不動産市況セミナーで講演。
国土交通省、経済産業省、東京都
などの審議会委員などを歴任。(一社)安心ストック住宅推進協会理事。
X:@Yukkon0125