不動産と福祉の関係が少し近づいた記念すべき豊島区のセミナー
2023年11月13日、豊島区池袋で「高齢者に安心して住宅を貸し続けるために知っておきたい最新情報」と題したセミナーが開催された。主催は豊島区居住支援協議会。それだけならよくあるセミナーである。
だが、このセミナーにはこれまでの同種セミナーと大きく違う点があった。それは高齢者と住まいに関わるさまざまな立場の人達、そのうちでもポイントになるのは不動産と福祉というこれまで遠い関係だった人達が一堂に会し、意見交換を行ったということ。おそらく、日本でも初めてに近いような取り組みだったのではないかと思われる。
関係者が一堂に会した、なんだ、そんなことかと思われる方もいらっしゃるだろう。
だが、不動産と福祉は公共、民間、いずれの部門でもこれまであまり交流、接点がなかった。高齢者の部屋探しでは主に不動産分野の人達が居住支援法人を作るなどして取り組んできているが、それだけでは貸す側の不安は取り除けない。
入居中の高齢者の体調が悪くなった時、認知症の疑いがある時、あるいは倒れてしまった時にどうすればよいか。その点のフォローは不動産分野の人達ではできない。福祉の人達がいなければ対処のしようがない。不動産と福祉が連携しなければ、高齢者に家を貸す人の不安は除去できず、それが除去できなければ高齢者の居住問題は解決しないのである。
近年、その問題が指摘されながらも、これまでは不動産会社と居住支援法人、住宅担当部署は参加していても福祉担当セクション不在の会議が開かれていた。おそらく福祉の人達から見ても同じように、不動産関係者不在の会議があったのではないかと思われる。
もちろん、一度一緒に登壇したくらいで明日からの不動産と福祉が大きく変わるわけではないが、互いの問題がどこにあるのかは認識できたはず。その意味ではこのセミナーは今後の高齢者の居住問題を大きく前進させる意味のあるものだったといえるのである。
高齢者に安心して家を貸すために知っておきたいこと
そのセミナーで何が語られたか。概要を一部、二部それぞれにご紹介しよう。一部では高齢者に安心して住宅を貸し続けるために知っておきたい最新情報についてのレクチャーが行われた。講師は公益財団法人日本賃貸住宅管理協会あんしん居住研究会の伊部尚子さんだ。
豊島区は65歳以上人口に占める単身世帯の割合が全国の市区中で1位と高齢単身世帯が多く、しかも、そのうちの40%が民間賃貸に居住。民間賃貸住宅が終の棲家になる時代になっているものの、高齢者の住まい探しはまだまだ難しいのが現実。
それは受入れ側の不動産会社、大家さんに大きく4つの不安があるためだと伊部さん。それらの不安を解消する策があれば入居は促進されるはず。その4つを整理したのは下の資料である。
「一つ目の不安は家賃滞納。家賃が払ってもらえなくなったらどうしようというものです。二つ目は入居者が亡くなった後に契約を解除できるか、残った荷物の処理はどうするのかという点。三つ目はもし孤独死があった場合、リフォームの費用が嵩む、次の募集に支障がでるのではないかという懸念。そして四つ目は入居者が認知症になった場合にはどうすれば良いかということです」。
4つの不安のうち、最初の3つはお金が絡む悩みであり、それを図にしてみると分かりやすいと伊部さん。それが下の資料。たしかにそれぞれの場面でお金がかかること、かかるかもしれないことが不安の要因になっている。
だとしたら、それぞれの不安をどう解消するか、その手を知っていれば不安を抱えずに済むはずである。では、以下、不安の背景、解消法などについてみていこう。まずは家賃滞納。これについては保証債務会社がある程度はカバーしてくれるが、そもそも身寄りのいない高齢者は家賃債務保証会社の審査が通りにくい。
「身寄りのない高齢者が亡くなった場合、警察や行政は遺体の引き取り手となる相続人を探しますが、個人情報のため、管理会社には情報が連携されにくいところがあります。賃貸借契約は相続されるので、解約と荷物を処分するためには相続人を探して解約、荷物を処分してもらう必要がありますが、不動産会社や大家さんではこの作業は難関。保証会社も払われない期間が長くなって家賃の保証が増えたり、明け渡し訴訟費用がかかる、原状回復や荷物処分の支払いが確定しないのは困ります。
つまり、身寄りのない高齢者の審査を通しやすくするためには、スムーズに賃貸借契約を解約、荷物処分が行われる状況を作ることが大事ということになります」。
居住者が亡くなった後の契約解除、荷物の処分が大きな課題
それはまた、高齢者が亡くなった後の懸念を払拭することにも繋がる。
「亡くなった後の契約解除、荷物処分については2年前に国土交通省が『残置物処理等のモデル契約条項』を作って解決に動き出したのですが、解除、処分を行う受任者を依頼せねばならず、しかも荷物については一定期間保管しなければならないとなっており、実務的に使いにくい点があります。そこで現在は改良を検討中とのことです」。
これについては行政との連携で多少なりともクリアできる部分がある。ひとつは行政に入居の相談に訪れた際に身内や万が一の場合に連絡できる人や緊急連絡先などについて確認して欲しいということ。もうひとつは生活保護(住宅扶助)を受けている人が長期入院、施設入所、死亡した場合に解約、荷物処分ができるように本人、身内との意思確認の仲立ちをしてもらうこと。
生活保護を受けて入居している人が入院、入所などした場合、家賃は払われなくなるのだが、その時点では契約は解約されていない。場合によってはどこに入院、入所したかも個人情報ということで教えてもらえないこともあり、大家としては途方に暮れてしまう。行方が分からないまま、家賃は支払われず、ただただ、時間が経っていくのである。
三つ目の不安である孤独死については早期発見できればそれほど大きな問題にはならずに済む。幸い、現在は電気や電話の自動音声、郵便局の見守りなど多種多様な早期発見のための見守りサービスが出てきているが、問題は誰が通知を受け、現地に駆けつけるか。
それについて現時点で一番のお勧めはヤマト運輸が提供する「クロネコ見守りサービス」とのこと。見守り電球の設置、通知の管理や代理訪問も依頼できるそうで、月額料金も1000円ちょっとと安価。大家さんであれば検討したいものだ。
知らないうちに地域の高齢者は見守られていた
最近、高齢者の居住問題で課題として挙げられることが増えたのが認知症問題。それ以外にも加齢に伴って生じる心身の問題もあり、これらは不動産会社と大家さんではほとんどが対処不能。
だが、そんな時にはさまざまな地域の福祉分野のサポートがある。
「今回、調べてみて分かったのですが、不動産会社やオーナーが知らないだけで実は各地域には相談先や独自の見守りの仕組みがあり、地域に住んでいる人は知らないうちに見守られていました」。
相談先としては豊島区内に8カ所ある高齢者総合相談センターがあり、住まい、介護、医療などの各分野が連携している。ご近所の相談先としては民生委員という制度があり、豊島区では227名(欠員31名)が活動している。ただ、これについては身近にいる民生委員が誰かが分からないので、区の福祉総務課に問い合わせる必要がある。
「それ以外では介護保険サービス、生活保護を利用していない65歳以上の独居の人に対して見守り声かけ事業、同様の状況の75歳以上の方に熱中症予防啓発のための戸別訪問、高齢者実態調査(3年に1度)などがあります。
行政以外でも地元の事業者が行う高齢者の見守りと支え合いネットワーク事業、社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーカーなどがあります。そのうちには不動産会社、個人でも参加できる活動があったので、私も参加することにしました」。
知らないだけで実は地域にはさまざまな見守り事業があるのだ。今回は豊島区のイベントだったので豊島区の例の紹介だが、どの自治体でも似たような施策があるはず。住んでいる自治体、地元の社会福祉協議会などで調べてみると実は力になってくれる、助かるサービスが多々あるかもしれない。
ちなみにこうした情報の多くはホームページで検索するよりも直接窓口に行くなどして情報がまとめられた冊子をもらってくるのが手。対象が高齢者なので紙になっているのだが、不動産会社、大家さんに向けてはホームページにもアップしてもらいたいところである。
連携不足、個人情報の壁など課題はいろいろある
第二部では不動産業界から、豊島区の住宅課、高齢者福祉課から、高齢者総合相談センター、民生委員と地域で高齢者を見守る立場の人達が登壇、意見を交換した。
第一部の伊部さんの講演を受けて冒頭では関係者がバラバラに散在していることの問題点が指摘された。
高齢者に限らず、地域で困っている人達を支援している民生委員で児童委員も兼務する竹村敏さん(豊島区長崎第一地区)からは不動産会社に連絡しようと思っても連絡先がなく、連絡できないこともあるとして「本人以外の周辺と連携できていないと動けない」という声が出た。豊島区民社会福祉協議会共生社会課の宮坂誠さんも「安否確認で大家、不動産会社と連絡が取れないこともあり、普段から連絡が取れていれば楽なはず」という。
豊島区保健福祉部高齢者福祉課高齢者事業グループの大曾根誠さんは生活保護を受けている人が入院、入所した場合などに家賃が滞納になってしまう点など、不動産に関わる課題がたくさんあることを認識したとした上で「行政が行ってきたことがこれほど知られていないことを知らなかった、連携できれば互いにより良い結果に繋がるはず」とコメント。来場していた区民の人達もこの日、さまざまなサービスを知ることができたはずだ。
連携にあたってしばしば障壁として挙げられるのが個人情報。「それは個人情報だから教えられない」というあれだ。それに対して中央高齢者総合相談センターの澤口清明さんは大家さんからの相談が増えているとした上で、ただ、情報を教えてくれとだけ言われても難しいという。
「ただ、大家さんが困っているとして聞いた情報については入居者の緊急連絡先、知人などに大家さんが困っていらっしゃいますよとお伝えするようにはしています」という。間接的にではあるが、伝わるように間に入っているのである。
また、都心ならではの問題と感じたのは住宅に困っている高齢者がいる一方で見守りをしようにも建物に入れないタワーマンション居住の高齢者もいるという問題。高齢者福祉課基幹型センターグループの前場徳世さん、民生委員の竹村さんによると同じ建物内に数名見守りが必要な人がいる場合、一軒ごとに外に出て再度玄関から連絡を入れることになり、非常に時間も手間もかかるという。「今夏の暑さでは民生委員のほうが熱中症になりそうでした」。
法整備、改正も視野にいれて幅広い活動を
連絡先情報の共有がなかなかできない状況に加え、行政が動くには時間がかかるという点もある。公益社団法人全日本不動産協会東京都本部豊島・文京支部の鎌田隆さんはそれを指摘した。
「亡くなられているかもしれないという緊急時には民生委員、区役所の担当窓口に電話してもすぐには動けない。そんな時にまず連絡するのは警察。鍵を開けて部屋に入るためには警察の立ち合いが必要だし、連絡すればすぐ来てくれる。戸籍を調べるなどして関係者を探す権限もある。だとしたら何はともあれ、警察にということになります」。
鎌田さんが語る現場のリアルな状況に会場はしんとした。長年、不動産業、大家さん業をやっていればそうした深刻な場に遭遇することもある。不動産業は人の命に関わることもある仕事なのだ。そして、そんな一刻一秒を争う場面で一番頼りになるのは警察。
ただ、警察が万能というわけではないと民生委員の竹村さん。
「平常時の真夜中、緊急にという場合には警察が一番頼りになります。しかしながら、災害が起きた時はどうでしょう。警察も消防も手一杯。自分たちで助け合うしかなくなります。それを考えると、今回のセミナーは高齢者の居住をテーマにしていますが、実際に考えるべきことはより深く、大きなものと言えるかもしれません」。
当日語られた課題の多さを考えると、「今後法改正も含め、各種制度の見直しや整備なども視野に入れるべきだろう」という公益社団法人東京都宅地建物取引業協会第四ブロック豊島区支部の深山大介さんの言葉は重い。
が、制度が問題を全て解決すると思うのは早計。「制度に完全はない」と大曾根さん。「課題を見つけたらそれを地道に埋めていくことで、また、見守りであればひとつだけでなく、複数の目で見守るようにすることで漏れを無くしていく。それが遠回りのようで一番近道です」。
ここ数年、高齢者の居住を巡って法は変わり、見守る目も増えてはきている。漠然とした不安は明確な解決すべき課題として対策を考えられるようになり、少しずつ手が打たれてきている。少しずつは前進しているわけで、これをさらに前へ。豊島区のセミナーはそのための大きな一歩だった。
公開日:









