有識者による、約1年間・5回の議論を集大成した「駅まちデザインの手引き」

駅まちデザイン検討会「駅まちデザインの手引き」駅まちデザイン検討会「駅まちデザインの手引き」

私たちが日常的に乗り降りする駅、乗り換える駅が、スムーズに移動できる、安心で快適な空間なら、日々のストレスはずいぶん軽減されるのではないか。そして、そんな駅の近くに、ちょっと寄り道してお茶や食事、買い物が楽しめる場所があれば、なおよい。
初めて降り立った駅の風景は、そのまちの第一印象に刻まれる。見やすく分かりやすい案内があり、地域の雰囲気が伝わってくるような空間なら、きっとそのまちに親しみが持てるだろう。

2021年9月30日に国土交通省が公表した「駅まちデザインの手引き」(以下、手引き)は、駅とその周辺を一体に捉え、魅力あるまちづくりの核として再構築するためのガイダンスだ。日本大学・岸井隆幸任教授を座長とする「駅まちデザイン検討会」が2020年9月から約1年、5回にわたって議論を重ねてきた。「駅まちデザイン」とはいったい何か。私たちの暮らしにどうかかわるのか。その内容を見てみよう。

「コンパクト+ネットワーク」の核になる「駅まち空間」

近年、国土交通省の施策の重要キーワードになっているのが「居心地がよく歩きたくなるまちづくり」と「コンパクト・プラス・ネットワーク」だ。
前者については、2020年3月の「ストリートデザインガイドライン」の記事でも触れた。
「コンパクト・プラス・ネットワーク」とは、人口減少・高齢化の時代に対応した、生活機能がまとまったコンパクトなまちづくりと、その間をつなぐ地域公共交通との連携を指す。ネットワークの核となるのが駅だ。

「コンパクト・プラス・ネットワーク」の概念図(出典:駅まちデザインの手引き)「コンパクト・プラス・ネットワーク」の概念図(出典:駅まちデザインの手引き)

「駅まちデザイン」では、駅や駅前広場だけではなく、隣接する商業ビルなども含めた一帯を「駅まち空間」と定義する。従来の都市開発に用いられてきた「TOD(Transit Oriented Development:公共交通志向型開発)」を超える概念として、「IDM(Integrated Design & Management) for Attractive Transit Hub ~Beyond TOD~」 という訳語を提唱している。「魅力的な交通結節点のための、統合的なデザインとマネジメント」といったところだろうか。

「コンパクト・プラス・ネットワーク」の概念図(出典:駅まちデザインの手引き)「駅まち空間」の範囲。駅空間、駅前広場や隣接する開発地などが含まれる(出典:駅まちデザインの手引き)

多様な主体が連携して「駅まち空間」を再構築し、一体的に運営

「駅まち空間」には、鉄道事業者や行政だけでなく、テナントや近接するビルの所有者、駅や商業施設の利用者など、さまざまな立場の人がかかわる。

「駅まちデザイン」とは、それぞれの地域における駅まち空間に、どんな課題やニーズがあるか把握することから始まって、駅まち空間に求められる多様な機能をどう配置し、デザインするか、関係者の合意形成、整備の順序や役割分担、維持管理までの、一連のプロセスについての考え方・進め方を指す。

手引きでは、「駅まちデザイン」で留意するべき「5原則」として「1.多様な主体の連携」と「2.ビジョンの共有」、さらに駅・駅前・周辺市街地とで「3.空間の共有」や「4.機能の連携」を行い(下図)、お互いの管理区分を超えた、「5.一体的で柔軟な運営」を行うことが望ましいとしている。

「空間の共有」と「機能の連携」。駅空間と駅前空間、周辺市街地の一般的な機能配置と連携のイメージ図</br>(出典:駅まち再構築事例集)「空間の共有」と「機能の連携」。駅空間と駅前空間、周辺市街地の一般的な機能配置と連携のイメージ図
(出典:駅まち再構築事例集)

さらに「これからの時代に求められる新たな視点」として、三密回避や災害対応のためのオープンスペースの確保、IoTセンサーやWi-Fi、案内所やサイネージなどによる「情報の駅」としての役割、データ解析やスマートプランニング、自動運転など新技術の活用を挙げている。

まちの規模や成立背景によって異なる「駅まち空間」事情

ひとくちに駅まち空間と言っても、大都市の中心部と、郊外や地方都市とでは事情が異なる。手引きでは、まちの成立背景の違いによる3つのタイプを紹介している。

タイプ1は、鉄道駅を起点として発達したまちで、大都市の都心部に多い。駅前通りがすなわちメインストリートで、駅はまちの重要拠点だ。

タイプ2は、城下町や門前町など、鉄道以前に市街地が存在し、あとから駅ができたまちだ。駅と古くからの中心市街地が近い場合と、離れている場合がある。駅まち空間と市街地がライバルになる可能性があるため、駅まち空間を再構築するときには、市街地との役割分担を考慮する必要がある。

タイプ3は、鉄道より車が中心で、ロードサイドに商業施設が並んでいるまちだ。地方の小都市や郊外に多く、まちのイメージをつくるメインストリートがない。このタイプでは、駅まち空間に商業機能を持たせることで、車に過度に依存しない、新しい拠点ができる可能性がある。

手引きに先立って公表された「駅まち再構築事例集」では、駅の立地を大都市都心部、大都市郊外部、地方中核都市、地方都市に分類し、再構築事例を紹介している。

【駅まち再構築事例】</br>左上/大都市都心部・博多駅。写真右端がJR博多駅だ。用地交換や道路の付け替えによって不足していた歩行者空間を確保し、大都市の玄関にふさわしい駅前広場をつくり出した。立体都市計画で、駅ビルの1階に歩行者空間、2階にデッキを設けている</br>右上/大都市郊外部・たまプラーザ駅。線路の上に人工地盤を設け、駅と一体になった歩行者空間や広場、商業施設を整備した。駅空間内にバスやタクシーへ乗り換え機能を配置している。写真は改札前広場。 </br>左下/地方中核都市・福井駅。タクシープールを高架下に移転して歩行者や公共空間のための空間を確保し、地域鉄道の駅前広場への延伸、バスターミナルの整備で公共交通機関の乗り換えをスムーズにした。北陸新幹線の延伸を控え、今も周辺の再開発が進行中だ</br> 右下/地方都市・土浦駅。駅とペデストリアンデッキでつながる場所に広場を設け、駅周辺に市役所・図書館・市民ギャラリー・サイクリング拠点施設といったサービス機能を集約した。写真中央のビルに市役所が入居している</br>(画像提供:ピクスタ)【駅まち再構築事例】
左上/大都市都心部・博多駅。写真右端がJR博多駅だ。用地交換や道路の付け替えによって不足していた歩行者空間を確保し、大都市の玄関にふさわしい駅前広場をつくり出した。立体都市計画で、駅ビルの1階に歩行者空間、2階にデッキを設けている
右上/大都市郊外部・たまプラーザ駅。線路の上に人工地盤を設け、駅と一体になった歩行者空間や広場、商業施設を整備した。駅空間内にバスやタクシーへ乗り換え機能を配置している。写真は改札前広場。 
左下/地方中核都市・福井駅。タクシープールを高架下に移転して歩行者や公共空間のための空間を確保し、地域鉄道の駅前広場への延伸、バスターミナルの整備で公共交通機関の乗り換えをスムーズにした。北陸新幹線の延伸を控え、今も周辺の再開発が進行中だ
 右下/地方都市・土浦駅。駅とペデストリアンデッキでつながる場所に広場を設け、駅周辺に市役所・図書館・市民ギャラリー・サイクリング拠点施設といったサービス機能を集約した。写真中央のビルに市役所が入居している
(画像提供:ピクスタ)

身近なところで「駅まちデザイン」が動き出す可能性も

手引きは「構築」「計画・事業化」「管理運営」の3段階で、先行事例を参照しながら駅まちデザインの進め方を解説する。さらに、関連する事業手法・規制緩和・支援制度のインデックスを用意している。

一民間人が駅まちデザインに関与する機会はあまりないかもしれないが、日常的にでもたまにでも、駅を利用する私たちは、みな関係者の一人だ。手引きでは、駅まち空間のデザインで重視するべき機能として「利便性」「安全性」「地域性」「快適性」を挙げている(下図)。こうした観点から、日頃利用する駅やその周辺空間がどうなっているのか、改善してほしいところはないか、改めて観察してみてはどうだろう。こうした手引きが公開されたことは、国の意思表示でもあり、これから身近なところで新たな「駅まちデザイン」が動き出す可能性は十分ある。協議会の一員として、またパブリックコメントなどで、意見を言えるときが来るかもしれない。

駅まちデザインの手引き https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_gairo_tk_000098.html
駅まち再構築事例集 https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_gairo_tk_000019.html

駅まち空間のデザインで重視する事項(出典:駅まちデザインの手引き)駅まち空間のデザインで重視する事項(出典:駅まちデザインの手引き)

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