ゆったりした建物内共用部の数々
賃貸住宅では普通、使えるのは自分の借りた部屋の中だけである。だが、家にいる時間が長くなると、どこかに出かけるほどではないものの、ちょっと気分を変えたいと思うときがある。そんなときに同じ建物内に複数、使える場所があったらどうだろう。敷地内で友人と集まったり、語らったりできる場所があったらどうだろう。
町田市にある「まちのもり本町田」(以下、まちのもり)はそんな、入居者が自由に使える空間があちこちにある、ちょっと贅沢な使い方ができる賃貸住宅である。もともとは企業が単身者向けの社員寮などとして貸すために造った建物で、築27年(2020年時点)。この時代の建物の中には今ほど経済効率をぎちぎちに追求せず、廊下やエントランス、共用部分がゆったり造られている建物があるが、まちのもりはまさにそんな物件。
たとえば、広いエントランスを入ると目の前にガラス屋根のあるアトリウムが広がり、その奥に共用のラウンジなどがあるのだが、この空間だけですでに小さな公園ほどあり、ちょっとしたイベントができそう。奥のラウンジは85m2もある、ガラス張りの開放的な空間で、人工芝を敷き詰めたパティオに隣接。いずれも入居者が自由に使える場所なので、自室で煮詰まったらここでごろごろしながら読書、あるいはパソコン仕事も。建物内には階段脇などに、こうした無駄(!)な、ちょっと椅子を出せば使えそうな空間が随所にあり、建物内だけでもあちこちでリモートできそうである。
コモンとコレクティブ、その意味は?
それ以外にも建物内には複数の共有の空間がある。たとえば1階にあるコモンバス。もともとは単身者向けの25m2の1Kが91戸ある建物だったため、各戸のバスルームはそれほど広くはない。一部、2戸を1戸にして広い部屋が作られているが、それでも子どもと一緒にゆったり入るほどではない。そこで1620の大きなバスタブのある部屋を作り、入居者全員が自由に利用できるようにしてあるのだ(1時間300円)。この部屋にはもうひとつ、コインランドリー(1回200円)も設置されている。社員寮だったので各室には洗濯機置き場がなかったのだ。
また、1階には来訪者が宿泊できるようにとゲストルーム(1人1泊1,300円。コモンバス1回利用を含む)があり、ミニキッチンも。多目的ルームは地域の人も利用できる会議やイベントなどに向いた部屋で、エントランス脇に位置している。3階にはランドリーと一緒になったコモンルームと呼ばれる共有の部屋があり、眺望を楽しみながら寛いだり、仕事をしたりも。キッチンも設置されているので、入居者同士でご飯会などをするのも楽しいかもしれない。
こうした入居者が使える共用スペース=コモンが充実していることからまちのもりはコモン付き賃貸と称しているのだが、実はもうひとつ、異なる名称がある。それがコレクティブハウスである。あまり耳慣れない言葉かもしれないが、コレクティブハウスとは1970年頃の北欧で始まった暮らし方で、子育てや家事の一部を共同して行うことで孤立せず、安心した暮らしができるようにしようというもの。コモンを介した賃貸はその人次第で緩くつながることもできるものだが、コレクティブはもう少し意識的に仕組みを持って他の入居者と関わり、助け合うことを前提にした暮らしと考えれば分かりやすいだろう。
顔見知りがたくさんいる、一人でも寂しくない暮らし
分かりやすい例が居住者が交代で食事作りを担当するコモンミールという仕組みだろう。月に一度当番を担当するとほかの日は他の居住者が作ってくれた食事を食べられ、食べる・食べないは個人の自由という。また、そもそもの暮らしのルールを全員で話し合って決めたり、掃除やメンテナンス、共有のスペースを管理、運営したりするのもコレクティブならでは。一般の賃貸では管理会社がやってくれることを自分たちが主体になって運営すると考えれば分かりやすいかもしれない。
メリットは、何より一人で暮らすのではないということ。部屋自体は水回りを専有した独立住戸だが、そこに共有の空間があり、ほどほどの距離感で助け合うお隣さんがいるのである。ただ、この良さは外での活動が楽しく、家は寝るだけの場所と考えている人にとってはなかなか分かりにくいものかもしれない。
たとえば、入居を決めた阿部さんは単身でずっと働き続けてきた女性。ずっとシェアハウスに暮らしてきたが、あるシェアハウスで初期にはあった入居者同士の挨拶がなくなり、建物の中にはたくさんの人がいるのに、人がいないと感じるようなったころにコレクティブハウスの存在を知った。それぞれが独立していながら支え合う暮らしに関心を持ったが、それが実際にできるものかどうかとも思い、居住希望者の会に参加するなどしてきた。
その後、他のシェアハウスに移ったが、そこでまちのもりの誕生を聞き、引越しを決めた。自分の部屋に加えてコモンスペースがあって空間的に豊かに暮らせることと、これから生まれるだろう人間関係への期待が決め手となったという。
デザイン性の高さも魅力のひとつ
現在コレクティブで入居している人は40代以上の単身者が中心で、誰かと一緒に住むことをよしとしたという例に加え、年齢で差別されることがない点も評価されている。まちのもりは高齢者や障がい者その他の入居を拒まない住宅、セーフティネット住宅として登録されてもおり、普通だったら難色を示されがちな60代、70代も問題なく入居できるのである。
コレクティブ入居者向けにはコモン賃貸入居者が使える共用部に加え、本格的な調理設備を備えた45m2もの広いコレクティブコモン・キッチン、コレクティブ入居者専用のコモンルームもあり、さらに使えるスペースが増える。自分の部屋の数倍の広さを使えるようになるといっても過言ではないはずで、部屋に籠るストレスが軽減すること請け合いである。
充実した多彩な共用部、人間関係の濃淡が選べる点以外にもまちのもりには魅力がある。たとえば、DIY可の住戸があり、このタイプを選べば自分の手で好みのインテリアを実現できる。しかも原状回復は不要。ペット可の部屋もあるので、キャットウォークを作るなどペット仕様の部屋作りをするという手も。1階なら集合住宅では珍しい大型犬飼育も可能である。
また、2戸を1戸に改装した部屋などデザイン性の高さも魅力。テレワークが可能なら都心にいる必要はないと自宅兼オフィスを引き払い、まちのもりへ引越しをてきた葛本尊広氏は、アプリやWebサービスのデザインを手がける会社の経営者。先の見えない時代に都心で高い家賃を払うよりは郊外で支出を減らそうと考えたが、だからといってデザインを諦めたくはなく、その観点で満足できた物件だったという。
多様な入居者のこれからが楽しみ
葛本氏の場合はインテリアに加え、ペット可、敷地内に駐車場がある点もポイントだったという。いつも車で移動しているため、駅からバス便あるいは徒歩25分という立地は気にならず、それより地下駐車場で部屋まで雨に濡れずに帰れる点がプラスに思えたそうだ。冒頭で建物内の共用部の豊富さについて触れたが、敷地に対して建物がコンパクトに建てられているため、外部空間にもゆとりがあるのである。
こうしたさまざまな特徴があるためか、現在までに入居している人も多様である。
「猫好きの人が集まるサイトを見て猫2匹と共に入居してきた自営業の女性、団地へのポスティングでこの住宅を知った孤独ではない暮らしを志向してきた高齢男性、在宅で仕事ができるならと都心から引越しをしてきたビジネスマンなど年代、仕事も多様で、これからここでどのようなコミュニケーションが生まれていくかが楽しみです。今後は、入居者だけでなく、地域ともつながるいろいろなイベントその他を、居住者と共に考えていきます。入居した方々の暮らしが落ち着いてきたら、状況を見ながら建物内、敷地内で仕掛けていきたいと考えています」と運営に当たる久保有美氏。場所は豊富にあるだけにできることもいろいろ。面白そうである。
また、2020年の特定非営利活動法人キッズデザイン協議会が主催する「キッズデザイン賞」の少子化対策担当大臣賞優秀賞、グッドデザイン賞をダブルで受賞しており、実は子どもにもよい環境でもある。地域へのインパクト、新しい集合住宅の試みとしても期待されている。
住戸は25m2の1K、50m2の1LDK、2DKが用意されており、2DKはルームシェアも可。また、同じ1Kでも部屋の位置や内装改修の状況などで雰囲気、使い勝手、賃料には差があり、自分の状況に合わせて選べる。賃料は1Kで4万5,000円~。通勤日数が減った、家にいる時間を充実させたい、寂しい一人暮らしはしたくないなどという人なら一度足を運んでみてもいいだろう。駅からはちょっと距離があるが、バス便は非常に多く、それほど苦にはならない。
まちのもり本町田【公式サイト】
https://machinomori.co-plus.co.jp/
コレクティブハウス本町田 ウェブページ
https://peraichi.com/landing_pages/view/collectivehouse
MOVE
https://www.moveup.jp/
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