ロックダウンで強制された自宅勤務

英国では、3月末にコロナ禍により全国でロックダウンが宣言されると、ほとんどの会社が一斉に自宅勤務に切り替えとなりオフィスは閉められた。

バスや地下鉄など公共交通には医療関係者とスーパーの従業員などしか乗車できず、雇用者が出勤を強制することも禁じられた。一時帰休で仕事をせずに待機した人や解雇者も大勢いたので、出勤していた人全体の約6割、2,400万もの人数が自宅での勤務を始めた計算だ。もともと通勤通学のラッシュは日本ほどひどくない英国だが、平日の朝8時にバスがほとんど無人の状態で走っているのはとても異様な光景だった。

乗客が見当たらないロックダウン時のバス。乗車率はコロナ前の3割程度だったというがロンドンではもっと少なかった(ロンドン)  
© Nao Fukuoka乗客が見当たらないロックダウン時のバス。乗車率はコロナ前の3割程度だったというがロンドンではもっと少なかった(ロンドン) © Nao Fukuoka

通勤交通費も自前で払う英国、WFHで郊外への移住が始まった

あれから7ヶ月が過ぎても、オフィス街にはまだあまり人が戻っていない。ランチタイムには長い列ができていたサンドイッチ店やカフェなどの扉は閉まったまま。廃業した店は数え切れないほどだ。今も1,000万人あまりが自宅勤務を続けているが、その中には勤務先が閉鎖されたままの人や、ロックダウン後も継続することに会社と合意した人がいる。英語で自宅勤務を「ワーキング・フロム・ホーム」と言うが、あまりに普及したので、今では略号で「WFH」といえば意味が通じるようになった。

「自宅勤務がよい」という人は、まず一番に出費減を理由として掲げている。英国では雇用主が社員の交通費を負担することはない。誰もが自前で払い、後から確定申告をする方式だ。運賃は日本よりも高いので、通勤に2時間もかかるような緑に囲まれた郊外に住めるのは高給取りの管理職という構図がある。だから普通の人にとっては年収の7~8%(平均)を占める交通費をセーブできるのはとても魅力的なのだ。次に、通勤時間がなくなることで家族や友人と過ごす時間が増えること。そして職場の人間関係に煩わされることなく自分のペースで仕事ができること、と続く。

ロックダウン期間は学校も託児所も休みだったので、子どもが家にいて仕事がはかどらない、また、家が狭くワークスペースの確保が困難といった問題はあった。しかし、いろいろなメリットを合わせるとやっぱり「自宅勤務バンザイ」になるらしい。この先もずっとWFHを続けることにした人たちはもう都会やその周辺に住む必要はない。自然環境の良いカントリーサイドへの移住が始まっている。コロナ経済復興策として不動産購入の際にかかる一部税金が免除や減免になったため、英国では夏から持ち家購入ブームが起き、都市圏から電車で2~3時間の地域にある物件が最も激しい値上がりを記録している。売り手市場なのだ。

コロナ前の活気は消え、オフィスビルは今も閑散としている(ロンドン)
© Nao Fukuokaコロナ前の活気は消え、オフィスビルは今も閑散としている(ロンドン) © Nao Fukuoka

もうビフォーコロナに戻ることはない?

職種にもよるが、今までは実行不可能と思われていた自宅勤務が意外なほどうまくいき、巨大なオフィスはもう必要ないと考える経営者は多い。すでに職場スペースのダウンサイズを決めた企業も相当数に上り、商用ビルを扱う不動産会社は空になった物件とコロナ禍で法的に許された家賃滞納期間の延長とで窮地に陥っている。

もちろん、誰もがみなずっと自宅から働き続けることを望んでいるわけではない。会社に行くほうがずっと能率よく仕事できる、一人で働くことに孤独感を感じるという人もいる。きちんとスーツを着てオフィスに戻る日を心待ちにしている人も多い。しかし雇用サイドはもうコロナ前に戻るつもりはあまりないようだ。

動きだした「新しいオフィスの形」

こうした状況から生まれてきているのは、ハイブリッドな働き方とそれにマッチするワークスペースだ。最も好まれる働き方は、週のうち3~4日は自宅ベースでWFHをし、1~2日出勤して対面会議や交流をする形だ。オフィスはいくつかの会議室を中心とした小規模なものになり、「ホットデスク」と呼ばれる空いている机を使って仕事をするスタイルが主流になるだろう。会社にとっては家賃から空調などの光熱費に至るまで大きなコスト減だ。

不動産デベロッパーは、地方都市のあちこちにワークスペースを設け、社員がどこにいても利用できるサテライトオフィスなど、多様化し続けるだろう働き方ニーズを満たす新たなフォーマットを模索している。会員制のシェアオフィスにも注目が広がるだろう。貸しデスクと会議室だけでなく、コミュニティスペースやイベントスペースも備えて異業種間の交流機会も提供する。すでに自営業やスタートアップ企業に利用されているが、それが会社勤め人たちの間にも広がることが期待されている。

地方の活性化と都市の住宅難解消にもつながる自宅勤務

英国政府は「働く人とオフィスの地方拡散」が経済の活性化に大きく貢献できる、という点に大きな興味を持っている。空き店舗が目立つ全国の商店街から歴史のある68地区を選び、経済復興策のひとつとして目抜き通りの古い建物を保存修復し、住宅、シェアオフィス、店舗を隣接混在させる再開発プロジェクトをスタートする予定だ。

都会では、空いたオフィスビルを政府との連携で平均収入世帯でも購入できるような価格の住宅に転用しようという動きがあり、実現すれば住宅難の解消に役立つかもしれない。どこに住んで、どのように働くか。英国はまた11月から第2波によるロックダウンに突入してしまったが、しばらくは続く自宅勤務の中でじっくり考える時間はありそうだ。

衰退気味だった地方の商店街は、コロナによる廃業でいっそうゴースト化が進んでいる(ロンドン)
© Nao Fukuoka衰退気味だった地方の商店街は、コロナによる廃業でいっそうゴースト化が進んでいる(ロンドン) © Nao Fukuoka

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