仕事と休暇だけでなく、農業も取り入れたワーケーション

飯島流ワーケーション推進協議会のメンバーである田切農産の代表・紫芝勉さん飯島流ワーケーション推進協議会のメンバーである田切農産の代表・紫芝勉さん

新型コロナウイルスの感染拡大により、仕事と休暇を組み合わせた新たな働き方「ワーケーション」が注目を集めている。

ワーケーションは「Work(ワーク)」と「Vacation(バケーション)」を組み合わせた造語で、リゾート地や地方など普段の職場とは異なる場所で働きながら、休暇の取得などを行う仕組みのことだ。心身の健康と仕事の生産性を両立できる働き方として注目され、コロナ禍によるリモートワークの普及などを契機に実践する人が増えてきている。

こうした中、長野県南部に位置する飯島町では、仕事と休暇を両立するワーケーションに農業を取り入れた「アグリワーケーション」の拠点づくりが進められている。

2つのアルプスに囲まれた飯島町は、年間を通じて多くの人がキャンプに訪れる自然豊かな観光地だ。同町では以前から企業誘致や移住促進などに力を入れてきたが、数年後のリニア中央新幹線の開通を視野に入れた「飯島町 循環環境ライフ構想」の柱の一つとして、農業を取り入れた「飯島流ワーケーション事業」を立案。2021年10月には、飯島町、集落営農法人田切農産、JA上伊那飯島支店などで構成された「飯島流ワーケーション推進協議会」が発足し、2022年4月以降の本格的な事業開始に向けて着々と準備が進められている。

地目変更が容易なトレーラーハウスを拠点として活用

飯島流ワーケーションの拠点となるトレーラーハウス飯島流ワーケーションの拠点となるトレーラーハウス

農業を取り入れた「飯島流ワーケーション」の拠点となるのは、農地だった場所に設置されたトレーラーハウスだ。トレーラーハウスは、法律上建築物ではないため、地目の変更手続きが容易であり、災害時には仮設住宅としても使える点に着目した。現在、田園風景が広がる土地にトレーラーハウスが5台設置されており、電気やガスなどの工事を完了して2月中にプレ事業を開始。そして4月以降、本格的に事業をスタートさせる予定だ。

利用者は、推進協議会のメンバーである飯島町田切地区の田切農産を通じて、さまざまな農作物の収穫や草刈りなどの作業を体験する。利用者のニーズに応じ、2泊3日ほどの短期滞在型と、数ヶ月から1年ほどの長期滞在型の2種類のプランを用意する計画だという。

田切農産の代表・紫芝勉さんは、「飯島町から『トレーラーハウスを導入してワーケーションをやりたい』と最初に相談された時には、単純に人を呼ぶだけでは単なる観光で終わってしまうと感じた」と話す。そこで提案したのが、地域貢献にもつながる農業を絡めたワーケーションだった。

「余暇を楽しむという発想からもう一つ発展させ、仕事をしながら農業を体験してもらおうと考えました。飯島流ワーケーションでは、『地域の農業をどのように守っていくか』という部分に視点が置かれています。農業従事者が高齢化して徐々に減少するなかで、10年後に残された人たちでどのように地域の農業を守っていくかが大きな課題になっています。そこで、都会から多くの人たちに訪れてもらうことで関係人口を増やし、間接的な地域農業の担い手を増やしていきたいと考えています」

副業として農業に取り組み、年間150万円程度の稼ぎを目指すことも

田切農産での農作業体験を通じて、年150万円程度を副業で稼ぐノウハウを学ぶことも田切農産での農作業体験を通じて、年150万円程度を副業で稼ぐノウハウを学ぶことも

飯島流ワーケーションでは、仕事をしながら副業として農業に取組んだり、“半農半X”の形で地域と関わりを持ちながら新しい農業の担い手になってもらうことを想定しているという。「この地域に愛着を感じてもらい、一緒に農業を盛り上げていただければ」と期待を寄せる紫芝さん。

農業塾を通じて本格的に農業を学び、土日を中心に農作業を行うことで、副業として年間150万円程度を稼ぐような新たな就農スタイルを目指すこともできる。

長期滞在型のプランでは、1年間の賃借料に、農地の使用料や機械作業代、指導料や資材費などが含まれているという。

「希望に応じて農作業に随時関わってもらい、最終的にできたお米などの収穫物は、ワーケーションの拠点としてトレーラーハウスを利用されている企業や組織にすべて提供します。企業の福利厚生として配るのもいいですし、販促ツールとして生かす、社食として提供する、SDGsと絡めて寄付するなど、さまざまな利用価値があると思います」

順天堂大学の協力を得て、農作業によるストレス軽減効果を測定

トレーラーハウスの前には野菜を栽培するための畑も用意されているトレーラーハウスの前には野菜を栽培するための畑も用意されている

飯島流ワーケーション推進協議会では、都市部の企業に対して、社員のストレスを解消する福利厚生施設として売り込んでいく考えだという。そこで、農作業体験のほかにも、リンゴ畑でのヨガ体験、そば打ち体験などのメニューも用意する方向で検討が進められている。さらに、順天堂大学の協力を得て、農作業によるストレス軽減効果の実証試験も行われる予定だ。

コロナ禍によって都市部の企業もさまざまな課題を抱えている。例えば、オフィスの分散化が声高に叫ばれるなかで、いまだに一極集中を脱却できていない企業は多い。また、コロナ禍による社員のストレスも大きな問題になりつつある。飯島流ワーケーションは、こうした課題の解決につながる大きな可能性を秘めている。

「今回の取り組みでは、ストレスケアに関する実証実験を進めていく計画です。農作業を行う前にストレス値を測定し、終わった後の数値がどれだけ改善しているのかを見える化します。そして将来的には、実証実験で収集したデータを基に、ストレス度に応じて適した農業体験プランをカスタマイズして提供できるようなモデルを構築していきたいと思います」

リニア中央新幹線が開通すれば、東京のオフィスが通勤圏に

リニア中央新幹線が開通すれば、長野県南部に位置する長野県駅(仮称)から東京まで約40分でつながる。飯島町からも1時間程度で首都圏にアクセスできるようになり、利便性は一気に高まる。リモートワークが常態化し、出社は週1~2回程度といった企業が増えている現状を鑑みれば、「東京への通勤」も決して無理のない選択肢になりうるはずだ。

「リニア中央新幹線の開通をきっかけにインフラの整備が進んでいけば、南信地域は大きく変わるはずです。5年後、10年後に地域全体で発展していくためにも、私たちが先進的なモデルを確立し、この取り組みを周辺の市町村へと広げていければと思います」

コロナ禍によって従来の暮らしが大きく見直される今、飯島町が推進する「仕事+余暇+農業」という新たな働き方が、ライフスタイルの新しいトレンドを生み出していくかもしれない。

自然豊かなロケーションが広がる拠点周辺。リニアが開通すれば東京に約1時間でアクセス可能に自然豊かなロケーションが広がる拠点周辺。リニアが開通すれば東京に約1時間でアクセス可能に

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