あらゆる人が分け隔てなく暮らし、働く……コンセプトは"ごちゃまぜ"の街
▲JR金沢駅から車で15分ほどの閑静な住宅街、金沢市若松町にある「シェア金沢」。施設の入口にはそれとわかる巨大看板はなく、小さな案内板が立っているのみ。周囲に塀や壁を設置することもなく、ご近所との境界線をつくらない施設設計が行われている。「施設と街を線引きせずに地域のグラデーションをつくること。これがシェア金沢が目指すべき本来の役割と考えています」と清水さん経済産業省が「ダイバーシティ経営=多様な人材の能力を最大限に発揮し、新たな価値創造に参画する経営戦略」の推進を唱え始めたのは平成24(2012)年のこと。以降「ダイバーシティ」「ソーシャルインクルージョン」の思想は徐々に社会へ浸透し、令和に入ってからは多様性を活かした組織作りを経営理念に掲げる企業・団体が急増した。
今や社会的使命ともいわれているダイバーシティ&インクルージョンだが、こうした「多様性の容認と社会的包摂」が世間の常識となる前から、男性・女性、若者・高齢者、学生・社会人、健常者・障がい者といった属性の壁を取り除き、「人を分け隔てしない街づくり」を目指して活動を続けてきた施設が石川県金沢市にある。
今回取材した「シェア金沢」のコンセプトは、ごちゃまぜの街……その誕生経緯について、施設長の清水愛美さんにお話をうかがった。
戦災孤児や障がい児の面倒を見ていた「お寺さん」から社会福祉法人へ
「もともと私共のルーツは宗教法人で、石川県白山市にある『行善寺』というお寺でした。寺の住職だった初代理事長が、居場所を無くした戦災孤児や知的障がい児を引き取り、お寺の境内に住まわせて面倒を見ていたのです。しかし、子どもたちの数がどんどん増えてポケットマネーでは賄いきれなくなり、住職自らが宗教誌を書いて販売しながら、子どもたちの生活費に充てていたと聞いています。そうした住職の慈善活動を経て、1960年に社会福祉法人佛子園を設立。障がい者の入所施設の運営をスタートしました。現在の理事長は住職のお孫さんで三代目にあたります」(以下、「」内はすべて清水さん談)
社会福祉法人佛子園の現・理事長である雄谷良成氏は子どもの頃、祖父が引き取った障がい児たちと寺で寝食を共にしながら、いつも一緒に遊んでいたそうだ。金沢大学教育学部を卒業した後、青年海外協力隊へ。支援活動で訪れたドミニカ共和国で「貧しいながらも幸福度高く暮らしている人たち」の様子を見て衝撃を受けたという。
「男性も女性も、大人も子どもも、障がいのある人たちも、自然に“ごちゃまぜ”になっている…これが人々の幸福度を高めているに違いないと、ドミニカで確信したのです。確かに、今の日本は“きっちり”しすぎています。ひと昔前なら障がい者とは呼ばれなかったはずの人たちも障がい認定を受けるようになり、サポート体制や補助金などが拡充されたものの、それがかえって“人を分け隔てること”につながっているように感じます。そこで、いろいろな人たちが自然にごちゃまぜになって暮らせる街をつくりたいと考えるようになりました」
卒園後に虐待を受けるケースも──障がい児が安心して働き暮らせる受け皿を
▲シェア金沢のショップでは、地元の採れたて野菜や名産品、手作りのクラフト作品等を販売するコーナーも。なお、各店舗からは光熱費の実費だけを支払ってもらい、テナント料はすべて無料。これは「社会福祉法人の在り方として法人の儲けは要らない」という理事長の方針からだという一般家庭での養育が困難な児童や障がい児の保護を行う児童養護施設は全国に約600カ所ある。しかし、最も大きな課題は、児童たちが施設を巣立った後の受け皿がまだまだ足りないことだ。
「佛子園の入所施設でも、当時は20歳になると卒園しなくてはいけないというルールがありました。しかし、親元には帰れない子どもたちが多く、せっかく自立を目指して就職しても、職場で差別や虐待を受けて仕事が続かないというケースが少なくありませんでした。
そのため“障がい者が安心して働き、暮らせる場所”をつくるという目的で、障がい児入所施設の佛子園を受け皿にして『星が岡牧場』『日本海倶楽部』を開設。障がい児入所施設の建物老朽化が課題となっていたため石川県内で移転先を探し、その跡地に『B's行善寺』を新たに整備するなど、ごちゃまぜ拠点をどんどん増やしていったのです。
『シェア金沢』に関しては、特に金沢市内への移転にこだわっていたわけではないのですが、たまたま金沢の中心街からほど近い場所で、療養施設の広大な跡地が長らく放置されていると知り、その土地を取得して、平成26(2014)年に街びらきを行いました」
キラーコンテンツは「天然温泉」、個と個のつながりを日常化する街づくり
▲露天風呂付きの天然温泉源泉の源泉は、シェア金沢の地下600メートルから湧出。大人490円(中学生以上)、中人130円(小学生)、小人50円で利用できる。「泉質が良い」と評判で地元リピーターも多い人気施設だ。ちなみに、この入浴料は施設で働く障がい者の給与となっている『シェア金沢』の敷地面積は約3万5000m2。この広大な敷地の中には、定員30名の障がい児入所施設や、就労支援を行うワークセンター、高齢者が暮らすサ高住、アトリエ付きの学生向けワンルーム賃貸のほか、就労の受け皿となっているレストラン、キッチンスタジオ、音楽イベントを開催できるライブハウス、そして、地域の人たちも利用できる天然温泉やショップ、ドッグランなどがある。
一般的な福祉施設の場合、利用者・関係者しか訪れることができない閉鎖的なイメージがあるが、賃貸住宅や飲食店、天然温泉を併設することで、まさに“分け隔てのない地域コミュニティ”が形成されていく。
「以前、系列の入所施設で地域の皆さんを招いてイベントを行ったところ、模擬店やコンサートなどがかなり好評で大いに盛り上がったのですが、その後、新たに障がい児のグループホームをつくりたいと相談したところ、“施設自体はとても良いことだと思う。ただ、うちの地域につくるのはやめてほしい”と地元の方から言われてしまったんです。その時改めて、“打ち上げ花火的にイベントを開催しても、盛り上がるのはその日一日だけ。地域の人たちとの関りを持てないまま終わってしまっては意味がない”と反省しました。
個と個のつきあいを日常化するにはどうしたら良いか…その答えは『お寺』にありました。実はこれは小松市の廃寺『西圓寺』の活用方法について考えていた時に気付いたことなのですが、お寺は地域の誰もが自然に集まってくる場所。福祉を利用する人に限らず、近隣の方が特に理由もなく遊びに来られるような“お寺本来の機能”を取り戻せば、ちゃんと地域に受け入れてもらえるのではないか?と。
天然温泉に関しては『三草二木 西圓寺』ですでに導入事例があったので、シェア金沢でも事前調査を行った上で温泉を掘ってみました。お風呂というのは、多世代の人たちが気軽に利用できる“キラーコンテンツ”であり、同時に地域の保健衛生施設としての役割を担います。コロナ禍も衛生管理を徹底しながら営業を続けたところ、地元の皆様から大変喜んでいただきました」
真似では成り立たないごちゃまぜ拠点、成功の秘訣は地域との丁寧な関わり
▲シェア金沢内にあるサービス付き高齢者向け住宅は32戸。単身高齢者や同居人配偶者、要介護・要支援認定を受けている高齢者の60歳未満の親族が入居対象となる。働きたいという希望があれば、天然温泉やレストランのスタッフとして施設内で仕事を持つことも可能だ開業から9年、『シェア金沢』の存在は地域の人たちに様々な効果をもたらした。
「視察に来た方々が驚かれるのは、“ここにいる人たちは、地元の子か、障がい者の子か、地域の人か、デイサービスの人か、まったく区別がつかないですね”ということ。
実際に、サ高住で暮らしているおばあちゃんが障がい児の面倒を見るようになり、自分の役割ができたことで責任感が生まれて徘徊がなくなったり、地元で問題児と呼ばれて親からも見放されてしまった子がレストランの厨房で働くようになり、障がいを持つ子どもたちから慕われるようになって、将来は福祉の仕事に就きたいと新たな目標を見つけたケースもあります。
こうしていろんな人たちと分け隔てなく関わるようになると、どんどん視野が広がり、社会というのは“家族や友達の範囲だけじゃない”ということに気付いて、みんながどんどん元気になっていくんですよね(笑)」
こうした取り組みを受けて、シェア金沢は『グッドデザイン賞(地域・コミュニティづくり)』や『総務省ふるさとづくり大賞』など数多くの賞に輝き、国内外からの視察も増えている。
「いろんな自治体の方が“参考にしたい”と視察にいらっしゃいますが、ただ真似するだけでは意味がありません。実は佛子園でもごちゃまぜ拠点は2つとして同じものはなく、その地域に応じた施設を目指していますから、天然温泉やレストランがあればどこでも成功するというわけではないのです。土地柄・人柄に応じて、地域の人たちと丁寧な関わりを持ち続けていくこと…これが何より大切だと痛感しています」
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社会福祉法人佛子園では、現在JOCA(公益社団法人青年海外協力協会/青年海外協力隊の経験者を中心に設立された団体)と連携しながら、ごちゃまぜ拠点づくりを全国の自治体に広げている。
誰もが分け隔てなく、皆で同じ方向を向きながら暮らし、働き、集い、笑う……そんな「ごちゃまぜ」のパワーが今後どのように日本を元気にしてくれるのか?楽しみに注目していきたい。
■取材協力/シェア金沢
http://share-kanazawa.com/
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