世界基準では大学は全寮制が一般的
ここ数年、「住む」「働く」「学ぶ」その他、人の行動とその意味するもの、そしてそれぞれの行動の場が従来とは異なる形を取るようになってきた。分かりやすいのは「働く」の変化だろう。「住む」場所とは遠く離れ、他人が定めた時間のうちで従事するものであった「働く」は最近、かなり自由になった。すべての人がというわけではないものの、住まいも含め、オフィス以外の場所で働くこともできれば、最終的な成果につながりさえすれば働く時間を自分で裁量できることも。
同様に「住む」も変化しつつあることを教えてくれるのが2020年12月に世田谷区代田に開業した「SHIMOKITA COLLEGE」(以下シモキタカレッジ)である。
下北沢では小田急線の複々線化、地下化に伴って生まれた土地を活用、さまざまな施設が誕生しているが、そのうちのひとつがシモキタカレッジ。一言でいえば学生寮だが、ただ住むだけではなく、レジデンシャル・カレッジ、「居住型教育施設」を標榜する。住む、暮らすことを学びに変えようというわけである。
運営に当たるHLABの小林亮介氏によると、そもそもオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ハーバード大学など世界のトップ大学はほとんど学内に学生寮があるのだという。複数学部の年代、背景の異なる多様な学生が同じ場で一緒に暮らすことにより、紙に書かれた、教えられるものとは異なる学びを得る。時としてそこから新しいビジネスなどが生まれることもある。最近の有名なところでは全世界で27億人以上が使っているFacebookや大ヒットした映画「ラ・ラ・ランド」は寮での人間関係から起業、発案されたもの。そうした偶発的な学びを生むことを意図した場がシモキタカレッジなのである。
授業のオンライン化で注目される「意図されない学びや対話」
全寮化と同時に世界ではもうひとつの動きがある。それがオンライン化だ。コロナ禍で日本の大学でも授業をオンライン化する動きが加速しているが、世界的にはこれは以前からあった動きだと小林氏。
例に挙げられたのは、2014年9月に開校したミネルヴァ大学。授業はすべてオンラインで行われ、本部はカリフォルニア州サンフランシスコにあるが、特定のキャンパスはない。全寮制で学生は4年間で世界7都市を巡り、地元の活動にも参加する。オンラインでの授業のため、授業料は安いが、それ以上に他大学では得られない経験ができると現在ではハーバード大学に入るよりも難しいと言われるほど。
今後もっとオンライン化が進めば、従来の学びと言われたものの多くは共有され、その大学独自のモノでなくなることも考えられる。となれば大学はどうやって差別化を図るのだろう。
そこで出てくるのが人が出会うことによる意図されない学びや対話である。そのため、海外の大学は多様な住環境を提供することも大学の役割のひとつと認識、これまで以上に緻密な計算の下、人が出会う場としての寮を重視しているという。日本でも2014年の早稲田大学国際学生寮などここ数年、入居している学生同士のコミュニケーションを意図した学生寮建設が目に付くようになってきているが、これは世界的な流れの一環というわけだ。
当然、シモキタカレッジでもハード、ソフトの両面から入居する人たちが交わる仕組みを考えている。
人と人が自然に交わるような造りの建物
建物の造りでは食堂やラウンジなどの共有スペースを通らないと居室に行きつけないような設計となっているのが特徴。住んでいる人は否応なしに他の居住者のいる場所を通ることになる。5階建ての建物のうち、特に印象的なのは大きな吹抜けのある1階の食堂、階段を上がった2階にあるコモンキッチンと広いラウンジだ。
1階には居住者専用の食堂「リラックス食堂 下北沢」があり、平日朝と夜の1日2食が提供される(運営開始は2021年4月の予定)。同じ空間で日に2度の食事を共にしていれば自然と住む人同士の距離は近づく。学生向けにはかつて賄い(食事のこと)付きと呼ばれる下宿があったが、十年ほど前にはほぼ見なくなっていた。それが現在、食もコミュニケーションを促進するもののひとつとして見直され、食事が提供される寮が新たに作られているのは面白い現象。「食べる」の意味も変わってきているということだろう。
1階、2階も含め共有スペースに置かれた家具その他は容易に動かせるような品が選ばれている。これはイベントその他が頻繁に開かれることを想定したもの。その時に応じて場を作れるようにという配慮だ。本棚、スクリーンなども用意されている。
また、2階には常駐するHLABスタッフのオフィスもある。気軽に訪ねてもらいやすいようにと部屋はガラス張りだ。スタッフは入居者と月に1回程度の面談を行うほか、平均して週に2回、延べ6時間程度行われる予定のプログラムなどを担当する。偶発的な学びの場とはいうものの、最初から自然に生まれるものではない。手助けするスタッフが必要というわけである。
複数大学の学生に社会人、高校生も対象
共有スペースとしては3階にコモンキッチン、ライブラリー、4階にコモンリビング、男女別のランドリー、5階にコモンキッチン、ルーフテラス、4~5階以外にはバスルームなどの水回りも用意されている。どの階でも建物中央に共有部を配し、そこから両側に住戸が広がる形になっており、効率よりも人の動線が交差することが意図されている。
住戸は4~5階を除き、水回り共用の間取りとなっており、一人部屋で約9.8m2がメイン。全体として非常にコンパクトに作られており、バス・トイレ付きの一人部屋でも約13.0~14.7m2、4人部屋などの場合(新型コロナウイルスに配慮、当面は一人部屋のみ稼働予定。2人部屋、8人部屋もある)には2段ベッドの1段分とその前に置かれたデスクひとつが自分の空間ということになる。自室に籠るのではなく、他人と暮らす場と考えれば自室はコンパクトでよいということなのだろう。
入居者募集はすでに始まっているのだが、面白いのは一般的な学生寮は特定の大学の学生のみが対象だが、シモキタカレッジでは複数の大学を想定しているだけでなく、社会人、高校生(募集は2021年以降を予定。学生、社会人は2年契約だが、高校生は学期単位を想定)も対象と考えていることだ。幅広い年代の多様な人の入居は互いにとっての刺激の幅を広げることでもあり、高校生にとっての大学生は身近なロールモデルになろうし、大学生にとっての社会人も同様。
18歳から20代といえば、ほんの1~2歳違うだけで見えている世界が変わる年代であり、その時期に少し先あるいは少し前の世界を見ることができれば人生の感じ方、考え方が大きく変わりそうである。
下北沢というまち全体もキャンパスに
ただ、応募はイコール入居ではなく、書類、面接を経る必要がある。募集要項を見ると積極的に場作りに関与する人が求められており、誰かに何かを教えてもらいたいと考えている人には難しいだろう。
ところで、多様な人という言葉があると外国人を想定する人もいよう。実際、近年の他大学の学生寮では留学生との交流を目玉にしている例も少なくない。だが、シモキタカレッジはそこだけに注視しているわけではないという。
「日本では国籍などのわかりやすい属性が違う人がいれば多様と考えられることが多いのですが、関心や経験、背景など多様性にもいろいろな側面があると考えております。 ただ、コロナ禍で日本も含め、ほとんどの大学がオンライン授業を始めたので、逆に世界中の大学が対象になったと考えています。また、海外の大学に在学、進学予定で現状、国内にとどまらざるを得ない人も対象とし、世界中の大学の学生さんが住み始めています」
もうひとつ、興味深いのは施設内だけでなく、下北沢というまち全体をキャンパスと考え、線路跡地「下北線路街」に生まれた複数施設とも連携してまちにも関わっていくという構想。下北沢は地下化に至る前から地元の人たちの活動が非常に活発な場所で、自分たちのまちをどうしたいか、主張のはっきりした人たちが多い。その中でまちに関わるのは大変そうではあるが、得難い経験になるはずだ。また、ここで一緒の時間を過ごした人たちと良い関係が築け、それが継続するとしたら、それは一生の宝にもなろう。うらやましい施設の誕生である。
その一方で意地悪く思ったことがある。こうした施設を利用、世界レベルの学びを受けられる人とそうではない人。格差は開いていく。ここで学ぶ人たちは学べない人たちがいることも同時に学んでほしいと思う。
SHIMOKITA COLLEGE
https://shimokita.college/
公開日:






